世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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無料と有料

グーグルの存在する世界にて (内田樹の研究室)

「グーグルがすでに存在する世界」においては「デジタル・コンテンツに課金する」ビジネスモデルは「デジタル・コンテンツそのものには課金せず、無料コンテンツが簡単な操作で簡単にダウンロードできるシステムがデファクト・スタンダードになった結果たまたま生じるバイプロダクツで小銭を稼ぐ」ビジネスモデルに必ずや駆逐される。

ぼく個人としては、あるいは逆の目が出るのではないかと思ってる。
テクノロジーが、デジタルコンテンツそのものに対して容易に課金できる方向に進化すれば、デジタルコンテンツに課金するビジネスモデルがバイプロダクツで小銭を稼ぐビジネスモデルを駆逐するだろう。

お金を儲けたいという欲求と、自分の著作物に対して何らかの権利を有していたいという欲求は、わりと一般的で強力なものであろうと思う。
特に、コンテンツでビジネスしましょうという人たちにとっては、これが無ければ始まらない。
ならば、こうした欲求をより満たす方向にテクノロジーを進化させようという流れも、当然あるわけで。

iTunesで音楽データを購入する人がいるように、妥当な値段で簡単にそれを購入・利用できるなら、従来的な著作権ビジネスも十分成立するように思う。
今はまだ、「妥当な値段で簡単に」というところが不十分であるために、無料コンテンツに遅れを取っているだけで。

JASRACうんぬんというのは、個人的には商売のやり方がヘタというレベルの話であると思っている。
同様に、コンテンツを無料にしてうんぬんという話も、商売のやり方の話であろう。
著作権が絡むと、商売の話がどうも面倒くさい話になってくる気がする。

いずれにしても、「コンテンツを無料にするとこんないいことがあります」という話なら夢があっていいのだけど、「コンテンツは無料にするしかない」という話になると悲壮感漂ってよろしくない。
「無料にもできる」というのと、「無料にしかできない」というのとでは、大きな違いだ。
なので、テクノロジーの進化としては、「妥当な値段で簡単にコンテンツを購入できます」という世界を夢見る方が健全でいいかなーと思っている。

だいたい、グーグルとて、自身のコアとなる情報や技術はがっちりガードしているわけで。
どこの世界も、本業を無料化してはビジネスは成り立たない。
見ようによっては、自分の本業を成り立たせるために、他人の本業を無料化するという戦争を仕掛けていると言えなくもないよね。
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by kude104 | 2010-03-07 16:39 | PC&ネット

tumblrが突きつける問題

イラスト作者とtumblrユーザー間の論争 : ARTIFACT ―人工事実―

tumblrというサービスについてほとんど知らないのだけど、察するに、Webページのスクラップブックのようなものを簡単に作れちゃうサービスって感じでしょうか。
個人的に使用する範囲においてはすごく便利そうですが、こうして作った「マイ スクラップブック」をみんなに公開できるところが、トラブルの火種になっているという話。

tumblr1段階引用(元サイト→tumblr1)なら、ある程度元サイトの紹介ということで収まりも付くだろうけど、tumblr2段階引用(元サイト→tumblr1→tumblr2)、tumblr3段階引用(元サイト→tumblr1→tumblr2→tumblr3)とかになってくると、もう元の出典が分かりませんてな感じになるらしい(tumblr間なら、大丈夫らしい)。
3段階引用でtumblr3にアクセスしたユーザが元サイトまで辿ってアクセスする可能性はかなり低いでしょうから。

テキストの場合は、一部引用という形がほとんどだろうから、さほど問題にならないとして。
イラストの場合は、イラスト一枚単位での「引用」にならざるを得ない。
で、一枚丸々の「引用」を引用というか転載というかという問題になってくるわけだけど、まぁ、転載だろうなぁ。

そうした「無断引用、無断紹介」には功罪両面あって。
利用者の側からすれば、たぶん(一時的には)「功」の部分が大きいだろうなぁと思う。
あちらこちらに散らばった美味しいものの美味しいところだけをピンポイントにずばり切り出して並べてくれる(並べられる)のは、そりゃ便利ですもん。
でも、「一時的には」にカッコを付けたように、それが長い目で見て「功」になるのか、ぼくにはあまり自信がない。
囚人のジレンマのように、個々にとっての最適な選択が全体としての最適な選択とはならないケースも、世の中には多々あるから。

転載されたコンテンツの作者の側で言うと、紹介してもらえたと喜ぶ人もいれば、無断転載されたと不快に思う人もいるでしょう。
喜ぶ人の場合はwin-winでいいとして、問題は不快に思う人だね。
利用者側の「快」と作者側の「不快」の衝突を、どう解消していけばいいか。

ぼくのスタンスとしては、これはもう100%作者側の気持ちを尊重すべきだと思っています。
100%というと「何でもかんでも」みたいに取られるとあれなんで、もちろん、常識の範囲内でですけど。
理由を簡単に言えば、自分の作ったものくらい、できる限り自分の好きなようにさせたったらええやんと思うわけで。
ま、小難しく言うと、利用者と制作者とどちらが希少価値が高いかというと制作者だから、制作者を保護すべきだといった理由になるけど。

極論ではあるんだろうけど、「紹介してやってるんだから感謝しろ、大目に見ろ」的な物言いってのは、一番ダメだな。
親切の押し売りってのは一番嫌われる。
「金を恵んでやったんだからありがたく思いな」と、そうやって他人の尊厳踏みにじる人は、ドラマの悪役でよく見ますよね。

いずれにしても、こうした問題をネットはどう解消していけばいいのだろう。
たしかに、パーマリンクというものが一般的になってきた昨今、理想的にはひとつのコンテンツにひとつのURLが対応している形のほうが望ましいように思う。
同じコンテンツ(の断片)があちこちに増殖しているのって、美しくないよね。
それでいて、引用したい紹介したいというニーズにも対応できるような仕組みはないものかな。
悪意あるユーザはともかく、善良な作者と利用者がwin-winな関係になれるような仕組みがあればいいのにな。
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by kude104 | 2008-01-14 23:05 | PC&ネット
栗原潔のテクノロジー時評Ver2 > JASRACと信託契約を結ぶ場合の課題について : ITmedia オルタナティブ・ブログ

件の騒動が、広くネット時代の著作権の有り様についての議論に昇華する気配を見せはじめて、ますます興味深くなってきています。
「ネット時代の著作権の有り様」というと、これまでは消費者側の視点での議論が目立ちましたが、今回は作り手側の視点での議論であるところが興味深い。

現行の著作権制度がネット時代の新しい要求に適応できないものであることはたびたび指摘されてきましたが、ならばそれを変えましょう、新たな著作権制度を作りましょうという動きになるためには、権利者側が動くしかないだろうとぼくは考えます。
でも、権利者側は要するに既得権益側なので、なかなか動けないものです。
たとえば、これまでにも現行の著作権制度に対して不満や批判を口にするプロのクリエイターの方々を見かけることはたびたびありましたが、その中で、実際に何か行動を起こしたという人をぼくは少数の例しか知りません。
ほとんどの人は、不満点は多々あれど、反発まではいかないものです。
現行のままで、そう困らないですからね。

そうした中で、CGMフィールドで活躍するアマチュアクリエイターたちという、既得権益側に属さない権利者たちが登場し影響力を持ち始めたことは、大きな変化の兆しになりうるだろうと思えます。
彼らはアマチュア故に、著作権でお金を得ることよりも自分たちの文化を守ることのほうに、より高い価値を見出している。
そして、現行の著作権制度は、そうした自分たちの文化を脅かす脅威になりうるという、反発すべき必然性の火種がある。
そこが今までと違うところですね。

さらに違うのは、CGMの場合、権利者側と消費者側とが一体になりうるということ。
これまでの権利者側の改革の動きがいまひとつ実を結ばなかったのは、数の力がまったく揃わなかったためでしょう。
消費者に比べて圧倒的に少ない権利者の、さらにその一部のムーブメントでは、どうしたって大勢に影響を及ぼすものにはなれない。
でも、CGMの場合、権利者と消費者とが同じ文化を共有する同志であるので、数の力が期待できる。
現に今、初音ミク問題で、権利者と消費者が(共闘と呼ぶにはまだ同じ方向を向けていないけど)同じ問題意識を持ち得ている。
これをひとつの方向に束ねて形作ることができれば、あるいは・・・という可能性は秘めていると思うのです。

ソフトウェアの世界で、自由な創造のための様々なライセンス形態が生み出された経緯が、大いに参考になるのではないかと思う。
ああしたことを、コンテンツ全般においてできないとは思えない。
いままでは「コミュニティ」がなかったから核となる母体が生まれえなかったけれども、ニコニコ動画コミュニティがそれに成りうるとしたら、面白いですね。

CloseBox and OpenPod > 「初音ミク作家協会」が生まれるべきかも : ITmedia オルタナティブ・ブログ

「初音ミク作家協会」ならば本当に発足するかも知れないという気もしますが、どうせなら初音ミクに限定せず、広くネット上での自由な創作活動のための著作権管理団体のようなものが誕生したほうが面白い。

そこがたとえば「非商用なら自由使用OK、商用の場合はこれこれ」みたいな包括的なライセンス形態を策定する。
で、同意する人はそこに作品を登録する。
そこに登録された作品は、ライセンスの範囲内で自由に使用できる。
商用利用などの際にも、その団体に手続きすればOK。
収益等は団体が適切に配分する。
ライセンス違反などのトラブルに対しては、団体が対応する。
――みたいなことですね。
そうした活動を行う非営利団体一個作ってしまえばいいと思う。
JASRACが嫌われるのは、言うなればJASRACの策定しているライセンス形態が嫌われるのであって、著作権を一括で代行管理するという仕組み自体は非常に便利なものだと思うので。

こうした団体が誕生するかどうかが、ひとつの鍵になると思うな。
誕生すれば、新しい創作文化が花開くかも知れない。
誕生しなければ、たぶんやがてはネットもJASRACに覆われるだろうと思います。

問題は、誰が旗印になるかですね。
MIAUあたりじゃ・・・弱いかな。
やはり、このタイミングなら、初音ミクにかかわる誰かを核にしたほうが求心力高まりそうだし。
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by kude104 | 2007-12-22 18:21 | PC&ネット

CDレンタル

最近ふと気が向いてレンタルCD店の会員になりました。
もうかれこれ10年くらいレンタル店を利用していなかったので、改めてレンタルのお得感に感動してしまいました。
だって、CD1枚購入するのに3000円、レンタルすると300円だとざっと見積もれば、CD1枚購入するお金で10枚レンタルできるんだもの。
CDという「物」ではなく楽曲という「データ」が手に入ればいいということであれば、ほんと、レンタルで十分だ。

改めて考えると、レンタルなんてものを、よくまぁレコード会社が良しとしたもんだわと思ってしまいます。
だってもし現時点でレンタル業が違法合法のグレーゾーンだったら、きっとレコード会社は違法に持っていこうとするでしょう。
「みんなレンタルで済ませて、CDを買わなくなる」てな感じで。
たぶん、時代が良かったんだろうと思う。
その当時に今と同様ご家庭で簡単にCD-Rにコピーできますという技術が普及していたら、絶対レコード会社はレンタル業を認めなかったに違いない。

「レンタルで済ませて、CDを買わなくなる」という点に関して、ぼくの実感を書くならば。
たしかに、いつか気が向いたときに購入するかも知れないなと思っていたCDを今回レンタルで済ませました。
その意味で、「レンタルで済ませて、CDを買わなくなる」はYesです。
一方、まったく購入する気のなかったCDをレンタルならいいかと思って借りました。
これを、もともと使う気のなかった300円をぼくが音楽に費やしたと見るならば、レンタルのおかげでレコード会社に僅かなりともお金が流れたことになります。

後者のケースが多ければ多いほど、レコード会社にとってレンタルは損失じゃなく利益になる――と考えられますよね。
「レンタル100回と購入1回とでちょうど釣り合う」みたいな割合だと微妙なところですけど、レンタルでレコード会社に入るお金がそこそこあるなら、単純に「レンタルで済ませて、CDを買わなくなるからレンタル反対」という話でもなくなります。

同じようなことが、YouTubeなんかの動画共有サービスについても言えたらいいのにな・・・と思った次第です。
現状では動画共有サービスからレコード会社(などの著作権者)のほうにお金が流れていませんから、そこはやはり改善する必要がある。
一方、レコード会社のほうも、ネットでの配信に乗り気じゃない姿勢は改めて頂きたい。
そうした双方改善のための歩み寄りのモデルケースとして、レンタルビジネスをイメージしてみてはどうだろうか。
そうすれば、ちょっとは話が先に進まないかな。
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by kude104 | 2007-12-11 19:57

動画の引用

日本でフェアユースは採用されないのだろうか? - 北の大地から送る物欲日記

フェアユースについてはちょっとよく分からないけど、アニメの話題をブログで紹介するようなときに、その一場面を動画に切りだして貼りつける行為を“引用”であると言えるといいのにね。
この場合は、フェアユースという新しいルールを導入するより、引用というすでに馴染みのあるルールに乗っけてしまうほうが、皆さん抵抗感少なくてよろしいんじゃないでしょうか。
実際のところ、動画の引用ってどうなんでしょうね。
理屈で言えば、テキストの引用と同じように、動画の引用もできるはずだと思うんですけど。

違法アップロードのおかげで視聴者と作品が巡り合えた――といったケースは多々あろうかと思います。
企業側にとっての問題は、「違法アップロードで巡り合ってDVD買いました」という消費者と、「違法アップロードで十分なのでDVD買うのやめました」という視聴者と、どちらが多いかということだろうと思います。
もし前者が多いようなら、放っておいてもいずれ時間の問題で企業は合法アップロードに舵を切るだろうと思います。

DVDの内容を全話そのままアップロードすることはアウトでも、少なくとも、試視聴版であったり引用用の公式動画を企業自らが用意して、「どうぞブログで紹介して下さい」などとする動きは数年もすれば当たり前になるんじゃないかとぼくは思っています。
これはまぁ、そうすれば売り上げが伸びるというより、そうしなければ売り上げが伸びないという時代になるだろうと思うから。
いずれにしても、そうなればフェアユースうんぬんはなくても事足りるかなと。
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by kude104 | 2007-12-09 23:04 | PC&ネット
津田大介の発言に見られる「転がりやすい坂」について突っ込んでおく @蕪浅録奏

予備知識等々なく、このエントリー上でのやり取りだけを見て感想を述べるのですが、山上さんと津田さんのやり取りは、なにかこう、無駄に議論が噛み合っていない気がします。

上記エントリーで引用されている『Ascii.jpの、著作権法改正に反対する記事』のやり取りを整理すると、「Winnyなどを使って、コンテンツを違法に入手している人を取り締まれるようになるのは、一般ユーザーにはあまり関係ないし、逆にいいことではないのでしょうか?」という質問に対して、津田さんが「現状では違法Winnyユーザー狙い撃ちに見えますが、いずれあらゆるユーザーに対象範囲が広がるのは明らかなので、そうなると一般ユーザーも無関係ではいられませんよ」と答えていらっしゃる――という理解で正しいでしょうか。

それに対して山上さんは、「いずれのことはいずれ議論すればいいのであって、現状で違法Winnyユーザー狙い撃ちに限定されているなら、その状態での是非を訊きたい」とつっこまれている――という理解で正しいでしょうか。
すなわち、津田さんが「将来の危険性」を殊更口にするのは、現在議論されている法改正そのものには攻撃すべき「穴」が見当たらないからではないのかと。

これに対する津田さんの返答をコメント欄から読み取ると、おそらく次の2点になるでしょうか。
まず、新たな法改正がなくとも現状の送信可能化権で十分対応可能であること。
そして、新たな法改正の内容では実効性が疑わしいこと。
よって、「そんな法改正はなくていい。やるだけ無駄」というのが津田さんの反対理由であると思われます。

それに対して山上さんは、それは改正「しなくても良い」という消極的反対意見なので、改正「するべきではない」という積極的反対意見を述べて欲しいと再度つっこみます。
それに対して津田さんは、「積極的反対意見は『将来の危険性』です」と答え、これにて見事に堂々巡り完成――といった感じでしょうか。

これだけでも噛み合わないところに、論点を明確にしようとして挙げる話がさらに新たな論点となって、しかもそれもまた噛み合わなくて、正直収拾がつかなくなっちゃっている印象を受けますね。

で、ここからはぼくの感想なのですが、「そんな法改正はやるだけ無駄」という津田さんの反対理由は間違ってないと思うのですね。
でも、それだけだと反対意見として弱いという山上さんの主張も間違ってないと思うのです。

現状、違法ダウンロードが少なからず行われているという事実があって、それをどうにかしたいと切実に願っている人たちがいて、世間的に違法ダウンロードを野放しにしておくわけにはいかないという正義がある。
そういう状況をなんとかしようという人たちを相手に、彼らが考えた案に対して、「やっても無駄」という反対意見が支持を集めないだろうことは容易に想像が付く。
「やっても無駄」という反対意見は、「たとえ無駄でも、何もやらないよりまし」という気持ちに勝てないのね、たぶん。
座して死を待つより、竹やりでB29を撃墜する努力をすべし、みたいな声に負ける。

そんな彼らを「やっても無駄」と説得するには、ひとつには、コストの話をするのが有効ではないかと思います。
いわゆる、「費用対効果で赤になるからやっても無駄」という説得をするわけ。
これは、説得力のあるコストと効果の算出が難しいという難点はあるけど、決まればかなり有効な方法だと思います。

で、もうひとつが、対案を出すことです。
これは言わずもがなですね。
逆に言えば、有効な対案が出せない場合は、反対意見はほぼ却下されると見て良いかと思います。

むろん、費用対効果の話や対案が出せれば誰も苦労しないという話なのですが。
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by kude104 | 2007-09-17 23:59 | PC&ネット
音楽保存サービス:ストレージ利用は著作権侵害 東京地裁-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

法解釈なんて、こじつけようと思ったらどうにでもなるんで、結局なんきょくJASRACには勝てねぇよという諦めムード満載の今日この頃。
むしろ、JASRACがこうしてガチガチに著作権でユーザの行動を縛ることで、脱JASRACの機運が高まるのではないかとそちらのほうに期待するのだけど、現実にはあんまりそういう動きは見られないなぁ。

インディーズにJASRACは必要なのか?にも書いたとおり、JASRAC所属のメジャー楽曲と、JASRACに所属しないインディーズ楽曲との棲み分けが起こると面白いだろうと思う。
JASRACによってガチガチに縛られたメジャー楽曲に対して、比較的ゆるやかに利用できるインディーズ楽曲という路線の打ち出しは、そう悪い戦略でもあるまい。
でも、現状ぼくの知る限りでは、インディーズって結局メジャーへの通過点としての位置づけに過ぎないんだよなぁという印象です。
それはやっぱり、インディーズビジネスでは儲からないからでしょうね。
そして、メジャービジネスを行うにはJASRACを利用しなければどうにもならないという仕組み故に、なかなかJASRAC支配から抜け出せない。

メジャーに対するインディーズ楽曲の最大のウィークポイントは、玉石混交の「石」が多すぎてなかなか「玉」に行きあたらないというところだろうと思います。
すぐれたインディーズ楽曲なんて、ユーザが自ら努力して探さないと、なかなか出会えるものではありません。
そしてそんな面倒くさいこと、だれもやらないっての。

その解決策として、ひとつにはYouTubeのようにブログで楽曲を紹介できるようにする、そしてもうひとつは着うた配信でしょうか。
そのようにして、バイラルで広がっていくような工夫がインディーズ楽曲には必要でしょう。
上で”違法”となったストレージサービスのようなものも、積極的にどんどん行うのがよろしい。

その上で、収益はライブであったりCDやグッズの販売であったり、あとは楽曲データの有料配信であったりと、そういったところから確保することになるわけですが、はたしてそれでどれだけの規模が見込めるのか。
正直、そんなに楽観的な話ではないでしょうね。

ただ、これからのビジネスというものは、コンテンツデータそのものを販売するのではなく、「便利さ」を販売する方向にシフトするのではないかという気がしています。
とくにデジタルコンテンツにおいては、否応なくそうなっていくのではないかと。
そうであれば、いずれJASRACも方針転換せざるを得なくなるだろうと思っているのですが、ただ、そうなる前に長い暗黒時代が続くのは嫌なので、インディーズが先に暗黒時代を突破して新時代を拓いてほしいなぁと思う次第です。
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by kude104 | 2007-05-27 18:17 | PC&ネット
アンカテ(Uncategorizable Blog) - AppleがJASRACに払った2億5千万の行方は?

思わず「これはひどい」とタグ付けしたくなるような、そんな話です。
一読して「JASRACだめじゃん!」と思ったぼくですが、その後追記紹介されたこれが真実! iPod vs. JASRAC 著作権料2.5億円不払い騒動-家を建てようを読んで、「結局だめなのは朝日新聞か」と。
まぁ、朝日新聞のことは置くとして、「これが真実!~」にて指摘されているとおり、いずれにしても、ネット配信のご時世にJASRACの著作権管理スキームが制度疲労を起こしているのは間違いないと見るべきでしょうね。

そんな中、タイミングよく見つけたOn Off and Beyond: デジタル時代ミュージシャンの収益構造という話が興味深くて、これを見ると、新しい時代のミュージシャンの有り方が見えてくるような気がします。

そもそも、全国区でタイアップもどんどんお声のかかるようなミュージシャンと、基本的に売上はCDとライブだけというミュージシャンとが、同じ”売り方”で良いはずがない。
前者の売り方は、いま各レコード会社の採っているものでいいとして、後者の売り方は、今後「デジタル時代ミュージシャンの~」で示された方向に進むのではないかという気がします。

後者のミュージシャンは、マスメディアで名前を売るといったことはできないので、ネットをフルに活用してファンを増やすことを戦略の柱に据えざるを得ないでしょう。
でもって、売上の規模が絶対的に小さいから、できる限り中間コストをカットする必要がある。
となれば、楽曲データからCDからチケットからグッズから何まで、可能なものは可能な限り自サイトで直販する戦略が正しい。

ミュージシャン個人でそれをこなすのはさすがに大変だろうと思いますから、そこにインディーズ系のレコード会社の役割が生じてくると考えます。
メジャーとインディーズとの違いが、単に全国販売網のある無しとか規模の大小というのではなく、そもそも楽曲の売り方がぜんぜん違う――と、そんな時代になるのではないでしょうか。

で、そうなったとき、インディーズにとって、はたしてJASRACの著作権管理スキームを利用する必要ってあるのかしら?と思うのです。
このへん、ぼく自身、JASRACの役割りをよく分かっていないのですが、インディーズの楽曲をJASRACに預けて受ける恩恵と科せられる制約と、はたしてどちらが大きいのかな、と。

上記のとおり、ネットをフルに活用してファンを増やすことを戦略とするならば、悪質でないケース以外は基本戦略として「自由にどんどんうちの楽曲をコピーして下さい、使用して下さい、紹介して下さい」とするのが正しかろうと思います。
それで失う何がしかの儲け分は、宣伝費として割り切る。
そう腹を括ったなら、JASRACにお世話になることってそうそうないように思うのです。
むしろ、JASRACお預かりだとブログで気軽に紹介できない等々、ネットメインの戦略の上ではデメリットのほうが大きくなっちゃうような気がするのですがどうなんでしょう。
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by kude104 | 2007-05-21 23:59
MORI LOG ACADEMY: 中古品の著作権

森さんもおっしゃるように、どんなものにも中古品市場はあります。
それでも、他の中古車や中古品販売ではそうでなくとも、本については「中古品でも売るときには、コンテンツに対する著作権料を支払うのが道理ではないだろうか」という話が出てくるのは、本という商品の特殊性によるものだろうと思います。

本という商品が真に売っているのは「本」という物品ではなくて、中身たる「物語」です。
加えて、1冊の本がもたらす読書体験は、ほとんどの場合1回限りのものです。

つまり、一般的には、本という物品を「所有」するために本を買うわけではない。
本に書かれている物語なり情報なりを「読む」ために買う。
そして、読み終わると、多くの本は「用済み」です。
もちろん、中には何度も読み返したくなる本というものもあり、そういった「本」は所有していたいと思いますが、逆に言えば、2度読まない本は所有する必然性がないのです。

所有願望さえなければ、新品を買って本棚の肥やしにするのも、中古で買って読み終わったら売り払うのも、読書体験としては同じです。
しかも、経済的には後者のほうがお得です。

本が持つそうした商品的欠陥(売り手から見た欠陥)について、売り手側が無自覚なはずがありません。
かつては流通面で新品市場と中古品市場とに圧倒的な差があったので、それ込みで新品の価値が保たれているところがありましたが、今やそれも危うくなりつつあります。
そうした現状にあって、売り手側の危機感たるや容易に想像がつきます。

その危機感が「中古品でも売るときには、コンテンツに対する著作権料を支払うのが道理ではないだろうか」という主張になるのではないかと思うのですが、当の森さん自身は、「自分の本が中古で売られようが、図書館でただで読まれようが、まったく気にならない」と仰っているので、違うのかも知れません。
でも、一般的には、中古品市場に新品市場が侵食されることの危機感が、「中古品市場にも補償金制度を」みたいな発言になるのだと見て間違いないでしょう。

だったら、出版社自身が自分のところの本を専門に扱う古本屋を営めば面白いんじゃないだろうかと思いついたんだけど、これについてはまた別にエントリーを立てて書こうと思います。
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by kude104 | 2007-05-13 16:34 |
FPN-「動画等著作権の過保護」と日本ITベンチャー企業の不甲斐無さ

たしかに共感するところもあるのだけど、こういった意見に対して常に思うのは、じゃあもしたとえば「テキスト共有サイト」があって、自分の書いた文章が、あるときはそのまま、またあるときは好いように加工されてアップロードされるという状況になったとき、それを良しとできるだろうか・・・ということです。
以前、うちのブログのエントリーが別のブログに全文まるまる引用というかコピーされていたことがあったのですが、好い気分はしなかったですね。
こんな趣味で書いている一円にもならない著作物ですらそうなので、もしこれで飯食ってますという状況にあったら、自分は「著作権の過保護」賛成派になっちゃうかもしれない。

上記エントリーの著者さんは、かく言うからには、ご自身の創作物は「コモンズ」扱いで発信されているのでしょうか。
上記エントリーには、クリエイティブコモンズマークとかありませんけど。
・・・などという物言いをすると嫌味っぽく響きますが、純粋に興味として。
そりゃ他人の著作物はタダで好き勝手にできるほうが嬉しいに決まっているので、問題は、自分の著作物に対してもそれを許せるかというところだろうと思うのです。
加えてビジネスの問題も生じてきますし。
この著者さんが一消費者なのか、たとえばプロのライターさんなのかによって、発言の重みが変わってきますよね。

たとえばYouTubeの、無審査で通してクレームがついたものだけ削除するというやり方自体は、正しいと思います。
ただ、削除とアップロードがいたちごっこになり、実質、違法コンテンツの削除が機能しないという状況であるなら、それはやはり間違っている。
違法コンテンツで人を集めて良しとするのは、正直、モラルが低いと思うのですよ。
だったら、やったもん勝ちじゃないですか。
法を守るほうが非難されて、破るほうが喝采されるんじゃ、やってられないよね。

一方で、だからと言って、古い著作権ビジネスにしがみつく放送業界や音楽業界が正しいとも思わない。
現行の著作権法や著作権ビジネスは、明らかにもう限界でしょう。
本当は彼ら自身が今の時代に合わせて柔軟に変化できればいいのだけど、改革というのは、既得権益者にはなかなかできないからなぁ。
外部からの破壊でもって革命してやらなければ、変われないのかも知れない。
ただ、革命の結果、著作者が全員死亡したんじゃ意味ないからね。

たとえばYouTubeと折り合いをつけて、それでビジネスとしても上手くいくという成功例が積み上がっていけば、古くて頑迷な既得権益者たちも変わるだろうと思います。
ですから、ぼくとしては、ぜひそういった成功例を作り出すところが現われてほしいと願うばかりです。
動画共有サイトを作るのもいいですが、動画共有サイトを上手く使ってコンテンツビジネスを成功させる、そんなベンチャーをこそ期待します。
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by kude104 | 2007-04-13 19:09 | PC&ネット