世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「僕は小説を読むメリットは、あまりない気がする」 - 活字中毒R。

「小説を読むとタメになる」という人がいる。
 ↓
「タメになる」で言えば、小説は時間対効果が薄すぎる。
他から情報を取得したほうが良い。
 ↓
それでも小説を読む人がいるのは、「タメになる」以外の面白さが小説にあるからだ。

という文脈かと思ったけど、そうじゃなくて本当に「小説を読むメリットはない」というお話のようだ。
こういうのを読むと、堀江さんというのはたしかに頭はバツグンに切れるのだろうけど、人の心の機微のようなものは分からない人なんだろうなぁという気がする。

普通の人は、小説を「実用書」として読まないから。
小説に対して時間対効果が低いと言うのは、漫才に対して時間対効果が低いと言うのと同じくらい滑稽じゃね?
あるいは、論文に対して「笑えない」と言うようなものじゃね?

たとえば、野球中継の「時間対効果」で言えば、結果をダイジェストで報じるのが良しということになる。
でも、野球好きな人はそんなのちっとも面白くないわけで。
野球好きでないぼくなんかは「ちゃっちゃと投げろ」と思ってしまうけど、投手が球を一球投げるまでの間でさえも、「野球の醍醐味」なんでしょう。
それをちゃっちゃと投げて「時間対効果が上がったでしょ?」と言ったところで、そりゃ正解でもなんでもない。

小説でなくとも、時間対効果にこだわるのであれば、こうして「文章」を書くこと自体冗長で、要点の箇条書きでいいじゃんってことになる。
でも、武市半平太の切腹を1分で済ませるのと30分かけるのと、どちらが視聴者の心に残るのか。
「効果」が無ければ、時間対効果はゼロだからね。
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by kude104 | 2010-12-10 16:05 |
痛いニュース(ノ∀`):“素人”の書いた「ケータイ小説」がベスト3独占、出版界に大きな衝撃…07年ベストセラー文芸部門

ケータイ小説は、“小説”というネーミングが罪作りなのだと思う。
たとえば3歳児向けの絵本に対して「中身スカスカ」とか「鬼出てきてワンパターン」とか言わないでしょ。
それと同じで、ケータイ小説は小説とは違うジャンルなのだと思うよ。

ということで、ケータイ小説に代わるネーミングを考えてみてはどうだろう。
たとえば、「ケータイ作文」とかどうだろうね。
定着しそうにないか。
じゃあ、「ケータイしょーせつ」とか、いいんじゃないかな。

asahi.com:既刊文庫、仕掛けて売れ オビ変えたら60万部 - ひと・流行・話題 - BOOK

ケータイしょーせつがベストセラーになるのとこれと、ある部分では共通しているのではないかと思う。
最近ではぽつぽつ見かけるようにもなりましたが、以前から、どうして小説はテレビCMとか打たないのだろうと不思議に思っていました。
小説だって商品なら、マーケティングというのだろうか、いわゆる販売戦略が重要なのに変わりはないはず。
だとしたら、「宣伝」は最重要戦略であるはずです。

「中身がよければ売れる」というのはある意味正しいのでしょうけど、いまどきそんな牧歌的な販売戦略でやってる業界なんて、ごくごく稀だと思う。
いくら中身がよくても、まず手に取ってもらえなければ話にならないわけで。
小説だって、多くの場合はまず話題性が先にあって、そして売れるというパターンじゃないでしょうか。

ケータイしょーせつがなぜ売れるのか。
話題性があるからですよね。
まず、ケータイしょーせつサイトの中で話題になり、次に女子高生たちの間で話題になり、そして世間一般で話題になり・・・という具合に、話題性に事欠かない。
翻って普通の小説のほうはどうだろうと考えると・・・、そりゃベストセラー出ねーよ。
売れりゃいいってものでは断じてないけど、中身がいいのに売れないのは、マーケティングの問題だろうさ。

あと、ふと思ったんだけど。
ケータイしょーせつってのは、サイトに行けば無料で読めるわけですよね。
で、それがベストセラーになったと。
てことはつまり、ケータイしょーせつビジネスにおいては、無料ダウンロードで商品に触れる機会を作り、それによって知名度のアップを図り、もって商品の売り上げに結び付けるという戦略が有効である、と言えるのではないか。

無料ダウンロード版の提供が売り上げ増につながる事例の一つとして、ケータイしょーせつの例は使えるんじゃないだろうかね。
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by kude104 | 2007-12-05 21:48 |
角川文庫、宮部みゆき著「ブレイブ・ストーリー」を読了しました。
いやあ、なかなかぐっと来る物語でしたねぇ。

主人公は小学五年生の少年ワタル。
ある日突然、父親が愛人の元へ去ってしまったことで、彼の家庭は崩壊してしまいます。
そんな彼の前に開かれた、この世界ではない別の世界・幻界(ヴィジョン)への扉。
そこに居るという“運命の女神”に会ってお願いすれば、ひとつだけ願いを叶えてもらえるという。

追い詰められた母親がワタルとの無理心中を図るに至って、彼は決意します。
幻界へ行き、運命の女神に会って、この理不尽な運命を正してもらうことを。
父親が出て行かないように、もう一度家族が仲良く暮らせるように、運命を変えてもらおうと。

──と、ここまでが導入部のあらすじです。
「ブレイブ・ストーリー」はファンタジー世界の冒険譚ですが、その冒頭、全体の四分の一の分量を使って、ワタルがファンタジー世界を旅する動機が描かれます。
ここが丁寧に描かれていることで、ワタルの旅が説得力を持つわけですが、でも、「剣と魔法の冒険譚」を楽しむつもりでいた人間には、いったいいつになったら冒険が始まるのか・・・という気分になります。

そうしてようやくのことで幻界に舞台が移ったと思ったら、今度は、いままで読んでいた導入部とがらりと雰囲気が一転するので、かなり戸惑います。

「ブレイブ・ストーリー」で描かれる幻界は、なんというか、コンピュータゲームのRPGのイメージそのものといった印象です。
「指輪物語」のようにリアルな空想世界でもなければ、「ハリー・ポッター」のようにイマジネーションあふれる魔法世界でもない、といった感じで、簡単に言うと安っぽい印象を受けます。
導入部が現実世界で、しかもそこで描かれるドラマが生々しいだけに、余計にそう感じるのでしょうけど。

文庫版だと、「ブレイブ・ストーリー」は上中下の三巻講成になるのですが、上巻の終わりが、ちょうど舞台が現世から幻界に切り変わるところです。
いちばん戸惑うところ。
ここで巻が変わるのはちょっともったいないというか、どうだろう、上巻だけで見切って読むのを止めてしまう人も居るんじゃないかと心配です。
かく言うぼく自身が上巻の終わりでちょっとダレたのですが、中巻に移ってからは最後まで一気に読み切る面白さでした。

なにが面白いって、女神様の元に辿り着き運命を変えてもらってハッピーエンドな物語と思いきや、だんだん様子が変わってくるあたり。
幻界を旅するうちに、ワタルは様々な“理不尽”を目にし、経験することになります。
様々な人に出会い、幻界の人々を好きになればなるほどに、彼らの理不尽な運命もどうにかしてあげたいと思い始めます。
しかし、叶えられる願いはひとつだけ。
誰かを犠牲にしなければ、自分の幸せは叶えられないのか──?
自分を犠牲にして他人の幸せを叶えるという選択は、果たして正しいのか──?

物語を面白くするもうひとつの要素は、ミツルの存在です。
ミツルはワタルと同様、自分の運命を変えるために現世から幻界にやってきた“旅人”です。

ミツルは、父親に家族を殺され、自分一人が生き残ったという過去を持ちます。
だから、なんとしてでも、せめて妹だけでも生き返らせたいと願い、幻界への扉を開きます。
彼の過去はあまりにも悲惨で、決意はあまりにも硬く、それゆえ彼はなにも顧みず、遮るものはすべてなぎ倒し、ただただ冷酷に旅を進めていきます。

ワタルとミツル。
それぞれに女神に会いたいという十分な動機を持ちますが、でも、女神の元に辿り着き願いを叶えてもらえるのはどちらか一人だけ。
そして、敗れたもう一人は“人柱”となって幻界に留まらなければなりません。

物語の王道としては、目的のためには手段を選ばないミツルよりも、お人よしなワタルが勝つのが道理ですが、そう単純には終わらないぞというのが宮部さんの小説の面白いところです。
実際、終盤に差し掛かる時点でワタルの敗北がほぼ確定し、彼は旅を諦めてしまいます。
で、そこからの展開が、読んでいてぐっと来ましたねぇ。

個人的に弱いんですよ、敗者の戦いって言うんですか。
たとえ負けると分かっていても、たとえ敵わなくとも、命尽きるその瞬間までお前は戦い続けなければならない!っていう物語。

自分と母を捨てて愛人の元へ走った父親を取り戻したいという当初の目的は、もはやそこにはありません。
上巻のあの導入部があるからこそ、この展開が効いてくるわけだけど、ほんと上巻の時点で予想していたのとはまるで違った物語になったなぁというのが正直な感想です。
もちろん、いい意味で。

久々に冒険ファンタジー物語らしい物語を、少年の成長物語らしい物語を、心行くまで堪能しました。
これ読むと、なんかちょっと、また昔のようにRPGで遊んでみたくなっちゃいますね―。


ところで、これもアニメ映画になって只今公開中ですが、どうなんでしょう。
この物語を2時間にまとめるのって、かなり難しいと思うのですが。
この物語はワタルの心の成長の物語なので、エピソードを駆け足でなぞるだけだと、なんだか有り勝ちなRPGっぽいアニメになりそうです。
劇場映画よりはむしろ、テレビアニメのほうが向いているんじゃないだろうか。
NHKあたりがテレビアニメ化すれば面白いのにと思うけど、フジテレビが映画化しちゃった以上、それはないな。
ちょっと残念。
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by kude104 | 2006-08-23 23:56

完璧なる「DIVE!!」

角川文庫出版、森絵都著「DIVE!!」を読了しました。
これは文句なしに面白い。

一言で言えば、飛込競技を題材にしたスポコン青春物語ってことになるでしょうか。
とにかくまず、「飛込競技」って題材が新鮮でいい。
もちろんぼくは、飛込競技のことなんてほとんど何も知らないわけで。
それだけに、自分の知らない世界を見せてくれるんじゃないか・・・という好奇心が刺激されます。

実際、本書で描かれる飛込競技というのは、実にドラマチックです。
10メートルの高さからプールに向けてダイブする。
その間、わずか1.4秒。
気が遠くなるほど練習して練習して練習して、すべてを懸けて練習したその成果が、わずか1.4秒で決する。
なんてドラマチックな競技でしょう。

そしてなにより、個人競技ってのがいい。

スポコンものといえば、たいてい団体競技ですよね。
主人公がいて、チームメイトがいて。
彼らはときに支え合い、ときに反発し合い、ときにはお互いをライバルとして切磋琢磨しながら、友情を育みチームの絆を強くして、そしてチームとして試合に臨み、みんなで勝利する──ってのが、スポコンものの黄金パターンでしょう。
つまり、全員が勝利者になれる。

でも、個人競技では、勝利者はたった一人だけです。
主人公がいて、仲間がいて。
彼らはときに支え合い、ときに反発し合い、ときにはお互いをライバルとして切磋琢磨しながら、友情を育み仲間の絆を強くして、でも、個人として試合に臨み、勝つのはただ一人だけ。
なんいう残酷なドラマ性!

本書には、要一、飛沫、知季という3人の主人公が登場します。
彼らはまるでトライアングルの形に配置されているかのように、性格も違えばダイブも違う。
でも、三人が三人ともそれぞれに魅力的な個性として描かれています。

ですから、読んでいると三人ともに気持ちが入っちゃうんですよ。
「DIVE!!」は四章構成になっていて、一章が知季、二章が飛沫、三章が要一の物語となっています。
そこで読者は、彼らの飛込みにかける情熱と血の滲むような努力、そして葛藤と覚悟を見せつけられます。
そうして三章をかけて三人の主人公の物語を描いた後、まとめとなる四章が、彼らの夢であるオリンピックへの出場権をかけた代表選考会の試合です。

もうね、憎たらしいくらいに上手い構成ですよ。
オリンピックに出場できるのは一名だけ。
つまり、三人の主人公のうち、勝つのは一人だけで、残りの二人は負けるんです。
言いかえるなら、これは「主人公が負ける物語」なんですよ。
スポコンもので、「努力、友情」ときて、その先に「敗北」が待ち受けている物語なんて・・・。

しかも、三人は同じダイビングクラブの仲間で、とても仲がいい。
お互いにお互いを認め合っている。
でも、敵なんです。
仲間であり、同士であり、戦友であり、ライバルであり、敵でもある。
自分の勝利は仲間の敗北を意味するし、仲間の勝利は自分の敗北を意味する。
──そんな容赦のない直球のドラマが、面白くないはずがない。

そして、何より脱帽したのは、こんなにヒリヒリするような展開なのに、ラストは実に爽やかに終わることです。
ワクワクして、ドキドキして、感動して、涙ぐんで、そして爽やかに終わった。

完璧です。
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by kude104 | 2006-07-26 23:59 |