世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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日本の議員達に言う 間違った歴史認識(村山談話)で日本の国民や国家を代表して欲しくない|デヴィ夫人オフィシャルブログ「デヴィの独り言 独断と偏見」by Ameba

「俺は悪くない、世間が悪い。世間がよってたかって俺を貧困に追い込んだんだ。
 追い詰められたら、人間生きるために多少無茶なことはしちゃうでしょ。
 無茶って言っても、たかだか隣の家に乗り込んだだけじゃん。
 それだって、ちゃんと当人の同意を得たよ。
 そりゃ、なかなかウンと言わないから2,3発殴ったけど。
 みんなで協力して貧困に立ち向かおうという俺の崇高な理念を、理解しないあいつらが悪い。
 黙って俺の言うこと気いて資源と人員差し出せば、俺が豊かな暮らしを恵んでやろうってのに。
 反抗するから、しつけのつもりで多少殺したり犯したりもしたけれど、そんなことは俺の功績からすれば微々たるもんだろ。
 感謝されこそすれ、責められるのは納得いかん。
 だいたい、そんなことは他の奴らもやってたじゃん。
 なんで俺だけ責められなアカンわけ?」
みたいな。

歴史にはもちろんさまざまな見方や解釈があるのだけれど、基本的に、歴史は勝者が作るものです。
敗者は正義を語れない。
その覚悟がないんだったら、戦争なんかするなって話です。
戦争に負けるというのは、そういうことだろ。

たとえば、「日本」を「北朝鮮」に置き換えてみますか?
もし北朝鮮がこの先戦争をして負ければ、彼らはきっとこういうでしょう。

> 戦争前、北朝鮮は経済制裁を加えられていたのではなかったのですか?
> 資源も原料も無い北朝鮮は外に出て行くしかなかったのではないですか?
> 一か八か、北朝鮮の存続の為の問題ではなかったのですか?
> 自衛自存ではなかったのですか?

ほらね、そんなもんですよ。

たとえどのような事情があろうと、どのような正義があろうと、負け戦をしてしまった時点でダメだとぼくは考えます。
一か八かの戦争をせざるを得ない状況にまで追い込まれた時点で、ダメなんですよ。
それは「しょうがなかった」んじゃない。
もっと前の段階で、来るべき「しょうがない」状況を回避できなかったのが悪い。
だいたい、日本の戦前の政治なり軍事を見りゃ、恥ずかしくて「誇り、誇り」などと言えないって。

過去の敗北を「俺、悪くないもん!」と主張するのが誇れる行為だとは、ぼくは思わない。
むしろ、たとえどのような悪評を投げかけられようとも、ぐっと歯を食いしばって黙って耐えるほうが美しい。
もちろん、何でもかんでも「はいはい、おっしゃる通りです、私めがすべて悪うございます」などとへいこらするのも違うよ。
筋は通しつつも、悪評は甘んじて受ける。言い訳などしない。

そうして、今度こそ、本当に周りの国々を幸せにするように頑張る。
そうすれば、その姿を見た周りの国々から、日本を再評価する声が上がってくるわけですよ。
「先の大戦では、確かに日本は酷いこともしたけれど、良いこともした」と。
評価を変えるというのは、自分から声高に主張するのではなく、周りからそうした声が上がるのを待つのがいい。
そうした声が上がるように、尊敬され愛される日本になれるよう一生懸命努力するのがいいと思います。

国の威信であったり誇りと言うものは、そういうふうに作るもんだと思います。
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by kude104 | 2008-11-20 19:00
イザ!:「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん-話題!ニュース

え、まじで!?
ぼくにとっては、冥王星が惑星でなくなったことよりもこっちのほうが衝撃的。

沖縄戦で、渡嘉敷村の三百数余人の住人が日本軍によって無理やり集団自決させられた──というのは、沖縄戦の中でも強烈なエピソードのひとつとして、ぼくの記憶に深いのですが。
これが実は、遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにした“捏造”だったという話です。

これにより、この強制自決の命令を出したとして、今まで半世紀に渡り残虐非道と非難されてきた赤松嘉次元大尉が、一転して、村を救うために自ら汚名を被る役を引き受けた“義士”になってしまいました。
うわあ、まるで正反対じゃないですか。
悪人だといわれている人が、実は人知れず村を救った英雄だった──みたいな話はRPGなんかでよく見かけますが、まさか、本当にそんな展開に出くわすとは。

長い間汚名を被り続けた赤松さんの苦悩を想像すると、ただただ圧倒されるばかりです。
言うなれば、ぼく自身が汚名を被せていたうちの一人だったわけですから、なんだか申し訳ない気持ちになります。
今となって調べてみれば、ずいぶん以前から軍命令ことは疑問視されていたようなのに、ぼくもだめだなぁ、今の今まですっかり鵜呑みにしてた。
太平洋戦争絡みのニュースにはわりとアンテナを伸ばしているつもりだったけど、まるでスルーしていたようです。

それにしても、改めて歴史ってのは“真実”ではないんだなぁと実感します。
物証と証言を元にした“推理”ですね。
偽証や間違った推理などがいくらでも入り込む余地があるのだと、改めて実感した次第です。
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by kude104 | 2006-08-27 23:59 | 時事・社会
PHP文庫、北方謙三著「楊家将」を読了。
なんとなく歴史小説が読みたくなって、本屋でたまたま手に取った本でしたが、非常に面白かったです。
さすが、吉川英治文学賞受賞は伊達じゃないな。

中国では「楊家将」は、三国志、水滸伝と並び人気のある物語だそうですが、日本ではまったく無名ですよね。
それもそのはず、日本で「楊家将」が小説になったのは、この「北方楊家将」が初めてだそうです。

物語の舞台は、中国「宋」の時代の初め(960年ごろ)頃。
宋と、北方騎馬民族の国「遼」との戦争の物語です。

主人公は宋の武将「楊業」です。
彼は楊家軍という、宋の中にあって最強の軍隊を率いた武将でした。
味方だけでなく敵からも「楊無敵」と称された軍事の天才として描かれます。
ただ、宋に在って、彼の立場は外様でしたので(もともとは北漢から宋に降った)、宋軍という組織の中では常に難しい立場に立たされてしまいます。

楊業は生粋の武人で、帝に対する忠義も厚く、戦えば最強。
そんな彼が、言わば政治的な思惑の中で不自由を強いられ、思うように戦えない。
その歯がゆさが、この物語を非常にドラマチックにしています。
つまりは、それが楊業を「悲劇の英雄」にしているわけです。

対する敵国の遼にも、耶律休哥という軍事の天才がいて、楊家軍の前に立ちはだかります。
言わば、最強のライバルですね。

「北方楊家将」の面白いところは、敵国である遼の登場人物たちも、非常に魅力的に描かれていることです。
この小説を、遼の、耶律休哥の物語として読むことも、十分に出来るくらいです。

これ、いちおう史実に基づいた物語なので、初めから結果がネタバレになっているようなものです。
でも、ほとんどの人がそうだと思いますが、ぼくはこの時代にまるで詳しくありません。
ですから、正直、物語がどう展開するのかまったく分からず、手に汗握りながら読みました。
こういうときは、無知ってのは得ですね。

ただ、途中で先にあとがきを読もうとして、ネタバレっぽい記述が目に入り、慌てて閉じたんですが危なかったです。
歴史小説にネタバレもへったくれもないとは言え、先に知ってしまったら、やっぱり興醒めしちゃいますからね。

とまぁ、三国志が好きな人なら、間違いなく楽しめるはず。
人間ドラマも面白いですし、戦いの描写もリアルで迫力があって面白い。
なにより、やはり、英雄譚というのはかっこいい。

先日、このブログで誇りだなんだと書いたのは、この本の影響です。

楊業自身もそうですが、楊業には7人の息子がいて、それぞれが楊家の男子であることの誇りを持って戦場を駆け巡るわけですよ。
兵もまた、楊家軍の兵であることに誇りを持って戦うわけです。
楊家軍であることの誇りは、彼らを戦場のもっとも過酷な場所に率先して向かわせます。

方や、潘仁美・藩章という宋の名門の親子が登場します。
彼らの「名門である」という誇りは、彼らを死地へは向かわせません。
彼らは、ただ気位が高いだけです。

こういう物語を読むと、自分も誇り高くありたいものだと思いますね。
ま、実際には、ぼくはたぶん調練で死んじゃう名も無き兵士だろうけど。
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by kude104 | 2006-08-07 23:59 |