世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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非コミュ > 非モテ

最後に残された差別 - Hopeless Homeless

「非モテ問題」の多くが、恋愛に限らずコミュニケーション全般に対する劣等感問題であるという捉え方は、なるほどと思います。
では、「コミュニケーション全般に対する劣等感問題」がなぜ「非コミュ問題」ではなく「非モテ問題」という、いわば「恋愛」にスケールを落として語られるのかという点についてですが。

「非モテ」という言葉が実際にどのような使われ方をしているのかをぼくはよく知りませんが、イメージとしては、自称で使われることが多いように感じます。
コミュニケーションに劣等感を抱えている人が、自らを評して「どうせ自分は非モテだから」といった具合に。

で、自らを評すときに「非コミュ」ではなく「非モテ」を選択したということを、多少うがった見方をするならば、自らの劣等感問題を「恋愛問題」として語ることで、ある種の自己防衛をしているのではないでしょうか。

「友だちがいない」というのと「恋人がいない」というのと、どちらが精神的にキツいかと考えてみれば、ぼくなら前者のほうがキツいです。
恋人がいないことは、ぜんぜん平気にネタにもできる。

なんというか、恋人がいないことには、言い訳と言うか逃げ道が立つんですよね。
コミュニケーション能力が高くても恋人のいない人はたくさんいるし。
そもそも自分は恋愛に興味などないと嘯くこともできるし。
恋人のいない人はたくさんいて、その人たちと思いを共有することができる。
でも、友だちがいないってのは、現状、表面的には、恋人がいないことよりもマイノリティーです。

多くの場合、「非コミュ」は「非モテ」だけど、「非モテ」は「非コミュ」とは限らないという非対称性が成り立ちます。
この非対称性──つまり、「非モテ」を自称していても「非コミュ」とは限らないという逃げ道──が、「非コミュ」ではなく「非モテ」を自称する動機になりうるのですが、同時に、この非対称性によって、「非コミュ」な人々も「非コミュ」ではない人々もひとまとめに「非モテ」で語られるという事態をも招くこととなります。
それが混乱のもとになっている気がしますね。

ま、実際のところはどうか知りませんけど。

とりあえずぼくのイメージでは、「非モテ」にそれほど強い差別意識は感じません。
どちらかというと、「非コミュ」のほうがきつい気がしますね。
なので、自らを「非モテ」と称する人に「あなたは非モテじゃない、非コミュだ」と教えてあげることは、せっかく鎧った自己防衛を無理やり剥がしてしまうことのようにも思えます。

「非コミュ」をもう少しやわらかく自称する言葉が、「非モテ」以外になにかあるといいのにね。
たとえば、「リア充」に掛けて「リア貧」とか──と書こうとして、その響きになんだかすごく悲しくなった。
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by kude104 | 2008-12-14 16:52