世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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たとえばJoostであるとかFacebookであるとか、はたまたGoogle Maps - Street Viewであるとか。
(それぞれ、以下参照――アンカテ(Uncategorizable Blog) - YouTubeが信長ならJoostは家康かメディア・パブ: Facebookが今日にも開放路線を発表,SNSがOSの役割をGoogleマップに平面視点で地図を見られる新機能「Street View」追加 - GIGAZINE
なんだろう、この「世の中が変りそう」な予感は。

なにか世の中を変えてしまうような予感を感じさせる――ひらたく言うと、ワクワクするようなネットサービスを作り出すということにおいて、アメリカはほんと圧倒的だなぁ。
それが本当に世の中を変えてしまうかどうかはまた別の話として、少なくとも、「もしこれがうまくいけば、なんかすげぇことが起こりそう」と思わせてくれるだけの大きさを持った風呂敷ではあるように思う。

翻って、日本は・・・という話になっちゃうんだけど。

日本産で、ワクワクするようなネットサービスって、なにかあります?
面白いサービスやよく出来ているサービス、使いやすいサービスはたくさんあるけど、その登場前と登場後とで世界を変えてしまうような、そういう期待を一瞬でも抱かせるようなサービスって何かあるでしょうか。

どうして日本では革新的なネットサービスが生まれないのかということを考えるに、これはもう単純に「儲からないから」だろうと思います。
日本で革新的なネットサービスを発明して大金持ちに!みたいなサクセスストーリーって、まるで現実感がない。
デイトレードで大儲けとか、アフィリエイトで大儲けとか、そっちは真に受けちゃう人も多くいるのにね。
サクセスストーリーがないから、「いっちょやってやるか!」みたいな有象無象の野心家が集まらない。
結果、それなりのモチベーションとビジネス的な期待値でできるのは、流行りのネットサービスのクローンを作るくらいになっちゃうのでしょう。

無料で提供して広告から収益を上げるというスタイルが定着した今、革新的なネットサービスが生まれるかどうかは、ネット広告市場の規模の大小に依ると言えるでしょう。
上場であるとか売却であるとかそういった形での儲けも、そのサービスが将来もたらすであろう利益の大小、つまりは広告収入の大小によって決まると言えるわけで。
その広告市場の規模が、日本とアメリカとじゃ大きく違う。
もし、日本でもネット広告にガンガンお金が流れるようになれば、日本発の面白いネットサービスが生まれるようになるだろうけど、当分はないだろうなぁ。

それでも、日本から世界をリードするようなネットサービスを生み出す方法はないものか・・・と考えると、実に単純な方法があることに気づきました。
海外でリリースすることを前提に、日本語と英語の二言語でサービス作ればいいんじゃないかしら。
サービスの内容にもよるでしょうけど、二言語でリリースするからコストが2倍になるってこともないでしょう。
それでいて、日本語圏のみをターゲットにするより、英語圏をターゲットに加えることで得られる収益は2倍以上だろうと思います。

というわけで、これからのネットサービスの開発には英語力必須ですな。
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by kude104 | 2007-05-30 23:59 | PC&ネット
さて、毎度のことながら気がつけば早月末ということで、次の映画サービスデーに見る映画の選定でも。
今回の映画サービスデーは、ゴールデンウィーク公開の映画には今さら感が漂い、新作は6月2日から公開ということで、ちょっと谷間な気がするなぁ。

世間的には、「スパイダーマン3」か「パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド」か・・・という選択肢になるのでしょうが、スパイダーマンはすでに観たし、パイレーツ・オブ・カリビアンは前作を観ていないので。
その他のいわゆる話題作は、ぼくの好みじゃないのでパス。

となると・・・今回は、消去法で、もうこれしかないと一本に絞られてしまいました。
「しゃべれども しゃべれども」

原作の小説のほうを、以前に本屋で見かけて「読んでみようかな」と手に取ったことがあって、まだ読んでいないのですが、そのこともあって、ちょっと気になったというか興味を引かれたというか。
まぁ、面白いかどうかは分かりませんけど、最悪でも「可もなく不可もなく」な雰囲気なんで。
一番ベターな選択かなーと。

ただ、上映劇場が小さなところなので、満席にならないかそれが心配ですね。
これを観られないとなると・・・、パイレーツ・オブ・カリビアンってことになるのかなぁ・・・。
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by kude104 | 2007-05-29 21:48 | 映画
音楽保存サービス:ストレージ利用は著作権侵害 東京地裁-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

法解釈なんて、こじつけようと思ったらどうにでもなるんで、結局なんきょくJASRACには勝てねぇよという諦めムード満載の今日この頃。
むしろ、JASRACがこうしてガチガチに著作権でユーザの行動を縛ることで、脱JASRACの機運が高まるのではないかとそちらのほうに期待するのだけど、現実にはあんまりそういう動きは見られないなぁ。

インディーズにJASRACは必要なのか?にも書いたとおり、JASRAC所属のメジャー楽曲と、JASRACに所属しないインディーズ楽曲との棲み分けが起こると面白いだろうと思う。
JASRACによってガチガチに縛られたメジャー楽曲に対して、比較的ゆるやかに利用できるインディーズ楽曲という路線の打ち出しは、そう悪い戦略でもあるまい。
でも、現状ぼくの知る限りでは、インディーズって結局メジャーへの通過点としての位置づけに過ぎないんだよなぁという印象です。
それはやっぱり、インディーズビジネスでは儲からないからでしょうね。
そして、メジャービジネスを行うにはJASRACを利用しなければどうにもならないという仕組み故に、なかなかJASRAC支配から抜け出せない。

メジャーに対するインディーズ楽曲の最大のウィークポイントは、玉石混交の「石」が多すぎてなかなか「玉」に行きあたらないというところだろうと思います。
すぐれたインディーズ楽曲なんて、ユーザが自ら努力して探さないと、なかなか出会えるものではありません。
そしてそんな面倒くさいこと、だれもやらないっての。

その解決策として、ひとつにはYouTubeのようにブログで楽曲を紹介できるようにする、そしてもうひとつは着うた配信でしょうか。
そのようにして、バイラルで広がっていくような工夫がインディーズ楽曲には必要でしょう。
上で”違法”となったストレージサービスのようなものも、積極的にどんどん行うのがよろしい。

その上で、収益はライブであったりCDやグッズの販売であったり、あとは楽曲データの有料配信であったりと、そういったところから確保することになるわけですが、はたしてそれでどれだけの規模が見込めるのか。
正直、そんなに楽観的な話ではないでしょうね。

ただ、これからのビジネスというものは、コンテンツデータそのものを販売するのではなく、「便利さ」を販売する方向にシフトするのではないかという気がしています。
とくにデジタルコンテンツにおいては、否応なくそうなっていくのではないかと。
そうであれば、いずれJASRACも方針転換せざるを得なくなるだろうと思っているのですが、ただ、そうなる前に長い暗黒時代が続くのは嫌なので、インディーズが先に暗黒時代を突破して新時代を拓いてほしいなぁと思う次第です。
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by kude104 | 2007-05-27 18:17 | PC&ネット

つぶろげないワタシ

エキサイトつぶろぐという、まぁ言ってしまえばTwitterのフォロワー的なサービスが始まったそうで。
このエキサイトブログと同じIDで利用できるし、Twitterの盛り上がりを横目で見ていて、「それ、面白いの?」と思っていたこともあって、ちょっとどんなものか試してみようとログインしたけれど・・・。
んー、なんかめんどい。

いえ、「エキサイトつぶろぐ」の使い勝手がイマイチであるがゆえに面倒くさいというのではなく、そもそも、触ってないし。
ログインして、ひと通り眺めて、「やっぱいいや」とすぐログアウトしただけ。
なんというか、どーでもいいようなことをわざわざタイプして”呟く”のって、面倒くさい行為だとしか思えないんだよなぁ。

でもまぁ、他人の呟きが一覧で表示されているのを眺めていると、よく漫画とかで、都会の喧騒の中、見知らぬ他人の生活の一コマが断片的に散らばって描写されているシーンとかありますけど、あんな感じがしますね。
それは、見ていて面白いというより、なんだかちょっと切ない気分です。

この感覚は、たとえば、夜、家路に向う電車の中から見えるマンションに無数の灯りがともっているのを眺めるとき、あの灯りのもとに、何百人何千人の見知らぬ他人の人生があるんだなぁと想像して、ちょっと切なくなる感じ。
まぁ、一種の孤独感ではあるのでしょう。

携帯電話といい、この手のつぶろぐ的なサービスといい、なんか見ようによっては「人類はニュータイプ能力を手に入れました」って感じだよね。
人の革新ではあるように思う。
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by kude104 | 2007-05-24 23:59 | PC&ネット
アンカテ(Uncategorizable Blog) - AppleがJASRACに払った2億5千万の行方は?

思わず「これはひどい」とタグ付けしたくなるような、そんな話です。
一読して「JASRACだめじゃん!」と思ったぼくですが、その後追記紹介されたこれが真実! iPod vs. JASRAC 著作権料2.5億円不払い騒動-家を建てようを読んで、「結局だめなのは朝日新聞か」と。
まぁ、朝日新聞のことは置くとして、「これが真実!~」にて指摘されているとおり、いずれにしても、ネット配信のご時世にJASRACの著作権管理スキームが制度疲労を起こしているのは間違いないと見るべきでしょうね。

そんな中、タイミングよく見つけたOn Off and Beyond: デジタル時代ミュージシャンの収益構造という話が興味深くて、これを見ると、新しい時代のミュージシャンの有り方が見えてくるような気がします。

そもそも、全国区でタイアップもどんどんお声のかかるようなミュージシャンと、基本的に売上はCDとライブだけというミュージシャンとが、同じ”売り方”で良いはずがない。
前者の売り方は、いま各レコード会社の採っているものでいいとして、後者の売り方は、今後「デジタル時代ミュージシャンの~」で示された方向に進むのではないかという気がします。

後者のミュージシャンは、マスメディアで名前を売るといったことはできないので、ネットをフルに活用してファンを増やすことを戦略の柱に据えざるを得ないでしょう。
でもって、売上の規模が絶対的に小さいから、できる限り中間コストをカットする必要がある。
となれば、楽曲データからCDからチケットからグッズから何まで、可能なものは可能な限り自サイトで直販する戦略が正しい。

ミュージシャン個人でそれをこなすのはさすがに大変だろうと思いますから、そこにインディーズ系のレコード会社の役割が生じてくると考えます。
メジャーとインディーズとの違いが、単に全国販売網のある無しとか規模の大小というのではなく、そもそも楽曲の売り方がぜんぜん違う――と、そんな時代になるのではないでしょうか。

で、そうなったとき、インディーズにとって、はたしてJASRACの著作権管理スキームを利用する必要ってあるのかしら?と思うのです。
このへん、ぼく自身、JASRACの役割りをよく分かっていないのですが、インディーズの楽曲をJASRACに預けて受ける恩恵と科せられる制約と、はたしてどちらが大きいのかな、と。

上記のとおり、ネットをフルに活用してファンを増やすことを戦略とするならば、悪質でないケース以外は基本戦略として「自由にどんどんうちの楽曲をコピーして下さい、使用して下さい、紹介して下さい」とするのが正しかろうと思います。
それで失う何がしかの儲け分は、宣伝費として割り切る。
そう腹を括ったなら、JASRACにお世話になることってそうそうないように思うのです。
むしろ、JASRACお預かりだとブログで気軽に紹介できない等々、ネットメインの戦略の上ではデメリットのほうが大きくなっちゃうような気がするのですがどうなんでしょう。
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by kude104 | 2007-05-21 23:59

「誇り」で亡国

侵略正当化へ“洗脳”/文科省採用の“靖国DVD” - しんぶん赤旗

実物を見たわけじゃないのであれですけど、この記事の通りの内容だとしたら、キモチワルイの一言だなぁ。

ロシアは、中国大陸における覇権争いをしていた国民党や共産党をたくみに操り、さまざまな謀略を日本にしかけはじめた。そうとは知らない日本は中国大陸で抜けるに抜け出せない、泥沼のような戦いを繰り広げていくことになっていく
いやいやいや、抜けるに抜け出せない泥沼のような戦いを繰り広げていくことになったのは、ひとえに軍部の独走ゆえでしょうに。
軍部の独走さえなければ、おそらく外交で解決できていたに違いない。
「そうとは知らない」という言い様も、まるで被害者面ですが、国家の命運が懸かる大一番に「そうとは知りませんでした」などという言い草が通るはずがない。
知る努力もせずに「そうと知らなかった」なんて、どの面下げて言いますかって感じです。

日本は亡国の道を歩むか、戦争に突入するか―二つに一つの決断を迫られ、アメリカをはじめとする連合国軍との戦争という苦渋の決断を強いられた
チャンチャラおかしい。
「亡国の道を歩むか、戦争に突入するか―二つに一つの決断を迫られ」たのはなぜかと言えば、これまた結局のところは、軍を御し得なかったからでしょう。
乱暴に言えば、中国から”撤退”さえすれば、戦争に至らずに済んだはず。
「撤兵すれば、これまでの犠牲が無駄になる」「負けたわけではないのに、撤兵などできるか」という軍や世間の声を押し切って撤兵することができなかったために、二つに一つの決断を迫られることとなったのだ。
中国から撤退すれば、日本は滅びたか――滅びないでしょう。
まぁ、少なからぬ利権を失うことにはなったでしょうが、国が滅びるわけじゃなかった。
なのに、連合国相手に国の存亡を懸けて戦争する道を選んだんだから、これをはまったく誉められた話じゃないですよね。
撤退するより連合国相手に戦争するほうが楽な決断だったというだけのことです。

たとえばいま北朝鮮が戦争に打って出たとしたら、彼らの言い分としては、「自国を守るための戦争」ということになるでしょうね。
大義名分として民族統一を掲げたりするでしょうか。
北朝鮮にとって状況を打開する道が戦争にしかなくて、民族統一に大義名分があるとして、でもおそらく我々は北朝鮮の主張や行動を認めはしないでしょう。
「それは、そういう状況を作ったお前が悪い」と言うのではないでしょうか。
70年前に翻れば、それは大日本帝国に当てはまるとぼくは思う。

道徳的な「善い悪い」は時代とともに、状況とともに、立場とともに変わるのだから、そこははっきり言って重要じゃないでしょう。
いちおう、戦争は避けるべきものというコンセンサスがあるので、今の平和な世の中からすれば「悪い」ということになるでしょう。
それはそれとして、先の戦争(と、戦争に至る一連の行動)は国策として正しかったか?という問いを立てるなら、これは100%「正しくない」ということになりましょう。
なぜなら、負けたから。
負ける戦争をした時点で、理由や状況など問答無用で、国策として正しくないのです。
ですから、振り返るべきはここです。

先の戦争を、善悪論や感情論ではなく「国策の失敗」として、理知的・論理的に反省し、二度と同じ過ちを繰り返さないようにすること。
それこそが、「自虐史観」から脱して向かうべき、新たなる「自省史観」だと思います。

簡単に言うとね、経営陣が無能で倒産した会社を、「夢を売る会社でした」「平社員は頑張りました」というお涙ちょうだいのドラマにして振り返ったところで、カタルシスはあっても何の役にも立ちゃしないってことですよ。
そんなお涙ちょうだいドラマで良しとしていたら、無能な経営陣は無能なままで、無知な平社員は無知なままで、新しい会社もすぐにまた同じように倒産しますって。
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by kude104 | 2007-05-19 23:59 | 時事・社会
何もしないでする後悔と、何かをしてする後悔

ギャンブルに例えれば、何もしないでする後悔というのは、「勝負すれば自分は勝って儲かっていたのに、その機会を逃してしまった」という機会損失の後悔で、何かをしてする後悔というのは「掛け金を失った」という実損失の後悔と言えるのではないでしょうか。

そう考えると、後者のほうが実損失であるぶん、手痛いのは当然かと思います。
前者は、実際には損をしていないんだけど、「勝っていたはず」という仮定の上に、そこから翻って儲けられなかった現在をマイナス視する見方になります。
「勝っていたはず」と考えるのは、たしかに「ポジティブ」な人に多いでしょう。
そのへんを小さく見積もる人にとっては、「何もしないでいて後悔することって滅多にない」ということになるのだと思います。

とまぁこう書くと、「何かをしてする後悔」のほうが手痛いので、何もしないほうがいいのではないかと思えるかもしれませんが、それでも多くのケースで「何かをしてする後悔のほうがいい」のではないかとぼくは思います。

理由は両者の戦略が目的とするところにあります。
「何もしない」戦略というのは要するに手持ちの資金を減らさないための戦略であり、「何かをする」戦略というのは手持ちの資金を増やすための戦略だからです。
さらにいえば、「何もしない」戦略は現状維持以上の何ものも望めません。
現状が最高ならそれでいいでしょうが、より良い状況を目指すのであれば、現状維持では未来永劫たどり着けませんから。

そうはいっても、やっぱりどうしても実損失の痛さのほうが実感として怖いから、ビビってしまいますよね。
「何もしないでする後悔なんか絶対に嫌だ」と謳う歌が多いのは、だからせめて歌で鼓舞して奮い立とうってことじゃないでしょうか。
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by kude104 | 2007-05-16 22:00
前回の続き。
中古本屋に侵食されて、新品本の売り上げが落ちる~と嘆くなら、出版社自身が中古本屋を営んで、落ちる売り上げをカバーすればどうだろうというお話。
これなら、自分のところで売った分だけとはいえ、中古本の売り上げデータがきちんと手元に残るので、それも含めて作家に原稿料を支払えます。

ただ、自ら中古本屋を営もうとも、いずれにしても新品本を売らないといけないのは変りのないことで、そのための工夫が要ります。
出版社自身が「新品本売れないし、これからは中古本販売専門でやろう」なんて結論に到達しちゃったら、本末転倒も甚だしいですし。

これはたとえば、新品本の発売から3ヵ月~6ヵ月くらいでしょうか、その間は中古本としての販売を行わない、という対処法が考えられます。
さらに言えば、すでに中古本市場に流通している本が何かの拍子で注目され、突然大きな需要が湧くケースもあるでしょう。
そんなときは、意図的に中古本屋でのその本の販売量を制限することで、普通の店頭での新品本としての売り上げを期待するという手も考えられます。

こういったコントロールが可能なところが、出版社自身が中古本屋を営むことの強みです。

もちろん、強力なライバルとなる中古本屋がいるとそのへんのコントロールは鈍りますから、ライバルつぶしの策が必要です。
これにはたとえば、本にはよく他の新刊本の案内などの広告チラシが挟んでありますが、自身の営む中古本屋の広告チラシを同様に挟むという手がなかなか有効ではないでしょうか。
出版社自身が営む純正(?)の中古本屋というブランドと知名度は、大きなアドバンテージになりうるでしょう。

加えて、もし可能であれば、全国の一般書店と提携できると理想的です。
本の買い取りを、近所の本屋さんに代行してもらうわけです。
買い取りにおいて難しいのは本の買い取り価格の査定ですが、これはブックオフ方式というか、基本的に一律な買い取り価格を設定することで作業的に買い取れるようにしておきます。
よって、本屋さんは客から本を受け取って、作業的に買い取り価格を計算して、買い取るだけです。
買い取った本は、すぐさま出版社に送ることで、在庫管理等のコストも必要ありません。
それできちんと出版社からマージンが出れば、これはそう悪くない話じゃないでしょうか。

なにより、客が本屋に足を運んでくれるだけでも、本屋さんとしてはチャンスです。
買い取ってもらって得たお金で、新しい本でも買おうという客もいるでしょう。
また同じように買い取ってもらえばいいやと思えば、財布のひもも緩むでしょう。

中古本の購入も、ネットで注文して近所の本屋さんで受け取るようにすれば、従来の書店販売網をそのまま中古本販売網として活用できるので、一気に全国展開が可能となります。
そして、客は書店で新品本を買い、読み終わると書店で買い取ってもらい、購入した中古本を書店で受け取るという具合に、書店を中心にした本のライフサイクルというかリサイクル循環が生まれます。
これはおそらく、本屋さんにとって、そう悪い状況ではないでしょう。

出版社は中古本市場からの売り上げが自社に入って嬉しい、作家は中古本市場での売り上げも原稿料に反映されて嬉しい、本屋さんは中古本市場との共存共栄がなって嬉しい――という具合に、売り手側にとって悪くないアイデアじゃないかと思うのだけどどうだろうか。
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by kude104 | 2007-05-15 23:21 |
MORI LOG ACADEMY: 中古品の著作権

森さんもおっしゃるように、どんなものにも中古品市場はあります。
それでも、他の中古車や中古品販売ではそうでなくとも、本については「中古品でも売るときには、コンテンツに対する著作権料を支払うのが道理ではないだろうか」という話が出てくるのは、本という商品の特殊性によるものだろうと思います。

本という商品が真に売っているのは「本」という物品ではなくて、中身たる「物語」です。
加えて、1冊の本がもたらす読書体験は、ほとんどの場合1回限りのものです。

つまり、一般的には、本という物品を「所有」するために本を買うわけではない。
本に書かれている物語なり情報なりを「読む」ために買う。
そして、読み終わると、多くの本は「用済み」です。
もちろん、中には何度も読み返したくなる本というものもあり、そういった「本」は所有していたいと思いますが、逆に言えば、2度読まない本は所有する必然性がないのです。

所有願望さえなければ、新品を買って本棚の肥やしにするのも、中古で買って読み終わったら売り払うのも、読書体験としては同じです。
しかも、経済的には後者のほうがお得です。

本が持つそうした商品的欠陥(売り手から見た欠陥)について、売り手側が無自覚なはずがありません。
かつては流通面で新品市場と中古品市場とに圧倒的な差があったので、それ込みで新品の価値が保たれているところがありましたが、今やそれも危うくなりつつあります。
そうした現状にあって、売り手側の危機感たるや容易に想像がつきます。

その危機感が「中古品でも売るときには、コンテンツに対する著作権料を支払うのが道理ではないだろうか」という主張になるのではないかと思うのですが、当の森さん自身は、「自分の本が中古で売られようが、図書館でただで読まれようが、まったく気にならない」と仰っているので、違うのかも知れません。
でも、一般的には、中古品市場に新品市場が侵食されることの危機感が、「中古品市場にも補償金制度を」みたいな発言になるのだと見て間違いないでしょう。

だったら、出版社自身が自分のところの本を専門に扱う古本屋を営めば面白いんじゃないだろうかと思いついたんだけど、これについてはまた別にエントリーを立てて書こうと思います。
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by kude104 | 2007-05-13 16:34 |
動画スクリーンショット作成サービス : MV Shot

YouTubeやAmebaVisionの動画のスナップショットを作成してブログに貼り付けられますよという無料のWebサービスです。
で、これのFlash部分を作ったのは何を隠そうワタシですということで、本日晴れてサービスリリースになったようなので、ご紹介をば。

技術的には、「自分なりにけっこう頑張りました」という部分もあれば、「とりあえず試作気分で作ったのがそのまま採用or残ってます」という部分もありまして、自己評価としては、まぁまぁ70点くらいでしょうか。
専門的なことで言えば、これ、ActionScript2で作ったんですけど、「今、時代の最先端はActionScript3です」というタイミングなので、ちょっと旧時代の技術で作りました的な色合いが出てしまっているのが恥ずかしい。
なにぶん趣味プログラミングの延長で作ったもんで、これのためにActionScript3に移行するのが面倒だったんですよ。
ま、人気サービスになったら、そのときActionScript3版にバージョンアップさせるということで。
サービス自体、まだベータ版ですしね。

もしなにか不具合などがありましたら、このブログにでもご一報いただけると助かります。
サービス自体についてや仕様に関することについては、ぼくの担当外ですので対応できないかもしれませんので悪しからず。

ちなみに、作った本人たるぼくのブログにて率先して使ってみようと思っても、エキサイトブログってFlash貼れないんですよね。
ダメじゃん。
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by kude104 | 2007-05-11 16:14 | PC&ネット