世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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なんだか9月は妙に短かったような気分ですが、月末恒例、次の映画サービスデーに観る映画の選定でも。
最近、興味をそそる映画がなかなか多くてうれしい悲鳴といった感じ。
とりあえず、いま興味のあるタイトルをざっと羅列すると、

アイアンマン
イキガミ
ウォンテッド
パコと魔法の絵本
アキレスと亀
おくりびと

といったところかな。
さて、どれを観よう。

悩むところだけど、まずは「パコと魔法の絵本」だろうか。
この映画は、「どうせ観るなら劇場で」というタイプの作品だろうから。

「どうせ観るなら劇場で」というなら「アイアンマン」と「ウォンテッド」もそうだけど、こっちはなんか公開期間長そうだから。
今回パスしても、まだ次の機会がありそうな気がする。

で、「パコ」の次は、評判の良さで「おくりびと」かな。
第一印象でいえば、なんとなく辛気臭いイメージがあってスルーしちゃうタイプの映画なんだけど、観た人の感想などを見ると、意外と笑って泣けて後味よろしいらしくて。

とりあえずこの2本を想定しつつ、当日の上映時間やら混み具合やらフィーリングやらで決めればいいやと。
さすがに、観たい映画が6本もあると、「どれでもいいや」という気持ちになるね。
残りはまた後日、映画サービスデー以外に観に行けばいいやという。
別に映画サービスデーにこだわらなくても、金券ショップでチケット買えばどのみち1300円くらいで観られるからねぇ。
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by kude104 | 2008-09-28 23:59 | 映画

民放崩壊への最初の兆候

内外タイムス - ゴールデンタイム平均視聴率 NHKが民放を抜いた

指摘されているように、NHKが上がったのではなく、民放が下がったのでしょうね。
ここ何年かの平均視聴率のグラフを描いてみれば、たぶん、そのへん一目瞭然なのだろうと思います。

「若者のテレビ離れ」というものも、当然あるでしょう。
民放とNHKと、視聴者に占める若者率を比べれば、民放のほうが高いだろうと容易に想像がつく。
なので、同じだけ「若者のテレビ離れ」が進行すれば、民放の下げ率のほうが大きくなってしまう。

とはいえ、それだけではない。
やっぱり、民放の番組制作力が落ちていると見るべきでしょうね。

たとえばオリンピック中継。
オリンピック中継の視聴率というのはたぶん、普段テレビを見ない「浮動票」が大いにかかわってくるのではないかと思います。
この浮動票の奪い合いには、「視聴者に占める若者率」とか関係ない。
これをNHKが制したということは、純粋に民放が番組作りでNHKに敗れたと言っていいんじゃないかと思います。

大局的な流れとして、テレビを視聴する人の数というものは、この先右肩下がりであることは間違いない。
スポンサーからの広告料が主な収入源である民放の未来は、同じく右肩下がりでしょう。
視聴率が下がって、広告収入が上がるわけないんだから。
問題はどこで下げ止まるかだけど・・・どうだろうなぁ。
半分はいかないとしても、3分の2くらいはいきそうだよね。
地デジに移行して何年かしたころに、経営が立ち行かなくなる民放局が出てくるんじゃないかな。

ゴールデンタイムの平均視聴率で民放がNHKに敗れたこのときというのが、後に、民放崩壊に向かう最初の兆候として語られることになるかもね。
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by kude104 | 2008-09-25 23:59 | テレビ
「P2P技術は不可欠、安心して開発できる環境を」――「P2P基本提言」発表 - ITmedia News

『(P2Pは)情報漏えいや著作権侵害などネガティブなイメージでとらえられることが多く、技術者が萎縮して開発が遅れている』というけれど、本当にそんな技術者がいるのだろうか?

『提言では「著作権の侵害はP2Pによってもたらされたわけではない」と強調。コンテンツの無断複製はP2P固有の問題ではなく、DRMを利用し、コンテンツホルダーの認証を得たものだけをP2Pネットワークで流通させることも可能で、著作権問題は解決できるとする』

うむ、だったら著作権の問題はそれで解決すればいい。

『さらに「情報漏えいをもたらすウイルスはP2P技術に由来するわけではない」と指摘。P2Pアプリに情報漏えいの恐れがあると分かった場合は速やかに修正・再配布が行える環境を作っていく必要があると訴える』

うむ、だったら、速やかに修正・再配布が行える仕様を実装すればいい。

じゃあ、「そうしたP2Pソフトを作りましょう」とならないのはなぜかと言うと、別に技術者が委縮しているからじゃなくて、そんなものを作ったところで誰も使わないからじゃないでしょうか。
P2P技術の活用に法改正が必要だという主張は、裏を返せば、現状では法的にやばいものにしかP2Pが使えませんと言っているようなものじゃないのかな。

P2P技術の発展を望むのであれば、P2P技術を活用したソフトなりサービスなりをどんどん作ればいい。
技術者が委縮しているというのなら、P2P関連問題研究会が開発の全責任を負えばいい。
技術というものは、結局、活用することでしか語れないと思うんですよね。
物を作ることでしか語れない。
それが良い物ならネガティブイメージなんて一瞬で消し飛ばせるし、それが良くない物なら、いくら大義名分を唱えたところで聞いちゃもらえない。
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by kude104 | 2008-09-23 23:59 | PC&ネット
うわー、惜しい!
120点行きそうな素材で80点!
──って感じ。

今週で上映が終了しちゃうということなので、観てきました「デトロイト・メタル・シティ」
で、冒頭の感想です。

いや、面白いんですよ。
80点といったら、けっこう高得点ですよ。
普通なら、「これは面白い!」とオススメしちゃう点数です。

でも、素材が。
素材のポテンシャルが想像以上に高すぎて。
面白かった80点はそれとして、「でも、120点くらい行けただろう」と思ってしまう悲劇。

ぼくの中で、足りなかった40点が何かと考えてみると、変に『感動』を入れようとしたのが余計だったのではないかと思います。
主人公は、自分が本当にやりたいことでは認められず、やりたくないことで才能を認められるわけです。
そうした苦悩と葛藤、そして挫折。
その果てに、たとえ自分のやりたくないことでも、それが誰かの夢や希望になっているということを知ります。

うん、たしかに感動的なテーマです。
ただ単純なギャグ映画というのじゃなくて、こういう良質なテーマ性を盛り込んで作品に深みを持たせることは、決して間違っていない。
というか、むしろ正しい。
──これが普通の映画ならば。

たぶんね、企画段階、脚本段階では、誰がどう見てもそれで正解だったと思うのよ。
でも、「デトロイト・メタル・シティ」は、クラウザーさんの破壊力が凄まじすぎた。
映像になって、クラウザーさんが動きだした時点で、「あ、これ違ったな」と。
「これ、『感動』無理だな」ってことになっちゃったと思うんですよね。
クラウザーさんのあまりの破壊力に、『感動』が完全に殺されちゃってます。
これは企画段階では予測不能、不可抗力だよなぁと、作り手に同情します。

異形のクラウザーさんが日常の風景の中にぽつんと存在する、それだけで可笑しい。
というか、可笑しすぎる。
この可笑しさの前では、主人公の苦悩や葛藤というのは、ギャグの前フリにしかなり得ない。
なり得ないものをどうにか頑張って『感動』に押し込んだ、そこがブレーキになっちゃってた。
『感動』を諦めて、全開ギャグで突っ走ってたら大爆発したと思うだけに、勿体ない。

聞くところによると、この「デトロイト・メタル・シティ」の主題歌「SATSUGAI」は、カラオケで歌詞が表示されないという。
たぶん、内容がアレすぎるからでしょうね。
そんな映画に『感動』は、やっぱ向いてなかったんだよ。

あ、それと、ライブの映像は実にカッコよかった。
ぼく、メタル系は好きじゃないんだけど、あのライブのシーンには「あ、メタルもいいかも」と、ちょっと持ってかれそうになった。
さすがです、クラウザーさん。
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by kude104 | 2008-09-22 23:59 | 映画

のび太が無人島で3000日

今週のドラえもんは「のび太が無人島で3000日」(原作「無人島へ家出」)。

のび太が無人島に家出するも、うっかりミスでタケコプターが飛んで行ってしまい帰れなくなるという話。
のび太はドラえもんが助けに来てくれるのを今か今かと待ちながら、結局10年間のサバイバル生活を余儀なくされる。
10年後、家出の際に持ってきていたひみつ道具のひとつで、使い道が分からずに捨てたものをたまたま発見し何気なく触ると、それは「SOSはっしんき」だった。
それによって、ようやくドラえもんが救出にきてのび太帰宅。
タイムマシンで家出当日に戻り、成長した肉体はタイム風呂敷で元の年齢まで戻し、家出を「なかったこと」としてめでたしめでたしというお話だ。

まず、10年間のサバイバルに耐え抜いたのび太のポテンシャルに驚かされるわけだけども、この話、多くの人が指摘するように、どうもすっきりしない。
のび太が家出した時代を「家出時」、救出された時代を「救出時」と呼ぶとすると、

(1)「救出時」ののび太が帰宅して家出は「なかったこと」になったけれど、「家出時」ののび太は今まさに家出しており、これから無人島にたどり着き、帰れなくなることに変わりはない。

(2)のび太と共に「救出時」のドラえもんがタイムマシンで戻ってきたら、「家出時」と「救出時」の2体のドラえもんが「家出時」に存在することになる。

(3)なぜドラえもんは10年間、のび太を救出できなかったのか。

まず、(2)から考えよう。
のび太についても「家出時」に2人ののび太が存在することになるわけだけども、こちらは一方が無人島に行ってしまっていて「不在」なので目に見える問題にはならないが、2体のドラえもんはこのままでは毎日顔を突き合わせることになるので具合が悪い。
そこで、2体のドラえもんを解消するためには、

(2-1)このあと「救出時」のドラえもんはタイムマシンで10年後に帰って行った。

(2-2)じつは、「家出時」と「救出時」のドラえもんは同じ。すなわち、「家出時」のドラえもんがタイムマシンで10年後に行き、のび太を救出して帰ってきた。

のどちらかだろうと思う。
素直に考えれば(2-1)だろうけど、そうすると、帰って行ったドラえもんのその後が気になってしまう。
「救出時」ののび太を「家出時」に連れてきたということは、「救出時」に帰っても、そこにのび太はいないことになる。
「救出時」の世界では、依然のび太は行方不明のままなのだ。

まさか、のび太がいない世界にドラえもんが帰っていくとも思えないので、この場合は、家出をなかったこととして過去を変えたことで、「救出時」の世界も変わってしまった──つまり、のび太行方不明の10年間がそっくりなかったことになると考えるのが妥当だろう。
でも、そうすると、もう一人ののび太はどうなるのだろう?
消滅するのだろうか?

消滅するとしたら、未来ののび太のほうと考えるのが自然だ。
でも、未来ののび太が「家出時」に存在することで家出がなかったことになるのだから、彼が消滅しては具合が悪い。
一方、過去を変えて未来の人間が消滅するという話はあるが、過去を変えて過去の人間が消滅するという話は聞いたことがない。
なので、消滅することなく、2人ののび太が存在すると考えるべきだろう。

となると、「救出時」ののび太が「家出時」に戻ってきて、家出自体が「なかったこと」になったことで、本来の「家出時」ののび太は救出する必要がなくなる。
というか、救出すると2人ののび太が存在してしまうことになって都合が悪い。
ただし、「救出時」ののび太として存在を許されるようになる10年後になったら、救出してもよいということになる。
この場合、救出したら10年前の「家出時」に戻してやらなければならず、それによって一応時間のループはきちんと閉じることになるね。

・・・うーむ、結論考えずに見切り発車でここまで書いたけれど、この調子だとまだまだ続いちゃうね。
この辺でやめておこう。
続きは気が向いたらということで。
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by kude104 | 2008-09-19 22:38 | テレビ
ほぼ日刊イトイ新聞 - 「コンピュータ以上に便利な道具」と 「新しい株式市場」をつくるという話

この回がアップされたまさにその日にリーマン破綻のニュースがあったわけだけれど。
この原さんという人のことをぼくはほぼ日でしか知らないのだけど、言動が明快で快活で、視点が一歩先を見ていて気持ちのいいかたですね。

「会社は社会の公器」という考え方にはぼくも同感だし、今までもそういう考え方はあったわけですが、それを「公益資本主義」と名づけ、その優位性を理論経済学できちんと証明しようという発想と行動力はすごい。
「会社は株主のものなんかじゃない!」みたいなことを叫ぶ人は多々あれど、「そのことを学術的に証明してやろう」とまで踏み込む人はなかなかいないですよ。

しかも、ちゃんとその次の構想があるんですから。

そうして「公益資本主義」の有用性を学術的に証明したら、次はそれに基づく金融市場を作るというところまで見据えている。
「学問のレベルで証明したらそれで満足。あとはどなたかが有効に活用してくださいね」というのではないところがすごいね。

現在の「時価総額」を至上とする経済思想はおかしい。
「公益資本主義」のほうが優れているはず。

そのことを学術的に証明しよう。

学術的に証明できれば、当然、実社会で実践できるはず。

新たな金融市場を作ろう。

そうすれば社会がよくなる。

実に明快。
そしてそれを思いついたらぱぱっと実行しちゃう行動力とフットワークの軽さ。
なにより、動機が純粋なのが気持ちいい。

本当に魅力的な人だなぁ。
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by kude104 | 2008-09-18 23:34
本日、新しいサービス(というかアプリケーション)である「AirReader(エア・リーダー)」をリリースしました。
AirReader
http://air-reader.com


Mashup Awards 4というコンテストがあって、AirReaderはそれに応募しようと思って作っていたんですけど、その締め切りが明日の正午。
ぎりぎり。
ぎりぎり間に合った。

正確には、無理やり間に合わせたんですけど。
じつは、実装予定だった機能がまだ5個10個ほど残っています。
まぁ、最低限核となる機能は一通り実装したから、とりあえず良しとしようということで。
残りは今後こつこつ実装してきます。

AirReaderは、AdobeAIRというFlashのデスクトップ版みたいなやつで作りました。
AIRを触って10ヶ月くらいかな、ようやくそれらしい物を作ることができて、とりあえずの達成感です。

それはさておき。
AirReaderがいったいどんなアプリケーションかというと、ブログやニュースの最新記事をチェックしてお知らせしてくれるものです。
いわゆる、RSSリーダーというやつですね。
特徴は、使えば使うほどユーザの好みを学習して、記事ごとの“おすすめ度”を表示してくれるところです。

なんせ、ぎりぎり完成させたような状況ですから、ぼく自身、まだよく使えていません。
構想通りに機能すれば、たぶんそれなりに便利なツールになるだろうと思うんだけど。
お手持ちのPCにインストールして使うタイプですけど、もしよかったら使ってみてください。
動作チェックも一通りはしたんだけど、まだまだ不安でもあるし。
ご意見感想バグレポートなどなどお寄せいただけると嬉しいです。
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by kude104 | 2008-09-15 15:09 | PC&ネット
昨日のTVアニメドラえもんの「ベロ相うらないで大当たり」がなかなか味わい深かった。

話の導入は、手相占いでキャーキャー言われているスネオに嫉妬したのび太が、タイムマシンで未来を見てきて、それを「ベロ相うらない」で当てるというもの。
で、その様子を見ていた冴えない中年のおっさんが、「私の未来を占ってくれ」とのび太に泣きつくところからドラマが動いていく。

このおっさん、実は作家を目指しているのだけど、まったく芽が出ず、続けようかやめようか悩んでいるわけ。
で、仕方なくのび太はドラえもんとタイムマシンでおっさんの未来を見てくるわけですが、やっぱり作家にはなれていなかった。

ボロ家、夕焼け、風鈴の音、ひぐらしの鳴き声をバックに、作家にはなれないことを告げられたおっさんは、落胆して忍び泣くのね。
でも、すぐに精一杯強がって「よし、こうなったら商売でも始めて大儲けするか。なにも文学ばかりが人生じゃなし」と笑ってみせるのです。
切ない。
じつに切ないシーンだ。

そんなおっさんに同情したのび太たちだけど、考えてみればこれでおっさんの人生が変わったわけだし、もしかしたら本当に大金持ちになっているかもしれないぞと、わくわくしながら再び未来のおっさんを見に行きます。
でも、未来のおっさんは近所の弁当屋で働いていて、相変わらず貧乏なままだった。
うわ、なんてリアルで切ないお話。

で、ここからがいいところです。
もう小説は書いていないのかと尋ねると、おっさんは恥ずかしそうに、「実はねぇ、ずっと書き続けているよ」と答えます。
「せっかく占ってもらったんだけど、やっぱり、ぼくの生きがいは文学以外にないとわかった。売れても売れなくても、もう構わない」
「アルバイトを始めてね。文学に固執するあまり、ぼくは今までまともに働いたことがなかったんだ。そして気づいたんだよ、文学と同様、どんな仕事にも難しさややりがいがあるんだってね」
「文学も仕事も苦労が同じなら、なにも一つに絞ることはない。両立することだってできるわけだよ」
「そしたらね、最近になって、ようやく自分でも満足できる作品が書けるようになってきたんだ」
「たとえ世の中が認めてくれなくても、ぼくはぼくの小説が優れていることを知っている。それだけでいまは幸せだよ」
ものすごく穏やかな表情でそう語るおっさんは、これはもう悟りの境地に至っているね。

このアニメを作っている人間も、作り手として、たぶんこのおっさんと同じような葛藤を抱えたことがあるのだろう。
そして、いままさにそうした葛藤の中にある人や、これからそうした道を歩くであろう人に向けて、ひとつの理想の境地をおっさんに語らせたのだろうと思う。
応援歌でもあり、レクイエムでもあるのだろうね。

ここで終っていたらぼくとしてはパーフェクトなんだけど、この後おっさんの小説が文学賞を受賞してハッピーエンドで話が終わる。
このへんはまぁ、子供向けアニメとしてしょうがないか。
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by kude104 | 2008-09-13 23:59 | テレビ
彼女が欲しい、っておかしい事なんですか - 或るオタクの遠吠え-Over the Rainbow-

上記エントリーのそのまたリンク先までは面倒くさいので目を通していないのだけど、曰く、「彼女が欲しい」という発言に対して、「好きな人が出来てから考えろ」「彼女が欲しい、というのは自己愛肥大」みたいなアドバイスや批判が目立つという。

ぼくとしても、いきなりカノジョ──つまり恋愛関係を手に入れたいなどと言えば、そりゃ批判されても不思議はないよな、と思います。
恋愛というものに対しては、世間的にある種のピュア信仰のようなものがあるし、第一いきなり恋愛関係って「順序としておかしいだろ」と思うのです。

なんでみんな、「カノジョが欲しい」と願うのだろう。
その前に、どうして「異性の友達が欲しい」と願わないのだろうね。

「好きな人がいないのに彼女欲しがるヤツはDQN」といった価値観の話ではなく、単純に関係性のハードルとして、恋人関係よりは友達関係のほうが構築しやすいと思うのだけど。
なんでわざわざハードル高いところから始めようとするのかな。

もちろん、異性の友達を作るのも簡単じゃないと思う。
でも、今回は比較のお話だから。

難易度でいえば、恋人関係よりは友達関係のほうがクリアしやすいよね。
ピュア信仰的な話としても、友達関係を意識的に作ろうとすることは、別に批判されることでもないだろう。
「友達になりたい人ができてから考えろ」などとは言われないでしょう。

それとも、友達から恋人への発展シナリオって、実はそれこそが(ぼくの中での)ピュア信仰だったりするのかな。
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by kude104 | 2008-09-08 23:56

パラリンピック

昨日パラリンピックが開幕して、今日から競技が開始されたわけだけれども。
競技の模様をお伝えするは、NHK教育での50分間のみ。
NHK総合でも放送しているけど、これはNHK教育の再放送みたいだね。
なので、日本のテレビ業界は実質50分間で北京の熱戦をお伝えする態勢。
・・・うん、まぁ、こんなもんだろ。

とはいえ、今日のNHK教育の放送内容には、やはりがっかりしてしまった。
たしかに、見事銀メダルに輝いた柔道の藤本選手のインタビューとか、各選手の大会までの苦闘の道のりとか、そんな話もいいんだけどね。
でも、そういうのはNHKドキュメントとかでやってくれよ、と。

ぼくは競技が見たいのだよ。

まぁ、たしかに50分間では、一競技ですら競技内容きちんと放送するのは無理ってもんだろうから、こういう番組構成になっちゃうのはしょうがないのかもしれないけど。
ぼくは競技が見たいのだよ。
「新日曜美術館(再)」とか「芸能花舞台(再)」とか、それ放送するくらいなら・・・って思っちゃうよねー。

でも、それにしても、障害者スポーツの選手ってのはすごいよなぁ。
あの不屈の精神!
とくに後天的に障害を負った人というのは、たぶん一度絶望していると思うんだ。
でも、そこから這い上がるというのだろうか、絶望して嘆いて終りにしないで、また、普通に生活するだけでも様々な困難が伴うと思うのだけど、それでいっぱいいっぱいですなどと言うこともなく、スポーツに挑戦するんだもの。
しかも、スポーツ選手として高みを目指そうというところにまで自分をもっていくんだもの。
これを不屈の精神と言わずして何と言おうか。

「障害者だから」というのではなくて、その黄金の精神に敬意を表し、感動するのです。
パラリンピックこそ、まさに『人間賛歌』だと思う。
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by kude104 | 2008-09-07 23:59 | テレビ