世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
日本の議員達に言う 間違った歴史認識(村山談話)で日本の国民や国家を代表して欲しくない|デヴィ夫人オフィシャルブログ「デヴィの独り言 独断と偏見」by Ameba

「俺は悪くない、世間が悪い。世間がよってたかって俺を貧困に追い込んだんだ。
 追い詰められたら、人間生きるために多少無茶なことはしちゃうでしょ。
 無茶って言っても、たかだか隣の家に乗り込んだだけじゃん。
 それだって、ちゃんと当人の同意を得たよ。
 そりゃ、なかなかウンと言わないから2,3発殴ったけど。
 みんなで協力して貧困に立ち向かおうという俺の崇高な理念を、理解しないあいつらが悪い。
 黙って俺の言うこと気いて資源と人員差し出せば、俺が豊かな暮らしを恵んでやろうってのに。
 反抗するから、しつけのつもりで多少殺したり犯したりもしたけれど、そんなことは俺の功績からすれば微々たるもんだろ。
 感謝されこそすれ、責められるのは納得いかん。
 だいたい、そんなことは他の奴らもやってたじゃん。
 なんで俺だけ責められなアカンわけ?」
みたいな。

歴史にはもちろんさまざまな見方や解釈があるのだけれど、基本的に、歴史は勝者が作るものです。
敗者は正義を語れない。
その覚悟がないんだったら、戦争なんかするなって話です。
戦争に負けるというのは、そういうことだろ。

たとえば、「日本」を「北朝鮮」に置き換えてみますか?
もし北朝鮮がこの先戦争をして負ければ、彼らはきっとこういうでしょう。

> 戦争前、北朝鮮は経済制裁を加えられていたのではなかったのですか?
> 資源も原料も無い北朝鮮は外に出て行くしかなかったのではないですか?
> 一か八か、北朝鮮の存続の為の問題ではなかったのですか?
> 自衛自存ではなかったのですか?

ほらね、そんなもんですよ。

たとえどのような事情があろうと、どのような正義があろうと、負け戦をしてしまった時点でダメだとぼくは考えます。
一か八かの戦争をせざるを得ない状況にまで追い込まれた時点で、ダメなんですよ。
それは「しょうがなかった」んじゃない。
もっと前の段階で、来るべき「しょうがない」状況を回避できなかったのが悪い。
だいたい、日本の戦前の政治なり軍事を見りゃ、恥ずかしくて「誇り、誇り」などと言えないって。

過去の敗北を「俺、悪くないもん!」と主張するのが誇れる行為だとは、ぼくは思わない。
むしろ、たとえどのような悪評を投げかけられようとも、ぐっと歯を食いしばって黙って耐えるほうが美しい。
もちろん、何でもかんでも「はいはい、おっしゃる通りです、私めがすべて悪うございます」などとへいこらするのも違うよ。
筋は通しつつも、悪評は甘んじて受ける。言い訳などしない。

そうして、今度こそ、本当に周りの国々を幸せにするように頑張る。
そうすれば、その姿を見た周りの国々から、日本を再評価する声が上がってくるわけですよ。
「先の大戦では、確かに日本は酷いこともしたけれど、良いこともした」と。
評価を変えるというのは、自分から声高に主張するのではなく、周りからそうした声が上がるのを待つのがいい。
そうした声が上がるように、尊敬され愛される日本になれるよう一生懸命努力するのがいいと思います。

国の威信であったり誇りと言うものは、そういうふうに作るもんだと思います。
[PR]
by kude104 | 2008-11-20 19:00