世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


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島国大和さんの「恋愛資本主義と愛と働き蜂の話」について - tyokorataの日記
それ故、「皆が平等に『幻想』を享受できるはずなのにどうして俺は」と忸怩たる思いを抱く人が出てくるわけです。

島国大和さんの希望やら夢は労働させて搾取する為に使われるだけだから、自分の価値判断で行動した方がいいさ。という考え方は、自分の価値観を「会社」や「周りの価値観」などに合わせる事で安心している、「運」に恵まれなかった「大衆」に求めるのは酷なわけです。
人が生きるために『幻想』を必要とするのは、たしかにそうだとして。
恋愛至上主義の弊害は、生きるための『幻想』として恋愛を至上のものとするあまり、恋愛できないと生きる意味を見失ってしまうことじゃないかと思う。

「自分は(まだ)恋愛できる」と信じていられる間は恋愛至上主義もいいのだけど、当然、皆が皆恋愛できるわけではない。
恋愛至上主義を価値観として抱えながら、自分には恋愛はできないのだと気付いてしまった人は、いったいどうすればいいのだろう。
恋愛至上主義を捨て、つまり「恋愛は至上でも何でもない」という価値観に切り替えて、他の新たな『幻想』を獲得するしかない。

「自分の価値判断で行動した方がいい」というのも、そうした恋愛できない恋愛至上主義者たちに向けられた「逆洗脳」のひとつだろうと思う。
「酷」なのではなく、「優しさ」ではないかな。
『幻想』などなくとも幸せに生きていけるよ、という言葉もまた『幻想』として機能するのだ。

ただ、現状、恋愛を「至上」の座から引きずり降ろせるほどの力を持った『幻想』は、ないと言っていいんじゃないだろうか。
個人個人に対してはあるんだけど、これほど不特定多数の大衆に一律に効く『幻想』は、それこそ宗教くらいしか思い当たらない。

なにしろまず、恋愛はおそらく子孫を残すために必要な事柄として、生理的なレベルで脳内麻薬とかドバドバ出ているだろうから、生半可なものでは太刀打ちできない。
恋愛の至上性は、遺伝子レベルで後押しされている気がする。

それでも、恋愛が単に「性的」なだけのものならばまだ付け入る隙もあるけど、それに加えて「聖的」なイメージまでもがまとわりついているのだから、お手上げだ。
恋愛がもっと俗なものだったら、もっと軽く扱えもするのだけど、人によっては人間の欲望の中でもまさに「至上」に奉られたりしているものだから。

そして、純粋にエンターテインメントとしても強力だ。
恋愛自体が優れたエンターテインメントというだけじゃなく、他のすべての娯楽を飛躍的にドラマチックにする効果まであるのだから。

そして、希望性。
たしかに恋愛できない人は大勢いるし、自分は恋愛できないと絶望するひともたくさんいる。
だけど、恋愛はある日突然見知らぬ誰かに「あなたが好きです」と告白されて、いきなり手に入る可能性が、希望として捨てきれない。
それこそメディアが盛んに作り上げた、一番たちの悪い『幻想』なのだけど。
希望として捨てきれないから、諦めたつもりでもふっ切れなくて、いつまでも縛られる。

それは、変身願望にも通じるものがあるだろう。
好きだと言ってくれる王子様が現れてくれさえすれば、その瞬間から何もしなくてもお姫様になれる。
小説の一本も書かずに、ある日突然作家になれると思う人はいないのに。
出会いの機会も作らず、異性的な魅力も磨かずに、でもある日突然恋愛できると思う人はけっこういて、恋愛さえすれば自分もヒーローやヒロインになれると思う人は多いのではなかろうか。

そこれほど強力な『幻想』が他にあるだろうかと考えると、まず思い浮かばない。
人間に『幻想』が必要であるならば、その『幻想』として恋愛が用いられるのも致し方なし、と言わざるを得ないだろう。
「恋愛だけが人生じゃない」といった『幻想』では、とうてい勝ち目はない。
大衆を幻惑するには弱すぎる。

ならば、できることは、恋愛の難易度をもっと下げてやることではないだろうか。
レベル1でいきなりドラゴンに挑まんとする(それでやられたり、ビビって逃亡する)人が多いように思うので、まずは装備を整えて――それも最初は竹のやりとか棍棒とかから初めて――スライム相手に経験値稼ぐような手引きが世の中に必要なのではないだろうか。

併せて、恋愛の神聖さをもっとぐっと下げて、一度に複数人との交際可、交際期間は平均1年ほどって感じにすれば、回転率が上がるので、多くの人間にチャンスが広がる。
なんというか、将来の伴侶を選ぶステディな恋愛は30歳前後くらいから、それまでは友だち以上恋人未満的なノリで、経験値稼ぎな恋愛が当たり前な風潮を広めればよい。

恋愛に臆病な人間にとって最大の要因となるのが見た目ならば、美容整形をもっとカジュアルなイメージにしてしまえばいい。
髪型を変えるように、顔も作り変えちゃえばいい。
手術代も、保険が効くようにしてさ。

恋愛市場主義にとって、恋愛の回転率を上げることは需要の拡大につながるのだから、大いに歓迎すべきことだろう。
政府にとっても、結婚~出産の前段階に男女のカップリングが必要になる以上、恋愛の難易度を下げることは少子化対策として悪くないはず。
個人にとっても、まぁ、ますます恋愛市場主義の奴隷になっていくわけだけど、その対価として、かように強力な恋愛の快楽性が得られるのであれば、リーズナブルと言えるのではないか。

あとは、恋愛を神聖視する人たちの反発が予想されるけど、それに対しては、神聖さを結婚の方にシフトさせることでごまかせばよい。
恋人付き合いと友だち付き合いとの境目を曖昧にして、その代わりに、結婚こそが神聖で、永遠かつ独占的な愛を誓うもの、という具合に。

美容整形に対する抵抗感は、「本当に大切なのは中身だから、外見はいじってもいい」ってな感じでごまかせばいいだろう。

そんな感じでメディアでばんばん流布してもらえば、5年と待たずに難易度下がってくるんじゃないだろうか。
どうせ恋愛至上/市場主義を推し進めるのなら、そこまでやってもらいたいものだ。
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by kude104 | 2009-11-06 16:36