世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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今日は昭和の日の振り替え休日と言うことで。
ちょうどいま、東京裁判でA級戦犯として処刑されたただ一人の文官広田弘毅を主人公にした城山三郎著の「落日燃ゆ」という小説を読んでいるところでして、読みながら当時の日本について感じたことなどを昭和の日にちなんで書いてみようと思います。

日本が戦争に突入してしまった一番の要因はなんだろうと考えると、象徴的に言えば、関東軍の暴走だろうと思います。
政府はおろか、軍上層部のコントロールすら利かなくなっちゃってるもん。
指揮系統の乱れた軍隊ほどろくなものはないですね。
あれはどこかのタイミングで、独断専行した指揮官を毅然と処罰して、中央によるコントロールを回復させておくべきだったと思えてなりません。
たらればですが、もし当時、軍のコントロールがきちんと利いていたなら、もしかしたら太平洋戦争は回避できたかもしれないですよね。

ではなぜ軍の暴走を看過したのか?ですが、これはやはり結局のところ、世間の空気がそれを許したと言わざるを得ない気がします。
もちろん、テロリズムを背景に軍部の力が強くなっていた時代だったというのもありますが、そういう状況を作り出した一因として「世間の空気」というものがあろうと思いますし、また、そのテロリズム自体をどこか容認するような「世間の空気」もあったのではないかと思います。
「日本は武力でガンガン進出するぜ!」みたいな暴走軍人の主張を、行け行けで支持した国民が少なからずいたのではないかと思うのですよ。
その指示があったからこそ、軍も暴走できたのではないかと。

では、そういう世間の空気がなぜ作られたのか?と考えていくと、結局は国民がバカだったからというところに行きついてしまいます。
正確に言えば、「無知だったから」でしょうか。
正しい知識と情報がなければ、正しい判断はできません。
当時の国際状況などを正しく理解できていた人間が、いったいどれだけいたでしょうか。
無知なれば、人間、威勢のいいほうに心惹かれるもんです。

では、世論を形成する一般大衆が、その知識と情報をどこから手に入れるかと言うと、マスコミからですよね。
つまり、最終的には、すべての問題はマスコミに行きつくのではないかと思う次第です。

このことは、なにも昭和の時代に限ったことではありません。
今だって同じです。
いかにして国民に正しい知識と情報を持たせるかが、国家が道を誤らないための最重要課題となるでしょう。
この場合、一般大衆に向かって、「お前ら、自ら努力して正しい知識と情報を手に入れろよ」と要求するのは現実的ではありません。
それを期待して、その期待の上に社会システムを構築するのは、かなりリスキーだと思います。
Push型、すなわち、向こうから送られてくる情報で、なんとか正しい知識と情報を一般大衆に与えてやるほかない。
となると、その役割を担うのはマスコミですよね。

そういった使命を持った、公器としてのマスコミというものは、どうあればいいのか。
どうすれば、実現できるか。
それがこれからの時代、重要なカギになる気がするなぁ。
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by kude104 | 2007-04-30 22:33
気がつけば月末ということで、例によって次の映画サービスデーに観に行く映画の選定でも。
ただ、今回は年に一度の大特異日と言ってもいいでしょう、ゴールデンウィーク真っ只中の映画サービスデーです。
たぶん、きっと、おそらく、確実に、映画館長蛇の列が予想されますね。
「見たい映画」よりも「見られる映画」を念頭に探すほうが無難かもしれません。

とりあえず「見たい映画」で言うならば、さすがはGW、話題作目白押しですよ。
まずは何といっても、「スパイダーマン3」でしょ。
でも、5月1日から公開ということで、絶、対、無、理。
珍しいなぁ。
ふつう5月2日からとか、映画サービスデーを外して公開してくるんですけど。
「世界最速公開」と銘打つために、2日にずらすことができなかったんですかねぇ。

まぁ、スパイダーマンは6月の映画サービスデーで見られるだろうから、今回はやっぱり「ロッキー・ザ・ファイナル」ですね。
さすがにリアルタイムではないですけど、少年時代から見てきたタイトルです。
そのファイナル。
これはやはり、どうせ見るなら劇場で見てこそでしょう。
ついでに、映画史におけるメガネっ子萌えの元祖はエイドリアンではないかと主張したい。

ただ、言ってもロッキーだってメジャータイトルですよ。
見られない可能性のほうが高いであろうと予想されます。
となると、次善策としては「ブラッド・ダイヤモンド」でしょうか。
アフリカの問題をえぐりつつ、エンターテインメントとしても楽しめる作品なんじゃないかなーと期待しています。

いやいや、「ブラッド・ダイヤモンド」ですら危ないかもしれない。
ここはもっと思い切って、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!」とか「ゲゲゲの鬼太郎」あたりまで逃げを打つべきかもしれない。
でも、よく考えたら、GWなんだから親子連れも多かろう。
親子連れには、どストライクですよね。
逃げたつもりが捕まっちゃ、目も当てられません。

実は、上映劇場数が多いので意外とスパイダーマン3が穴場だったりして・・・と思っていたりもするわけですが、甘いかなぁ。
できればロッキーが見たいですけどね。
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by kude104 | 2007-04-29 22:23 | 映画
ITmedia News:mixi日記の記述で引責 ガイナックス赤井氏が取締役辞任

またmixiか。
みんな不用意すぎ。

これだけ毎度毎度「mixi日記で問題」とか起きてるんだから、mixi側も日記・コメント投稿の際に「この日記はすべてのmixiユーザに公開されています。不用意な発言はあなたの社会的地位を危うくする恐れがありますのでご注意ください」とかなんとか、そういう警告文でも表示してあげればいいのに。

まぁ、「バレなきゃOK」の社会悪がバカな自爆によって裁かれるケースもあるので、個人的には今のまま「自爆ホイホイ」として機能してくれるほうが好ましいですけど。
でも、運営者側としては、そろそろなんらかの対策を講じてもいいように思います。

それにしても、なぜこうもmixi日記で自爆が頻発するのか。
想像するに、日記に対してマイミクからのコメントが付く、そのリアクションが打てば響くようであればあるほど自爆率が高くなるのではないかと思う。
mixiの中って、積極的に動き回らなければ、ほぼ自分とマイミクだけで世界が閉じています。
その世界の中で、自分の日記に対して「そーだよねー、わかるわかるー」というコメント付く、それを毎日毎日繰り返していると、そりゃあ、あたかもそこが内輪だけのプライベート空間であるかのような錯覚に陥ってしまっても不思議はない。

とりわけ、この「そーだよねー、わかるわかるー」というリアクションは麻薬的だ。
外ならタブーで言えないことも、いや、そういうことであればある程、内輪の世界でそれを発言し、共感を得ること、タブーを共有することは強い快感になる。

そうしてついつい油断を誘われてタブ発言をした瞬間、「はい、残念。そこはプライベート空間じゃありませんでした――」という落ちがつくわけだね。
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by kude104 | 2007-04-28 22:44 | PC&ネット
MarkeZine:◎ブロガーと広告主をマッチングするサイト「AD-Butterfly」開設へ

個人的な認識としては、ブロガーが掲載する広告を選んだり、広告主が出稿先となるブログを選んだりするのって、けっこう面倒なわりにはたいして報われない作業なんではないかという気がします。

ブロガーにとっては、広告枠を設置しておけばあとは自動的に報酬を最大化する広告が配信されるシステムが理想だろうし、広告主にとっても、広告を出稿すればあとは自動的に広告効果を最大化するブログに広告が配信されるシステムが理想だろうと思います。
「自分で選びたい」という要求の本当のところは、広告のミスマッチを回避したいという要求であり、それが自動システムで満たされるのであれば、別に自分で選ばなくてもいいやとなるのではないでしょうか。
バイラルマーケティングやレビュー+アフィリエイトなら別ですけど、「サイドバーに広告枠を設置してそこに広告を流す」という場合は、自動システムがいいと思うんですよね。

それを敢えて手動というか、ユーザが自分で選ぶシステムにしたのは、やはり自動で広告のミスマッチを回避するのは難しいんでしょうか。
ブログのエントリーからキーワードを抽出して広告のキーワードとマッチングさせるとか、データを蓄積することで、そこそこの精度で、だいたいこの手の広告をこの手のブログに配信するとこれくらいのクリック率になるといったことは把握できるんじゃないかという気がするんですが。

1.そのへんグーグルに特許押さえられていて、やりたくてもできない。
2.技術的に難しくてできない。
3.技術的にはどうにかなるが、コスト的にしんどい。
あるいは、意外とこれだったりしてと思うのは、
4.自分で選ばせることで、報酬額/広告効果を最大化させない。

今後もっとWeb広告市場が大きくなれば、有望なサイトを広告掲載先としてスカウトし、広告主からは高報酬の広告案件をゲットし、双方を(人力で)マッチングさせるような広告エージェントが登場するのではないか・・・と思っているんですがどうでしょうか。
そんなエージェントがいてくれれば、サイト運営者にとっては広告獲得のための営業活動を行わなくていいのでハッピー、広告主にとっては苦労して探さなくても広告掲載先として確かなサイトを紹介してもらえるのでハッピー、エージェントにノウハウが貯まるのでWeb広告市場全体としても効率化・活性化してハッピー、みたいな感じでいいんじゃないかと思います。

まぁ、いずれにしても、うちのような微小ブログには関係ない話ですけど。
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by kude104 | 2007-04-26 23:59 | PC&ネット
インターネットでは色んなものがゼロ円になる… - シリアルイノベーション [ITmedia オルタナティブ・ブログ]

「インターネットでは色んなものがゼロ円になる」というのは、ぼくもそうだろうと感じています。
理由のひとつは上記エントリーに書かれているとおり、複製可能であること。
そしてもうひとつが、ものすごくスケールメリットが効くということではないかと思います。
Webサイトひとつで24時間何百万人何千万人を相手にビジネスができる。
これによって、客単価の運用コストが限りなくゼロに近づく。
たとえば、Webサーバ代がものすごく高額だったら、Webサイトの保守管理にものすごく人的資源が必要だったら、そう簡単に無料化はできないだろうと思います。

上記エントリーの問いかけである「近い将来にゼロ円あるいはそれ以下のマイナスの価値になってしまうサービス/アプリケーション/ビジネスモデルに共通した特性とは何か?」をぼくなりに考えると、要するに、「不特定多数を相手に(半)自動化されたビジネス」ということであり、かつ、「広告スポンサーが付く」ということだろうと思います。
ちなみに、スパムはそれ自体が広告ということで。

逆に言うと、そうでないビジネスは、基本的には価値が保たれることになります。
まぁ、ネットベースで「そうでないビジネス」なんてのは、ほとんどないと言っていいでしょうけど。

でも、見方を変えれば、別の考え方があるのかも知れない。
たとえば、グーグルのサービスを購入しているお客さんは誰かと言うと、グーグルに広告を出稿している広告主であると言えるでしょう。
グーグルが提供している各種Webサービスの利用ユーザは、言わば、グーグルの広告メディアとしての商品価値を高めるための存在であると言えます。
なんというか、彼らはグーグルにとって「お客さん」ではなく、むしろ「商品」であると。
魚を釣るのに、魚には当然タダで餌を与えますよね。
それと同じであると考えれば、ネットビジネスの仕組みが分かるような気もするのです。

ユーザ数であるとか利用時間と言うのは有限であるから、これは複製できない、独占可能なものです。
したがって、ここを押さえて、それに価値を見出す人々――つまりは広告主――相手に商売をするというのが、ネットビジネスのひとつのセオリーであるように思います。
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by kude104 | 2007-04-23 23:59 | PC&ネット
J-CAST ニュース : 「日本人が犯人」に反発 銃乱射で日韓「掲示板バトル」

なんだかとても悲しくなるお話なのね。

こういうのは「一部」の人の話だとは思うのです。
日本にだって、どこの国にだって「一部」こういった人々がいらっしゃるだろうし。
ただまぁ、「一部」がどの程度の割合のことなのかというのは、国によって違うだろうけど。

他人の不幸であっても、それを嬉々として攻撃のネタにしちゃうくらい嫌いなのか・・・って思うと、そこまで嫌われているんだということに悲しくなるし、そんなふうにして自己の満足感を満たそうとする精神性にも悲しくなるのね。

どうにかして、日本と韓国のこのわだかまりが消えないものかと思うのですが、たとえばタイミングよく目にとまった「韓国は“なぜ”反日か?」などを読んでいると、こりゃ無理だわと思ってしまう。
かつての戦争で日本が韓国にひどいことをした、それが原因だとして、謝って謝って謝り倒して、それでこのわだかまりが無くせるかと考えてみれば、たぶんダメだろうと思う。
根っ子はそこ(歴史)でも、もはや枝葉はそこにはないように思えてなりません。

となると、日本が韓国に対してとるべき態度としては、どうあるべきなのか。

まず、韓国にはこの先未来永劫嫌われ続けることを、もう覚悟しよう。
人間でもそうだけど、どうしても仲良くなれない人もいる。
一度壊れた関係を修復できないケースもある。
日本と韓国とは、もう心から仲良くなれることはないと覚悟しよう。
そのうえで、少なくともこちらからは、友好的で紳士的な態度で付き合うのがいいのではないかと思います。
節度ある付き合いというか、距離感を保った付き合いというか。
好かれようと下手に出る必要もなければ、喧嘩する必要もない。

そして、韓国が反日のカードとして歴史問題を切り出してくる以上、日本もこのへんできちんと歴史に整理をつけたほうがいいと思います。
日本が悪かった悪くなかったというゼロイチの議論じゃなくて、ここまでは悪かった、ここからは悪くなかったという線引きが大切だろうと思うのです。

たとえば従軍慰安婦の問題にしても南京大虐殺にしても。
ぼくは詳しく知らないので、おそらくこうだったんじゃないかという想像で書くのですが、兵士が現地の人々を虐殺したりレイプしたり、そういうことはあっただろうと思います。
これは日本人だからやったはずだとか、日本人だからやるはずがないとか、そういう民族的な問題じゃなくて、古今東西、人間とは、軍隊とは、それをやるものだと断言して間違いないと思うのです。
問題は、それがどのレベルで、どのくらいの規模で行われたかということでしょう。
兵士個人が勝手に行ったのか、小隊レベルで行ったのか。
あるいは、地方部隊レベルか、それとも大本営レベルか。

ぼくの想像では、おそらく大本営レベルではないだろうと思っています。
だとすると、その意味で、日本軍は従軍慰安婦などやっていないと言うのは正しいでしょう。
でも、仮に兵士個人レベルで行われたことであったとしても、それは日本軍という暴力の後ろ盾のもとに行われただろうから、その意味で責任が全くないとは言えないでしょう。
ましてや、現地の人々にしてみれば、どのレベルで行われたかなんて知ったことではない。
彼らにとっては日本軍がやったというのが真実であり、それはそのとおりなのですから。

ですから、当時の日本軍(の兵士)が行った蛮行に対しては、そこは日本としてきちんと謝罪し反省するべきでしょう。
ここを開き直ると、すごく感じ悪いですから。
ただ、どこまで謝罪するべきか、反省するべきかは、レベルと規模によって異なってよい。
一人殺すのも百人殺すのも同じだというのは、被害者感情としてはそうでしょうけど、法治社会としては同じじゃない。

そこんところの整理が日本自身きちんとつけられていないので、謝ったり謝らなかったり、また謝るべきところをきちんと謝っているとしても、謝る必要のないところまで謝れと求められて、それに対して毅然とした態度を取れず、イメージとして「なんだか謝っていない」感じになってしまうのだろうと思います。

ちなみに、日本と韓国という国同士は仲良くなれなくても、日本人と韓国人という個人同士は仲良くなれるだろうとは思います。
あくまでも個人同士ですが。
国や民族という属性背負っちゃうと、もう無理ですな。
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by kude104 | 2007-04-21 23:51 | 時事・社会
J-CAST ニュース : U-15グラビア過激化 9歳のTバックアイドル登場

まず個人的な第一印象としては、「そんなもん、売れるのか?」と。
一部愛好家の方がいらっしゃるのは承知していますが、そんな、ビジネスが成り立つほどにたくさんいらっしゃるとは思えないんだけど。
・・・あるのか?
金になるからやるんだもんなぁ。

そんなねぇ、自分の子供にTバック履かせて商品にするなんて「親の気が知れない」と思うけど、そういう親がいても不思議じゃないな・・・とも思う。
「金に目がくらんだ」部分もあるでしょうけど、こういう親は我が子にそういう格好をさせること自体に抵抗感がないのだろうと想像します。
「エロカワ」とか言って喜んでいそうです。

出版社は、これはもうモラル的にどうのこうの関係なく、完全に「ビジネス」として制作しているのでしょう。
たとえ「児童ポルノ」であろうと、それが合法で金になるのであれば、やるでしょうね。
企業イメージを気にするような会社であれば「モラル」に配慮もするでしょうけど、まぁ、そういった類の企業ではないでしょうから。

政府としては・・・現段階でどういった対応を取ればいいか、難しいですね。
世論の盛り上がりがあれば嫌でも規制に動くでしょうけど。
ただ、あまり規制規制と動かれるのも抵抗があるというか。
だって、じゃあどこまでを規制する?という話になってきますよね。

冒頭にも述べたとおり、これが売れるというのがぼくには不思議です。
でも、もし売れる――幼児のセクシャルな写真集を欲しいと思う客がそれなりの数いるのなら・・・。
昔から潜在的にそれだけの数いたものを近年になって掘り起こしたのか、あるいは、昔に比べてそういった人の数・割合が増えているのか分かりませんが、昔なら少なくともこうも表立っては成立しなかったビジネスが今成立している、その背景にあるものは何だろうかと考えてしまいます。

思い浮かぶのは、ロリ萌えなアニメであったり漫画であったりゲームであったり。
テレビに出てくるアイドルたちの低年齢化であったり。
「援助交際」であったり。
そういうのが悪だ原因だと言うつもりはありませんが、なんとなく、社会全体として、子供を商品にするケースが多くなっているような、傾向が加速しているような印象を受けます。
(実際にどうかは分かりませんが)

ですから、じゃあどこまでを規制する?という話になってきますよね。
ロリ萌えなアニメは規制しましょう、グラビアアイドルは18歳以上に規制しましょうとか言うと、それはちょっと違うだろうと思う一方で、Tバック写真集を規制するだけで解決というものでもないだろうと思います。

いずれにしても、9歳のTバックアイドルに需要がある国ってのはなんだかいやですねぇ。
そういう嗜好の人は、フィクション等妄想の世界で楽しんでいただくとして、実写はやめましょうよ。
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by kude104 | 2007-04-19 23:59
痛いニュース(ノ∀`):女から見てゾッとしてしまう「男同士の光景」…“男同士”の行動を女性は嫌悪

上記エントリーに寄せられている男性諸君のコメントには、同性としていちいち共感するところです。
ぼくも最初は、「やれやれ、また男性差別か」と思ったのですが、掲載誌がSPA!というのを見て「???」となりました。
これが女性誌なら「また男性差別か」で納得して終わりなんですけど、SPA!ってよく知らないですけど男性誌ですよね?
てことは、これは、男性が男性に向けて発信している情報、という位置づけで考えるべきものだろうと思います。

女から見てゾッとしてしまう「男同士の光景」を挙げて下さいといった感じでアンケートを取れば、そりゃいろいろ挙がりますわな。
もしかしたら、というかおそらくは、アンケートの段階では、「ゾッとしてしまう」という表現ですらないかも知れませんよね。
「ねつ造」とは言わないまでも、「誘導尋問」の可能性はあり得るんじゃないでしょうか。
「あるある大事典」じゃないですけど、あれを見て納豆買い漁る主婦と、これを見て女性に憤る男子と、そう違いはないかも知れない・・・と思ったりして。

いずれにしても、男性誌が男性読者向けに「男性のダメなところ」という情報を発信するその意図は何であろうと考えちゃうわけです。
読者諸兄の女性への反感を煽ってやろうという意図なのか、それとも、単純に「女性にモテるためにこういう行動は気をつけよう」というアドバイスなのか。
・・・まぁ、普通に考えると後者でしょうね。

ということは、SPA!の読者層と、このアンケートに憤る男性諸君とは、別のグループってことになりますよね。
前者は、「女性に嫌われないためのアドバイス」を知りたい人々――つまり、それなりに女性との交際ができる(つもり)の人々。
後者はそうでない人々――「どーせ俺なんてモテねーよ」とか「そこまでしてモテたくねーよ」とか思っている人々。

「また男性差別か」と思ったぼくはまごうことなき後者ですが、SPA!のターゲット層でないそんなぼくらをターゲット層とするのは、やはり「2次元」なのだろうなぁ・・・と思ったりして。
我ながら、思わぬところに思考が着地してしまいました。
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by kude104 | 2007-04-18 23:59
G★RDIAS - 「本当は、できるでしょう?」の原初的風景

たしかに、「できない」のではなく「しない」のだと思う。
ただ、「できない」と「しない」の境界線って、けっこうあいまいだと思う。

たとえば貧乏で募金「できない」状況だとする。
でも、だったら死に物狂いで働いてお金を稼いで募金すれば「できる」と考えれば、それは「できない」のではなく「しない」だけだろって物言いが通る。

「できない」というのは、自分の手持ちのリソースの中で「できない」という意味で、そのリソースを超えてまで「しない」ということでしょう。
じゃあ、財布の中にたくさんお金のある人が募金「できない」のはなぜかというと、募金したいという感情が湧かないから「できない」のだ。
つまり、ここでのリソースは金銭ではなく、感情であり、行動エネルギーです。

チャリンと小銭を入れるくらいの行動エネルギーも持ち合わせていないのかという非難に対しては、ぼくは、その程度の行動エネルギーすら湧かせられない募金箱のほうに問題があると考えます。
助けてもらうことは、そんな簡単なことじゃない。
不幸だから無条件で助けてもらえると考えるのは勝手だけど、赤子も泣かねばミルクをもらえない、みたいなことです。
そんな、コンビニのレジに募金箱を置いただけでお金が集まると思うなよ、と。
だから、ぼくは、募金「しない」自分をネガティブに思う気持ちは全然ないです。
心動かされればするし。
心動かされないからしないので、「見殺しにした」と心が動くことはない。
同様に、「募金する」という行為も突き詰めれば自己満足であると思うので、自分が募金するという行為を特別素晴らしいとも思わないです。

といった感じで、「しない」「できない」にまつわる感情面では全然違うかも知れませんけど、『本気で「したい」んだけど「できない」んだ』というのは「勘違い」だよねというところは、上記エントリーに同意です。
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by kude104 | 2007-04-17 23:59
FPN-「動画等著作権の過保護」と日本ITベンチャー企業の不甲斐無さ

たしかに共感するところもあるのだけど、こういった意見に対して常に思うのは、じゃあもしたとえば「テキスト共有サイト」があって、自分の書いた文章が、あるときはそのまま、またあるときは好いように加工されてアップロードされるという状況になったとき、それを良しとできるだろうか・・・ということです。
以前、うちのブログのエントリーが別のブログに全文まるまる引用というかコピーされていたことがあったのですが、好い気分はしなかったですね。
こんな趣味で書いている一円にもならない著作物ですらそうなので、もしこれで飯食ってますという状況にあったら、自分は「著作権の過保護」賛成派になっちゃうかもしれない。

上記エントリーの著者さんは、かく言うからには、ご自身の創作物は「コモンズ」扱いで発信されているのでしょうか。
上記エントリーには、クリエイティブコモンズマークとかありませんけど。
・・・などという物言いをすると嫌味っぽく響きますが、純粋に興味として。
そりゃ他人の著作物はタダで好き勝手にできるほうが嬉しいに決まっているので、問題は、自分の著作物に対してもそれを許せるかというところだろうと思うのです。
加えてビジネスの問題も生じてきますし。
この著者さんが一消費者なのか、たとえばプロのライターさんなのかによって、発言の重みが変わってきますよね。

たとえばYouTubeの、無審査で通してクレームがついたものだけ削除するというやり方自体は、正しいと思います。
ただ、削除とアップロードがいたちごっこになり、実質、違法コンテンツの削除が機能しないという状況であるなら、それはやはり間違っている。
違法コンテンツで人を集めて良しとするのは、正直、モラルが低いと思うのですよ。
だったら、やったもん勝ちじゃないですか。
法を守るほうが非難されて、破るほうが喝采されるんじゃ、やってられないよね。

一方で、だからと言って、古い著作権ビジネスにしがみつく放送業界や音楽業界が正しいとも思わない。
現行の著作権法や著作権ビジネスは、明らかにもう限界でしょう。
本当は彼ら自身が今の時代に合わせて柔軟に変化できればいいのだけど、改革というのは、既得権益者にはなかなかできないからなぁ。
外部からの破壊でもって革命してやらなければ、変われないのかも知れない。
ただ、革命の結果、著作者が全員死亡したんじゃ意味ないからね。

たとえばYouTubeと折り合いをつけて、それでビジネスとしても上手くいくという成功例が積み上がっていけば、古くて頑迷な既得権益者たちも変わるだろうと思います。
ですから、ぼくとしては、ぜひそういった成功例を作り出すところが現われてほしいと願うばかりです。
動画共有サイトを作るのもいいですが、動画共有サイトを上手く使ってコンテンツビジネスを成功させる、そんなベンチャーをこそ期待します。
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by kude104 | 2007-04-13 19:09 | PC&ネット