世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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山陰中央新報 - ゲーム漬けの子どもたち 読書や会話のある生活を

言いようには、たぶん作為的な(あるいは思い込み的な)嘘・大げさ・紛らわしいが含まれているけれども、問題提起としてはわりと真っ当なのかな、と思う。
思うけれど、「ノーテレビ・ノーゲーム」でどうにか出来るとも思えんのだなぁ。

問題の核は、「子供の学習経験をいかに豊かにするか?」というところにあるだろう。
学習経験の元が「ゲームばかり」「メールばかり」になっていては、そりゃ健全な発育は期待できない。
ただ、ここで重要なのは、おそらく「ゲームばかり」「メールばかり」もまた、原因ではなく結果なのだということだろう。

子どもがメディア漬けになるのは、メディアが“ある”からではなく、メディアの他に娯楽なりコミュニケーションが“ない”からメディア漬けになるのだと思う。
だから、ただ「ノーテレビ・ノーゲーム」を実行したところで、大元の原因である“ない“ものがないままなら、意味はない。
まずは、親が子供の相手をするのをさぼって、メディアに任せっきりにしていやしませんか、と。
そこを問うところから始めなきゃならんだろう。
で、「確かに任せっきりにしていたわ」と親が自覚して初めて、「じゃあ、メディアへの依存を減らしてみましょう」というのが意味を持つのだと思う。

それと、テレビやゲームの娯楽性の強さを甘くみてはいけない。
これらは、その道のプロたちが「どうすればもっと夢中にさせられるか」を日々研究して研究して世に送り出している代物だから。
そんなに簡単に「ゲームやケータイより、家族や友だちと外でいっぱい遊んだ方が楽しい!」なんて子どもが言うと思ったら大間違いだ。
娯楽なめんなよ、と。

なので、テレビやゲームに対抗するのではなく、テレビやゲームをコミュニケーションのネタとしてうまく活用することを考えた方がいいだろうと思う。
子どもがゲームが好きなら、一緒にゲームをやってみるのはもとより、一緒にゲームのキャラクターの絵を描いてみたり、「次、どんなゲームを買うか」を一緒に考えたり、ゲームのごっこ遊びをしてみたり、一緒にオリジナルゲームを考えてみたり。
ゲームで遊ぶ時間を制限する一方で、こうした遊びを行うことで、ゲーム好きの子どもの世界を上手に広げてやれるんじゃないだろうか。
相手の好きなことに興味と関心を持つのはコミュニケーションの基本だと思うので、子どもの好きなことに親が興味と関心を持つのは必要なことだと思う。

ま、そうは言っても面倒くさいからね。
お手軽に「ノーテレビ・ノーゲーム」で良しとしちゃうのも、分からないではない。
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by kude104 | 2009-12-08 17:56 | 時事・社会
iPhoneには様々な有料アプリがありますが、ぼくの印象としては、少なくともゲームジャンルはすでにレッドオーシャンに突入していますね。
タイトル数が多くて、それゆえに、低価格化競争が激しい。
(やっぱり、プログラマーとしてはゲーム作りたくなりますもんねぇ)
その結果、「え、こんなクオリティのゲームがこの価格で?!」という、買う側からしてみれば大変ありがたいけど、売る側からしてみればものすごいサバイバル状態になっています。

iPhoneという端末をゲーム機として見た場合、アクションゲームらしいアクションゲームにはあまり向かない気がします。
やはり、タッチパネルでは「ボタンを押す」感覚がないので、「アクションに対するリアクション」が体感として気持よく感じられないので。

一方で、パズルゲームとかカードゲームなんかには、非常に適した端末だと思います。
他にも、シミュレーションゲームとかADVとかRPGとか――要するに、非アクション系のゲームなら、iPhoneは携帯ゲーム機として十分戦える。
しかも、ソフトは115円とか230円とか、だいたい数百円のレベルで買えちゃうんだから。
DSとかPSPにとっては、不気味な存在だろうなぁと思います。

DSやPSPのソフトメーカーとしては、iPhoneでその値段でゲームを売られたらたまったもんじゃないだろうなぁと思います。
そっちでその値段で売られたら、こっちが売れないじゃないか、と。
でも、さりとて、「じゃあ、うちもiPhoneに参入しよう」と決断するのも難しいところでしょうね。
なんせ、そこはレッドオーシャンですから。
FFやDQクラスのゲームが数千円でリリースされて、それで売れれば空気ががらりと変わるでしょうけど。
今のところは、数多の低価格ソフトがひしめく消耗戦な印象です。

方向性としては、アイテム課金とか月額課金のオンラインゲームであれば、iPhoneでも既存のノウハウで商売やりやすいのかなーという気がしますね。
いずれ、「無料のオンラインゲームはiPhoneで」とかって宣伝を目にするようになるんじゃないかな。

続く・・・かどうかは、気分しだい。
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by kude104 | 2009-08-21 23:13 | PC&ネット
宮本茂氏、Wiiのゲームに搭載する“ヘルプ機能”の存在を認める - Game*Spark
プレイヤーがゲーム中で行き詰まりステージの先に進めなくなった際に、(コンピューター)が自動でそのステージをクリアしてくれる
さすがは任天堂。
難易度調整とかイージーモードとかじゃなくて、「いっそ、コンピュータにクリアさせればよくね?」という発想は、まさにコロンブスの卵的発想。

たとえば、ジグソーパズル。
ジグソーパズルは組み立てる過程が楽しいのだから、たとえ誰かが手伝ってくれるとしても、自分でやりたいですよね。

とはいえ、「どうしても、ここのピースが見つからない」というときもあります。
何時間も何日も、そのピースを探さなければならないとしたら、それはさすがにうんざりし、疲れもします。
そんなとき、「これ」と教えてもらうのは、ぜんぜん嫌じゃない。
むしろ、ありがたい。

そうして完成させたジグソーパズル。
なんならばらして、もう一度はじめから遊んでもいい。
そのときは、教えてもらったピースも、今度は自力で探し当てることができるかもしれません。

一方、組み立てることに興味のない人もいるでしょう。
完成した「絵」をインテリアとして飾りたい、といった人もいて、初めから完成された状態で売られているケースもありますよね。
だったら絵を買えばいい------ではなく、そこはやはりジグソーパズルならではの味があるんでしょう。
楽しみ方は人それぞれ、といったところです。

テレビゲームも、それと同じですよね。

「いっそもう最初から最後までムービーで見せてくれよ」という類のゲームなんかは、コンピュータにプレイしてもらってストーリーだけ鑑賞したい。
でも、プレイすることが楽しいゲームなら、自分でプレイしたい。
一度クリアするとつまらなくなる類のゲームは、コンピュータにクリアしてもらうのは味気ない気もするけど、何度も繰り返して遊べる類のゲームは、コンピュータに手伝ってもらってもいいかも。

この機能があれば、開発者は難易度調整の苦労から大いに解放されるでしょう。
いままでは初心者から上級者までを楽しませる絶妙の難易度が求められていたけれど、これからは、上級者向けに調整して、初心者はコンピュータに助けてもらってね、で良くなる。
上級者にとっては、この機能の導入で、むしろ遊び応えが増すかもしれません。

また、ゲームに行き詰る時間が短くなるということは、ゲームの消費時間が早くなるということです。
たとえば、今まで年2本だった人が年3本ゲームを遊ぶようになるとしたら、ゲームの売り上げがアップしますよね。
作り手側としては、当然、そのあたりのことも期待しているでしょう。

他にも、「ながらゲーム」という楽しみ方も現れてくるかもしない。
テレビを見ながら、とか、本を読みながら、とか。
そうして、おいしいところだけを遊ぶゲームスタイル。
これなんかも、ゲームで遊ぶ時間が増すということで、売上アップに繋がるかもしれません。
もう「積みゲー」に悩まされる必要はなくなるかも。

といった感じで、開発者、初心者、上級者、どれもに恩恵がありそうなこの機能。
さすがは任天堂。
成功失敗いずれになるにしても、今後のゲームの在りようはこうですよといち早く示して見せる姿には感心する。
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by kude104 | 2009-06-18 23:39 | ゲーム

恋愛は面倒くさい

「恋愛は面倒くさい」、低体温なアラサー女子たち:日経ビジネスオンライン

2ページ目以降は読んでいないけど──というか、ほぼタイトルだけを読んで。
コンピュータゲームのことが思い浮かんだ。

昔はあんなに面白かったのに、最近じゃまるでゲームに興味がなくなった。
いや、興味がないわけじゃないんだけど、いざ遊ぶとなるとどうにも面倒くさい。
一度遊び始めたら面白くて熱中するんだろうなとは思うんだけど、電源を入れるまでが面倒くさい。
時々「お、このゲーム面白そうだな」とトキメクことはあるけど、でもすぐに、どうせ毎度のパターンでレベル上げしてアイテム集めて世界を救うんだろうなと思うと、面倒くさい。
昔はゲームが一番楽しい娯楽だったけど、いまはゲーム以外にもやりたいことややるべきことがたくさんあって、昔のようにゲームにばかりエネルギーを注いでいられない。
もし、本当に心ときめくゲームに出会えば、いままで面倒くさいと言っていたのがウソみたいにゲームにのめりこんだりするんだろうけど、でも、そんなゲームに出会うために、いちいちファミ通買ったりゲームショップに通ったりなんかしていられない。

──みたいな?

「恋愛」をゲームに見立てるならば、「恋愛」もゲームと同じように近年どんどんフクザツになってきているのではないかな・・・と思う。
テレビや雑誌なんかで理想な恋愛スタイルを年々年々積み上げてきたものだから、いまさら喫茶店でお茶して手をつないだだけでぽっと赤らむような恋愛などしていられない。
デートはおしゃれなどこそこで、ファッションはおしゃれな何それで、記念日にはあれしてこれして、うんぬんかんぬん。
好きな人とあれをしたいこれをしたいじゃなくて、あれをしてこれをするのが恋愛のお約束みたいになっちゃっうと面倒くさいよね。

ま、個人的には、恋愛を無理やりする必要性を感じないので、べつに低体温で良いと思う。
高体温って、それつまり発情?って感じだし。
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by kude104 | 2009-02-19 22:47
せめて、彼らのゲームの思い出がいつまでも色褪せませんように。 - シロクマの屑籠(汎適所属)

まさに。
ぼくもゲームに飽いた者の一人ですが、その最たる理由は、「ゲームで遊ぶのがしんどくなったから」ですもん。

「昔のゲームは面白かった」という物言いは、正確には、「俺にとって、昔のゲーム体験は面白かった」ということになるでしょうか。
つまり、「昔のゲームと今のゲームを、昔の自分が遊んだらどっちを面白く感じるか」ではなくて、「同じゲームを昔の自分と今の自分が遊んだら、どっちの自分のほうが楽しめるか」という話なのでしょう。

かつては最高に面白かったゲーム体験が、成長するとともに色褪せていくのはなぜか――

1.飽きる。

基本的に、人間とは飽きる生き物なので、仮に、ゲームの面白さの絶対値がずっと同じレベルであったとしても、飽きが入る分、ぼくの中での娯楽としてのゲームの相対的な面白さは低下します。

2.他の新しい娯楽が登場する。

たとえば、ネットやケータイとか。
ぼくでいえば、ネットが登場しなければ、今もゲームを遊んでいたかも知れません。

3.趣味や嗜好の変化。

ゲーム以外にも面白いことが増える。
たとえば、異性とのデートやおしゃれなどは子供の頃にはまるで関心がないけど、大人になると興味を持つことのひとつでしょう。
新たに興味対象が増えると、そのぶん、古い興味対象への関心が薄れてしまう。

4.友人との会話のネタがゲームから別のものになる。

子供同士の会話で、仕事の愚痴とか誰々が結婚したらしいとか昔の思い出話とかで盛り上がってたら、いやだろう。
政治の話とか経済の話とか、そういうのも大人になると面白くなってくるんだよね。

5.時間と気力が少なくなる。

大人になると、自由時間が圧倒的に目減りする。
やることなくて時間が有り余っていた子供の時のようには遊べなくなる。

――と、そんなところでしょうか。
基本的には、娯楽に費やすことができるエネルギーの総量は減るのに、娯楽の数は増えるという傾向があって。
それで、娯楽の取捨選択が行われる結果、ゲームが次第に切り捨てられていく・・・と。

でも、そこで切り捨てられるのが、なぜゲームなのか。
たとえばぼくなら、読書なんかは昔も今もずっと面白いです。
世間的にも、「昔の小説は面白かった」とか、あんまり聞きませんよね。
小説なんて、娯楽としての発展は多分もう止まっちゃってると思いますけど、でも、ぼくはまだまだ読書という娯楽に飽きる気配はありません。

「なぜゲームなのか」という理由を考えると、やはり、5.の影響を一番受けるのがゲームだからということになるでしょうね。
ゲームって、「楽しい」と感じるまでの手間暇が多いんですよ。

たとえば本なら、ページ開いて読めば終わりです。
これがゲームなら、ゲーム機引っ張り出してきて、ゲームソフトセットして、テレビつけて、ゲーム機起動して、タイトル画面が起動するのを待って、メニュー選んで・・・みたいな。
実にめんどい。
本一冊読み終わるのとゲーム一本遊び終わるのとでも本のほうが早いだろうし、本のほうが安いし、本のほうが手軽に持ち運べるし、ぱっと読んでさっと止められるし。

もちろん、ゲームはゲーム、本は本、それぞれの楽しさがあるわけですが、「どの娯楽を削るか」という一点で比較する場合、ゲームの手間暇の多さは不利だと思う。
得られる娯楽満足度を費やしたエネルギーの量で割った数値がもし計算できたら、多くの大人にとってのゲームの値は、他の娯楽と比べてそんなに高くないんじゃないかな。

「昔のゲームは面白かった」という物言いがそのままの意味で理解できるとしたら、一点、昔のゲームは「楽しい」と感じるまでの手間暇が少なかったから、というのはあるんじゃないだろうか。
カセット差して電源入れればすぐタイトル、スタートボタンですぐゲームが始まって、キャラクターを動かすとすぐそのゲームの醍醐味が味わえる。

携帯ゲームやカジュアルゲームが人気なのも、やはり手軽さゆえだと思うわけで。
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by kude104 | 2008-03-30 23:59 | ゲーム
「マリオ時代」の黄昏 (デジタルエンタメ天気予報):NBonline(日経ビジネス オンライン)

DSが爆発的に売れたのは、脳トレなどの「いいソフト」があったからではないかと思う。
この人の言わんとしているのは、おそらく、旧来の「ゲームらしいゲーム」が売れなくなったということだろうと思うのだけど。
ぼくはプレイしていないので想像ですが、ヒットした「ゲームらしくないゲーム」も、おそらく、楽しくプレイさせるためのゲーム的なノウハウがきちんと作り込まれているのではないかと思います。

マリオやゼルダが本当に売れていないのかどうかぼくは知りませんが、それほど売れていないのだとすれば、それはおそらく嗜好の細分化によるものでしょう。
ゲームに限らずどの分野においても、技術の進歩が一段落付くと嗜好の細分化が起こり、爆発的大ヒットは生まれにくくなります。
たとえば車の世界でも、今の時代に国民的大衆車など現れないのと同じように。
ですから、「マリオ」や「ゼルダ」の神通力も失われたという意味では、その通りかと思います。

大ヒットするゲームの条件は、会社や学校で話題になるかどうかではないかと思います。
そのゲームが、友達や同僚との話題のネタになっているシーンをイメージできるかどうか。
かつて爆発的にヒットしたゲームを思い浮かべれば、まさにその時代の話題の中心にあったように思い出されます。

嗜好が細分化された現代で、会社や学校での話題の中心になるのはかなり難しいので、代わりにネットを使って・・・という道がこれから模索されるだろうと思います。
Wiiなんかは、このへん着々と進めているような気がしますね。
いずれ将来的には、「Wiiでゲームのプレイ動画を世界中のみんなと共有」みたいなところへ行くんじゃないかな。
ニコニコ動画的なものをゲーム機のオフィシャルサービスとして運営するようになるのではないかと予想します。
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by kude104 | 2007-12-28 23:09 | ゲーム
ゲームらしいゲームよどこへいく - [ゲーム業界ニュース]All About

従来型のゲームらしいゲームが衰え、代わりにツール系のいわゆる実用ゲームが台頭してきた――ように見えるのには、いろいろな理由があると思う。

従来型ゲームの衰えた理由として、まず、マンネリでしょう。
ゲームというものが十分成熟して、もうちょっとやそっとじゃ「新しいゲーム」が生まれえなくなってしまったということ。

次に、たぶんゲームユーザの中心層というものが、基本的にファミコン世代がそのまま歳とって推移してきたのではないかと思う。
もしそうなら、中学高校大学と進むに従ってゲーム以外の時間が増え、最終的に社会人になってしまったら、結婚して家庭を持ったら、それこそ「ゲームしている暇がない」ということで、ゲーム人口はどんどん減少していくでしょう。

そこで任天堂が採った戦略というのは、まず携帯ゲームへの注力。
家じゃないと遊べないゲーム機と、通勤通学の合間にも遊べるゲーム機と、どちらのゲーム時間が多くなるかは考えるまでもない。
これにより、ゲームで遊ぶ時間のないユーザに戻ってきてもらおうという戦略です。

そして、インターフェイスの大転換。
タッチペンやWiiリモコンなどの新しいインターフェイスで遊ぶゲームを作ることによって、「新しいゲーム」を生み出そうというわけですね。
これによってマンネルを打破し、ゲームに飽きていたユーザに戻ってきてもらうとともに、新しいユーザにも来てもらおうという戦略です。

実用ゲームのリリースも、新しいユーザを呼び込むための戦略のひとつと考えられます。
それが大ヒットした理由は、ひとつには新鮮だったこと。
ふたつには、書籍もそうだと思うけど、消費者が広く一般層になると、エンタメ系より実用系のほうが売れるんですよね。
人は、単純なエンタメより、なにかしら役に立つこと、自分への投資に対してお金を使いたがるものですから。

ただ、だからといって、従来型ゲームは売れない、実用ゲームは売れるということでは、もちろんないでしょう。
従来型ゲームでも、上記のようなユーザ層の変化というかユーザニーズの変化をきちんと踏まえて作られたゲームは売れる。
実用ゲームでも、安易に実用ソフトをそのままゲーム機に持ってきたのでは売れない。
いま、実用ゲームが売れているというけれど、バブル的側面も多分にあって、実用ゲームだろうと本質的には楽しくなければ売れないんだろうと思う。

ですから、ゲームらしいゲームが衰え、実用ゲームが売れているように見えるのは、ゲーム的な要素が不要になったのではなく、むしろ原点回帰の表れではないかと思うのです。
操作するのが楽しいとか、シンプルなゲーム性とか、そういったゲームらしいゲームの面白さに、ごちゃごちゃと過剰なボリュームをデコレーションしちゃってる「従来型ゲーム」が敬遠されているだけと見るべきではないでしょうか。
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by kude104 | 2007-08-23 22:47 | ゲーム

DICEWARS

DICEWARS - Flash game

サイコロを「兵力」に見立てたシンプルな国盗りゲーム。
めちゃくちゃ良く出来たゲームってわけではないけど、ちょっとハマってます。

どのへんが面白いかというと・・・。

まず、ルールがシンプルなところ。
あまり深く考えずに手軽に遊べるので、ちょっとした息抜きについつい遊んでしまいます。

次に、マップが実際の地理っぽくて、「国盗り」な雰囲気が出るところ。
雰囲気だけでなく、「この地域を押さえるのが重要」といった戦略性も加わって面白味が増している。

そして、マップを自分の色で塗りつぶして行くのが気持ちいい。
自分の領土をじわじわと広げて行くのが、なんかこう、本能的な快感を呼び起こします。
群雄割拠していた色が次第に一色にまとまっていく様子は、見ていて気持ちいい。

一方、難点としては、形勢にある程度差が付くと挽回不可能な点。
でもって、序盤の形勢が拮抗しているところで、勝敗を左右するのが往々にして「運」なところ。
テクニック3に、運7くらいの割合かな。

まぁ、負けるときはたいてい「運が悪くて負けた」となるので、なんかこう、いい具合に悔しいし、いい具合に負けの言い訳になって気楽です。
そのへんがハマってしまう理由でしょうか。

これはこれで面白いですが、欲を言えば、もう少し運の影響を低く押さえてテクニックの余地を大きくしたものを遊んでみたいなぁ・・・と思います。
いやいや、実際にそんなゲームになってこれ以上ハマってしまうのはヤバいんで、このくらいがちょうど良いのかもね。

ところで、あのマップって毎回自動生成しているんだろうけど、どういうアルゴリズムで生成するんだろう。
興味あるな。
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by kude104 | 2006-07-07 23:59 | テレビ