世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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栗原潔のテクノロジー時評Ver2 > JASRACと信託契約を結ぶ場合の課題について : ITmedia オルタナティブ・ブログ

件の騒動が、広くネット時代の著作権の有り様についての議論に昇華する気配を見せはじめて、ますます興味深くなってきています。
「ネット時代の著作権の有り様」というと、これまでは消費者側の視点での議論が目立ちましたが、今回は作り手側の視点での議論であるところが興味深い。

現行の著作権制度がネット時代の新しい要求に適応できないものであることはたびたび指摘されてきましたが、ならばそれを変えましょう、新たな著作権制度を作りましょうという動きになるためには、権利者側が動くしかないだろうとぼくは考えます。
でも、権利者側は要するに既得権益側なので、なかなか動けないものです。
たとえば、これまでにも現行の著作権制度に対して不満や批判を口にするプロのクリエイターの方々を見かけることはたびたびありましたが、その中で、実際に何か行動を起こしたという人をぼくは少数の例しか知りません。
ほとんどの人は、不満点は多々あれど、反発まではいかないものです。
現行のままで、そう困らないですからね。

そうした中で、CGMフィールドで活躍するアマチュアクリエイターたちという、既得権益側に属さない権利者たちが登場し影響力を持ち始めたことは、大きな変化の兆しになりうるだろうと思えます。
彼らはアマチュア故に、著作権でお金を得ることよりも自分たちの文化を守ることのほうに、より高い価値を見出している。
そして、現行の著作権制度は、そうした自分たちの文化を脅かす脅威になりうるという、反発すべき必然性の火種がある。
そこが今までと違うところですね。

さらに違うのは、CGMの場合、権利者側と消費者側とが一体になりうるということ。
これまでの権利者側の改革の動きがいまひとつ実を結ばなかったのは、数の力がまったく揃わなかったためでしょう。
消費者に比べて圧倒的に少ない権利者の、さらにその一部のムーブメントでは、どうしたって大勢に影響を及ぼすものにはなれない。
でも、CGMの場合、権利者と消費者とが同じ文化を共有する同志であるので、数の力が期待できる。
現に今、初音ミク問題で、権利者と消費者が(共闘と呼ぶにはまだ同じ方向を向けていないけど)同じ問題意識を持ち得ている。
これをひとつの方向に束ねて形作ることができれば、あるいは・・・という可能性は秘めていると思うのです。

ソフトウェアの世界で、自由な創造のための様々なライセンス形態が生み出された経緯が、大いに参考になるのではないかと思う。
ああしたことを、コンテンツ全般においてできないとは思えない。
いままでは「コミュニティ」がなかったから核となる母体が生まれえなかったけれども、ニコニコ動画コミュニティがそれに成りうるとしたら、面白いですね。

CloseBox and OpenPod > 「初音ミク作家協会」が生まれるべきかも : ITmedia オルタナティブ・ブログ

「初音ミク作家協会」ならば本当に発足するかも知れないという気もしますが、どうせなら初音ミクに限定せず、広くネット上での自由な創作活動のための著作権管理団体のようなものが誕生したほうが面白い。

そこがたとえば「非商用なら自由使用OK、商用の場合はこれこれ」みたいな包括的なライセンス形態を策定する。
で、同意する人はそこに作品を登録する。
そこに登録された作品は、ライセンスの範囲内で自由に使用できる。
商用利用などの際にも、その団体に手続きすればOK。
収益等は団体が適切に配分する。
ライセンス違反などのトラブルに対しては、団体が対応する。
――みたいなことですね。
そうした活動を行う非営利団体一個作ってしまえばいいと思う。
JASRACが嫌われるのは、言うなればJASRACの策定しているライセンス形態が嫌われるのであって、著作権を一括で代行管理するという仕組み自体は非常に便利なものだと思うので。

こうした団体が誕生するかどうかが、ひとつの鍵になると思うな。
誕生すれば、新しい創作文化が花開くかも知れない。
誕生しなければ、たぶんやがてはネットもJASRACに覆われるだろうと思います。

問題は、誰が旗印になるかですね。
MIAUあたりじゃ・・・弱いかな。
やはり、このタイミングなら、初音ミクにかかわる誰かを核にしたほうが求心力高まりそうだし。
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by kude104 | 2007-12-22 18:21 | PC&ネット

ケータイ小説と初音ミク

こどものもうそうblog | ケータイ小説の新しさと古くささ

ケータイ小説の新しさを

ケータイ小説は、とうとう「少女が書く→少女に届く」という構図にまで変化した。
大人がじょじょに排除された世界なのだ。
として理解するのは、まさに慧眼ではないかと思う。
なるほど、ひとつ腑に落ちた気分なり。

今どきの少女たちが――って実際のところはよく知らないのだけど、イメージとして――ケータイ小説に夢中になる感覚は、ぼくらが初音ミクに興奮する感覚に似ているんじゃないかと思う。
初音ミクだって、今はどうかわからないけど、火がついた時点では、まだまだとてもじゃないけど純粋に楽曲として聴くにはクオリティの低い代物だった。
だからたぶん、それなりに音楽に慣れ親しんだ人たちは、「あんなものは歌じゃない」って思ったのじゃないかな。
ケータイ小説が「あんなものは小説じゃない」と言われるみたいに。

ケータイ小説にしろ初音ミクにしろ、それらに熱中している人たちは、クオリティが(従来のものと比べて)優れているから熱中しているわけではない。
「自分たちが発信している」という部分で、熱中しているのではないか。
ケータイ小説なら「大人の編集を必要とせず」、初音ミクなら「レーベルや歌手を必要とせず」に、自分たちの力だけでそれなりのコンテンツを生み出している――って部分に熱中しているのではないか。
身内意識と言うのかな。
たとえば、外国人選手より日本人選手の活躍に興奮するように、身内意識があるのとないのとで、同じものでも受ける感動が何十倍も違ってくるように。

ケータイ小説は「自分たちと同じ女子中高生が書いた実話」的な背景それ自体がドラマなんだと思う。
編集されていない“奇妙”な文体も、そのドラマを盛り上げるリアル感なんだね。
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by kude104 | 2007-11-16 18:40 | PC&ネット
初音ミクの魅力がオタクでない僕には分からないので教えて下さい - araig:net

ぼくは、初音ミク作品には今のところ正直あまり興味がないのだけど、初音ミクフィーバーとでも言うべきこのムーブメントには非常に興味をそそられます。

で、上記エントリーの問いの発端である「初音ミクの魅力はオタクにしかわからないのか?」という命題だけど、現時点ではYesであろうというのがぼくの印象。
ただ、多くの人が、初音ミクの潜在的ポテンシャルはNoであると――つまり、初音ミク(の進化系)は“オタクのおもちゃ”に留まるものではないと思っているだろうことは分かるし、ぼくもその可能性は大いに感じます。

初音ミクというVOCAROIDが、初音ミクというキャラクターを与えられたことでブレイクしたという点に疑問の余地はないだろうと思います。
もちろん、VOCAROIDとしての性能が優れていた――単純性能としての優劣で言えば従来作品と同等か、あるいはそれ以下なのかもしれませんが、初めてVOCAROIDというものに触れたユーザの想像していた性能よりも優れていた――ことは重要です。
でも、ブレイクの発端として、まずキャラクターありきだったことは間違いない。
そして、初音ミクというキャラクターは“オタク的”です。
専門家(?)に言わせれば違うのかも知れませんけど、外から見たら十分オタク的に見える。

で。
初音ミクが特異なのは、今のところ“初音ミク”というソフトで作られた作品のすべてが“初音ミク”というキャラクターとしてパッケージされる点です。
これにより、初音ミクというソフトで作られた楽曲の支持と初音ミクというキャラクターの支持とが、どちらも「初音ミクっていいよね」というところで一緒になる。
なので、ソフトウェア初音ミクの楽曲の素晴らしさをいくら力説しても、現時点では、キャラクター初音ミクが持つオタクイメージに引きずられてしまうことになるのだと思います。

それは、もし初音ミクのキャラクターイメージがもっと別なものであったら――と考えてみると分かる。
もし初音ミクが初音ミクじゃなくて、たとえばNHK教育の子供向け番組のキャラクターみたいなやつだったらどうだろう。
「初音ミクはオタクっぽい」という話ではなくて、「初音ミクは子供っぽい」という話になっていたんじゃないだろうか。
あるいは、初音ミクがまったく無機質なただのソフトウェアだったら、普通に単にすごいソフトウェアってことで静かに盛り上がっていたかも知れない。

初音ミクというソフトが垣間見せる可能性というのは、本当にすごいものだと思う。
そりゃ、現時点の初音ミクは、まだまだだと思うよ。
「人間に置き換わる」という意味では、まだまだそこまでは達しないでしょう。
でも、3代目、4代目あたりの初音ミクは分からない。
もしかしたら・・・と思わせるだけのものはある。

ただ、そうなったときの初音ミクは、つまり、オタクイメージから脱却して一般化した初音ミクは、確実に初音ミクというキャラクターを纏ってはいないでしょう。
名もなきただの無機質なソフトウェアになっているだろうと思います。
もしかしたら初音ミクという名のVOCAROIDは依然残っていて、アイドルとして人気を保っているかも知れませんが、その初音ミクのファンは今と変わらず世間的にはオタクと見られていることでしょう。

初音ミクが初音ミクというキャラクターを纏う限り、それは「オタク的なもの」と見られる。
でも、それはそれでいいと思う。
キャラクター初音ミクの魅力は、それはそれでいいものだと思う。
一方で、オタクだけに留まらない可能性を初音ミクに見るのも、そう的外れだとは思えない。
VOCAROIDはまだまだ進化するだろうし、それがあるレベルを超えれば、純粋に楽器として使用されるようになるでしょう。
でもそれはキャラクター初音ミクの未来ではなく、ソフトウェア初音ミクの未来でしょう。

初音ミクのキャラクターとしての魅力と、初音ミクのVOCAROIDとしての性能と、VOCAROIDというものの可能性と、初音ミクで作られた楽曲の魅力と、さらにはニコニコ動画の話と、CGMの話と・・・ああ、こんなにもいろいろなトピックが「初音ミク」というキーワードにまつわって語られるのだから、初音ミクフィーバーは実に興味深い。
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by kude104 | 2007-10-22 23:59 | PC&ネット
初音ミクのオリジナル曲に名作が続々と生まれている! :にゅーあきばどっとこむ

初音ミクというVOCALOID(歌声合成ソフトウェア)で作られたオリジナル楽曲ということだけど、すごいね。
かなりクオリティ高い。

でも、楽曲のクオリティが高ければ高いほど、やはりVOCALOIDの歌声の拙さが目立つように感じられます。
もちろん、機械的な合成でここまでの歌唱力が表現できることには、ただただ感嘆するわけだけど。
「これ、生身の人間の歌声乗せたら、もっといい歌になるんだろうな」と思っちゃうわけだ。

とはいえ、じゃあ実際に人間に歌わせたらと考えると、たしかに楽曲の完成度は上がるかもしれないけど、たぶん“普通”の楽曲になっちゃうんだろうな。
初音ミクが歌うから、価値があるのであって。

可能性があるとしたら、初音ミクの声を担当している声優さんが初音ミクっぽく歌うという形ならば、初音ミクのイメージを保ちつつ、歌声のクオリティを高められるかも知れない。
初音ミクのオリジナル楽曲を商品化しようという動きがあるようだけど、どうなんだろう、一般向けを考えるならそういう工夫はあっていいと思うのだけど。
でも、初音ミクファンの皆さんにとっては、この拙い歌声こそが魅力なのかも知れないから、難しいところですね。


それはそれとして。
ニコニコ動画における一連の作品の作られ方と言うのは、まさにオープンソース開発のそれですね。
オープンソース開発が上手くいくかどうかというのは、やはり1にも2にもコミュニティなのだということが、ニコニコ動画を見ているとよく分かります。

ニコニコ動画が秀でていると思う点は、音楽と映像とコメントという3つの要素によって成り立つところでしょう。
音楽と映像というのは、「他人の音楽に自分の映像をmixする」「他人の映像に自分の音楽をmixする」という共同作業が容易です。
素材そのものは音楽と映像という具合に独立しているのに、合わせてひとつの作品としたときの一体感は非常に高い。
もしこれが音楽だけ、映像だけだったら、別バージョンを作り出すには他人の作品を直接いじらなければならず、それはたぶん心理的な抵抗感が強いと思うのです。

そしてコメント。
音楽作りも映像作りも得手ではないというユーザも“作品作り”に参加できるという点で、このコメントこそがニコニコ動画のオープンソースのパワーの源なのは間違いない。
ニコニコ動画のコメントシステムのすごいところは、動画を観終わった後、最後にまとめて感想をコメントするというのではなく、その時その瞬間に感じたことをぱっとコメントするというリアルタイム感。
このリアルタイム感による勢いがコミュニティの熱になって、オープンソースを突き動かしているように感じます。

もうひとつ。
ニコニコ動画でオープンソースが発展したのは、やはり、市販の楽曲やテレビ番組のMADを作る文化が下地にあるからだろうと思います。
誰かがアップした作品に自分の創作をmixして再アップする――みたいなことを参加者全員が共通認識として許可するコミュニティを作ることは、実はかなり奇跡的に思えます。
しかも、これだけの才能を持った人たちを、これだけたくさん集めることは。
ニコニコ動画のシステムは容易に真似できても、このコミュニティ文化作りはそう簡単には真似できないでしょうね。

ただ、それだけに、ニコニコ動画のオープンソースパワーは、ニコニコ動画の文化に適したものに対してしか発揮されない。
たぶん、そこは非常に顕著な気がします。
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by kude104 | 2007-10-09 23:23 | PC&ネット