世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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テレビで広州アジア大会を観ていてひとつ気になるのは、選手の”名前”です。

日本人の場合は、一般的な英語表記の要領で、名が前で姓が後になっています。
でも、中国人や韓国人なんかは、母国での表記の通りに、姓が前で名が後になっているようです。
それを見ていると、日本人も同じように、姓を前、名を後にすればいいのになーと思うんですよね。

名前の表記まで欧米のルールに合わせるようなスタイルは、もう古いんじゃないか。
今の時代は、それぞれの国がそれぞれの国の文化で国際社会に出ればいいんじゃないか、と。
自分たちは普段「姓 名」なので国際社会でもそれで行きますという方が、ぼくには自然体で好ましく思えます。

大会では、姓を大文字、名を小文字(Taro YAMADA)のように表記していて、これだと姓と名が分かりやすくていいなーと思いました。
これに「姓 名」のスタイルを加えて、これからぼくは YAMADA Taro のように表記しようと思います。

もうひとつ気になるのは、日本人のアナウンサーや解説者などが、中国人(韓国人もかな?)の名前を漢字読みすることです。
「王」さんのことを「ワン」さんじゃなくて「おう」さんと呼ぶんだりする。
画面上にはアルファベット表記で「WANG」と表記されているんだから、そのように発音すればいいのに。
本来は漢字表記で、その漢字は日本語ではこう呼ぶからって、人の名前を勝手に「翻訳」するのはどうだろう。
日本人の山田さんが「マウンテン ライス フィールド」って呼ばれるようなもんじゃない?

海外では自分たちの名前を「名 姓」にして、国内では中国人の名前を日本語読みする。
まさに、郷に入らば郷に従えだね。
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by kude104 | 2010-11-22 17:28 | テレビ

今日のテレビ雑感

テレビのチャンネルザッピング中に「クイズ!ヘキサゴン II」の番組終わりをちらっと見たのだけど、なんか、出演者が唄うCDの宣伝がやたらと流れて面白かった。
どんだけCD出してんねん、と。
お前、テレビショッピングかと。

最近のテレビ業界は広告収入が激減していると聞くけれど、なるほど、なりふり構っていられない感じがする。
今までのテレビが番組の合間にスポンサーCMを流すというスタイルだったのに対して、これは、番組自体を番組グッズのCMと位置付けて商売しているような気がする。
いやまあ、番組自体は見ていないので、知らないんですけどね。

「広告収入が激減」つながりで言えば、「1億人の大質問!? 笑ってコラえて!」について。
この4月から放送時間が変わったのですが、引っ越し後、番組の内容自体はほとんど変わっていないようなんだけど、ゲスト出演者の数が半分くらいになっていて笑った。
なんという分かりやすい人員削減。
「引っ越してリニューアル!」みたいな顔で、こっそり削減しているところがカワイイ。
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by kude104 | 2009-04-22 23:59 | テレビ
ABlog テレビって面白い!!!       ただし20年前の

たぶんだけど、テレビ局は面白い番組を作ることが仕事じゃない。
視聴率が稼げる番組を作ることが仕事なんだ。
なぜなら、テレビ局のお客様はスポンサーだから。

スポンサーがお金を出すか出さないかの基準は番組の面白さじゃない。
どれだけの宣伝効果が見込めるかだ。
だから、面白い番組を作ることは視聴率を上げるための手段であって目的じゃない。

昔の番組が視聴率を気にせずにやれたのは、昔はテレビという媒体そのものの広告価値が高かったからじゃないかと思う。
スポンサーになりたい企業など、いくらでもいた時代だろう。
言うなれば、客のほうを向いて商売しなくても売れる時代だったというわけだ。

なぜテレビ番組は視聴率という「その番組の全体的な価値を計るにはあまりにも情報量の少ない数字」で測られるのか。
おそらく、ひとつには先ほど言ったように、昔はテレビ自体の広告価値が高かったので、その程度の情報量で充分だったのだろう。
でも今、視聴率の有効性はかなり薄れた。

じゃあ、視聴率に代わる新たな指標を導入しましょうとなると、困るのはおそらくテレビ局だろう。
スポンサーが欲しい指標は、番組の実際の広告効果を測る数値だ。
でも、そんなものは容易に計測できないし、仮にできたとしたても、下手をしたら「テレビには思ったほど広告効果はない」という結果が出て、自分で自分の首を絞めかねない。

視聴率の代わりに、たとえば「視聴満足度」のようなものを導入したとしても、それが広告効果とどう結びつくのかを説明しなければ、スポンサーにとって意味がない。
でも、「視聴満足度がこれくらいのとき、広告効果はこれくらいになる」というのを示そうものなら、先ほどと同様、下手をしたら「テレビには思ったほど広告効果はない」という結果が出て、自分で自分の首を絞めかねない。

だからたぶん、テレビ局側は動けない。
泥舟と知りつつ、視聴率に乗っかっていくしかないのだろう。

幸か不幸か、テレビの広告収入はどんどん下がっているみたいだから、いずれそのうち視聴率を気にして番組を作ったところでペイできない状況になるかもしれない。
そうなれば、ペイ・パー・ビューやパッケージ販売など、番組をコンテンツとして販売して収益化を測らなければならなくなるだろうから、そこでようやく「視聴者のほうを向いた面白い番組作り」ができるかもしれない。

あるいは、地方の地元ケーブルテレビのような番組ばかりになっちゃうかもしれないけど。
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by kude104 | 2009-03-06 22:26 | テレビ

NHK面白いよ

「若者のテレビ離れに危機感」NHK・福地茂雄会長 - ZAKZAK

ぼくはたぶん比較的テレビを見ているほうだと思う。
特にNHKの番組は、朝ドラとか「その時歴史が動いた」とか「クローズアップ現代」とか「熱中時間」とか「ケータイ大喜利」とか「サラリーマンNEO」とか、あとニュースとかドキュメンタリーとかとか・・・いっぱい見てる。

歳をとるにつれ、民法の“若者向け”の番組よりも、NHKのほうが面白く思うようになった。
クイズとかグルメとかオーラとか愛は地球を救うとか、そういうのが「つまらない」を通り越して「不快」に感じるようになったもので。
それだったら、毒にも薬にもならないNHKニュースのほうがましなんだよなぁ。
だから、NHKには、変に“若者向け”とか考えないで欲しい。

「若者のテレビ離れ」という場合の“若者”がどういった人々を指すのか分からないけど、なんとなく思うのは、テレビを見るための時間的余裕であったりシチュエーションであったりが、なくなってきているのではないかということ。
番組の質に原因があるのではなく、人々のライフスタイルが変化したんじゃないかなぁ。

今どきの若者が、家族団らんでテレビ見るとか、あまりイメージできないし。
5時に仕事終わって帰宅して、テレビ見ながら食事するとか、なさそうだし。
学校や職場で、昨日見たテレビの話題で盛り上がることも、なさそうだし。

昔は暇があって娯楽がなかったから、「本を読むかテレビを見るか」くらいしか、やること無かったんじゃないだろうか。
今は、帰宅して寝るまでの3時間をどう使うか・・・みたいな感じじゃない?
その少ない時間をネットとケータイとゲームとテレビで奪い合うとなれば、そりゃテレビは不利だよなぁ。
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by kude104 | 2008-05-09 22:55 | テレビ
J-CAST ニュース : 子供の「漢字書き取り苦手」 テレビが原因かでバトル勃発

「3時間以上テレビを見る子供は全学年で平均点が低く、1時間以下の子供の平均より200点満点で50点以上も低い学年もあった」

素直に考えれば、テレビの視聴時間が長い子供はそれだけ勉強時間が短いので成績が悪いということではないのかな。
たとえば、「スポーツを3時間以上する子供では見られない傾向だ」とか、「テレビを3時間以上見る子供は、他の成績は平均的だか、なぜか漢字の書き取り能力だけが低い」とか、そういう特異性があるのであれば、「もしかして、テレビにはなにか悪い影響が・・・?」というのも分かりますが。

今回「新聞vsテレビ」というメディア対決の様相になったのは、やはり、新聞の「活字メディア」としてのプライドをくすぐったからでしょうね。
「ほらね、だからもっと新聞読め」と言いたい気持ちでいっぱい、みたいな。

新聞って、「新聞を読むと成績が良くなる」的な売り方をしばしばするけど、それって裏返せば、純粋にニュースメディアとしての勝負では苦しいって言っているようなものだと感じるのは、きっとぼくだけじゃないはず。
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by kude104 | 2007-05-10 23:08

最近のテレビ番組

痛いニュース(ノ∀`):“俗悪バラエティーやめよ” 芸無しタレント、怪しげな霊能者…馬鹿が伝染しそう

テレビなんて所詮は暇つぶしの道具なんで、毒にも薬にもならないくらいでいいと思うけど、つまらないテレビ番組は多いよなぁ。
――といった「最近のテレビつまんねー」話はたぶん耳タコだろうから、「じゃあ、そういうお前はどんな番組を見ているんだ?」という話をしようかと。

まず、NHK朝の連ドラ。
今放送中の「芋たこなんきん」は面白いね。
当初、ヒロインが藤山直美さんということで、「好きな女性芸能人」がほぼ直近の朝ドラのヒロインで構成されるぼくにとって、「なにその潤いのない朝ドラは」とテンション低かったのですが、普通にドラマとして面白い。
藤山直美さんの笑いと人情味あふれるお芝居、いいね。

ドラマで観ているのは、あと、NHK大河ドラマ。
「風林火山」は、まぁまぁ面白いんじゃないかと思う。
主人公が「軍師」ということで、わりと合戦の戦略・戦術にポイントを置いて描かれているのが面白いですね。

NHKで言えば、「その時歴史が動いた」は歴史好きとして楽しみな番組。
内容もだけど、松平さんのMCも妙に面白い。
あと、「プロフェッショナル 仕事の流儀」も好きですね。

テーマによっては、NHKスペシャルとかクローズアップ現代とかも見るね。
NHKはそんなもんかな。

毎日(TBS)は、まず「学校へ行こう!MAX」ですね。
みのもんたはあまり好きではないのですが、番組に登場する素人学生が面白いので好きです。
楽しそうにがんばってる学生の姿を見るのはいいもんです。

あとは、「リンカーン」。
ダウンタウンが好きだからというのもあるけど、今あるお笑い(芸人)番組の中では一番ましなんじゃないかなぁ。他よく知らないけど。
前回のはりせんぼんの説教先生とか、ちょっと前の関西弁で言うてみよう!標準語で言ってみよう!とか、おもろかった。

ABC(テレ朝)は、まず「ドラえもん」と「クレヨンしんちゃん」。
いやまあ、この歳で観てるというのも恥ずかしいですが、まぁ晩メシ時なんで。
べつに毎週楽しみにみているわけではないけれど、面白くないこともない。

あとは「探偵ナイトスクープ」です。
これは毎週楽しみに観てます。
西田局長のぬるさにも、気がつけばもうすっかり馴染んだなぁ。

そうそう、「ぷっすま」を忘れるところでした。
ぷっすまは好きです。
あのゆる~い感じが面白い。

関テレ(フジ)は、まず「あいのり」でしょ。
男であいのり観てるというのはなんだかちょっと恥ずかしいけど、まぁ面白いよね、あれ。
「旅」と「恋」なんてのはドラマ性の宝庫なわけで、面白くないはずがないわけで。
でも、あいのりの面白さの根幹は今田耕司さんにあると思うのですよ。
彼が笑いにしてくれるから、ぼくのような人間でもあいのりを観られる。

あとは、「めちゃイケ」。
最近ちょっとパワーダウンな感じもしなくもないけど。
まぁ、それでもたまに面白い回があると期待できるだけの番組では、まだあると思う。

あー、たまにメシ時には「サザエさん」も観るなぁ。
昔はそんなに面白く思わなかったけど、なんか歳をとると、サザエさんのような毒のないアニメが妙に心地よかったりするのですよ。
むしろ、名探偵コナンとかのほうがダメだ。
昔は観ていたんですが、最近じゃしんどくて観られない。

読売(日テレ)は、まず「一億人の大質問 笑ってコラえて」です。
これの「イケてる会社訪問」とか「ちょっと昔の旅 」とか、そういうプチドキュメンタリーふうなコーナーが面白い。
前回(だったかな?)の「こんにちは赤ちゃんの旅」には感動させられたなぁ。
いやほんと、女性の子供を産むという一点において、男性は女性に敵わないよなぁとつくづく思いますよ。

あとは、「ガキの使い」くらいかな。
でも、ガキ使の最近のフリートークを観ていると、松っちゃんも年取ったなぁと思いますね。
昔はもっと切れがあったのに・・・みたいな。
それでも十分面白いですけど。

――とまぁ、ざっとこんなところでしょうか。
いやあ、普段自分が観ているテレビ番組を言うのって、けっこう恥ずかしいですね。
なんか、自分の趣味嗜好が丸裸にされるような感じで。
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by kude104 | 2007-03-03 23:59 | テレビ
たけくまメモ : ザ・たっちの何が面白いのか

ザ・たっちの”人気”はなんとなく分かる気がするけど、ぼく個人としてさほど面白く思わないという点で同感です。

お笑い芸人の才能には、大きく分けて、ネタとフリートークの2種類あると考えていいでしょう。
あ、リアクション芸を別にして、3種類にしたほうがいいかな。
ともかく、ザ・たっちのネタの才能――「物まねネタが面白い」とか――は、ぼく自身が見たことがないのと、今回のたけくまさんの感想はテレビでのなんというんでしょう、アドリブ的なフリートークでの才能についてだろうと思いますので、そちらに絞って話を進めます。

で、まずは「ちょっと、ちょっとちょっと」という一発ギャグが面白くないという感想なんですが、ぼくも同感です。
でも、それはなにもザ・たっちに限ったことではなく、そもそも「面白い一発ギャグ」なんてあったかしらと思う次第です。
なんでもいいですけど、吉本新喜劇の各種ギャグにしても、往年の著名なギャグにしても、面白いですかね。
ギャグ単体で見た場合に、です。

一発ギャグの面白さって、子供の感覚での面白さレベルだと思うのです。
なので、基本的には子供に受ける一発ギャグが「面白いギャグ」という認識でいいのではないかと考えます。
「ちょっと、ちょっとちょっと」にしても、ぼくにはまるで笑えませんけど、でも他の流行りもしない一発ギャグと比べれば、たしかにキャッチーだと思います。

なにしろ、耳に残る。
真似しやすい。
流行る一発ギャグの条件って、要するに、それを見た人が日常生活で思わず真似して使っちゃうことだと思います。
それを言う、やるのが感覚的に気持ちいい。
そして、それを使う場面が分かりやすい。
その点で、「ちょっと、ちょっとちょっと」は、たしかに優れているように思います。

で。
まぁ、「ちょっと、ちょっとちょっと」はギャグとして「たしかに流行るわな」でいいとして、ではザ・たっちのフリートークの才能はどうやねんと。
たいして面白くないじゃないかと。

これに関しても、テレビに出ているタレント(お笑い芸人以外も含めて)の8割はたいして面白いことを言っているわけではない、という理解でよろしいのではないかと思います。
つまり、ザ・たっちだけが例外ではないのだと。

とりあえず、普通レベル、可もなく不可もなくというレベルのコメントができれば、あとは他の要素が加算されて、トータルとしてのタレントの「面白さ」になるのだと思います。
歌がそれなりでも、ルックスでCDが売れるアイドル、みたいな。
歌手としてみるとそれはどうやねんということですが、トータルの商品価値というかエンタテインメント性という観点で見れば、そいういうのも有りだろうと思います。
ですから、さして面白いことを言わないのにバラエティ番組に引っ張りだこな芸人がいることは、そう不思議なことではない。

では、ザ・たっちのコメント以外の加算ポイントは何かというと、ひとつにはたけくまさんも書かれているように、コロコロしたヌイグルミが声を合わせて動いているカワイさでしょう。
そしてもうひとつが、やっぱり「ちょっと、ちょっとちょっと」などの持ちギャグだと思います。

ザ・たっちが「ちょっと、ちょっとちょっと」と言ってみんなが笑う。
その様を見ていてぼくが感じるのは、なんというか、水戸黄門の印籠のカタルシスのようなものがそこにあるのかなということです。
お約束の面白さ、みたいな。
「言うんだろうな言うんだろうな・・・ほら、やっぱり言った!」と嬉しくなる感じ。

あるいは、俳優さんでも、たとえばその俳優さんが演じた役柄の有名なセリフを言うとお客さんが喜ぶ、みたいなのってありますよね。
「あ、あたしこれ知ってる!」とか、「本物を生で見られた!」とか、そういう面白さもあるのかもしれません。

加えて言えば、ある種の「記号性」のようなものも、あるのかもしれないと感じます。
「ちょっと、ちょっとちょっと」というギャグは面白い、という記号になっている、というか。
どこで笑っていいか分からない人も安心です、「ちょっと、ちょっとちょっと」が出たら笑っていいんですよ、みたいな。
これは「お約束の面白さ」を通り越した「お約束の世界」ですな。
もしこれがけっこう大きなウエイトを占めているとすると、お寒い状況ですねと嘆きのひとつも言いたくなりますが。

とまぁ、そういった要素がいろいろ絡み合って、テレビ芸人としてのザ・たっちの「面白さ」を作っているのかなぁと、ぼくなりに解釈しています。
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by kude104 | 2007-02-14 23:59 | テレビ
番組ねつ造:「あるある」に消費者から怒り-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

あれですね、人間いかに騙されやすいかということと、なんだかんだ言ってもテレビの影響力ってまだまだ巨大なのねということが、よくわかりました。

『あるある』が言うんだから間違いないってことで信じちゃうんだろうけど、肝心要の『あるある』を信じる理由というのは、要するに「テレビだから」でしかない。
決して、「過去、『あるある』の情報がたしかに正しかったと実感したから」ということではないなず。

でも、これはまぁテレビに限らず何でもそうだけど、ぼくらは発言の”内容”ごとに、いちいち「信用できる、できない」と判断しているわけではない。
それは現実的に不可能だし。
なので、”この人”は「信用できる、できない」という具合に、情報源の段階でフィルターを掛け、一旦フィルターを通ったものはわりと盲目的に信じちゃう。
宗教とかで、教祖を盲目的に信じて変なことやっちゃうのも、根っ子は同じでしょう。

つまり、ひとを騙そうと思ったら、騙す内容をいかに真実っぽく見せるかよりも、まずは自分のことを信用させる方が重要ってことだね。
「この人の言うことなら間違いない」と思わせれば、あとは多少荒唐無稽の嘘だろうと信じさせることができるんじゃないでしょうか。


それにしても。
「この番組では、前のダイエットの食品を忘れるころに別の食品のダイエットが紹介される。以前に放映されたチョコレートも寒天も試してみたがやせず、他の方法までもうそに見えてくる」
イイカゲンキヅケヨ──みたいな?

あるある大事典は見たことないけど、だいたい察するに、健康志向とダイエット志向を煽る番組でしょ?
次から次へと新しいダイエット方法が紹介されるというのは、要するに、どれも大して効き目がないってことじゃないですかね。
チョコレートも寒天もダメだったんなら、どうせ納豆もダメだってことでしょうに。

だいたいね、楽して痩せようってのが間違い。
こういうお母さんに「こつこつ地道に努力しなさい」とか言われたら、子どもとしては「おまえもこつこつ地道に努力しろ」って言いたくなりますね。

ねつ造だろうが真実だろうが、楽して痩せたいって考えでは痩せねーよ。
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by kude104 | 2007-01-22 22:07 | テレビ
ついにうちでもケーブルテレビが見られるようになりました。

なんかうちのマンション(というかアパート)が一括契約したとかで、今日からエコノミープランのケーブルテレビチャンネルが見られるようになりました。
でもって、地上波番組も地デジ対応になりました。
マンションの設備としての導入なので、料金はもちろんタダ。
まぁ、タダと言っても家賃から間接的に支払われるわけですが、そのぶん家賃が値上がりするってわけでもないから良しとしよう。

で、初めてのケーブルテレビ体験に、「いやー、すげーなぁ」と感動している次第ですが、正直、チャンネル数が多すぎてわけがわからない。
こう多いと、「どの番組を見ようかな」と検討する気も起こらないですね。
検討して、見たい蕃組を見ていたら、一日中テレビの前に首っ丈ってことにもなりかねませんし。
とはいえ、暇つぶしに見る番組が増えたのは嬉しい。

──とここまで読んで、昔からこのブログをご覧の皆様にはお分かりの通り、いくらケーブルテレビが見られるようになったといっても、うちのテレビ、音出ないんですよね。
無音で見るケーブルテレビ。

セッティングに来たケーブルテレビ会社の人も「音出ないんですか」と驚いていました。
おかげで、追加料金でさらにたくさんの番組が見られますという宣伝も、てきとーでしたね。
「エッチな番組も見られますよ」とセールスされても、「音無しで見てもねぇ・・・」と言うと、そりゃそうだってな感じですから。

ま、これを機に、そろそろテレビ買い換えるかな。
地デジがどーたらってのも、関係なくなったし。
音だけじゃなく、映像も暗くなりつつある今日この頃なので、そろそろ見切り時でしょう。
いいきっかけだ。
安いテレビだと、2~3万円くらいで買えるのかな。
よし、今月中を目処にテレビ買うか。
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by kude104 | 2006-11-11 18:10
このところ、YouTubeを巡る論争を日々興味深くウォッチしています。

いろいろな立場の人がいろいろな意見を述べていますが、YouTube肯定派も否定派も、著作権保有者がYouTubeを積極的に利用するようになれば何も問題はない、そうなるのが一番理想的であるという点においては、同じ意見だろうと思います。
ですからこの問題は、「どうすれば、著作権保有者にYouTubeを認めさせるか」というところに帰着するものと考えます。

できれば、無理やり認めさせるのではなく、自ら進んで認めたくなるような方法は無いものか・・・と思う次第です。

ここからはテレビコンテンツに限って話を進めます。
ぼくとしては、テレビ局がYouTubeを認める──YouTubeへの番組アップを許可する──ことは、まずないだろうと思っています。
アメリカのNBCというテレビ局がYouTubeと提携したという事例がよく引き合いに出されますが、これって番組のプロモーション等にYouTubeを利用するという話ですよね。
「ユーザの皆さん、NBCのテレビコンテンツをYouTubeにアップしても構いませんよ」という話なら、それはすごいですけど。
まぁ、いずれにしても、日本のテレビ局が許可する可能性は、現時点では限りなく低いと思います。

とはいえ、YouTubeが示した「便利さ」への流れは、もはや止めようが無いことは間違いない。
テレビ局としても、この流れには逆らえません。
となるとあとは、いかに上手く流れに乗るかです。

テレビ局がYouTubeに乗っかるのは、現状では失うものが大きすぎて難しい。
とはいえ、視聴者はYouTubeを求めている。
だったらどうするか?と考えて辿り着いた答えは実に簡単で、「テレビ局は自分たちでYouTube的なものを作ればいい」です。

YouTubeが示したテレビコンテンツの新しい視聴の形は避けられなくても、YouTubeは避けられる。
YouTubeを避けるのはべつにYouTubeが憎たらしいからとかそういう理由ではなく、プラットフォームを他人に握られると身動きが制限されるからです。
テレビ局なんてのは、放送局を握っていてこそ存在価値があるのだから、そこを他人に預けるなんて考えられない。

たとえば、自社YouTubeだったら、テレビ番組とテレビCMをマッチングさせて表示するなんてことも自由に出来る。
これがYouTubeだと、YouTubeに「この動画コンテンツにはこの広告が表示されるようにして欲しいんですけど」って頼まなきゃならない。
で、「無理です」とか言われちゃったりしてね。

利用者にしてみれば、自分の見たいテレビ番組がYouTubeと同様に見られるのであれば、それがYouTubeでなくても構わないでしょう。
そりゃ、一ヶ所にまとまっているほうがいろいろ便利でしょうけど、分散してもそれで合法的にテレビコンテンツが利用できるなら、トータルでは文句ないはず。

フジテレビが自社YouTube的な「ワッチミー!TV」をスタートさせたのは、その第一歩となるのかもしれません。
個人的には、テレビ局が持つ自社YouTubeには、一般ユーザからの動画コンテンツの投稿機能なんかなくていいと思いますけどね。
そんなものは、それこそYouTubeに任せておけばいい。
自社YouTubeには、自分のところのテレビコンテンツをがんがんアップして行くだけで、十分利用者はついてくると思います。
だって、YouTubeのアクセスのうち、いったいどれだけがテレビコンテンツかって話ですもん。

自社YouTubeで上手くビジネスがまわるかどうかは分かりませんが、少なくとも、YouTubeで自社コンテンツを解禁するよりは可能性があるのではないかと思います。
というわけで、テレビ局にYouTubeを認めさせるのは難しいが、“YouTube的なもの”を認めさせるのなら可能性があるんじゃないか──と思うわけですが、どうでしょう。
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by kude104 | 2006-07-20 23:08 | PC&ネット