世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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月火とNHKクローズアップ現代でヨーロッパにおけるCO2削減の取り組みについて報じていたのを観たのですが、いやはや、「あいつら本気だ」って感じを強く受けました。
本気でCO2削減に取り組もうとしている。

CO2削減の動きについては、政治的あるいは産業的な思惑が絡んでいるとか、地球温暖化との因果関係がはっきりしないとか、そうしたいわゆる「二の足を踏む」意見も多く聞く。
ぼくもまぁそういう気持ちは多かれ少なかれあったんだけど、番組を観てちょっと考え方を改めた。

CO2の削減にどのような思惑があろうと、地球温暖化との因果関係があろうがなかろうが、たぶん世界はCO2削減の方向に動くだろう。
ヨーロッパの人々の本気度を見るに、少なくともヨーロッパの国々がそちらに動くのは間違いないように思われる。
あと数年もすれば、環境に配慮しない製品なり企業は、ヨーロッパではまともに商売できなくなるに違いない。
日本の感覚だと「えぇ~、そんな大げさな」みたいに思えるかもしれないけど、ほんとにすごいんだってあの人たちの本気度。

いまヨーロッパの人々は、「環境」をキーワードに社会構造・産業構造の大転換を行おうとしているのだと思う。
当然、アメリカを代表とする現在の大量消費型な社会構造・産業構造と、人類はどちらを選ぶか?という覇権争いになる。
断言はできないけど、ぼくは「地球に優しい」という大義名分の有るヨーロッパが勝つんじゃないかという気がするのだ。

そうなったとき、勝ち負けが決まってから方向転換したのでは、これはもう明らかに遅い。
「環境に優しい」技術は軒並みヨーロッパに抑えられてしまうだろう。
そうなる前に、今、日本も環境型に舵を切れば、その技術力で「環境革命」後の世界をリードできるのではないだろうか。
変化というのは、遅れればピンチ、先んずればチャンスなわけで。
次の10年20年を見越した時に、まさに今が分かれ道な気がするなぁ。
「地球のために」という発想で「まだ大丈夫だろう」なんてちんたらしていたら、その前に産業的に大ダメージをくらうかも知れない――と強く感じたという話。
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by kude104 | 2008-01-30 23:36 | テレビ

I like PHP.

Attacking PHP Matzにっき(2008-01-26)

ぼくは一応PHP使いなもので、「PHPダメ論」を目にし耳にするとちょっと悲しい気持ちになっちゃうのだけど、「PHPがいかに駄目な言語か」で指摘されている項目は概ねその通りだと思う。

でも、たとえば、PHPでひどいWebアプリケーションを作っている人がRubyを使えばまともなWebアプリケーションになるのか?というギモンは抱く。
なるのであれば、それは福音だ。
少しましになるだけでも、すごい。
もしそうなら、ぼくも乗り換えちゃおうかな。

個人的には、欠陥の有るコードというのは悪だと思うけど、汚いコードは悪ではないと思う。
PHPが言語の仕様上、汚いコードを量産するのだとしても、それはある意味「文化」だと思うのだ。
直接手で食事をするより箸を使ったほうが「美しい」としても、お箸の文化の人間が手で食する文化を非難するのはよろしくない。
文化の優劣は、たぶん、言わぬが花なのではないかと思う。

見ようによっては、PHPはプログラミング初心者を引き受けて、「質の低いコードを量産する言語」という汚名を一身に背負っていると、そんなふうに好意的に解釈はできまいか。
「初心者にやさしい」というラベルに誘われて、「じゃあちょっと始めてみようかな」と、PHPからこの世界に入ってくるひとだって、いるだろう。
そういう、すそ野を広げる役割として好意的にとらえてもらえると嬉しかったりする。

「PHPはダメ」といくら言ったところで、「初心者」にはそのダメさが分からないし、ダメなのを承知で使っている人間には「で?」って話だし、たいして効果はないだろう。
だから、否定するよりも、まずは嘘でも「初心者向け」としてのPHPを肯定しておいて、その上で、「もっとプログラマとしてステップアップしたくなったでしょ? だったらRubyがお勧めですよ」というアプローチを取るのがいいのではないかな。
PHP使いがRubyに乗り換えるためのガイドラインみたいなものを用意して、「PHP=リトルリーグ、Ruby=プロリーグ」のような構造にしてしまえばいい。
リトルリーグで野球の楽しさを知って、適性の有るものがプロリーグに上がってくる、みたいなことね。

まぁ、大元の話で言えば、誰でも自由にWebアプリケーションを作って公開できる時代――というのが、面白くもあり、怖くもありって感じで。
極論すれば、この世から脆弱なWebアプリケーションをなくすには、免許制なり認可制にでもするしかない(それとて完璧じゃないけど)のだろうけど、それは不可能だし第一面白くないしなぁ。
Webアプリケーションを作るという行為を、一般化するか専門化するかのジレンマだな。

あるいは、言語の進化のその先には、誰が書いても限りなくセーフティなコードが書けるようになるのかな。
なるといいな。
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by kude104 | 2008-01-29 21:30 | PC&ネット

"幸せ" に投資する Kiva.org

寄付3.0 ──ネットで生まれた募金の新しい動き - OhmyNews:オーマイニュース

これは面白い。
簡単に言うと、(主に?)発展途上国で事業を起こすための資金援助を求めている人たちと、彼らに資金援助してもよいという人たちとをネットで結びつけるというものだけど、ユニークな特徴がいくつかあって――。

まず、資金を寄付ではなくて「無利子で貸す」という点。
つまり、借りたほうは借りた額をそのまま返せばいいということ。
無利子無担保で貸すとはかなり太っ腹だけど、でも、「あげる」のではなく「貸す」というのが、相手にとっても自立と自覚を促してとても大切なことだと思う。

で、見事事業が成功し、貸したお金が返ってきても、出資した本人の手元には一切戻らないという点。
代わりに、戻ってきたお金は別の案件にそのまま資金援助として投資することができる。
つまり、貸し倒れがない限り、最初に支払う25ドルだけで、資金援助→事業化成功→資金回収→資金援助→事業化成功→資金回収→・・・と、延々連鎖していけるのだ。

通常の一般的な投資だと、投資した資金は回収時には増えているわけだけど、この Kiva.org では1円たりとも増えない。
でも、その代りに「幸せ」が増えていく――というと、キザだろうか。
寄付だと1回、寄付をしたその瞬間だけ幸せ気分を味わえるけど、Kiva.org なら何度でも何度でもそれが味わえるというのが、とても面白い発想だと思う。

前にNHKクローズアップ現代でNPOバンクというものについて特集していたのを観て、とても面白いと感じたけれど、これはさらにその一歩先を行く感じ。
社会が成熟してある程度豊かになると、金銭的なリターンではなく、精神的な幸福感をリターンとする投資があっていいと思う。

そしてぼくは、インターネットというものがこんなふうにして、国連でもなく、国家でもなく、たった一人の思い付きを原動力に、普通の人々の普通の行動を結びつけて、世界をより良くしていけるのだ――という可能性にしびれる。
そういうものを生み出す力を、ウェブ国産力と言いたいものだ。
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by kude104 | 2008-01-28 23:14 | PC&ネット
アスキー新書出版、佐々木俊尚著「ウェブ国産力 日の丸ITが世界を制す」を読みました。
感想を一言で述べるなら、肩透かしを食わされた感じ。

「日の丸ITが世界を制す」というタイトルに惹かれて、「ほうほう、いったい日本にどんなすごいIT技術なりサービスがあるのだろう」とワクワクしながら読み進めたわけだけど、簡単に言ってしまえば、まだグーグルの支配が及んでいない分野における検索とデータマイニングなら日本にもチャンスがあるかもねという話でした。
なんというか、実態は検索・データマイニングについてのお話なんだけど、それじゃ読み手の興味を引かないだろうってんで、「ウェブ国産力」というキーワードで味付けして「日の丸ITが世界を制す」なんて煽りタイトル付けてみました――という印象。
見事に釣られたぼくがいる。

とはいえ、この本を読むことで、逆になぜ日本のIT――というか、ぼくの興味対象で言えばネットサービスが世界を制することができないのかがよく分かる。
「日の丸ITが世界を制す」として挙げられている事例がこれじゃあなぁ、と。

検索・データマイニングの話が、おしなべて、広告の話に帰着する。
ブログの投稿記事を解析したりケータイで持主の行動をトレースしたりして、結果何がしたいのかというと、マーケティングデータの収集やユーザに応じた広告を配信しましょうという話になる。
では仮に、そのサービスが日本で成功したので、海外の各国に現地法人を作ってサービス展開しましょうという話になるだろうか。
たしかに、技術が圧倒的で他の追随を許さない程ならば可能性もあるかもしれないけど、基本的には、現地で "よそ者" たる日本企業がいちから営業して広告取ってサービス展開するより、現地の企業が似たサービスを作るほうが勝っちゃうだろう。

世界を制するには、要するに、世界中で使われるプラットフォームを作ることだと思う。
先にプラットフォームを行き渡らせて、その上に広告サービスを展開するならともかく、広告サービスがプラットフォームだと世界制覇はまず無理だろう。
「ウェブ国産力」に出てくる例を見ていると、日本のネットサービスはマーケティング目的で作られているというか、マーケティング目的にしないと金が集まらないのだろうなという印象があって、それじゃ世界は制せないでしょと思う次第です。

あ、でも、第5章の「被災情報収集システム」の話なんかは面白かったです。
これならたしかに世界を制することができるかもしれないと思えるし、世界を制する制しない関係なく、人の役に立つシステムとして期待したいと思える事例でした。
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by kude104 | 2008-01-26 17:49 |

LingrBBSリリース

「LingrBBS(リンガービービーエス)」というサイトを作りました。

Lingr というブラウザ上でできるチャットサービスがありまして。
comet という技術を使うことで、従来の CGI ベースのウェブチャットに比べて、はるかに軽快に動作するのが特徴です。
で、その Lingr が提供している API を利用して、チャット風の掲示板を作ってみたら面白いのでは?と思って作ったのが、LingrBBS です。

チャットって、自分がアクセスしたときに他にも誰かアクセスしていないと楽しめません。
掲示板なら、誰もいなくてもとりあえずメッセージを書き込んでおけば、後日それを見た誰かがレスを返してくれます。
そういう、非同期性のコミュニケーションができるのが掲示板の魅力です。
でも、同時に他の人もアクセスしていてリアルタイムにコミュニケーションできる状況なら、相手の書き込みが即座に更新されるチャットシステムのほうが便利です。
だったら、基本非同期で、相手がいるときだけ同期的にコミュニケーションできれば完璧じゃないかと思って作ってみました。

言ってしまえば Lingr のインターフェースをちょっと掲示板風にアレンジしただけですが、インターフェースが人の行動を規定することはよくあるもので、掲示板風のインターフェースにすることで Lingr とはまた違った感じになるのではないかと思います。
そうなると面白いなぁと。

正直あまり需要はなさそうな気もするのですが、単純に LingrAPI を使って何か作ってみたかったのと、JavaScript の習得を兼ねてということで、完成にとりあえず満足しています。
興味のある方は、ぜひ使ってみて下さい。
やはり、他の人の書き込みがリアルタイムで反映される様が面白いです。
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by kude104 | 2008-01-24 20:37 | PC&ネット
日本は国民による新政府を樹立すべきである TBN -Today's Best News-

こういう妄想談義は好きなので、触発されてぼくも何か書いてみよう。
テーマはやはり、「いかにして日本の政治を良くするか」で。
政治改革は選挙システムの改革からということで、こういうのはどうかな。

改革その1、投票を有料にする。
有権者は選挙で投票する際に “投票料” を支払わなければならない、というもの。
料金は、年収の0.1%くらいでどうだろう。
「金持ちしか投票できない」とかになっちゃうと問題だけど、年収の0.1%くらいならその気になれば貧乏人にだって支払える額でしょう。
むしろ、金銭的な負担は金持ちのほうに重くなるので、貧乏人に優しい選挙制度とすら言えるかも知れない。
もちろん、支払った “投票料” の額に関係なく、1人1票でその価値に違いはない。

この改革の目的は、有権者に身銭を切らせることで、投票に対して一定の気構えを持たせることにある。
投票に行くだけでも面倒くさいのに、そのうえお金まで徴収されるとなると、中途半端な関心しかない人間は投票に行かないだろう。
いわば、身銭を切らせることで、投票に対する意識を測ってふるいにかけるわけ。
当然、お金を払ってまで投票したくないという人のために、投票の棄権を認める。
投票したくない人、する気のない人は無理に投票することはないと思うのだ。
棄権は「他の人にお任せします」という意思表示として解釈し、それも参政のひとつのありようとして認めてよいと思う。
当然投票率はガタ落ちになるだろうけど、量より質ということで。

改革その2、政治家に活動報告書の作成を義務付ける。
選挙で当選した人は、その任期中、自分の政治活動の内容についての報告書を作成しなければならないものとする。
作成は4半期(3か月)毎でどうだろう。
報告書の内容は、その活動期間中における活動の成果の報告と、来期以降の目標、あとお金まわりの報告とか。
一定のフォーマットに則って作成し、それを見れば、その政治家がきちんと仕事できているか一目瞭然になるという優れもの。

報告書は、その政治家が出馬し当選した選挙区の有権者のうち、実際に投票をした人宛てに郵送で送られてくる。
もちろん、その有権者がだれに当選したかはわからないので、投票した人宛てにその選挙区で当選した政治家全員分の報告書が届くわけだ。
全員分届くと、あの人とこの人とを比較して、こいつはダメだ、こいつは頑張ってるなと判断できる。
自分の投票した人が政治家として優れているか、自分の見る目が問われる結果になる。
自分の投票した人が落選した場合は、当選した人の報告書を見て「まあ、この人で良かったかも」と納得できたり、「だから、こいつよりあの人がいいと俺は思ったんだよね!」などと「俺は分かってた」気分を味わえたりして、たぶん楽しいんじゃないかな。

活動報告書は、改革その1の有料化とセットにすると良い。
お金を払って投票したご褒美というか特典として報告書がもらえるというカタチになるので、きっと満足感が高まるだろうと思う。
お金を払ってまで投票しようというくらい政治に関心の高い人にとって、活動報告書は非常に興味深いものになるだろうし、活動報告書を読んでいると、きっと次の選挙で誰を選ぶか考えるのが面白くなってくるに違いない。
いそいそとお金を払って選挙に行き、届く活動報告書を面白そうに読む人たちが増えるに従って、それまで関心のなかった人たちも「そんなに面白いのなら、ちょっと自分もやってみよう」と思い始めるのではないかな。
そうした好循環によって、より意識の高い有権者が育ち、より能力の高い政治家が選ばれるようになるのではないかと思う。

ま、有料化は難しいとしても、活動報告書くらいは実現しないものかな。
とりあえず、政治家全員分の報告書をネットにアップして誰でも自由に閲覧できるようにという方向性でいいので。
それをするだけでも、だいぶ政治が変わってくると思うんだけど。
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by kude104 | 2008-01-21 22:03
中学生のリアルと大人のリアルはちょっと違う - [Z]ZAPAブロ~グ2.0

タイトルを観てふと思ったのですが、中学生は「リアル」という言葉を「本物みたい」といった意味とは別の意味で使っているという説はどうだろう。
「ヤバイ」とか「カワイイ」のように。
たとえば、「感情移入した」というのを表現するのに、「やばい、これちょーリアル」などと言う、みたいな。

いや、実際に中学生がケータイ小説を「リアル」と評している様子を目にしたことがないので、てきとーに言っているだけだけどね。

もし「本物みたい」という意味での「リアル」だとしたら、ケータイ小説というものが中学生にとっての「リアル感」を増幅させる仕組みを持っているのかも・・・と思う。
おそらく方々で考察されているだろうけど、たとえば、メールを読むような感覚で読むことで日常(普通の友達とのメールのやり取り)の延長線上であるかのような感覚になるとか、ケータイ小説はできるだけ文字数を省略しようとするので人物描写や情景描写が薄くなりがちなわけだけど(推測ですが)、その情報量の少なさを読者が自分自身の想像力(自分にとっての「リアル」なイメージ)で補うことでリアルさが増すとか。

だとすると、逆に言えば、ケータイ小説ではいわゆる「私小説」的な物語じゃないと受けないのではないかな。
読み手がリアル感を補えるような内容なり設定でないと、「リアル感を増幅させる仕組み」が活きないから。
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by kude104 | 2008-01-20 16:47 | PC&ネット
「地道な努力」を続けていく事が正しいのか?近道を探す努力こそが正しいのか? - モチベーションは楽しさ創造から

「近道」と「地道な努力」という表現で対比させるから、変にこんがらがるのではないかという気がする。
問うべきは、「今の努力の方向性は正しいか間違っているか」と、それだけで十分なのではあるまいか。

努力の方向性が正しい場合が「近道」になるわけだけど、近道を往けば地道な努力が不要になるわけではない。
最短距離に近ければ近いほど、余分に歩かなくて済む、というだけの話。
そして、いくら地道な努力を重ねても、明後日の方向に向かって歩いていたのではゴールにはたどり着けないという話。

人は往々にして、歩き出す前は、無駄に歩きたくない、最短距離を歩きたいと思い、なかなか一歩を踏み出せない。
正しいルートを見極めてから歩こうとして、結局一歩も踏み出せないまま諦めたりする。
そのくせ、いざ歩き始めると、今度は自分の道が正しいと信じて疑わない。
もしこの道が間違っているとしたら、自分のこれまでの歩みが無駄になるから、この道は間違ってなどいないと思いたがる。
結果、間違った道を延々歩き続けたりしてしまう。

未知の道というのは、歩いてみなければそれが正しいかどうかなど分かるはずがない。
もちろん、大雑把な方向性というのは事前の情報収集等で見極めなければならないけど、でも、事前に「最短ルートが分かる」というのは幻想だろうね。
多くの人がその幻想に惑わされてスタートできないでいるように思う。
だから、だいたいの方向性でスタートすればいいし、する以外にない。

そうしてスタートしたら、その道は最短ルートではないのだから、常に「本当にこの方向でいいのか」と考えながら進むことが重要。
で、方向性がずれているなと思ったら、ためらわず修正する。
最悪、来た道を引き返してスタート地点に戻る覚悟も必要だろう。
そういう歩き方は、当然最短距離にはならないけど、でも、ゴールにたどり着ける率は一番高いだろうと思う。

――とまぁ、まとめれば「地道な努力で近道を探す」という、結局だいたいみんな同じ結論に落ち着くわけだけど。
そうして、自分はそれを実践していると思い込んで明後日の方向に延々歩いていたりするんだろうね、ぼくも含めて。
でもまぁ、スタートできないよりは延々歩いているほうが面白いから良しとしよう。
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by kude104 | 2008-01-17 18:37
TBもいただいたことだし、tumblrについてさらに考えてみる。
例によって、tumblr自体について無知なまま書いているので、間違い等は教えて頂けると嬉しいです。

まず、やはり、tumblrに転載されるのを嫌う人のために、メタタグなんかにtumblr拒否の意思表示をしておけば転載されないといった仕様は実装されるべきだろうと思う。
転載問題の根本的な解決策ではないけれど、多少の対処療法にはなるだろうし、こうした仕様があるのとないのとでは、あったほうが仕組みとしての完成度は高いと評価できるし。
いずれそのうち実装されるだろうとは思うけど、転載されて困っている人は、そのへんtumblrの作者に要望出して働きかけるといいのではないかな。

それ以外に、イラストコンテンツの作者側ができる対策としては、たとえばイラストの画像ファイルをFlashファイル(swf)化するという手はどうだろう。
クリックしたら自サイトにジャンプするようなイラストFlashを作って、それを画像ファイルの代わりに公開するわけ。
Flash作るというと難しそうだけど、Flashソフトに画像ファイルを読み込んで、クリックしたら指定したURLにジャンプする命令を1行書いてパブリッシュすれば終わりだ。
たしかフリーのFlashソフトがあったと思うので、それ使えばいいんじゃないかな。
tumblrでFlashの「引用」がどう処理されるのか分からないけど、単純な画像ファイルよりは作者側が自分の意思を通せそうな気がする。


tumblrに限らず、この問題の本質は、一般的にディベロッパーよりもパブリッシャーのほうが立場が強いというところにあるように思う。
あるいは、コンテンツよりもメディアのほうが、材料の生産者よりも加工業者のほうが・・・などなど、基本的に世の中というのはそういうふうにできている。
消費者に近づくほど立場が強く、遠ざかるほど弱くなるわけ。

このtumblrの問題にしても、本質的には、どうしたってイラスト作者よりもtumblrなりニュースサイトのほうが消費者に近くなるってところに、なにかこう越えられない壁のようなものを感じるわけだ。
この壁を越えようと思ったら、イラスト作者たちが集まってひとつの制作者集団を作って、自分たちで自分たちのメディアを持つといったような動きが必要になってくるのかも知れない。
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by kude104 | 2008-01-16 22:44 | PC&ネット
livedoor ニュース - 【独女通信】独男に蔓延する「何もかもが面倒くさい」病とは?

「ライフスタイル情報誌」とやらにどんなことが書かれているのか、ぼくも読まない人なので分かりませんが、たとえば流行のファッションなどについて書かれているのでしょうか。

流行のファッションについての話題しかできない女性と、ゲームの話題しかできない男性と、どちらが上でどちらが下などと、どうして決められよう。
どちらも自分の興味のある話しかできないという点で、同類じゃないかと思う。
本当に社交的な人というのは、相手の興味のない話題であっても相手を楽しませたり、自分の興味のない話題であっても楽しく相手と会話できる人のことを言うのだと思う。

「彼らにはもっと新しいことにアンテナを張って、引き出しのある人になってほしい」というボケに対しては、「お前がなれ」というツッコミで終わり。
なぜなら、コミュニケーションというのは、それを求めるほうが相手の興味に合わせるのが基本だから。
今までは、男性が女性にアプローチするというのが主流だったわけで。
男性は女性にモテるために、女性の興味対象である流行やらファッションやらにアンテナを張る努力をしていた、だから、女性はこれまでさして苦労することなく、合コンなどでも会話を楽しめたのでしょう。

たぶん、昔は男性の娯楽に占める割合の中で「女性と遊ぶ」というのがかなりの割合を占めていたのだろうと思う。
カノジョがいないと人生実につまらない、というのが昔の男性。
でも、今はそれこそ腐るほど娯楽が溢れていて、カノジョがいなくても十分楽しい日々を送ることができる。
さらに、やらしい話だけど性欲すらもカノジョがいなくても十分満たせる時代です。
そうなると、当然カノジョをゲットするために費やされる時間と労力の割合というものは減る。
モテたい!というリビドーなくして、誰が興味のないことに時間と労力を費やすかってぇの。
それは女性の皆さんからしてみれば、男性にモテるためにドラクエのレベル上げに精を出す自分をご想像いただければ分かりやすいかと。

恋愛しか娯楽のなかった時代はもう終わったんだよ。
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by kude104 | 2008-01-15 21:26