世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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バッテリー V

角川文庫、あさのあつこ著「バッテリー V」を読了。
一日で読んじゃった。
それだけ面白かったということで良いんだけど、なんかあっという間に終わっちゃって勿体無い・・・という気分。

いやはや、相変わらず面白い。
いちおう少年野球の話なんだけど、試合の描写がほとんど無いってのが面白いよね。
言ってしまえば、ピッチャーが投げて、キャッチャーが受ける、その両者間のボールのやり取りの物語です。
まさに、「バッテリー」のタイトル通りですね。

考えてみれば、野球のバッテリーの関係性って、かなり特殊なんじゃないだろうか。
ピッチャーとバッター、もしくは、キャッチャーとバッターの関係性というのは、勝負の世界では普通に良くある。
一対一のスポーツは、たいていこの関係性でしょう。
あるいは、ピッチャーと味方の守備、キャッチャーと味方の守備って関係性も、珍しくない。
サッカーとか、たいていのチームスポーツはこれでしょう。

ピッチャーとキャッチャーもチームスポーツの関係性と言えなくも無いけど、でもちょっと違う感じですよね。
むしろ、ピッチャーとキャッチャーの対決──というふうにも受け取れる。
と、この「バッテリー」を読んでいると思います。

「こんな中学生おらへんで~」と思いつつ、巷にあふれる「少年野球物語」とは一線を画すストイックさが良いよね。
高校生くらいでちょうどいいストイックさだ。

ちなみに、先日サッカーを見ていてふと思ったのですが、長ズボンを履いてやる球技って、もしかして野球くらいじゃない?
あ、ゴルフもあるか。
クリケットもそうかな?

・・・ははーん、棒を使う球技は長ズボンなのか?
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by kude104 | 2006-06-30 23:27 |
気がつけば6月ももう終わりということで、毎月恒例の映画サービスデーに見る映画の選定をば。

今回の注目は、ピクサーの新作映画「カーズ」でしょうか。
ピクサー作品といえば、もはやある種ブランドですよね。
クオリティの高さは折り紙付き、みたいな。

ただ、個人的には「クルマを擬人化した世界」というものに、あまりわくわくしない。
加えて、「Mr.インクレディブル」と「ファインディング・ニモ」と、よく出来ているんだけどなんか物足りないと感じたぼくですから、今回も・・・?という気がしなくもない。
まぁ、傑作かどうかは分かりませんが、佳作であることは間違いないでしょうから、とりあえず見といて損はないでしょう。

しかし、公開がまさに7月1日からということで、間違いなく人が多い。
土曜日だしな~。
たぶん、満席で見られないとみた。

となると、お次は「トリック 劇場版2」かなぁ。
でもこれはなんというか、「可もなく不可もなく」という気がする。
めちゃめちゃ面白いわけじゃないけど、トリックファンならそれなりに楽しめますよー、みたいな。
強いて劇場で見なくても、テレビでいいかという気もしますが、他に選択肢が無ければこれだな。

一方、「めちゃくちゃ面白いか、つまらないかどちらか」というチョイスなら「インサイド・マン」でしょうか。
Webでの感想を見ていると、「傑作!」という人と、「期待したほどじゃなかった」という人とに別れていますね。
若干、「期待したほどじゃなかった」という人が多いようですが、でも、つぼにはまると抜群に楽しめるかもしれません。

マイナー?映画ながらネットでの評判はすこぶる良さげな作品としては、「佐賀のがばいばあちゃん」が気になるといえば気になる。
でもなんというか、これはほんわか心があったまるいい映画なんだなろうなーというのが、観る前から分かるよね。
それがなんかいやだ。
あと、「昔は良かったねぇ」的な映画を観て「昔は良かったねぇ」と思う自分もいや。
つまりまぁ、たぶん面白かろうと思うけれど、それを認めたくない自分がいる。
この感情は若さゆえの反発なのか、老いに対する抵抗なのか。

といった感じで、おそらく「トリック」か「インサイド・マン」かを観るでしょう。
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by kude104 | 2006-06-29 22:43 | 映画

一号線を北上したい

講談社文庫、沢木耕太郎著「一号線を北上せよ ヴェトナム街道編」を読了。
やはり旅は良いね。憧れる。

たとえば、ぼくがこうして暮らしている平凡な日常も、旅人の視点から見れば、とてもドラマチックな非日常の世界だったりするのだろうなぁと思うと、けっこう面白い。
沢木さんの本を読んでいると、そういう旅先の日常に身を置くような、そんな旅がしてみたいという気持ちになります。

特に一人旅だと、どうしたって自分との対話になります。
加えて海外旅行だと、日本では当たり前の価値観や固定概念が通用しない出来事が必ず起こる。
それって、すごい。
自分が今まで積み上げてきた価値観が、一旦リセットされるわけだから。
そして、そこから再び構築される価値観、ものの見方、考え方というのは、余分なものが削ぎ落とされた、非常にシンプルで力強いもののように思えます。
まるで心の中に沈殿したものが、旅を通して徐々に洗い落とされてきれいになっていくような。

旅を通して人が再生する、そんなイメージを本書を読んで持ちました。

なので、世の中で行き詰まっている人はね、旅をするといいと思うよ。
人を殺したり自分を殺したり心が壊れちゃう前に、旅をするといいんじゃないかなぁ。
もちろん、誰もがみんな旅で再生できるわけじゃないけど、でも、何人かはそれで救われるんじゃないかと思います。
世界の広さと多様さを知ることは大切だ。

と、かく言うぼくは、海外旅行をしたことが無いんですよね。
なので、上記はすべて想像です。
いつか、死ぬまでに一度は海外旅行をしてみたい。
自由気ままに世界を巡ってみたい。
世の中に有るたくさんのきれいなものや素晴らしいものを見て回りたい。

それが夢ですね。
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by kude104 | 2006-06-28 23:48 |
最低賃金:人は時給608円で生きられるか 県労連4人が“実験” /青森:MSN毎日インタラクティブ

「まだ携帯電話代を引いておらず、車のガソリンもなくなってきた」
・・・携帯電話も車も持っていないぼくは、「人間らしい生活」を送っていないのか。

「食費を切り詰めた」ってそこだけアピールされても、支出総額の内訳を書いて頂かないと、なんとも言いようがないじゃないか。
食費を切り詰めて、フィギュアとか買ってたらどうする?

結局、「時給608円でいまの生活スタイルを維持するのは無理」って実験にしかなっていないんじゃないかと思う。
で、いまの生活スタイルが「最低限の生活」かって話ですよ。
「平均的な生活」と「最低限の生活」を混同しているんじゃないかと思えてなりません。

ケータイ持ってクルマ持って「最低限の生活が送れない」なんて言うのは、それこそ最低限の生活をしている人に失礼じゃないか。
銭金とか見てみろ・・・って、ぼくもあんまり見たこと無いけど。
1ヶ月一万円生活とか。
つまりまぁ、下には下がいるってことで、それでも十分「人間的」に暮らしていらっしゃる人がいっぱいいるだろうってこと。

「だから、最低賃金はそれくらいorもっと少なくて良いのだ」って言いたいわけじゃないよ。
なんか、初めから結果有りきのパフォーマンスの臭いがぷんぷんして、腹が立ったという話です。
きちんと「これだけ頑張ったんですけど」ってところを見せてくれたら印象も違うんだけど、食費を切り詰めましたってだけじゃなぁ。

最低賃金にしろ生活保護にしろ、「平均的な生活を送るには無理だなぁ」くらいでちょうどいいとぼくは思う。
なぜなら、「最低限」だからね。
それで満足に暮らせてしまったら、そこから抜け出そうという向上心が芽生えなくなっちゃうじゃない。
お金の補償は最低限の生活を送るに足る程度で、その代わりに、そこから抜け出すための支援の補償があると良いと思う。
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by kude104 | 2006-06-27 22:02
痛いニュース(ノ∀`):【W杯】22人いたのに?寄せ書き16人だけ…中田が提案した決起集会で露呈した温度差

ブラジル戦終了後、ピッチで倒れている中田選手を気遣ったのは、日本代表選手の中では宮本選手だけでしたよね。
あのシーンはさすがに切なかった。

オーストラリア戦のときから、なにかチーム内のコンビネーションが悪いなという感じは素人目にもあったし、中田選手が浮いているという話もネットで目にしていましたが、ぼくらが想像していた以上の亀裂があったんだろうなというのが伺えるような気がします。

なんとなくほら、スラムダンクでやる気のないチームメイトに対して赤木が浮いていた・・・というエピソードを思い出しました。
中田選手も、「あいつにはついていけねーよ。武士だもん。なんかあいつ」みたいに言われてさ。
陰でチームメイトに笑われていたんじゃないかなー・・・なんて思ったりして。

いわゆるオールスターのように能力の高さだけを基準にチームを作っても、必ずしも強いチームになるとは限らない。
多少能力は劣っても、チームワークを重視したほうが、結果として総合力は高くなる──なんて話はよく耳にします。
一方で、能力の高い人間同士は、たとえ寄せ集めでもすぐにお互い阿吽の呼吸で仕事ができるとも聞きます。
この場合、どうだったんだろうなぁ。

もちろん、中田選手が悪いとか周りの選手が悪いとか、実際のところを知らないぼくには判断のしようがありませんが、もし中田選手が孤立していたのだとすれば、「そりゃ、日本は負けて当然だよなぁ」と思いますよね。
チームメイトが孤立しているチームが勝てるはずがない。
ただでさえ弱いのに。

まあ、あれだ。
負けると、こうしていろいろ“敗因”が出てきますね。
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by kude104 | 2006-06-26 23:16 | テレビ

電通はワルクナイヨ

天漢日乗: W杯 クロアチア対日本 0-0 日本苦戦の戦犯は電通か?

電通の肩を持つわけではないけど、電通を戦犯に挙げるのは、ちょっと筋が違うような気がする。
もちろん、気持ちとしては非常によく分かるんだけれども。

電通が日本の試合時間を変更させたらしいことは、確かのようです(豪、クロアチア戦の開始時刻を変更 - 2006年ドイツW杯 日本代表ニュース : nikkansports.com)。
問題は、果たしてそれが「戦犯」と呼ばれるほどの行為であるのかどうかです。

まず第一に、試合時間の変更がなされたのが、上の記事によると2005年12月10日。
果たして、この段階で6月の現地時間15時台の気温が、これほどの「猛暑」になると予想できたのだろうか?
この暑さが予想通りなのか、予想以上なのか。

仮にこの暑さが平年並みで、そのことは事前に調べれば予想できたとしよう。
では、それが日本の不利になると言いきれただろうか。
たとえば、オーストラリア戦では「暑さなら、日本のほうが慣れているから有利」なんてコメントも聞かれました。
もし実力が同じなら「気温が暑いほうが日本に有利」だと、電通は考えたのかもしれない。
つまり、電通としては「良かれと思ってやりました」というパターン。

あるいは、何も考えずに、ただただテレビの放送時間の都合で変更したのかもしれない。
たぶんそうだろうと思うけど。
で、「そのせいで負けました」なんて言われたら、電通としてはこう思うだろうね。
「まさか、日本代表がそれほど弱いとは思わなかった」と。

たとえば、ブラジルなら3試合15時でも3連勝したと思う。
「15時の試合が2試合続いたから負けちゃったじゃないか!」なんて言われたら、電通としては、「なに? そこまでナイーブに気を使ってお膳立てしてやらないといけないの、日本代表って? おいおい、勘弁してくれよ」って思うに違いない。
「本当は15時にしたほうが視聴者も我々も嬉しいんだけど、日本、弱いから」って電通に言われたら、そっちのほうが腹立つ。

だいたい、電通のせいで負けたなんて、日本代表に失礼じゃない。
彼らにもプライドが有るでしょうに。
「負けを受け入れることが敗者の誇り」ってやつですよ。
せいぜい、結果論として「電通、余計なことを」という程度が妥当なところだと思います。

ま、次回のワールドカップでは、日本代表が試合を行うすべての試合会場に電通パワーでエアコン完備してもらえばいいんじゃないでしょうか。
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by kude104 | 2006-06-25 22:15 | テレビ

日本、納得の敗退

日本対ブラジル戦。
結果は1-4の大敗でしたが、これで良かったんだと思います。

まず、「あのブラジルから1点取った」ということで、最低限の自尊心が保たれましたね。
あの1点が有るのと無いのとでは、大きな違いです。

そして、完膚なきまでにやられたというのも、いっそさっぱりしていい。
おかげで、「あのときああだったら勝てた」とか、未練がましく思わなくて済む。
自分を偽りようがないというか、誰がどう見ても実力で負けたことが明白に分かっていい。

さらに言えば、オーストラリアが2位通過したというのも良かった。
「1戦目、オーストラリアに勝っていれば・・・」という言い訳も、オーストラリアが2位通過したことで、あれもやっぱり実力通りの結果だったのねということが明白になった。

結局、順位はチームの実力通りに並んだという印象です。
「たられば」はいくつもありますが、数字で見ると、やはりこの並びになるのは当然だなと思います。

ところで。
日本は決定力不足と言われますが、気づけば3試合で7失点です。
実は守備のほうにこそ、より問題があるんじゃないですかね?
川口選手がいなければ、さらに3失点くらい上乗せされていてもおかしくないですし。

まぁ、あのポルトガルですら「40年ぶりの決勝トーナメント進出!」とか言ってましたし、そんなに勝てるもんじゃないですよねー。
なんとなく、日本もこれからしばらく「勝てない」時代が続くのではないかという気がします。
日本が実力で決勝トーナメントに進出するまでには、あと20年くらいかかるんじゃないでしょうか。

ま、なにはともあれ、眠かったー。
選手たちはブラジルとの戦いでしたが、ぼくは睡魔との戦いでしたよ。
なんとか90分間耐えしのぎましたが、これは、これからの決勝トーナメントの観戦に大きな不安を残します。
ワールドカップも、毎大会日本で開催してくれませんかね。
電通パワーで、なんとか。
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by kude104 | 2006-06-23 22:45 | テレビ

悪魔の存在

宗教的知識はほとんどありませんが。
全知全能の神様を頂く宗教において、なぜ悪魔が存在するのかずっと不思議でした。
全知全能なら、悪魔をすべて滅ぼしてしまえばいい。
なのに悪魔の存在を許しているというのは、神様は悪魔を滅ぼすことができない──すなわち、全知全能でないか、「悪」の存在を容認しているか、どちらかってことになります。
それって、教義として致命的な傷になりはしないのか・・・?

とまぁそんなふうに思っていたのですが、今日、ふと、なかなかよさ気な解釈を思いつきました。
教義の傷であるとか全知全能性の否定とかそういうことではなくて、むしろ、「悪魔の存在を許している」ということが、神の偉大さを物語るのではないだろうか。

悪魔なんてものは神様にとってはけしからん存在であり、居なくなればいい存在だけれど、でも、だからといって滅ぼしてしまえとはお思いにならないわけだ。
悪魔が存在することを、神様はお許しになっている。
価値観の相容れない存在、自分たちにとって邪魔な存在を許す。
なるほど、それは確かに神様にしかできないことだろうなぁと思う。

共存というか不干渉と言うべきか、神の世界と悪魔の世界が互いに住み分けられている限りは、神は悪魔に干渉しない。
悪魔を力でねじ伏せようとか、改心させようとか思わない。
つまり、神と悪魔は共に存在することができる。

という解釈で、他宗教に攻撃的な信者さんを軟化させることはできないものかな。
神と悪魔は互いの価値観は相容れないけれども、共に存在することはできるんだよって。
悪魔ですら存在を許されているのだから、同じ人間同士、他宗教の存在くらい容認しようや・・・みたいな。

まぁ、経典を紐解けば、悪魔を滅ぼさんとする神様のエピソードとか、わらわら見つかったりするのかもね。
ソドムとゴモラとか大洪水とか、神様けっこう容赦なく滅ぼしてるし。
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by kude104 | 2006-06-21 23:59
今日は株式会社ゴーガの小山さんとお会いしました。
お知り合いになったのがネット上でしたので、これまでは文字だけでのお付き合いでした。
実際にお会いしたのは今日が初めてです。

「機会があればお会いしたいですねー」などと言っていたのですが、こういうのはたいてい社交辞令で終わるというか、「機会があれば」なんて言っていたら、いつまで経っても会えませんというのが世の常です。
ところが、「機会はあるもんじゃない、作るもんだ」とばかりに、小山さんがこちらにお出でになった折を見て、わざわざ会う機会を設けて下さいました。
本当は、そういうのはこちらから動くべきところを、なんと畏れ多い!といった感じです。
いやほんとすいません。
やっぱり、会社を起こす人は違うなー。
こういうところに行動力の違いというのが現れるんだなぁ。

実際にお会いした小山さんは、イメージどおりといいますか、アクティブで好奇心旺盛で、かといってガツガツギラギラしているふうではなく非常に物腰柔らかで、ぼくなんかが言うのも失礼ですが「まさに好青年!」といった感じの方でした。
やっぱりねー、人柄がよくなくっちゃ、「いっしょに働きたい」って人が集まらないですもんね。

ネットで多少の交流があるとはいえ、なにしろ初対面の方ですから、トークが弾まなかったらどうしよう・・・などと心配しましたが、それもまったくの杞憂でした。
ワールドカップの話とか、ワールドカップの話とか、あと、ワールドカップの話とかで盛り上がりました。
いやもちろん、お仕事の貴重な話もして頂いて(そちらがメインです)、とても有意義な時間でした。

ぼくは人付き合いに積極的なほうではないですが、今回お会いできて良かったなーと思いました。
知らない人とお会いするのは、もちろん相手にも寄りますが、楽しいものですね。
とても刺激になりましたし。
よし、ぼくも頑張ろう!みたいな。

貴重な時間を割いてお会い頂きありがとうございました、と、この場で改めてお礼申し上げます。
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by kude104 | 2006-06-20 23:59

がっかりだ

昨日の日本の戦いっぷりには、心底がっかりだよ。
もしぼくがインド料理店を経営していたなら、さっそく今日のお昼のランチメニューに「ガッカリー」を出しているところだ。

他でも散々言われているだろうと思いますけど、柳沢選手のあのシュート・・・というかクリア?
柳沢選手の談話によると「急にボールが来たので」だそうですが、ぼくはもう心底がっかりだよ。
あれはたぶんシュートですらなくて、とっさに折り返しのパスを出したんじゃないかと思うのですが、がっかりするくらいに日本人らしいプレーだよなぁと思います。

ああいう場面では、とっさに条件反射的に「シュート」か「パス」のどちらかを選択することになるわけですが、そこで「パス」を選んでしまう人間は、本質的にストライカーにはなれない人種だと思う。
これからも同じような場面で、彼はことごとくパスをするだろう。
柳沢選手がシュートを打てるのは、頭の中で「よし、シュートだ!」と思える状況だけだろうと思う。

ぼくががっかり来たのは、それが柳沢選手の個人的な資質の問題というよりは、なにかこう、日本人の国民性と呼べるもののように思えたからです。
日本人は成長の過程で、その人の中にある「シュート」を選択する部分が矯正されて「パス」人間になってしまうのではないか。
世の中を見まわしても、「決定を先延ばしにしたい」「最終的な責任を負いたくない」という人間がいっぱいいますよね。
自分も含めて。

ですから、日本が勝つためには、外国の強力なFW選手に帰化してもらうしかないと思います。
次のワールドカップには、ぜひそれでお願いします。

それにしても、「首の皮一枚つながった」だの「ブラジルに勝てばいい(2点差以上で)」だの、そーゆーセリフはもう痛々しい。
カイジ流に言えば「自分の人生の本番はまだ先なんだ。『本当の俺』を使っていないから、今はこの程度なんだ」みたいな。
で、厭きずにそう言い続けて、結局はそのまま年老いて死んでしまう・・・ってやつだ。
ぼくも自分自身によく言い聞かせるもん。
「まだ終わってない」「まだ次がある」って。
それで次があったためしがないんだけどね。
そういう自分を見るようで、もうほんと痛々しい。

それでも日本が決勝トーナメントに進出するためには、どうにかこうにか頑張って、ブラジルに引き分けることだと思います。
で、オーストラリアがクロアチアに勝つこと。
とにかく、なんとかしてグループ順位を、1位ブラジル、2位オーストラリア、3位日本、4位クロアチアにする。
そうすれば、これ(オーストラリア失格も…発覚!サッカー賭博:W杯各国情報:サッカー:スポーツ報知)によって、繰上げ当選で行けるんじゃないでしょうかね。

まぁ、冗談ですけど。
もし本当にそんなことになったら、なんかもう本当に恥ずかしいのでやめてください。
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by kude104 | 2006-06-19 22:45 | テレビ