世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「僕は小説を読むメリットは、あまりない気がする」 - 活字中毒R。

「小説を読むとタメになる」という人がいる。
 ↓
「タメになる」で言えば、小説は時間対効果が薄すぎる。
他から情報を取得したほうが良い。
 ↓
それでも小説を読む人がいるのは、「タメになる」以外の面白さが小説にあるからだ。

という文脈かと思ったけど、そうじゃなくて本当に「小説を読むメリットはない」というお話のようだ。
こういうのを読むと、堀江さんというのはたしかに頭はバツグンに切れるのだろうけど、人の心の機微のようなものは分からない人なんだろうなぁという気がする。

普通の人は、小説を「実用書」として読まないから。
小説に対して時間対効果が低いと言うのは、漫才に対して時間対効果が低いと言うのと同じくらい滑稽じゃね?
あるいは、論文に対して「笑えない」と言うようなものじゃね?

たとえば、野球中継の「時間対効果」で言えば、結果をダイジェストで報じるのが良しということになる。
でも、野球好きな人はそんなのちっとも面白くないわけで。
野球好きでないぼくなんかは「ちゃっちゃと投げろ」と思ってしまうけど、投手が球を一球投げるまでの間でさえも、「野球の醍醐味」なんでしょう。
それをちゃっちゃと投げて「時間対効果が上がったでしょ?」と言ったところで、そりゃ正解でもなんでもない。

小説でなくとも、時間対効果にこだわるのであれば、こうして「文章」を書くこと自体冗長で、要点の箇条書きでいいじゃんってことになる。
でも、武市半平太の切腹を1分で済ませるのと30分かけるのと、どちらが視聴者の心に残るのか。
「効果」が無ければ、時間対効果はゼロだからね。
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# by kude104 | 2010-12-10 16:05 |
<石原都知事>「テレビなんかにも同性愛者が平気で出る」 都青少年健全育成条例改正に意欲 - Yahoo!ニュース

この記事しか読んでないからかも知れないけど、なぜこの流れから「同性愛者」が出てくるのか分からん。

同性愛に対する嫌悪感というものは、たぶんキリスト教的価値観じゃないかと思う。
日本も昔はふつーに同性愛があったようだし、外国だって、たとえば古代ギリシャとかふつーに同性愛あるしね。
キリスト教が同性愛をことさら禁じているのは、思うに、旧約聖書に相当する教えに民族宗教の色合いが強いためだろう。
一族の者にはどんどん子どもを作ってもらって勢力を拡大しなければ、いつ滅ぼされるとも限らない。
そんな時代に、子どもができない同性愛は危険極まりない。

・・・という流れで考えれば、この都知事の発言も、少子化が危惧される時代性が言わしめたものなのだろうか?と思ってみたりして。

いずれにしても。
同性愛者がテレビに出ることのモラル性で言えば、「同性愛者」であること自体を問題視すべきではないように思う。
ぼくの印象として、同性愛者がテレビに出るときというのは、どうもピエロ的な役回りを割り振られて出ているように感じる。
オモシロオカシクというか。
たとえば、男性が女性に同じことを言ったりやったりするとセクハラとして問題視されそうなことを、オカマの人が男性にやると笑いとして許容される、みたいな感じがぼくは嫌いで。
「同性愛者=そうしたキャラクター性」という図式が出来上がってしまうと、「そうした言動」が問題であるということが、「同性愛者」が問題であるということに、イコールで繋がってしまいかねない。

青少年健全育成条例についても、同性愛だろうが児童ポルノだろうが「普通のポルノ」だろうが、本来なら関係ないように思う。
ひとまとめに、「ポルノ」で語ればいいのではないか、と。
同性愛はダメで、異性愛はオッケーということでもないだろう。
ポルノはまとめてダメなんじゃないのか?

とまぁ、ポルノを規制することの是非は置いておいて、殊更「同性愛」がクローズアップされていることの違和感についての感想でした。
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# by kude104 | 2010-12-06 22:12 | 時事・社会