世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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今年の更新はこれで最後です。
今年も一年間お付き合いいただきありがとうございました。
来年もまぁこんな感じでぼちぼち更新していくつもりですので、どうぞよろしく。

ちなみに、今年「自分も年取ったなぁ」と思った瞬間は、まさに今日。
これまでは一本だった白髪の鼻毛が二本になっていることに気づいたときです。
なにかご利益でもあればうれしいのですが。

ではまた来年。
皆様もどうぞよいお年を。
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by kude104 | 2006-12-30 13:04
発作的に映画「 鉄コン筋クリート」を見てきました。
特に理由はないけど、なんだか無性に見たくなったんですよ。
で、見た感想としては、もう「すげぇ!」の一言です。
あの個性的で癖のあるマンガをよくまぁ見事に映像化したもんだと、ただただ感嘆する2時間でした。

内容は、ほぼ原作のとおりです。
もちろんそっくりそのままではありませんが、上手く2時間にまとめたなぁと感心しました。
映像的な演出もうまく加えられていて、とてもいい出来栄えだったと思います。

個人的には、イタチが出現してからの展開がちょっと駆け足だったかなという気はしましたが。
リンゴの種のくだりとか、個人的にけっこう好きなセリフなのにカットされててちょっと残念でした。

とまぁ、原作物には珍しく、原作を知っている方が楽しめる映画ですね。
というのも、もともとの原作が少々難解なので、映画で初めて一回だけ見て内容を理解できるかというと、ちょっと無理なんじゃないかと思います。
「で、結局なんだったんだろう?」ってなるんじゃないかな。

それでも、映像はものすごいエキサイティングですから、ストーリー的なものは無視して、映像を楽しむだけでも十分楽しめるだろうとは思いますが。
ま、映像もまたご覧のとおり癖のある絵柄なので、好き嫌いはあるかもしれませんが。
けっこうバイオレンスだし、間違っても子供向けのアニメじゃないです。
ちょっとフランスアニメっぽい雰囲気ですよね。
そういうのが嫌いじゃない人は、ぜひ、マンガもあわせて見てほしいなぁと思います。

個人的には、DVD出たら買ってもいいなぁ、これ。

そういえば、前にドラえもんのアニメについて、「原作と映画は別物だから」みたいな話をしましたが、しかし今回、この「鉄コン筋クリート」を見て、「原作への愛」をこめて映像化された作品がどういうものかを改めて見せつけられたというか。
「本当のドラえもん」とか「ドラえもんへの愛」とか、それは上手く言葉では説明できないけれど、でも愛のある作品とない作品というのはやっぱり見ればわかるんだなぁと思いました。
今なら、アニメ版ドラえもんを批判していた人の気持ちがちょっとわかる気がしますね。
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by kude104 | 2006-12-28 23:59 | 映画
ソフトバンク:携帯電話CMに「いじめ助長」の抗議相次ぐ-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

いやいやいや、それはいくらなんでも被害妄想が過ぎるでしょうよ。
あのCMに対する不快感は、単純に脚本の拙さ(友達同士という設定のわりに、会話の内容が友達を感じさせない)によるものであって、それを「いじめを助長する」とかいって非難しちゃうと、ポイントがずれちゃうでしょ。
批判する時に、より大きな問題にすり替えるのは良くないと思うんですよね。
虎の威を借るキツネじゃないけど、いじめを助長するって非難しときゃ相手がビビるだろ、みたいな感じがしていやらしい。

だいたいさ、CMごときで、いじめは助長されませんって。
CMにそれだけの影響力があれば、スポンサーうはうはだって。

たしかに、いじめのシチュエーションに「あ、そっか。○○じゃないんだー(ケケケ、知ってて言ってんだよバーカ)」みたいに利用されることはあるかもしれない。
でもそれは、まずいじめが先にあって、そのいじめ方のひとつにあのCMを真似るという因果関係でしょう。
助長するも何も、まずいじめありきです。
あのCMを葬れば、いじめ削減に少しは貢献できるかしらなんて思っているとしたら、実におめでたい。

しかしまぁ、こうした人々の反応を見て改めてあのCMを思い返してみると、びっくりするくらい無神経に作られていることに気が付きます。

まず、「多数派対一人」という構図がよくない。
しかも、孤立している人物に「キミちゃん」という個性を与え、多数派には「その他大勢」という言わば集団属性を与えている点は致命的です。
これだと、必然的に主人公は名前を与えられたキミちゃんになります。
視聴者の感情移入も、当然キミちゃんですよね。
そのキミちゃんが集団の中で孤立しているというこの構図は、視聴者自身の「自分が集団の中で孤立する恐怖」を喚起してしまいます。

このキミちゃんがソフトバンクユーザという設定だったら、視聴者の恐怖感はソフトバンクへの応援の気持ちになったかもしれません。
でも、このCMにおけるソフトバンクは、キミちゃんを孤立させている集団の立ち位置です。
ほんとバカじゃねーのって思いますよね。
主人公の敵側に自分を設定してどうする。
そりゃ、あのCMを見た人がソフトバンクに対して「なんかムカツク」と思うのも当然だわ。
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by kude104 | 2006-12-26 23:46 | テレビ
クリスマスイブだというのに、いつものように惰眠を貪っていたら、突然ピンポーンと訪問者を告げる呼び鈴の音で起こされる。
「こんな朝早くに誰だコンチクショウ(実際にはお昼前でしたが)」と寝起きの不機嫌さで、しぶしぶインターフォンに出ると、聞こえてきたのはなにやら若い女性の声。
「こんにちは、今日はクリスマスイブですね」と、インターフォン越しの女性はさわやかに言う。

「はあ」と答えたものの、寝起きの頭は上手く働かない。
そうか、今日はクリスマスイブだった。
とはいえ、訪ねてくる女性の心当たりもないし、まさかサンタでもあるまい。
などと、短編小説のひとこまのようなことを考えたかどうかは覚えていないけれど、クリスマス、若い女性、というキーワードがぼくの中の何かを刺激したことは確かでした。

そんなぼくの戸惑いにはお構いなしに、女性はさらに続けます。
「クリスマスということで、この機会にぜひイエスのことを知っていただきたいと思いまして──」
ああ、なんだ宗教の勧誘か。
この時点で、ぼくの関心は急速に薄れまして、その後女性が何を言い、ぼくがどう対応したかは覚えていません。
なるほど、クリスマスに勧誘とは筋がとおっていると感心したのは覚えています。

やがて女性は冊子をドアポストに入れて帰って行きました。
ああ、せっかくのクリスマス。
しかも、声は美人声。
どうせなら、ドアを開けて会話でもすればよかった。
もしかしたら、なにかクリスマスっぽいイベントの発生フラグでも立ったかもしれないのにと、ちょっともったいないことをしたような気分になりましたが、何しろこちらは寝起きそのままでしたから、まぁいいやと。
間違って、宗教フラグが立っちゃっても面倒だし。

一瞬ふくらみ掛けたテンションがぺしゃんとしぼんで、しょうがない、もうひと眠りするかと思いつつ、女性が置いて行った冊子を手に取りふと目をやると、そこには力強く「目さめよ!」と書かれてありました。

しょうがないので、二度目はあきらめて、目覚めることにしましたとさ。

そのあとはいつも通りの普通の一日を過ごして、クリスマスイブは終わりました。
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by kude104 | 2006-12-25 22:36

ドラえもん愛

アマ・ジャナ: 「ドラえもん」の呆れた制作裏事情

たぶん同年代の平均よりもドラえもんアニメを見ている(テレビは毎週見てるし、映画も毎年見ている・・・と改めてこうして書くとまるでドラマニアみたいだけど、違うんですよ)ぼくとしては、ひとことコメントせねばなるまい。

ぼくは別に、「視聴率稼ぎ」と批判されているこれらのやり方を、歓迎はしないまでもさほど不快感もない。
この安達元一さんのブログでの発言は、まぁ、「調子に乗って自画自賛している様子が鼻につく」という部分での不快感は多少あるけど、彼の仕事は「ドラえもんの視聴率を上げること」なんだから、そのためのあの手この手を講じるのは当然といえば当然だよね、というくらいの感想でしかない。

その視聴率を上げるための方法が不愉快だという意見はわかりますけど。
秘密道具コンテストや、たまにドラマの俳優やヨン様が登場するくらいは、まぁ可愛いもんだと思うけどなぁ。
ドラミちゃんの声も、千秋さんでべつにいいんじゃねーかと思ってるし。
皆さんは、そんなに不快なのかなぁ。

「原作の世界観を壊す」とか「天国の藤子先生が泣いている」とか、そう思ってしまうファンの気持ちは分からんではないですよ。
でもどうだろう。
少なくとも、たぶん藤子先生は泣いてなどいらっしゃらないと思う。

ぼくも昔は、自分の好きなマンガや小説が映像化されたときに、「原作の世界観を壊す」と憤っているくちでしたが、その後だんだんとわかってきたのは、一流の作家さんほど「小説と映画は別ですから」といった発言をされるんですよね。
たぶんそうなんでしょう。
メディアが違うということは表現方法が違うわけですから。
マンガならマンガのドラえもん、アニメならアニメのドラえもんがあっていいと思う。

ドラえもん愛を語る皆様は、きっとマンガ版ドラえもんのファンだろうと思います。
なので、皮肉でも何でもなく、マンガ版ドラえもんが面白かったらそれでええやん、と。
マンガはマンガ、アニメはアニメと割り切って、「俺はマンガ派だね」と言っている方が、よっぽど「本物のドラえもん愛」な感じがしませんか。
アニメ版ドラえもんをマンガ版に近付けるべし!と叫ぶのは、ほら、宗教などにおける原理主義の方々の行いっぽくて、ちょっと引いちゃう。

もちろん、視聴率稼ぎのためのあざといやり方は、ぼくも嫌いです。
ドラえもんに速水もこみち登場させて、何がしたいの?って思う。
腹は立たないけど、失笑するよね。
でも、それで実際に視聴率が上がっちゃうっていうんだから、不思議だ。
あれにつられて見る人がいるってことだもん。
「今日、ドラえもんにもこみち出るんだって」
「きゃー! 見る見る! 絶対見る!」
みたいな感じ?
これで視聴率が上がらなかったら非難されて当然だと思うんだけど、上がるってんじゃなぁ・・・。
上がった分の誰かにとっては、「ナイス、安達」ってことだもんね。

まぁ、いろいろ意見もあろうかと思いますが、ドラえもんのメインターゲットはやっぱり子どもだと思うので、子供が喜んで見ていたらそれでいいんじゃないかと思います。
子供たちがね、安達さんのやり方に対して「ドラえもん愛が足りない!」って憤っているなら、テレ朝側は考え直さないといけないと思いますけど。
子供なんて、面白いか面白くないかだけですから。
どんなに策を弄しても、面白くなければ見なくなるだけです。

その結果、アニメ版ドラえもんが終わったって、ちっとも困らないし。
ぼく、そんなにドラえもん愛ないもの。
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by kude104 | 2006-12-23 23:07 | テレビ
月がでたでた月がでた - ソフトバンクのあのCMには、明らかな不快感の鍵がある

たしかに。
あのCMを見ると、不快感とまではいかないまでも、「ん?」という感触を覚えますね。

C女「キミちゃんにも電話するね」
キミ「…あ、いいよ。私にかけるとお金かかるし…」
B女「そっか。ソフトバンクじゃないんだ…」
試合の連絡ごときに電話代を気にするキミちゃんもよそよそしすぎると思いますが、もしかしたら彼女らは友達ではなく、「同じチームのメンバー」というだけでまだそれほど親しくない間柄なのかもしれません。

だとしても、キミちゃんの発言に対するB女の「そっか。ソフトバンクじゃないんだ…」というリアクションは変というか、「ふつう、こんな切り返しはしないよね」と思ってしまいます。
ぼくの世界観では、この場面でのB女のリアクションは
C女「キミちゃんにも電話するね」
キミ「…あ、いいよ。私にかけるとお金かかるし…」
B女「え? ああ、いいよそんなの。ぜんぜん気にしなくて」
ですね。
てっきりそういうリアクションをB女がするんだろうと思っているところに、「そっか。ソフトバンクじゃないんだ…」という「それじゃあ、ダメだな」と言わんばかりのリアクションがなされるので、「え? なに言ってんのこいつ?」という違和感を覚えてしまいます。

B女がちょっと気のきいたやつなら、
C女「キミちゃんにも電話するね」
キミ「…あ、いいよ。私にかけるとお金かかるし…」
B女「なんでやねん、どんだけ長電話する気や、自分」
てな感じで、電話代を気にするキミちゃんのよそよそしさにツッコミを入れて笑いにして、「そんなん気にするほうがおかしいねんで」というメッセージを送るくらいのリアクションはあっても良いよね。

ま、要するに、友達同士の会話という設定と、「本当に友達同士なら電話代がかかっちゃってごめん・・・みたいなやり取りしねーよ」という感覚とがバッティングしているのが違和感の原因だろうと思います。
いずれにしても、このCM作った人、センスないよねー。

↓こっちの映像のほうがよっぽどセンスある。
YouTube - AC vs SB
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by kude104 | 2006-12-22 23:41 | テレビ

仲介業者が儲けすぎ

池田信夫 blog クリエイターに必要なのは著作権の強化ではない

まったくその通りだと思いますね。
制作者よりも仲介業者が圧倒的に儲ける構造というのは、やはりおかしいと思うわけです。

ぼくは、インターネットの登場でこのへんの歪みが解消されるのではないか──つまり、仲介業者をすっ飛ばして、制作者と消費者がダイレクトに売買することで、制作者が適正な報酬を得ることができるようになるのではないか──と期待していたのですが、現状、そう簡単な話でもないなといった感じです。

特にデジタルコンテンツに関して言えば、適正な報酬も何も、「ネット上のデジタルコンテンツは無料」というのが、ほぼ定着してしまった感があります。
こうなると、ネットビジネスは、コンテンツやサービスを無料で提供して広告収入で利益を上げるというやり方にならざるをえないわけで。
基本的に、一人の制作者が作り出せる広告メディア価値というのは知れていますから、これは結局、仲介業者が多数の制作者からコンテンツを集めてサイトを運営して広告収入で利益を上げるというビジネスに行き着きます。
この場合の広告収入の配分比率をみてみれば、結局やっぱり、制作者の取り分は圧倒的に少ないままなんじゃないかなという気がしてなりません。

いま流行りのWeb2.0なんてのも、うがった見方をすれば、制作者の取り分0で仲介業者の総取りですからね。
Google/YouTubeのようなプラットフォームでビデオが流通するようになっても、一番利益を得るのはGoogle/YouTubeなんじゃないかと思う次第です。
もちろん、それらのプラットフォームを活用して大きな利益を得る制作者も少なからずいるでしょうけど、それは現在のコンテンツビジネスでも同様だろうと思います。
要するに、これはおそらく資本主義社会における資本家と労働者の関係そのもので、フィールドがネットに移ろうが変わらないってことなんじゃないかと。

その一方で、それでもやっぱりネットなら、この歪みを正す上手いやり方があるのではないかという希望というか可能性は感じます。

たとえば、仲介業者間で競争が起こった際に、コンテンツはすでに無料なんで「商品の価格を下げて消費者を呼ぶ」という戦略は使えません。
そうすると、「優れたコンテンツを集めて消費者を呼ぶ」という戦略を取らざるを得ず、そのためには「制作者への配分を大きくする」という戦略が必要になると思うからです。
ただこれも、一将功なりて万骨枯るじゃないですけど、一人の高額報酬者とその他大勢の無報酬制作者になっちゃうかもしれませんけど。
いやあ、なかなかうまく行きませんね。
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by kude104 | 2006-12-20 23:59

能ある鷹は爪隠せ

Yahoo!ニュース - ロイター - 日興CGの利益水増し問題、市場関係者から批判相次ぐ
出る杭は打たれる : ひろゆき@オープンSNS

これからどういう展開になるかわかりませんが、ライブドアのときとえらい対応が違うじゃないかという感触は正直ありますよね。

Winnyの件もそうだけど、なんというか、法的な裁きの前に、社会的に許容できるかできないかという部分での裁きがあるように感じますね。
「社会的に」というのは、「世間的に」とはまた違った意味で。
社会的な裁きで「アウト」となったときにだけ、法的な裁きに持ち込まれるという時点で、「社会的な裁き>法的な裁き」という力関係になってしまいます。
でもって、叩けばたいてい埃のひとつやふたつは出るでしょうから、社会的なアウトを法的なアウトに持ち込むのは簡単そうです。

ということを考えると、社会を敵に回すのは得策ではないということになってしまいます。
「出る杭は打たれる」ならばこそ、「能ある鷹は爪隠す」のでしょう。
爪剥き出しにして、ギニャーギニャーと頭上を旋回していたら、そりゃあ隙あらば排除されちゃうよな。

「世の中ってそういうもんさ」と思う一方で、少なくともこうして明るみに出ちゃった以上は、やっぱりなあなあで済まされると腹が立つというかあほらしくなるので、そこはきっちり白黒付けて欲しいものです。
平等ではないのはしょうがないとしても、平等感は大切にして欲しい。
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by kude104 | 2006-12-19 23:59 | 時事・社会

洗面台物語 完結編

多少の隙間ができつつも、どうにかこうにか洗面台の修復作業は進み、残りのピースが少なくなるにつれて、どこからともなくじわじわと嫌な予感が湧き上がってくるのを感じました。
どう見ても、欠けているスペースに対して残りのピースが少ない。

でも、「ピースを集め損ねることのないように」なんてことは、それこそ一番初めに細心の注意を持って行ったことです。
すべて拾い集めた自信がある。
足りないなんてのは、なにかの間違いだろう。

そう自分に言い聞かせて誤魔化してみたものの、修復が進むにつれて、それは明白に疑いようの無いことだと認めざるを得ませんでした。
どう見ても、ピースが足りません。

集め損ねていない自信もやはりゆるぎなくありましたから、これはもう、こう考えるほかありません。
粉々に砕け散って、ピースとも呼べないほどの小さな小さな破片や塵になってしまった部分が、この足りないスペースの部分なのだと。
ちょっと信じられないけど、そう考えるしかありません。

というより、理由などどうでもいい。
問題は、足りないピースをどうするかです。

さすがに、ピースが足りないんじゃあきらめるしかないかな・・・とも思いましたが、ここまで来て、あと一歩というところであきらめるのも癪です。
今あきらめたら、これまでの努力が水の泡じゃないか。
あきらめて業者さんに来てもらって、この半端に修復しようとして挫折した物体を見られるのは恥ずかしすぎる。
だったら、最初から業者呼べよって話です。

ここまできたら、何が何でも最後まで修復してやるんだということで、向かったのは日曜大工の強い味方東急ハンズ。
そこで何か使えるものはないものかと探していてふと目に留まったのが、DIY用の超強力接着剤。
これすごいワイルド。
なんたって、接着できるものに「コンクリート」とか「レンガ」とか「石」とか挙げられているんですもの。
それを見たとき、ぴーんとひらめきました。
「この接着剤で直に穴を埋めちゃえばいいんじゃね?」と。

実際、買って試してみたところ、接着剤というよりは超強力ガムといった感じで、多少の隙間くらいなら、これ埋め込めばまったく問題なくふさげてしまいます。
大きめの穴は、余った破片を集めて適当に接着してそれなりの大きさの破片にして、この超強力ゴム接着剤で強引に穴埋めしてふさぎました。

これにて、無事すべての穴をふさぐことに成功し、見事修復完了です。
実際、修復後もう何日も使っていますが、いまのところ水漏れ剥離等も見られません。
洗面台完全復活です。

──といいたいところですが、ただ一点。
見た目が悪すぎる。
ひびが入っているのと、ゴム接着剤で強引にふさいだ後が、汚すぎる。
「DIY」「ロハス」などと言って自分を誤魔化してみましたが、ふつーに、ただ貧乏くさいだけだからね。
まぁ、自分が使う分には、機能さえ問題なければ見た目なんてどうでもいいんですけど。

ただ、もしカノジョができて、初めてうちに来て、この洗面台見たら引くだろうなーと思う。
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by kude104 | 2006-12-17 22:19
404 Blog Not Found:ソフトウェアをリリースする罪

Winnyの作者が有罪判決を受けたことについて、「ならばブラウザやshellコマンドもアウトではないか」というお話。
これと似たものとして、「包丁職人もアウトではないか」という話もよく耳にします。

ぼくは法律のことに詳しくないし、危機感も薄い。
なので正直、「なにをそんなに過剰反応することがあろう」と思ってしまう。
たかが、Winnyが葬られただけじゃないかと。
まぁ、結論ありきで無理やり出されたおかしな判決だなぁとは思うけれど。

法的にどうこうというのはともかくとして、ブラウザがOKでWinnyがアウトなのは、要するに、有益性と有害性とのバランスの問題なのではないかと思う。
包丁がOKで日本刀がアウトなように。

利用者個人の有益性はともかくとして、Winnyが社会にもたらす有益性と有害性とを天秤に掛けたとき、これはもう圧倒的に有害性のほうが大きい。
と、世間に思わせてしまった時点で、Winnyの「有罪」は決まってしまったのだろうと思う。
これはもうWinnyの自業自得というか、世間を納得させるだけの有益性を示せなかったんだから、しょうがない。
まぁ、それを「著作権違反幇助」として裁くのは、やっぱり無理やりだと思うけどね。

「だから日本ではYouTubeのようなサービスが生まれない」という主張には、ちょっとそうかもという気がしますが、でも、YouTubeだって「著作権者の指摘があればすぐに違法ファイルを削除します」という安全装置がなかったら、葬られていたんじゃないかと思う。
あと、YouTubeは、違法ファイルの温床という有害性だけでなく、自分たちのオリジナルビデオを発信する場やプロモーションの場としての有益性だってちゃんと示せているし。

あと。
幇助っていうなら、「Winnyで違法ファイルゲットだぜ」みたいな記事を書いていた雑誌などはお咎めなしですか?
Winnyのようなアンダーグラウンドなツールが、あれだけ一般に普及したという状況がそもそも異常だと思うわけで。
その一端は、そういう雑誌なりが担っていたんじゃないでしょうか。
Winnyだって、アングラのままだったら葬られずに済んだものを。
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by kude104 | 2006-12-14 23:58 | PC&ネット