世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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DJ OZMA アゲ♂アゲ♂Archives:A HAPPY NEW YEAR!!

紅白で一見裸に見えるボディースーツを着用して年始の話題をかっさらったDJ OZMAさん。
大晦日は家族で紅白を見るのが我が家の恒例なのですが、ちょうどこのときぼくはお風呂に入っていたので、噂のそれを生で見れんかった。
ああ、なんて間が悪い。
なにも知らずにそれが映った瞬間の、「え?! はだか!? うわー、おっぱい丸見えじゃん!!」という一瞬の喜びのあと、親も一緒に見ていることに気づき、どういうリアクションを取っていいか分からなくて努めて平静を装い、親も同じように平静を装い、結果、へんな空気が流れるというシチュエーションをぜひ体験したかったです。

ていうか、ぼくがお風呂でDJ OZMA状態だったときに、兄夫婦と、2歳半の甥っ子と、両親というメンツでそのシチュエーションを体験していたはずであり、それはぜひ見てみたかった。
兄嫁と甥っ子の存在が、よりいっそう気まずさに拍車をかけていただろうに。
ワイドショーなどでこのネタが報じられるたびに、「ほらー、やっぱり苦情の電話がたくさん来たって」などと母親がやたらと反応していたのは、やっぱりけっこう気まずかったのであろうと推測します。

で、ブログでのDJ OZMAさんの言い分ですが、言いたいことは分からないではありませんが、これは単純に「TPOを間違えた」ということだろうと思います。
紅白のメインの客層を間違えちゃったねと。
まぁ、それを言うなら、そもそもDJ OZMAさんにオファーを出したNHKが間違えたってことですけど。

NHK側は知らなったということになっていますが、まぁ真相のほどはわかりませんが、もしそれが本当なら、その一点についてはDJ OZMAさんが悪いですね。
一緒に番組を作りましょうという”仲間”を出し抜くようなことはよくない。
逆に、もしNHKが事前に知っていたのに知らなかったふりをして責任をDJ OZMAさんに擦りつけているのであれば、それはNHKが100%悪い。
自分が呼んどいて、その扱いはひどい。

まぁ、ぼく個人としては、「裸に見えるボディースーツ」ってのは、いかがなものかと思います。
だったら、裸でええやん。
裸は不謹慎だからやめとこうってんなら、「裸に見えるボディースーツ」もやめとけよと。
まるで裸みたいだけど、ちゃんとボディースーツ着てるから大丈夫でーす、みたいなのって、なんかせこくないですかね。
本物のおっぱいだと思って一瞬喜んだ男子諸君のがっかり感を、どうしてくれる。

DJ OZMAさんはこれに懲りたら、次回は裸に見えるボディースーツじゃなくて、服を着ているように見えるボディペイントの裸のほうでお願いします。
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by kude104 | 2007-01-14 22:11 | テレビ
今日の「NHKクローズアップ現代」は「崩れ始めた“談合社会”」というテーマで、業界の脱談合の動きについてレポートしていました。
番組の中で登場した「我が社は談合を止めました」という社長さんのコメントが、実に興味深かったです。

要するに、公共事業が大幅に削減され、仕事の数が激減したために、今までのように談合で「みんなで持ち回りで受注しましょう」なんてことをやっていたのでは、いつ自分の番が回って来るかわかりゃしない。
そうこうしている間に、うちが倒産しちゃうよ。
だったら、そんなうま味のない談合なんて無視して、価格競争に打って出て仕事を取っちゃえ──みたいな感じでした。

面白かったのは、誰一人として、「談合は悪いことだから止めました」って言わないこと。
「損を覚悟で正義を貫きます」ってことでは全然ないのね。
得になるなら談合するけど、現状は損をするから、俺談合やめた・・・って感じ。
やっぱり、商売の現場はそういうロジックで動いているのだなぁと妙に納得しました。

それに、「談合やってました」という人たちのコメントを聞いていると、談合というものがある種の互助システムのように機能していたのだなぁという印象を受けます。
一概に、「談合=悪」ってことでもないのね・・・と。
みんなで持ち回りで受注しましょうなんて、見ようによっては和を尊ぶ美しい話じゃないですか。
それで、それぞれの会社の社員さんたちも養われていたわけですし。
公共事業を談合で受注することで雇用を確保するなんて、ある意味、社会福祉政策っぽいじゃないですか。

談合システムが崩壊し受注競争が始まれば、おそらく多くの会社が倒産することになるでしょうね。
脱談合に動いた中小企業も、今は価格競争を仕掛けて仕事をとるぞなんて言っていられるかもしれませんが、大手が本気で価格競争に乗り出してきたらまず太刀打ちできないでしょうし。
留まれば死、打って出ても死、みたいな。
はたして、何社が生き残れるのだろう。

でも、他の業界ではそういう弱肉強食の中で生き死にをかけて商売するのが当たり前ですから、まぁ、しょうがないっちゃしょうがない。
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by kude104 | 2006-12-12 23:56

すごいよ!!木村さん

昨日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」には感動したというか、尊敬する気持ちと呆れる気持ちとがない交ぜになったような感じでした。

不可能といわれた化学農薬や化学肥料を一切使わないりんご作りを成功させた木村さんのお話だったのですが、今でこそ「奇跡のりんご」を作るすごい人ってなもんですが、そこに至るまでに要した時間は、なんと8年。
8年ですよ。

「8年がんばれば成功する」と分かっていても8年って長くて「耐えられるかしら?」ってなもんなのに、「もしかして、このまま成功せずに終わるのではないか」という不安と戦いながらの8年間は、はっきり言って常人に耐えられる期間じゃない。
すごい。
すごいのを通り越して、呆れてしまう。

しかも、その8年間はまったくりんごが作れなかったそうです。
りんご農家がりんごを作れないのだから、当然収入はゼロ。
キャバレーの呼び込みや出稼ぎをして、どうにか食い扶持を稼ぎながらの8年間だったそうです。
生活の基盤がきちんとあって、道楽で8年間だったらまだ分かりますよ。
あるいはお給料をもらいながらの8年間だったら分かる。
でも、3人の子供を抱える5人家族の生活を懸けて、成功するとは限らない(むしろ、誰もが失敗すると思っている)8年間を戦い抜くなんてのは、ぼくにしてみれば正気の沙汰じゃない。

実際、木村さんも何度も「もう駄目だ」と思ったそうです。
ついには、自殺しようとまで追い詰められたそうです。
死に場所を求めて岩木山をさまよい、そこでふと目にしたドングリの木で栽培のヒントをつかむ──なんてドラマチックなエピソードが語られていましたが、これが6年目のことです。
ここからさらに2年ですよ。
死を決意するまで追い詰められて、それで神様が救いの手を差し伸べてくれたのかと思いきや、そこからまだ2年も苦しむんですから。
壮絶。

本当に、よくまぁ生き延びたものだと。
よく心が折れなかったものだと、ただただ感心する。
勇者だ。

そんな壮絶な8年間を戦い抜いた木村さんが、実に好々爺然とした見るからに人のよさそうな人だったのが、すごく印象的でした。
やっぱり、一念岩をも通すような人って、才気走った切れ者じゃなくて、ある種愚直なタイプなんだろうなぁと思いました。
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by kude104 | 2006-12-08 22:15 | テレビ

「米騒動」は面白い

今日のNHK「その時歴史が動いた」は、米騒動について。
とりとめもなく興味深かった。

米騒動の発端となった米の相場価格の上昇は、第一次世界大戦の特需によって発生した成金マネーが投資先を求めて米相場に流れ込んだためとのこと。
なるほど。
やはり企業の業績が同じでも、株式市場にマネーが多く流れ込めば株価は上がるということだな。

で、米価の高騰に貧窮した富山の女性たちが抗議行動を起こすわけだが。
彼女たちは米価の高騰が投機によるものだとは思いもせず、「米の値段が上がるのは、米が足りないからだ」→「米を県外に持ち出させるな」という発想で、米商人に「米を県外に持ち出さないで」と訴えたにすぎない。
言ってしまえば、無知による見当外れの抗議行動だ。
でもそれが、時代を動かした。

やはり、突発的に時代を動かすエネルギーというものは、賢い人間からではなく無知なる者から生まれるのだろうな。
もし彼女らが「米の高騰は投機のせいだ」と理解していたら、たぶん抗議行動は行われず、結果、時代は動かなかっただろう。
これはたぶん、無知なる者の行動は理屈ではなく感情で動くので、分かりやすくて共感しやすいからだろうと思う。

で、そうした富山の米騒動が各地に飛び火するわけだけれども。
各地で起こった騒動というのは、実際のところ、富山の米騒動とはほとんど関係無い。
各地の低賃金労働者が、自分たちの待遇改善を求めてそれぞれ思い思いに暴動を起こしたというのがたぶん実態だ。

この一連の騒動は、もともと政治を良くしようとか政府に物申そうとか革命をしてやろうとか、そういう大局観に立って行われた運動というものではない。
言わば「俺の取り分をもっとよこせ」という、ごく私的な要求に過ぎない。
でも、それだからこそ、倒閣にまで延焼したのだなと思う。

発端となった富山の米騒動が、無知ゆえの単純な抗議行動であったために、それが逆に全国で貧困にあえぐ人々の共感に火をつけたのだろう。
もしこれが、「米の投機相場による米価高騰の是正を政府に要求する」などというきっちりした運動であったら、共感しにくいではないか。

そして、各地でそれぞれが勝手ばらばらに起こしている騒動を、「政府に対する抗議行動である」という図を描いて、ひとつの大きな運動に仕立て上げたのが新聞だ。
メディアが、自分たちのジャーナリズムにある種自己陶酔したくなる気持ちも分かる。
倒閣に至った“米騒動”を作ったのは、メディアだ。
個々の騒動の当事者たちは、自分たちが“米騒動”の一端を担っているなどと、おそらく気づいていなかっただろうと思う。
あとから、事件全体における自分たちの立ち位置を知らされて、その時初めて何が起きていたのかを知ったのではないか。
“革命”なんて、案外そんなものなのではないかという気がする。

でもって、投石や放火や襲撃などを行った正義の暴徒の皆様方を見ていると、たとえばネットで過剰な正義行動を行う人たちがだぶる。
ぼくは個人的にそういう人たちは嫌いだけど、革命は彼らのような人間なくして起こり得ないのだろうとも思った。
もし、社会のネット依存がもっと高まり、サイバーテロが比較的容易にできるようになれば、ネットイナゴと呼ばれるような人々が革命の実行力となるのではなかろうか。
自宅にいながら、マウスクリックで市民革命──みたいな。

そうして、この米騒動によって世に現れた“大衆の力”が、普通選挙法など大正デモクラシーの時代を切り開いていくわけですが。
歴史を見るに、世の中は選挙権を手にすることと引き換えに、革命する力を失うのではないかという印象を受ける。
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by kude104 | 2006-10-18 23:59 | テレビ
NHK「関西クローズアップ」で、加熱する“教育パパ”について取り上げていました。
うへぇ、熱心に子供に勉強させているお父さんとか、きもちわるい。

ぼくは小学受験だとか中学受験だとかには反対です。
子供の頃、いかに豊かに遊んだかが、その後の人生の大きな糧になると信じていますんで。
でも、教育パパなお父さん方も、若い時分にはきっとぼくと同じように考えていたに違いない。
やはり、いざ自分の子供を持つと、勉強させたくなっちゃうのかもなぁ。

リストラだ勝ち組だ負け組みだという厳しい社会の現実を身をもって味わっているお父さんが、自分の子供には負け組みになって欲しくないと願う姿には、同情めいた気持ちすら覚えます。
「同情」というと偉そうですが、まぁなんというか、切ない気持ちですね。
「いい大学に入って、資格を取って、将来は医者か弁護士になって欲しい」と笑いながら語るお父さんの姿というのは、なんだか切ないよねぇ。

とはいえ、「勉強ができる」ことが就職に有利であることは間違いないわけで。
そのへんが、なんか難しいなぁと思う次第です。
大学入試がくじ引きだったら、お父さんも教育パパになどなったりしないでしょう。
勉強は基本が出来てりゃそれでいいと、おおらかに構えていられるんじゃないでしょうか。

そう考えると、やはり、大学入試のあり方というものを考え直してみるのも面白いかもしれません。
たとえば、多少皮肉っぽいアイデアですが、東大の合否が「どれだけボランティア活動の経験があるか」で決まるとしたら、どこの家庭も小さい頃から子供に積極的にボランティア活動をさせて、日本のボランティア活動は一気に活発になるんじゃねーの?なんて思ったりします。

ああ、だったらべつに大学じゃなくて、企業の入社試験でいいのか。
「ボランティア活動の経験が豊富な人材は、社員としても献身的によく働く」といった考えを企業に定着させてしまえばいいわけだ。
研究職だと無理があるけど、営業職とか事務職だったら、わりと一理あると思うんだけどな。

今の世の中どうせパソコンがあるんだから、いわゆる暗記系の知識をもって「学力が高い」とする必要性はかなり薄いんじゃないかと思う。
いっそのこと、入試を「パソコンの持ちこみ有り」にしてしまえばいいと思う。
その上で測ることの出来る「学力」こそが、社会で能力の差を生む力なんじゃないでしょうか。
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by kude104 | 2006-09-15 23:59 | テレビ

株取引の謎

昨日の深夜に何気なくNHKを点けたら「プライスの謎」という番組で株について取り上げていました。

そこに登場した個人投資家のA子さんの姿は、まるでパチンコ依存症のようで寒々としました。
あれですね。
パチンコは「射幸心を煽らないように」とか「18歳未満お断り」とか言ってるのに、株取引はそのへん放任でオッケーなの?って気分になりますね。

それにしても、見ていて、A子さんにしろ番組の出演者にしろ、株取引をまるでギャンブルのようにしか考えていないのではないかと、少し疑問に感じました。

株取引って、短期トレードと長期トレードとでは、性質がまるで異なる。
短期トレードは、ほぼギャンブルといって良いと思います。
それに対して長期トレードは、正しい知識と慎重さを持ってすれば、わりと安定して資産運用が可能なのではないでしょうか。
やったことないから分からないけど。
少なくとも、短期トレードほどギャンブル性は強くないと思います。

そういったことを、A子さんのような人は分かっていないのではないかと思えてなりません。
A子さんのように夫の退職金を少しでも増やして老後の生活に備えようというケースは、どう考えたって長期トレードでしょう。
・・・まぁ、A子さんの場合は、どっちにしても駄目っぽかったですど。

株には短期トレードと長期トレードがあって、短期トレードはハイリスク・ハイリターンのギャンブル、長期トレードはローリスク・ローリーターンの安定運用です。
どちらを選ぶかはあなた次第ですが、A子さんのようなケースは長期トレードが基本です。
──ってな感じで、多少大げさなくらい「長期トレードが基本」って刷り込んであげたほうがいいんじゃないでしょうか。

なのにどうして、株取引というと短期トレードのほうにばかりスポットを当てるかなぁ。
(短期トレードのほうが刺激的だからでしょうけど)
「企業の将来性に投資する意味で購入する人もいるんですよ」と、おまけ程度に付け加えてやんの。
そっちが本筋だろうに。

ぼくも、デイトレーダーはパチプロと同じようなもんだと思っています。
別に本人が好きでやっている分には文句はありませんが、ぼくの価値観としては「生産性がないなぁ」とか「真っ当に働いたほうが良いんじゃないの」とか思います。
「子供の頃からパチンコで稼ぐことを覚えたら、ろくな大人にならない」ってのは、誰しも思いますよね。
そういう感覚です。

一方で、長期トレードで儲けるのは、立派な資産運用だと思います。
子供の頃から、実際にやるかどうかはともかく、慣れ親しんでおくべきだ、とさえ思う。

両者をきちんと区別しないで、同じ「株取引」として語るのは、どうも違和感がありますね。
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by kude104 | 2006-07-18 23:49 | テレビ