世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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さて、毎度のごとく気がつけばもう月末と言うことで、次の映画サービスデーに観る映画の話でも。

とその前に、ぼくがいつも利用しているエリアから、映画館が3館ほどなくなっているではないか。
いやまぁ、閉館するというのはずいぶん前から知っていたけど、実際に閉館して、こうして「今どんな映画上映してるのかな~」と調べてみて初めて、「うわぁ、少なくなったなぁ」と実感した次第です。
ほとんど利用しない映画館だったから、さほどダメージはないんですが、ちょっとだけ寂しい。

で、今回は何を観ようかという話ですが、正直「これ!」というものがない。
ならば前回候補に挙げつつ観られなかった「レミーの美味しいレストラン」か「シッコ」でも・・・としたいところですが、どちらもほとんど公開が終了していて(朝一で1回だけ上映とか)ちょっと難しい。

それでも強いて挙げるとすれば、「包帯クラブ」「ワルボロ」「めがね」あたりかなぁ・・・。
どれもそんなにぼくの趣味じゃないんだけど、評判はまずまずいいみたいだし、他と比べりゃまだ観てみたい感じではある。
いちおう、見てみたいランキングもこの並び順なのだけど、「包帯クラブ」と「ワルボロ」は、これまたすでに公開終了目前といった感じで、上映時間的に無理かもね。

映画館が3館減ったからというわけではないけど、今回はちょっと「選択肢が少ないな・・・」という感じでイマイチ気分が上がらない。
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by kude104 | 2007-09-29 22:38 | 映画
求人の年齢制限を禁止…改正雇用対策法、10月1日に施行 : 経済ニュース : 経済・マネー : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

履歴書などに生年月日等の年齢が分かる事項の記入を求めないことと、当然、面接時にも訊かないこと。
それくらいしないと、「暗黙の年齢制限」をなくすことはできないのではないか。
どうせ年齢で落とされるんだったら、求人の段階でそう明記してくれたほうがまだ無駄がなくていいということになりかねない。

以前にも書いたけど、給与体系が変わらないことには、採用時の年齢制限はなかなかなくならないのではないかと思います。
で、給与体系を変えようと思ったら、法律か労働組合が障壁になるんじゃないかと思う。
良く知らないけど。
そのあたりも含めて考えないといけないんじゃないかなぁ。


おので切りつけ相次ぐ 凶行はアニメの影響?|事件裁判|社会|Sankei WEB

1件目の事件はアニメの影響なのかも知れないけど、2件目の事件は1件目の事件を報じたニュースの影響と言えるんじゃないだろうか。
両事件が、問題のアニメの放送後、ほぼ同時に起こっていたら「これはアニメの影響です。本当にありがとうございました」となるでしょうけど、時系列的には「1件目の事件→報道→2件目の事件」という流れですから。
2件目の事件の少年に聞いてみないと分かりませんが、もし1件目の事件のニュースを目にしていたのなら、それが後押しとなった可能性は大いにあるでしょう。

ということは総じて、「テレビの影響」という言い方が適切なのではないかと思います。
規制好きの皆様におかれましては、子供のテレビ視聴の規制をどうぞご検討ください。

あと、「今の少年たちはインターネットのような素早い反応ばかりを求めて心の余裕がなくなっている」と言うけれど、何気に60歳とかにも心の余裕のない犯罪が多い気がしますね。
心の余裕がないというか、頭の余力がないというか・・・。
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by kude104 | 2007-09-25 18:42 | 時事・社会

被告人は神様です

WIRED VISION / ネブラスカ州議会議員が神を提訴

なかなか面白いジョークですね。
神が有罪となるなら、それはまさに人間を作ってしまったからでしょう。
人間さえ作らなければ、神を訴えるものなどいなかったのに。
人間さえ作らなければ、“殺人”という罪状などなかったのに。

ぼくが思うに、神様の全能性って、せいぜい蟻に対する人間くらいのものだろうと思うよ。
ぼくら人間だって、飼育ケースで飼っている蟻に対しては、まさに神のごとくにふるまうことができる。
生殺与奪は自由自在、大雨洪水日照りに嵐、なんでもござれだ。
でも、その力でもってすべての蟻を幸福にしてやりたいと思ったところで、ちょっと目を離したすきに蟻同士が喧嘩して殺しあうのを止めることはできない。
蟻の一匹が病気にかかって死にそうだとしても、気づくことはできない。

一方、もし仮に、本当にすべての人間を幸福にできる全能の力が神様にあるとすると、紀元後の二千年に限って見ても、神様にその力を使う気がぜんぜんないことは明らかでしょう。
いぢわるなのかどうなのか、もしかすると、幸福の価値観が神様と人間とで大きく違うのかも知れませんね。

いずれにしても、前者だと神様の能力的に、後者だと神様の価値観的に、いくら人間が「救ってくれ」とお願いしたところで、神様が応じてくれるとは思えないわけで。
ですから、世の中の不幸に対して神の責任を問うたところで、意味ないことなんじゃないかなーと思います。

でもでも、神様だってたまーに気まぐれに、一個人の願い事を聴いてくれることがあるかもしれないから、神様にお願いするのを無駄だとは言い切れない。
その場合は、文字通り「人知を尽くして天命を待つ」程度に。
やっぱり、どうせ助けるならがんばってるやつを助けたいじゃない。
神様だって同じだと思うんですよね。
なーんもせずに助けて助けて言ってるだけのやつは、ぼくが神なら、まず助けないし。
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by kude104 | 2007-09-21 22:09
津田大介の発言に見られる「転がりやすい坂」について突っ込んでおく @蕪浅録奏

予備知識等々なく、このエントリー上でのやり取りだけを見て感想を述べるのですが、山上さんと津田さんのやり取りは、なにかこう、無駄に議論が噛み合っていない気がします。

上記エントリーで引用されている『Ascii.jpの、著作権法改正に反対する記事』のやり取りを整理すると、「Winnyなどを使って、コンテンツを違法に入手している人を取り締まれるようになるのは、一般ユーザーにはあまり関係ないし、逆にいいことではないのでしょうか?」という質問に対して、津田さんが「現状では違法Winnyユーザー狙い撃ちに見えますが、いずれあらゆるユーザーに対象範囲が広がるのは明らかなので、そうなると一般ユーザーも無関係ではいられませんよ」と答えていらっしゃる――という理解で正しいでしょうか。

それに対して山上さんは、「いずれのことはいずれ議論すればいいのであって、現状で違法Winnyユーザー狙い撃ちに限定されているなら、その状態での是非を訊きたい」とつっこまれている――という理解で正しいでしょうか。
すなわち、津田さんが「将来の危険性」を殊更口にするのは、現在議論されている法改正そのものには攻撃すべき「穴」が見当たらないからではないのかと。

これに対する津田さんの返答をコメント欄から読み取ると、おそらく次の2点になるでしょうか。
まず、新たな法改正がなくとも現状の送信可能化権で十分対応可能であること。
そして、新たな法改正の内容では実効性が疑わしいこと。
よって、「そんな法改正はなくていい。やるだけ無駄」というのが津田さんの反対理由であると思われます。

それに対して山上さんは、それは改正「しなくても良い」という消極的反対意見なので、改正「するべきではない」という積極的反対意見を述べて欲しいと再度つっこみます。
それに対して津田さんは、「積極的反対意見は『将来の危険性』です」と答え、これにて見事に堂々巡り完成――といった感じでしょうか。

これだけでも噛み合わないところに、論点を明確にしようとして挙げる話がさらに新たな論点となって、しかもそれもまた噛み合わなくて、正直収拾がつかなくなっちゃっている印象を受けますね。

で、ここからはぼくの感想なのですが、「そんな法改正はやるだけ無駄」という津田さんの反対理由は間違ってないと思うのですね。
でも、それだけだと反対意見として弱いという山上さんの主張も間違ってないと思うのです。

現状、違法ダウンロードが少なからず行われているという事実があって、それをどうにかしたいと切実に願っている人たちがいて、世間的に違法ダウンロードを野放しにしておくわけにはいかないという正義がある。
そういう状況をなんとかしようという人たちを相手に、彼らが考えた案に対して、「やっても無駄」という反対意見が支持を集めないだろうことは容易に想像が付く。
「やっても無駄」という反対意見は、「たとえ無駄でも、何もやらないよりまし」という気持ちに勝てないのね、たぶん。
座して死を待つより、竹やりでB29を撃墜する努力をすべし、みたいな声に負ける。

そんな彼らを「やっても無駄」と説得するには、ひとつには、コストの話をするのが有効ではないかと思います。
いわゆる、「費用対効果で赤になるからやっても無駄」という説得をするわけ。
これは、説得力のあるコストと効果の算出が難しいという難点はあるけど、決まればかなり有効な方法だと思います。

で、もうひとつが、対案を出すことです。
これは言わずもがなですね。
逆に言えば、有効な対案が出せない場合は、反対意見はほぼ却下されると見て良いかと思います。

むろん、費用対効果の話や対案が出せれば誰も苦労しないという話なのですが。
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by kude104 | 2007-09-17 23:59 | PC&ネット
Life is beautiful: 「人生のやり直しに寛容な社会作りエントリー」に対するコメントに答えてみる

日本での「人生のやり直し」をしにくくしている原因はたくさんあるが、一番大きな原因は、企業が採用の際に年齢を採用条件の一つとすることがいまだに合法なこと
なぜ企業が年齢を採用条件の一つとするのか、その理由を考えるに、おそらくは給与制度に原因があるのではないかと思う。
手当等含めて、20代ならこのくらいの給料、30代ならこのくらいの給料と、だいたいの目安が決まっているのが一般的じゃないでしょうか。
能力よりも年齢で給料が決まるなら、雇う人材は若い方が企業側としてはお得です。

おそらく、何歳以上になると、「まだ海の物とも山の物とも分からないあなたに、それだけの給料は支払えません」というラインを突破してしまうのではないか。
だから、翻って、何歳までという年齢制限を設けて、無駄な応募を事前にカットすることになるのだろうと思います。

加えて、日本では解雇が容易にはできない・・・らしい。
もし日本でも、給料は完全能力制で、仕事のできない人間をバンバン解雇できるなら、たぶん30代だろうと40代だろうと「試しに雇ってみよう」と、わりと気軽に雇用できるのではないかと思います。

つまり、再チャレンジしやすい社会と言うのは、流動性の高い社会と言うことですね。
入る人がいれば出る人がいるわけで、能力が認められて雇用される人がいれば、その分、能力が認められずに解雇される人がいる社会です。
その入れ替わりがすごく激しい社会。

安定的な雇用と流動的な雇用、どちらがいいかは人それぞれとしても、どちらの企業も多種多様に存在する社会が理想的じゃなかろうかと思います。
その意味で、日本では流動的な雇用体制の企業が少ないように思いますので、もっと増えていいんじゃないかという気がします。
発展期にある企業、攻めの企業は流動性を高く、安定期にある企業、守りの企業は流動性を低くするのが戦略的によさ気な感じがしますね。
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by kude104 | 2007-09-12 23:02
愛・蔵太の少し調べて書く日記 - もう世の中の人間は、売れているものしか買わない

「選択肢多すぎて選べなくない → ランキングに頼る → 売れているものしか買わない」というお話だと解釈しました。
なるほどなぁ、たしかにそうだよなぁと納得。

インディーズ音楽みたいなものは、要するに、そのマイナーさゆえにそれを知っていることが優越感であり価値である、という側面があろうかと思うのです。
それには、インディーズの情報や音楽そのものが容易には手に入らないという困難さが大きく影響していたと思うのですが、現在これだけ情報があふれていて、それらに簡単にアクセスできるようになると、必然、その価値は下がるでしょう。
また、困難であるからこそ魅せられるというか、苦労して手に入れることに快感があり、苦労して手に入れた音楽はその苦労に見合う価値を持っているものと無意識に思ってしまう傾向は、きっとあるでしょう。
メジャー化したインディーズというものは、こうした魅力を失ってしまうに違いない。

次に、一般的な消費者が、いったいどれだけ自分の聴きたい音楽というものを探そうとするだろうかという点。
たとえばテレビやラジオから流れてくるメジャー楽曲。
たしかにそれは100%自分のお気に入りではないかも知れないけど、80%くらいのお気に入り度であれば十分じゃないでしょうか。
普通の人は、まだ聴かぬ120%の音楽を求めてさまよい歩くなんていう求道者のようなことはしない。
気に入った楽曲があれば、まぁCD買ってもいいかなと思うだろうけど、気に入った楽曲がなければないで別にかまわない。
どうせ音楽なんてBGM程度にしか聴かないんだもの。
だったら、ランキング上位の楽曲で十分事足りる。

そして、音楽もやはりコミュニケーションの道具のひとつなのだろうと思う。
自分一人聴いて楽しむ音楽もあるけど、やっぱり、誰かとその音楽について話をするのが楽しいんじゃないでしょうか。
この点で言えば、ランキング上位のヒット曲というのは強い。
自分も相手も知っている共通の話題になるからね。
対して、マイナーなインディーズ楽曲についての話題で盛り上がれる場面って、まぁレアでしょう。

コミュニケーションということで言えば、音楽に限らず、そういえばいつの頃からか、みんながイイと言うものがイイという風潮になったなぁという気がしますね。
つまり、誰も知らない掘り出し物を見つけてきて「こんなの見つけた」「すごーい」と言い合うよりも、いま人気のアイテムを手に入れて「すごーい」と言い合うよな。

などと、つらつらとここまで書いて思うのは、インディーズ系のCDを普通のCDショップで売るというビジネスはそもそも向いてないんですよ、たぶん。
インディーズは(インディーズに限りませんが)、コミュニティ中心に考えるべきだと思います。
コミュニティを作り育てることを中心に据えて活動すること。
コミュニティが育てば、ビジネス的にもなんとか回るような気がするけどな。

消費者としては、自分の好きなものはランキング度外視で好きなように、自分がさほど興味のないものはランキングを参考にするというのが、まぁ基本的な行動戦略となるでしょうか。
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by kude104 | 2007-09-10 17:05
ホワイトバンド批判から考えるNGOのコミュニケーションギャップ(07/09/07)-コラム:日経Ecolomy

たしかぼくも以前に「ホワイトバンドあやしぃ~」って日記を書いたなぁと思って掘り起こしてみたら、あった。

ほっとけない? ホワイトバンド

今改めて読み返してみたら、今回書こうと思っていたことが全部そのまま書いてあった。
さすが当時のぼく。
そして、さすが同じ人間。
同じこと考えてる――って、当たり前か。

私たちは寄付へ向かう善意を、政治を動かす善意(アドボカシー)へと転換する道の途中で、アドボカシーというコトバの伝わらなさに立ちすくみました。それは、なぜか。
ぼくが思いつく理由は3つほど。

ひとつは、まず、「アドボカシー」って言葉。
単純に、耳に馴染みがない。
ぱっと聴いて覚えられないような言葉をキーワードに掲げちゃダメ。
たしかに日本では「政策提言」は馴染みがない。
その馴染みがないものに、馴染みのない言葉を当てはめたら、そりゃ怪しく映りますって。
なんでも横文字にすりゃいいってもんじゃない。

ふたつめは、「寄付へ向かう善意を、政治を動かす善意へと転換する」ことを目的としていたようだけど、ホワイトバンドは、寄付へ向かうお金がホワイトバンドへ転換しただけに見えたこと。
つまり、お金を払うという行為自体は同じであったこと。
もし本当に寄付へ向かう善意を、政治を動かす善意へと転換することを掲げるのであれば、ホワイトバンドは無料で配らなければならなかったように思う。
その代り――お金を払う代わりに、たとえばなにかこれこれの活動を行ってください、というやり方が正しかったのではないか。
たとえば、集会の参加者にホワイトバンドが配られるとかそういった感じに、活動の対価、あるいは証明としてのホワイトバンドという位置づけが正しかったように思う。

みっつめは、それで実際のところ、ホワイトバンドはどんなロビイングを行っているのか?というのが見えないところ。
「国際的に正統なNGOのロビイングですら、賄賂や陰謀と同義に描かれてしまう傾向があります」などと書かれていますが、ポイントはそこではないように思う。
そもそもホワイトバンドが叩かれたたのって、ロビイングが怪しく映ったからじゃなくて、そもそもロビイングをする気あるのか?と疑われたところだったように思います。
「日本ではロビイングにネガティブイメージがあるから伝わらなかったんだ」と思っているようなら、それは大きな勘違いです。
「具体的なロビイングをする気もないくせに、金だけ集めやがって」と思われたのではなかったか。

結局、ホワイトバンドキャンペーンは、ホワイトバンドを売ることには成功したけど、ホワイトバンドの活動の本当のところを世に知らしめることには失敗したということだろうと思う。
キャンペーンとしては、少なくとも認知度を高めたという点では大いに成功であると言えるだろうけど、でも何か根本のところで間違っていることに気づいていない感は受けますよね。
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by kude104 | 2007-09-08 23:09
【2ch】日刊スレッドガイド : 頭髪とともに失ったもの

これからはもう他人の禿げを笑いのネタにするのは止める。
ここに誓うよ。
まさか、これほどまでに精神的なダメージを負うものだとは。

これだけテクノロジーが進歩しているんだから、そろそろどうにか出来ないのか?
人工植毛とか。
他人の髪の毛を移植します――みたいなこととか、できないのかなぁ。
やっぱ、基本は抜けるものだから、抜けた後、また生えてくるかが問題なのだろうね。
植毛の場合。
「抜けない髪の毛」の開発とかも、難しそうだしなぁ。

となると逆の発想で、スキンヘッドをファッションにする方向か。
つまり、禿げがマイナスイメージでなくなればいいわけだから。
ただ、これもなかなか難しくて、若者がスキンヘッドならファッションとして有りなんだけど、中年のスキンヘッドはファッションというよりやっぱり「禿げ」になってしまう。
なぜなら、スーツにスキンヘッドは似合わないから。
これ致命的。
薄い頭髪に悩むくらいなら、いっそスキンヘッドにしてしまいたい!という人は多いはずなんだ。
でも、スーツにスキンヘッドは似合わないから、できずにいるんだと思う。
ここをなんとか突破できれば、人類の大いなる救済になるのではないだろうか。

とりあえず、来年あたりクールビズのひとつに、さりげなく「スキンヘッド」を加えてみるというのはどうだろう。
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by kude104 | 2007-09-06 22:19

Web2.0からMobileWeb2.0へ

ケータイ顔写真採点 「写メコン」って何? - ITmedia News

うわっ、気持ち悪ぅ。
自分の顔写真晒して品評してもらうなんて、考えられへんわ。
よほどのナルシストか、それとも、「かわいい~」と言い合う生暖かいコミュニケーション空間かどちらかじゃないかと思ってしまうのだけど、どうなんだろう。

と拒否反応を示しつつ、その実、この話にはかなりの衝撃を受けました。
まるで未知との遭遇のようなカルチャーショックです。
ネットは危険と隣り合わせだから個人情報を晒すなどもっての外という教えが身に染みているぼくなんかと、気軽に顔写真を晒せる彼ら/彼女らと――。
明らかに文化が、世界が大きく違っているよね。

そしてなんというか、直感的に、“分かって”しまった。
Web2.0とか3.0とか言っているけど、そんなヴァージョンアップ的な進化じゃなくて、PCのWeb世界はケータイのWeb世界に取って代わられるのではないか。
まぁ、取って代わられると言うか、ネットの中心がケータイのほうにシフトするだろうってことなんだけど。
言うなれば、PCWeb3.0だとか言っているあたりで、気がつけば、世の中ネットの中心はMobileWeb2.0だったりするのではないかと。
今ちょうどその入れ替わりが始まりつつある段階くらいじゃないかな。

なぜそう思うかという論理的な理由はないんですが、たとえばPCメインのブログで、やれ実名だ匿名だと議論が起きている間に、ケータイのほうでは軽々と顔写真を公開しちゃうというあたり。
実名どころか、実顔ですよ。
ネットの中を、まるで自分の実社会の延長というか実社会そのものであるかのように捉える感覚は、まぎれもなく“ニュータイプ”の感覚でしょう。

ケータイは一人に一台で、ケータイごとに固有の端末番号があって、つまりは限りなく個人とネットの中の「個体」が一対一に対応していて、そこで顔写真晒せちゃうくらいプライベート空間の延長線上な感覚で、いつでもどこでも気軽にネットの世界にアクセスしてコミュニケーションできる。
そんなPCのネットとはまったく違う環境の世界が、PCと同じに進化するはずがない。
そして、そんなネットコミュニケーションは人類史始まって以来のことで、要するにこれはまさしく「アドバンスジェネレーション」だなと感じる次第です。

あとは、ケータイの機種ごとの差異に対応するような、あるいは差異を吸収するようなテクノロジーなりノウハウなりが確立されれば――まさに、JavaScriptがAjaxとして花開いたように――MobileWebは爆発的に進化するんじゃないでしょうか。
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by kude104 | 2007-09-04 23:59 | PC&ネット

ラッシュアワー3

今月の映画サービスデーは、結局やっぱり「ラッシュアワー3」を観てきました。

内容はまぁ予想通りということで。
クリス・タッカーが軽薄そうにわーわーきゃーきゃー騒いで、ジャッキー・チェンがそれに巻き込まれて、あっち行ってこっち行って、行く先々でトラブルに巻き込まれて、撃たれたり殴ったりカーチェイスして、ヒロインがピンチになって、ラスボス倒してヒロイン助けて終わり――みたいな。
まぁ、面白くないことはないけど――館内けっこう笑いが起きてたし――やっぱり60点くらいの出来かな。

ストーリーはあってないようなものってのは、まぁお決まりのことというか、別にジャッキー映画にストーリー求めてないから構わないけど、アクションが・・・。
ジャッキー映画の最大の魅力は、迫力もそうだけど、それ以上にイマジネーションあふれるアクションシーンですよね。
「こんな場所でアクション?」とか、「こんな物でアクション?」とか。
そういうのが、全然なかったなぁ。
やっぱりジャッキーも年だし、なによりハリウッド映画だしってことで、しょうがないのかも知れないけど。

今回、適役が真田広之ということで。
正直、アクションの切れは、ジャッキーより上だったんじゃない?
演技的な面でも、ジャッキーより迫力あったというか、役になりきってる感があったように感じました。
日本人の身びいきかしら。

真田広之相手にジャッキーが日本語でしゃべるシーンがあるのですが、ジャッキーの日本語が拙いので、シリアスなシーンなのにちょっと笑える。
あそこは無理せず、英語で良かったんじゃないかな。

まぁ、なーんも考えず観て、あー楽しかったで、すぐに内容忘れる。
そんな映画です。
でも、というか、なのにというか、結構客が入っていたのは、さすがはジャッキー映画ということか。
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by kude104 | 2007-09-02 23:21 | 映画