世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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神の善悪、人の善悪

ぼくなりに聖書を眺めていて感じるのは、神様にとっての善悪というのは、とどのつまりは、「自分を信仰するか否か」であるという気がする。

もし神様がいるとして終末の日に人類を救ってくれるなら、救うべき人間と罰するべき人間との選別は、その人が善人であるか悪人であるかによってなされるだろうと考える。
これは多分そうだろう。
で、ならば自分はさほど悪人ではないから、別に神様を信仰していなくったって救われるんじゃねーの?と考えてしまうのだけど、これが大きな勘違いで。
神様にとっての善人悪人の判断基準は、「自分を信仰するか否か」なのだと思う。

ぼくらが一般的に思い描く「善い行い」というものは、神様にしてみれば、神様を信仰し神様の言い付けを守って生活をしていれば、結果的にそうなるだけのものでしかない。
ここのところを、信仰を持たないぼくらは勘違いしてしまう。

通常、「神様の言い付け」はほぼ一般的な道徳基準に重なっているので、神様の善悪観と人間のそれとが同じであるように錯覚してしまう。
だから、たまに神様が異教徒を虐殺したりすると、ハテナ?と思ってしまうのだけど。
神様の善悪観を「自分を信仰するか否か」で理解すると、そうした違和感は解消される。

「異教徒だからといって殺すなんてひどい」と思うのは人間の善悪観。
「異教徒であることが最大の罪」というのが神様の善悪観だ。

そんな絶対君主的な神様、ぼくは好きになれないんだけど、「全力で従えば全力で幸福にしてくれる王様」というものに憧れる気持ちも分からなくはない。
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by kude104 | 2010-05-23 17:34
ガラパゴス幻想を疑え - 雑種路線でいこう

日本のケータイが進化を止めたのは、「完成形に到達したから」という見方はどうだろう?

たしかにiPhoneはクールだけど、ふと思うのは、日本のモバイル事情で考えるなら、フルブラウザでPCサイトを見るよりケータイサイトのほうが最適化されていると思えるし、メールにしたってタッチパネルで入力するよりボタン入力の方が楽だろう。
それはやっぱり、日本は基本的に電車&徒歩移動であることと、日本語を扱うということ。
これが大きいんじゃないかと思う。
そうした使用状況に最適化させると、iPhoneじゃなくて日本のケータイがベストアンサーなんじゃないかと思える。
世界では確かにタッチパネルが先進でクールかも知れないけど、日本でもそうだとは限らないよな、と思う。

それだと日本は世界に取り残されるというけれど、そうだろうか。
たとえば、お箸をして「ガラパゴス」だなどとだれも論じない。
ナイフとフォークを使うべしとも言わないし、「海外でも通用するお箸を作れ」なんてことも言わない。
でも、これが「工業製品」となると、途端にガラパゴスガラパゴス言うよね。

単純に海外進出を果たすなら、海外で現地の製品を作って売ればいいだろう。
そうではなくて、「日本の製品」をわざわざ海外で売ることの意味は何なのか。
それはつまり、その製品が持つ「日本の文化」を海外で売ることなのじゃないだろうか。

日本のケータイを海外で売るということは、単にケータイ端末を売るということじゃない。
ケータイ文化を売るということだ。
そりゃ容易に売れなくて当然だよね、と思う。
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by kude104 | 2010-05-09 22:30 | PC&ネット