世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編) (1/3) - ITmedia News
Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編) (1/3) - ITmedia News

梅田さんにしてみれば、正直もう「『ウェブ進化論』のことはええやろ」という気分じゃないでしょうか。
未だに、なにかにつけて「ウェブ進化論」についての発言を求められる様は、正直気の毒にさえ感じます。
これはもう、呪縛と言っていいかもしれないね。

つくづく思うのは、梅田さんはやっぱりコンサルタントなんだなぁということ。
これがプログラマーであったり、起業家もしくは企業家であれば、「俺が実現させてやる!」ということになるのだろうけど。
コンサルタントだから。
分析して、それに基づいた助言をするところまでがコンサルタントの役割で。
実行するは企業家の仕事だから。
実現しなくてもしょうがないよね、残念だけど──といった感じを受けます。

別に梅田さんのそうした態度というか性質を非難したいのではなく。
本来コンサルタントであるはずの梅田さんに、間違って先導者的なイメージを抱かせてしまったところに『ウェブ進化論』の呪縛があるのではないかと思うのです。

おそらく。
いつも仕事で使っているであろうクライアントを扇動するときに使うコンサルタントのテクニックを、図らずも、不特定多数の大衆に向けて使ってしまったためではないだろうか、と。
クライアントという特定の個人に対してならば、扇動は直接届くので、行動の主体はクライアントとして発動するけれど。
不特定多数の場合はそうはいかなくて。
中に迷える子羊が交じっていたりすると、「この人についていけば自分は救われるに違いない」という具合に、扇動じゃなくて救済の言葉として発動しちゃうケースがある。
行動の主体が、聞き手じゃなく、扇動者自身として発動してしまうケースが。
大衆を扇動して革命を起こさせようと思っていたら、みんな自分の後ろに並んでいた──みたいな。

「はてな」の取締役になられたのも、そうした誤解に拍車をかけているように思います。

梅田さんとしては、あくまでコンサルタントとして「はてな」に身を置いていらっしゃるのでしょう。
もし梅田さんが「はてな」の運営に実効的な影響力を発揮していらっしゃるのであれば、「はてなが日本のウェブを良くします」といった発言になるであろうと思うのです。
「時間はかかるけれど、いずれかならず良くしてみせます」と。
でも、そうじゃない。
梅田さんはたぶんアドバイザー的なポジションで、「はてな」の具体的な舵とりにはかかわっていらっしゃらないのではないかと思います。

でも、外からはそうは見えませんよね。
『ウェブ進化論』を書いて、「はてな」の取締役になったら、そりゃ「梅田さんが導いてくれる」と思う人がいても不思議はない。

そいうひとたちが梅田さんの背中に張り付いている間は、梅田さんは『ウェブ進化論』の呪縛から逃れられないのだろうなぁと思う次第です。
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by kude104 | 2009-06-03 23:30 | PC&ネット

Google共和国

まぁ、「またその話に戻るのか」とウンザリされるかもしれませんが、今回はちょっとばかり妄想系で。
「ウェブ進化論」や、特に「グーグル」を読んでいて思ったのですが、巷にもよくある「Google脅威論」。
あれってつまり、現状でもかなりの影響力を持ち、今後さらにその影響力を増すであろうGoogleが、その影響力を悪用し始めたらどうなるか・・・という恐怖感ですよね。

Googleには、「世界政府というものが仮にあるとして、そこで開発しなければならないはずのシステムは全部Googleで作ろう」といった、ある種使命感めいた自負があるらしい。
じゃあ、いっそGoogle自身が世界政府になるという妄想はどうだろう。
ちょっと面白いんじゃない?

当然、ネット上での話です。
ネット上の、Googleの影響力が及ぶ範囲を「Google国」としてイメージする。
そのGoogle国に住まう人々は「Google国民」だ。
もちろんネット上の話なので、実際の国籍とかは関係ない。
国籍を取得するように、ある程度の手続きを経て、人々はGoogle国民になれる。

Google国民には、Google憲法やGoogle法が適用され、違反したりすれば罰金刑や国外追放などの措置が取られる。
国ですから、国民から税金を徴収し、それをもとに国を動かすという制度もありです。

で、そうなると当然、そうした国の政策、もちろん、Googleが今後どのようなサービスをどのように提供していくかといったことも国の政策になるわけですが、そういった舵取りをしていく人間を、Google国民の選挙によって決めましょうという話になります。
もちろん、ネット上の話ですよ。

つまり、Googleを「民主主義国家」にしてしまおうというわけですね。
まさに「Google帝国」から「Google共和国」への革命です。

脅威感というのは、「何をしでかすか分からない」「コントロールができない」というところに生じます。
Googleという脅威に対して、その舵を取る人間を自分たちで選べるなら、脅威感もかなり軽減されるのではないでしょうか。
選挙に勝ちさえすれば、自分がGoogleを思う方向に動かすことだってできるわけですしね。

・・・とまぁ、そんな妄想。
実際には、Googleが自身の経営陣をネット住民の選挙によって決めるなんて、そんな馬鹿なことは無い。
ありえない。
だって、Googleもなんだかんだ言って株式会社だもんね。
株主の損になるようなことは、絶対に出来ない。
だから、「Google共和国」は実現し得ないでしょう。

でも、いつか誰かがネット上に「理想国家」を作ろうとする可能性は、ゼロではないと思う。
現実の世界で新たに国を作るなんてほぼ不可能だろうけど、ネットの世界ならできる。
たぶん、国際法とかにも引っかからないよね。
もちろん、建国は容易には成功しないだろうけど、もし成功したらどうなるんでしょう?
なんかいろいろ面白いことが起こりそうです。

・・・と、ここでネットで調べてみたら、すでにそーゆー動き自体はあるらしい。
仮想電子国家 - マルチメディア/インターネット事典

なんか、あまり良く分からない説明だけど、とりあえずそういう発想自体は既にあるにはあるけど、今のところは、遊びやシミュレーションの域を出ていないといった感じでしょうか。
やはり、Google級の影響力を持った母体が必要か。

ということで、話の落としどころが見えないままに終了。
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by kude104 | 2006-06-05 23:59 | PC&ネット

キーワード占有戦略

今日もまた、「ウェブ進化論」と「グーグル」についての話ですが、この二冊を比べて「ウェブ進化論」が巧いなぁと感心するのは、キーワードの扱いです。
「あちら側」「こちら側」「次の10年」「三大法則」などなど・・・。
“それ”について何か語ろうと思ったときに、キーワードが有るのと無いのとでは大違いです。
同じような内容なのについつい「ウェブ進化論」について語ってしまうのは、そこにキーワードがあるからでしょう。

だいたい、タイトルからしてそうです。
「グーグル」ってタイトルは、検索するのに不利なことこの上ない。
本の「グーグル」について調べたくても、それこそGoogle本体についての情報が混じって上手く行かない。
その点「ウェブ進化論」は、ほとんどノイズが乗りません。

Googleについてはどちらもかなり的確に書かれていますが、その“使い方”を実践として分かっていらっしゃるのは、梅田さんのほうでしょうね。

これから情報を発信して行く上で、「いかに上手くキーワードを付けるかが、より一層重要になりそうです。
いかに的確で人々の口にのぼりやすく、他にヒット数の少ない(つまり自分たちが占有可能な)キーワードを見つけるか・・・という技術が磨かれて行くのではないかと思います。

検索エンジン上で、あるキーワードを自分たちの情報に結びつけることを「キーワードの占有化」と呼ぼう。
そのようなキーワードを「占有キーワード」と呼び、そのような戦略を「キーワード占有戦略」と呼ぶ。

・・・みたいな。
いまのところGoogleで「占有キーワード」「キーワード占有」はヒットしないので、このエントリーがGoogleに拾われれば、ぼくによる占有化成功です。
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by kude104 | 2006-05-26 22:25 |
「ウェブ進化論」がどことなく胡散臭く映るのは、やはりオプティミズムのせいだと思うんだよね。
梅田さんは、ウェブの表も裏も光も影も分かった上で、敢えて明るいほうを提示することで、これからの大変革に立ち向かうチャレンジ精神を育てようとしていらっしゃるのだと思います。
そういう姿勢は好きです。
でも、ぼくは天邪鬼なもんだから、ついつい「ホントかなぁ・・・」と斜に構えて読んでしまいます。

たとえばWeb2.0。
Web2.0とは、ネット上の不特定多数に自社のアプリケーションやデータ(リソース)を開放して、自由に使ってもらうようにすることで、まったく新しいサービスや広がりが勝手に作り出されることを期待する戦略と言えるでしょうか。
たとえば、Googleが「グーグル・マップス」という地図データ&アプリケーションを公開したことで、それを使ったサービスやらなにやらがわっと現れました。

たしかに、かつてなら独占され“門外不出”であっただろう貴重なリソースを、「誰でも自由に持って行って自由に使ってくださいよ」とばかりに、不特定多数にタダで開放したというインパクトは大きい。
そして、それによって、一社で独占するよりもはるかに多様で広がりのあるサービスが誕生すれば、「Web2.0って素晴らしい!」となるのは当然です。

でも、Googleはべつに社会奉仕で自分の持っているリソースを開放しているわけではない。
Googleが「グーグル・マップス」を公開できたのは、Googleが「地図の会社」じゃないからでしょう。
しかも、いずれは「グーグル・マップス」に広告を載せて自社の収益にしようという戦略があってのことだろうと思います。
Amazonが自社の商品データベースを開放しているのだって、そうすることでより多くの客さんがAmazonを利用することになるからでしょう。

言うなれば、携帯電話の端末をタダで配って、通話料や通信料で儲ける戦略と同じじゃないかと思うのです。
ビジネス的な面では。
実に巧いやり方だと思うし、みんなも恩恵を受けられるし、たしかにWeb2.0って素晴らしいと思う。

でも、ことさら「開放性」とか「不特定多数を信用する」とかそちらばかりが強調されると、まるでGoogleが採算度外視で理念だけでWeb2.0をやっているように思えてくるからアブナイ。
「よし、うちもWeb2.0だ」とばかりに、勘違いして通話料や通信料までタダで開放しちゃったりしてね。

「明るい未来」を強調するのはオピニオンリーダーの使命だと思う一方で、下手をすればアジテーターになりかねないよな・・・と思います。

梅田さんご自身は、今のところWeb2.0の最前線に立っていらっしゃるわけではない(と思う)。
たとえば、コンサルタント業のノウハウ(?)をデータベース化して開放したり、「Web進化論」にしてもPDFファイルなどで開放していらっしゃるわけではない。
意地悪い見方をすれば、前線に向かう兵士を大本営から鼓舞していらっしゃるようにも見える。
前線の兵士にしてみれば、敵が目の前に迫っていて明日の命も知れないときに「大義名分を言われても!」みたいな。

べつに「梅田さんも前線に立て」と言いたいわけではないし、「Web進化論」にケチをつけているつもりもありません。
だって、梅田さんはおそらく全部わかった上で書いてらっしゃいますもんね。
きっと、「アジテーターになろうともやむなし」なんでしょう。
そういう姿勢はすごく好きです。
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by kude104 | 2006-05-25 23:59 | PC&ネット
「ウェブ進化論」と「グーグル」を読んで確信する事柄は、「我々は今、革命のさなかにいるのだ」ということ。
100年後の歴史の教科書には、きっと今の時代に「インターネット革命」か「情報革命」かわかりませんが、そういった言葉が記されていることでしょう。
産業革命が興ったときの人々も、きっと今のぼくらのような気分だったんじゃないかなぁと想像すると、ちょっとドラマチックな気持ちになりますね。
ルネッサンスの三大発明が「活版印刷、火薬、羅針盤」なら、現代の三大発明は「コンピュータ、インターネット、検索エンジン」とかになるでしょうか。

歴史の年表上で、「情報革命」が産業革命の次の一大革命であると位置付けられるのは、おそらく確実だろうと思います。
ただ、この革命はそれだけに留まるものではないかも知れないと、今回「ウェブ進化論」と「グーグル」を読んで強く感じました。
「情報革命」は、産業革命の次の一大革命であると同時に、社会主義革命の次の一大革命になるかもしれない。

産業的な変革と社会的な変革はセットで起こると考えれば、「情報革命」が次の社会的な変革をもたらすことは当然と言えば当然かもしれないけど、「ウェブ進化論」と「グーグル」を読んでいて感じたのは、この「情報革命」そのものが、なにか思想的・イデオロギー的なものを含んでいるような気がするのです。

その印象は特に「ウェブ進化論」のほうで強く感じました。
読んでいて、「当時、社会主義革命の思想を聞かされている人の気持ちって、こんな感じだったんじゃないかなぁ」という気持ちになりました。
主にチープ革命と総表現社会という発想が、既存の産業構造であったり権威であったりを破壊する思想である点。
そして、それによってみんなが幸せになれますよと説くあたりが、なんだか社会主義思想っぽい。

ウェブ進化論で言う「次の10年」には、産業だけでなく社会が大きく変革されるような気がしてなりません。
その変革が成功するか失敗するかは、わかりませんけど。
もしかすると、社会主義革命のように壮大な失敗の始まりかもしれないという不安感は「グーグル」に良く現されているように思います。
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by kude104 | 2006-05-24 21:27 |
文春新書・佐々木俊尚著「グーグル Google 既存のビジネスを破壊する」と、ちくま新書・梅田望夫著「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる」は、ペアで読むとさらに楽しめる二冊だと思います。

個人的には、読み物としては「グーグル」のほうが面白かったです。
「グーグル」のほうがドキュメンタリーふうでドラマチックなのに対して、「ウェブ進化論」のほうはスタンダードでオーソドックスな作りでした。
おそらく、「ウェブ進化論」のほうがポイントが整理されて頭の中に入って来やすいですが、「今まさに時代が変わろうとしている!」という危機感めいたものは、「グーグル」のほうに強く感じました。

そう、危機感。
この二冊の違いは、たぶんこのキーワードに集約されるように思います。

「ウェブ進化論」の中で著者の梅田さん自身が書いていらっしゃいますが、「ウェブ進化論」はとにかくオプティミズム(楽天主義)に貫かれています。
「これから社会のルールが大きく変わって、いろいろと古い体制が崩れて行くだろうけど、でも、最終的にはきっと今以上の素晴らしい社会が現れますよ」というメッセージにあふれています。

一方の「グーグル」は、「今こういう大変革が起ころうとしている。それによって、こういう人は恩恵を受け、こういう人は打撃を受ける」といった、事例を紹介する感じで書かれています。
そして、「この先に訪れる未来が良いものになるか悪いものになるか分からないけど、でも、確実にそれは訪れる」というメッセージを感じます。

「ウェブ進化論」で使われている「あちら側(インターネット上の世界)」と「こちら側(リアルな社会)」という言葉で言えば、「ウェブ進化論」は「あちら側」のルールを「こちら側」に分かりやすく伝える書です。
一方の「グーグル」は、「あちら側」が「こちら側」にどのような影響を及ぼそうとしているかについて書かれた書と言えるでしょう。

なので、「グーグル」のほうがリアルな臨場感でぼくの心に迫りました。
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by kude104 | 2006-05-23 23:26 |

新書

ネット上ではかなり以前に話題になっていて、いまさら感がありますが、先日ようやく噂の「グーグル Google」と「ウェブ進化論」を読み終えました。
いやあ、噂通り面白かった。

その感想をこれからまた何日かかけて書きたいと思っているのですが、その前に、今回はちょこっと新書というものについて感じたことを書いておきたいと思います。

世間じゃ新書ブームだなんて言われていますが、ぼくはもっぱら小説派だったものですから、新書のほうはとんと興味が無くて。
今回この二冊を手に取ったのは、ネットでちょっとしたブームになっていたことと、本の内容が自分の関心分野であったためです。
事実、新書を読むのは大学生のとき以来です。

とまぁそんなふうに、実に久方ぶりに新書を読んでみてまず驚いたのは、めちゃくちゃ読みやすくなっているってことです。
もちろん、この二冊で新書全体について語るのは乱暴ですが、少なくともこの二冊で、ぼくの中にあった「新書って小難しくて退屈な読み物」というイメージは払拭されました。

なるほど、これは新書ブームと言われるのも分かる気がする。

値段的にもだいたい700円程度で、非常にお値打ち感があります。
おそらく、一文字当たりの値段に換算すれば小説のほうが安いんでしょうけど、新書には、「この内容でこのお値段は安い」という気にさせるものがありますね。
読むとなんだか賢くなったような気がするというか、知的好奇心を刺激されるというか。

人間、勉強は嫌いだけど、自分をより高めたい欲求ってものがあります。
成長したい願望というか。
自己投資なんて言葉も、そういう気持ちの現われでしょう。
新書は、それをうまくくすぐってくれる。
しかもたった700円で。

昔の新書だってそのへんは同じですが、如何せん読みづらかった。
なんか、大学の先生が論文調で書いた読み物といったイメージです。
難しい、読みにくい、面白くないなどなど、結局読めなかったというのでは、いくらテーマが面白くても知的満足感は満たされません。
読んでもらえなければ、本も単なる紙と文字ってな感じです。

この新書ブームとは、「いかに読んでもらうか」というところに力点を入れた結果だろうと思います。
そこを素直に評価したい。
背景には、「本が売れない」時代の到来というものも、おそらくあるでしょうね。

読みやすく、読んで面白い新書というのは、小説よりも面白いかもしれない。
これからは、ちょっと面白そうな新書を探して読んでみようと思っています。
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by kude104 | 2006-05-22 23:59 |
ネットのテクノロジー面について、それこそネットの黎明期からずっと切望しているものがひとつあります。
それは、決済システムです。
もし、ネット上での決済が、財布からお金を取り出して支払うくらいに手軽にできるようになれば、世界は大きく変わるのに。
たぶん、最大にして最後の障壁でしょうね。

もし、そういうお手軽な決済インフラが整えば、もしかしたら、「ソフトがタダになる時代」は来ないかもしれないとさえ思います。

たとえば、パソコンでのコンテンツ販売からすれば、ケータイのコンテンツ販売ってちょっと信じられない。
「え? そんなコンテンツに300円も払うの?」みたいな。
「今月のパケ代1万円行っちゃったー」とかね。
ケータイコンテンツにそれだけお金を使うなら、パソコンコンテンツにだって使ってくれても良さそうなものだけど、そうはならない。
理由はいろいろあるだろうけど、突き詰めれば、決済の手間にあると思う。

ちょっと流行に乗り遅れているけど、いま「ウェブ進化論」を読んでいます。
それに出てくるネットの可能性のひとつに、「無限大×無=Something」という発想が紹介されています。
「一億人から一円ずつもらったら一億円になる」という話です。
リアル社会で一億人にコンタクトするのは不可能だけど、ネットなら可能です。
だから、僅かばかりのお金をたくさんの人から集めて、まとまった額にするという超薄利多売なビジネスが可能です。

もし、決済インフラさえ整っていれば。

たとえ「ソフトがタダになる時代」でも、「クリック1回で1円のお支払い」という程度のコストなら負担してもいいという人は、わりといるでしょう。
昨日の話でいえば、これくらいのファン化なら十分可能なレベルだと思うのです。
超人気クリエイターじゃなくても、普通の人気クリエイターのレベルで。

ネット上でのコンテンツ販売が辿り着くべき最終ゴールは、おそらくここだ。
ロングテールというか、ウェブ進化論で言うところの第3法則というか。
ごく小額をたくさんのお客さんから集めるやり方。

これと比べれば、配信会社にコンテンツを買い上げてもらうやり方というのは、まるで面白くない。
クリエイターにとって、お金を払ってくれるお客さんが配信会社だけですから。
それってなんか、「世の中に情報を発信するには、マスメディアに取り上げてもらわなければならない」みたいな、ブログ登場以前のメディア論のような、「ウェブ進化論」以前のオールドタイプなビジネスモデルに思えてしまいます。

ネット上でコンテンツを発表し、気に入ってくれたお客さんから直接お金を頂く。
やっぱり、これに優るビジネスモデルはないよなぁ。
それに、デジタルコンテンツは複製コストがゼロで、ネットを使うと不特定多数にコンタクトできるという特性を合わせれば、答えは「超薄利多売」の他にない。

でも、当面、決済インフラは整わないでしょう。
たとえ1円であっても、決済作業に(心理的な面も含めて)コストがかかるなら、それは「小額」にはなりません。
よって、このビジネスモデルは絵に描いたモチになってしまいます。
だから、ウェブ進化論でも、「無限大×無=Something」の話は、GoogleAdsenseの方向に進むのですね。

将来的なユートピアがそこだとしても、現時点では辿り着けないとしたら、じゃあ現時点で到達可能な理想郷はどこだろうかという点について、まだまだ考えを進めていこうと思います。
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by kude104 | 2006-05-13 23:49 | PC&ネット