世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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人を信じるだけムダなんだと思う

「人を信じても裏切られるだけ」みたいな言説に対していつも思うのだけど、それ、ちがうやろ。
「裏切る人を信じた」だけやろ。

この手の人に多いのが、100%信じるか、まったく信じないかどちらか――みたいな。
ゼロかイチか。
なんでそうなるかというと、結局、楽をしたいからなんだろう。

すべての人間が一律に信用できるとかできないとか、そんなわけないじゃない。
一人の人間に対しても、いついかなる時も、あらゆる事柄に対して、一律に信用できるとかできないとか、そんなわけない。
Aさんは、こういうときこういう事柄に対しては、これくらい信用していいけど、こういうときこういう事柄に対しては、これくらいしか信用できない、とか。
信用できるかどうかなんて、本来、その時々に個別個別に見極めて行かなければならないものだ。
当然、それはすごく難しいし、手間暇かかる作業だ。

だから、もうまるっと一律に信じるか信じないか、どちらかだっていうふうにして、楽がしたいだけなんじゃないの?

「疑う自分が嫌だ」っていうけど、それ本当に?
単に、『理想の相手像』を押し付けたいだけとちがうの?
相手を見極めるというのは、相手の善いところも悪いところも含めてお互いの距離感を図っていくことだ。
相手の人となりを理解して行くのが面倒だから『理想の相手像』を押し付けて、それを信じることで関係性を築いた気でいるだけならば。
そういうのは、「信じる」とは言わん。

本当に人を信じるというのは。
「この人なら裏切らない」と信じることじゃない。
「この人に裏切られるなら、しょうがない」と覚悟することだ。
だから、人を信じることは気高くて美しんじゃないか。

「信じたのに裏切られた!」とわめいて非難するくらいのことは、誰にでもできる。
裏切られてわめくぐらいなら、信じちゃダメなんだよ。
裏切られること前提で、それでもいいと思えるなら、それが本当に「信じる」ということだ。

そして「信じる」ことにも、当然、レベルがある。
たとえば、ひとにお金を貸すとき、いくらまでなら貸せるか、みたいに。
それはもちろん、返ってこないこと前提でだ。
あいつなら、100万円まで貸せる、とか。
あいつには、100円でも無理だ、とか。

自分の命まで懸けて、裏切られたら笑って死ねるような、そんな信じるに足る相手は、人生でまぁひとりいるかいないかだろう。
ジャンプ漫画じゃねーんだから、そんな友情や愛情のバーゲンセールみたいに何人も何人もいるわけがない。
でも、100円や1万円くらいの信じるに足る人はたくさんいる。
そういう小さな信じる心で、世の中はつながって成り立っているんだろうと思う。

「人を信じるだけムダ」なのではなく、無駄に信じてもムダなだけなのよ。
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by kude104 | 2009-11-11 17:12