世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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西暦2036年からのタイムトラベラーが出現!? [ GARAKUTA ICHI ]

素人考えで時間旅行について考えると、なんとなく、未来へは行けても過去には行けないんじゃないかなーと思います。

未来に行くのは、ある意味簡単。
コールドスリープでいい。
これはもちろん、客観的にはまったく時間を飛び越えてはいないんだけど、主観的には、一晩寝て目がさめると未来にいますみたいなことだから、タイムトラベルと思えなくは無いだろう。
時間旅行する当人にとっては、それで十分だと思う。

でも、過去には戻れない。
タイムパラドックスがどうのこうのという話以前に、過去というのは脳みその中にしかないのではないかという気がする。

世の中の生きとし生けるものとすべての物質が、ひとつの「時間」というパラメータに則って存在しているのなら、このパラメータを操作すれば過去にも行けるだろうけど、たぶんそうじゃない。

原子がどうのこうのする“時間”を1秒と定めましょうという物差しがある。
その物差しで物事の変化を測っているだけのことじゃないでしょうか。
つまり、時間が物事を動かしているのではなく、物事が動いている様子を「時間」という物差しで観測しているだけなのではないかと思います。

たとえるなら、「メートル」をどうこうしたら、世の中の物質の大きさが大きくなったり小さくなったりするという考え方と同じではないかと思うのですが、どうでしょう。

まぁ、それはそれとして。
挙げられている未来予測のうち、個人的に「これは有りそう」と思ったのは、2008年北京オリンピック中止ってやつ。
それ以外は、あんまりピンと来ませんねぇ。
正直、いまさら世界が社会主義国家になることはないだろうと思いますし。
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by kude104 | 2006-02-28 23:59
2月は過ぎ去るのが早い。
もう明後日から3月ということなんで、例によって3月の映画サービスデーに見る映画を選びたいと思います。

今回はもう「THE 有頂天ホテル」で決まり!と今の今まで思っていたんですが、各館の上映スケジュールを調べてみると、どうやら「ホテル・ルワンダ」が3月3日で上映終了になってしまうようです。
うーむ、これはやはり「ホテル・ルワンダ」を優先させるべきであろう。

まぁ、ちょっと気合を入れて「ホテル・ルワンダ」と「THE 有頂天ホテル」の2本立てで攻めるという手もなくはない。
でも、1日に映画2本見ると、けっこうしんどいんだよなー。

はたして、そうまでして観るほど「THE 有頂天ホテル」が面白いかどうか、若干自信がない。
いやまぁ、面白いという評判は耳にするし現に大ヒットしているわけだけど、何かこう、期待しすぎて肩透かしを食らうパターンな気がしないでもないです。

むしろあれだ。
ミーハーと言われようが面白くなかろうが、今このタイミングで見るなら「シムソンズ」のほうがアリだと思うなー。
カーリング女子の映画なんですけどね。

オリンピックを観戦していて、「アイドルがカーリングやれば良いのに」と思った男子は星の数ほどいるに違いないが、映画だとまさにアイドルがカーリングをやるわけで、夢叶いまくりんぐ。

ただ残念ながら、うちの近くの映画館では上映していないのですよ。
明らかにこれは劇場あるいは配給会社が読みを外した格好だ。
まぁ、予想しろというほうが無茶な話だけど、オリンピックのカーリングフィーバーを見てきっと地団太踏んだだろうなー。

そうかと思うと、こんな映画をやっていたりするから、世の中ってほんと分からない。
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by kude104 | 2006-02-27 23:41 | 映画

小泉首相の祝福電話

荒川選手への小泉首相の祝福電話をはらはらしながら見ていた者です。

誰がどう見てもあれは、小泉首相による「荒川選手を祝福する私」というイメージアップ・パフォーマンスに映るわけですが、それを恥ずかしげもなく堂々とやってのけるところが、やはりプロだなと感心する。
ぼくなら、変なプライドが邪魔してできないですもん。
もちろんこれ、誉めてます。

小泉首相が一方的に話す格好になったのも、もちろん意図的でしょう。
ああいう場合、お互い探り探り会話をしようものなら、まず間違いなく「何を話せばいいの?」という気まずい空気が流れる。
弾まない会話というやつ。
テレビカメラの前で、金メダリスト相手にギクシャクした会話なんて、絶対に避けなければならない。
それには、一方的に話すに限る。

そうはいっても、あそこまで上手くできるもんじゃないよね。
もし自分が首相で、金メダルを取った誰々さんに電話をかけて祝福してあげてくださいなんて言われたら・・・と考えると、ぞっとする。
大勢に注目される状況の中、あそこまで堂々と祝福できるだろうか?
いや、無理。

荒川選手の演技もすごかったですが、小泉首相の電話もすごかった。
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by kude104 | 2006-02-25 22:49 | テレビ

表現の自由を守るとは

17日の風刺画問題についてのエントリーにトラックバックを頂いたので、このネタについて再度あれこれ考えてみたいと思います。

トラックバックを頂いた先のエントリー(「表現の自由」の範囲を決め直す:TIME ガイダンス)では、「表現の自由」が「秩序の維持」との間で新たな線引きを迫られているといった話題が取り上げられています。

ここで問題となるのが、「線引きされた自由は果たして自由と呼べるのか?」という問いかけでしょう。

厳密に言えば、線引きされた自由はおそらく自由ではない。
でも、現実的に考えれば、野放しの自由では社会が混乱するので、線引きされた自由を自由ということにしたい。
このあたりの、言うなれば理想と現実のせめぎあいのようなものが、「表現の自由」を巡る議論で行われているのではないかと思います。

そこで、我々がイメージする「自由」とは何かという点を考えてみると、おおむね「禁止事項がないこと」という答えになるのではないでしょうか。
何でもできる、何をやっても良い、それが自由だと。

しかし、これは非常に原始的な「自由」であるように感じます。
言うなれば、動物的な自由の捉え方です。
それをここでは「行動レベルでの自由」と呼ぼう。

それに対して、我々が尊重し価値を認める「自由」とは、もう少し文明的なものではないだろうかという気がするのです。
行動レベルでの自由に対して、言わば「精神レベルでの自由」というものがあるのではないかと思います。

行動レベルでの自由が「禁止事項がない」というルールの元での自由な行動であるとすれば、精神レベルでの自由はそのもう一段上に来ると考えればいい。
すなわち、精神レベルでの自由とは、「禁止事項を自ら設定する自由」であると考えられる。

「禁止事項がない自由」に自ら禁止事項を設ける自由とは、なんと高度な精神活動であることか。
そしてそれは、明らかに行動レベルだけの自由よりも一段自由度が高い。

自由というものをこのように考えると、「線引きされた自由は果たして自由と呼べるのか?」という問いに対する答えは明白です。
他人に線引きされることは自由を失うことで、自ら線引きすることは、それすなわち自由であると。

ではこのとき、「表現の自由を守る」とはどういうことか。
それはつまり、どんな表現でも許容されることではなく、表現における良し悪しの線引きを表現者自らが行う権利を守ることです。

ならばはたして、この権利は何によって守られるのか。

それはたとえば、我々が誰かに「自由にしていいよ」と言うとき、そこに何があるかを考えれば分かります。
そこにあるのは、「信頼」でしょう。

「自由にして良い」というのは、相手に対する信頼があって初めて言える言葉ではないかと思います。
いまいち信頼の置けない相手には、「あれはしないで、これはしないで」とあらかじめ釘をさしておかなければなりません。

そう考えると、「表現の自由」に規制を加えようという話が出てくる状況というのは、表現者が社会の信頼を失いつつあることの現れだと言える。
なぜ信頼を失いつつあるのか?
それは、なんでもかんでも「表現の自由」で守ろうとするからではないでしょうか。

良し悪しの線引きを間違った表現を「いや間違っていない」と言い張って守ろうとすることで、社会の信頼を失い、結果的に自ら「表現の自由」を危うくしているのだとすれば、なんと滑稽な姿でしょう。

表現者は本来、己の「表現の自由」を懸けて、命懸けで表現の良し悪しを線引きしなければならないのだ。
もし線引きを間違ったら、信頼を失い、表現の自由を失うのだから。
そういう命懸けの表現がいやなら、精神レベルでの自由を放棄して、決められたルールの枠内での表現に甘んじるしかない。

周りの表現者にしても。
ある表現が社会に混乱を招いたときに、その表現の線引きが適切であったかという点を、真剣に議論しなければならない。
適切であると思えば、表現者の判断を守るために声を大にして支持しなければならないし、不適切であると思えば、表現の自由への信頼を守るために声を大にして指摘しなければならない。
自浄作用を持たないシステムは、外からコントロールされても仕方がない。

表現の自由を守るとはそういうことで、それが守られていれば、社会とせめぎあうこともなく上手くフィットしていけるんじゃないでしょうか。
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by kude104 | 2006-02-24 22:42
昨日の政治ネタの続きというか、例によって妄想ネタ。
政治家の評価システムについて考えてみる。

物の価値を評価・可視化するシステムで、現状もっとも上手く運用されているシステムといえば、株式市場ではないでしょうか。
ということで、政治家を銘柄に見立てた株式市場ゲームとか作ったら面白かろうという話です。

細かい部分は省略するとして、ざっと大枠のイメージを説明すると、議員当選が「上場」、落選や辞職など議員でなくなった時点で「上場廃止」となる。
あとはまぁ普通の株と同じように売ったり買ったりするわけ。

良い働きをして評判が上がれば株価も上がり、へまを踏んで評判を下げれば株価も下がる。
もし「不祥事発覚で議員辞職」なんてことになると、今日の明日でいきなり「紙くず」になるわけで、なかなかスリリングです。
そして、醍醐味はなんといっても選挙。
当選か落選かをめぐって予測と駆け引きが繰り広げられるさまは、絶対に面白いに違いない。

このゲームに勝とうと思ったら、最終的にはいかに政治家の良し悪しを見分けるかというところに行きつくのではないかと期待します。
いずれにしても、動機と目的はどうであれ、参加者が政治に興味を持つきっかけになることは間違いないと思うのですが、どうでしょう。

ただまぁ、モノが政治だけに、クレーム付くかも?
金銭が動くゲームにしたら完全アウトなのはまず間違いないとして、単にポイントをかけて遊ぶだけのゲームならどうかなぁ。
とりあえず、選挙期間中はダメとか言われるかな。

問題ないならやればウケると思いますが、ただまあやっぱり金銭が動かないと、いまひとつ身が入らんだろうか?
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by kude104 | 2006-02-23 21:54
ヤフーが国会議員の比較サイト まずは270人分から(asahi.com)

面白いね。
これはちょっと期待できそう。

日本の政治を良くしようと思ったらこれはもう単純で、政治家がその政策・政治姿勢によってまっとうに評価される社会を作ることに勝るものはない。
まっとうに評価されなければやる気を失うのは、子供もサラリーマンも政治家も同じです。

で、まっとうな評価に何が必要かといえば、それはもう情報を置いてほかにない。
これまでは、政治家がどんな人物でどういう活動をしているかといった情報が、あまりにもなさすぎた。
もちろん、努力して集めれば情報はあったのでしょうけど、そこまでして集める人間はプロかマニアくらいのものでしょう。
一般大衆が使うシステムにおいて、使い手の努力を求めるのは、やはりシステム側の未熟と言って良いと思う。

それが、「これからはインターネットを使うことで楽に情報を集められるようになります」というのは、実にすばらしい。
ネットが社会を豊かにするというのは、こういうことだろうと思います。
もちろん、実際にどれほどのものかは、まだなんとも言えませんけど。
でも、大枠の方向性としては、そっちに進むので間違いないと思います。

こんなふうに、政治の世界にネットが浸透すればするほど、政治の在りようは大きく変わっていくでしょう。
たとえば、テレビが登場する前と後で政治が大きく変わったように。
ネットが登場する前と後で政治が大きく変わっても不思議はない。

ネットの特性が情報の蓄積と、それらを容易に検索したり比較したりできるところにあることを考えれば、ネット時代の政治は、政治家がその政治活動のログデータによって検索・比較されるところがキーになるでしょう。
それによって、よりよい政治活動のログデータを生み出すことに政治家が懸命になれば、よりよい政治が行われるんじゃないだろうかと期待します。
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by kude104 | 2006-02-22 23:10 | PC&ネット
この冬のオリンピックで一番のブレイク競技は、何といってもカーリングでしょう。
二番目はスノーボードクロスかな。

で、そのカーリングですが。
身体能力が勝敗にまったく影響しないので、欧米選手に体格で劣る日本人にはうってつけのスポーツだと思います。
というより、この先日本が冬のオリンピックでメダルを取ろうと思ったら、もうカーリングしかないのではないか。
少なくとも、メダルを狙える可能性の高い競技であることは間違いないですから、このオリンピックにおけるカーリング人気に乗っかって、競技人口を増やす取り組みを行うのがよろしかろうと思います。

競技人口が増えれば試合経験が増え、選手層が厚くなって、日本としてのレベルアップにつながります。
今からはじめれば、8年後のオリンピックでは、かなりの強豪国になれるでしょう。

ただ問題は、カーリングのように専用の場所と道具が必要なスポーツは、普及がたいへんだということです。
カーリングをしてみたいと思っても、近所にカーリング場なんてありません。
作ろうにもけっこうお金がかかるでしょうし、それに維持費だってかかりそうです。

せめてボーリングくらい需要のあるスポーツになればいいですけど、需要がないとカーリング場が作られない、でも、カーリング場がないと需要が生まれないという、ありがちなパターンになりそうです。

そこで、氷上で行う本格的なカーリングの前段階として、普通の体育館などで行える“インラインカーリング”みたいなものがあればいいと思う。
ローラーなりホバリングで滑るストーンくらいなら、現代の技術があれば作れるんじゃないだろうか。

──と思ったら、ありました。
その名も、カローリングというらしい(とくしまスポーツネット参照)。

そうそう、こういうの。
これを全国の学校やレクリエーションセンターなどに配って授業やクラブやイベントなどで使ってもらえばいい。
そうすれば、日本もカーリング大国に!

・・・と言いたいところだけど、うーむ。
残念ながら、これ、スウィープがない。
スウィープのないカーリングなどクリープのないコーヒーのようだという表現は古いけど、やっぱあれがないとなー。
カーリングじゃないよなー。

とはいえ、氷上ならまだしも、普通の床でスウィープはどう再現すればいいのかという問題は、たしかに難問だ。
普通の床をいくら掃いたって、ストーンの滑りが良くなるはずもない。

たとえば、ブラシにワックスを付けて磨くことでツルツルになる──みたいな方向性はどうだろうと考えたけど、下手すりゃ一面ワックスでべとべとになっちゃうし、第一そんな清掃員みたいなスポーツ、遊びたくないよなぁ。

となるとあれだ。
まずストーンの移動を機械制御にする。
でもって、スウィープブラシにセンサー付けて、万歩計の要領でスウィープパワーを計測するのだ。
あとはストーンとスウィープブラシとの距離と方向も計測して、それらによって、ストーンの移動を微調整するという超ハイテクカーリングマシーンしかない。
そんなカーリングマシーンは当然お値段のほうもかなり高くなる。
精密機械をガコンガコンとぶつけて遊ぶという、金持ちの道楽みたいなゲームになってしまいます。

このカーリングマシーンの出現によって、オリンピックにおけるカーリングという競技が、国の技術力と経済力を競うゲームになる。
これぞまさに、日本の独壇場ではありませんか。

・・・あれ?
なんか急にカーリングが殺伐としたゲームに思えてきた。

マリリンショット。
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by kude104 | 2006-02-21 22:36 | テレビ
ぼくのもっとも古い友人に子供が生まれたそうで。
まずはおめでとう。
これからひとつの新しい人生が始まっていくのだと思うと、まっさらで限りなく広がる未来がちょっぴり羨ましくもあり、先輩風をふかせて「いい人生を」とエールを送りたくもなる。
こんな世の中だから・・・という気持ちもちょっぴりなくはないけど、でも、どんな世の中でも人は幸せになれると思うし、それと同じくらい、不幸せにもなってしまう。
世の中には驚くくらい不幸があふれていて、ただ平凡に幸せであることがどれほど幸運なことかとこの歳になると思うわけだけれど、その幸運がその子に訪れますようにと心から願います。
みんなの祝福を幸運の種にして、幸せな人生があらんことを。


・・・と、心から祝福しつつも、それとは別のところで、自分がどんどん置いていかれているような気がして途方にくれる。
まるで自分だけが一歩も進めず同じところで立ち止まっている横を、世界がすごいスピードで追い抜いていくような感覚に少し恐怖する。
気がつけば、ぼくは一人こんなところで何をしているんだと。
自分では精一杯左右の足を交互に踏み出しているつもりなのだけど、周りが暗闇で進んでいるのかどうか分からない感じ。
はやく光が射すといいなぁ。
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by kude104 | 2006-02-20 23:59

マリリン

昨日のトリノ・オリンピックカーリング女子予選「日本vsカナダ」はかなり面白かったです。

本橋麻里という選手がいるのですが、ニックネームがマリリンというらしい。
それをアナウンサーさんがえらく気に入っているらしくて、ことあるごとに「マリリン、マリリン」言うんですよね。
「本橋選手はチームのみんなからはマリリンと呼ばれて可愛がられています」とか、「お隣はカナダの放送席なんですが、本橋選手のことはマリリンと呼ぶように伝えておきました」とか「さあ出るか、マリリンショット」とか。
「おまえ、マリリンって言いたいだけやろ」と思わずツッコミを入れたくなる。

たしかに、「マリリン」ってなんか面白い。
語感がいいと言うか、言葉の響きが気持ちいい。
「本橋麻里だからマリリン」という発想も、安直な面白さがある。

見た目も可愛らしい選手なので、ついつい「マリリン」言いたくなる気持ちはわかるけど、なんか、「やたらと気になる女の子の話をする中学生かお前は」みたいな微笑ましさが漂っていて面白かったです。

もちろん、ゲーム内容自体も手に汗握る好ゲームで面白かったです。
次のゲームもがんばれマリリン。
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by kude104 | 2006-02-19 22:10 | テレビ
研究結果「メールの意図が正しく伝わる確率は5割」(HOTWIRED JAPAN)

メールに限らず、ブログや掲示板といったネットコミュニケーション全般に拡張しても成り立つ話だろうと思います。
あるいは、ネットコミュニケーションの中では、メールはまだ正しく伝わる方かも知れませんね。

50%しか伝わらないというのは、さして問題じゃない。
むしろ50%も伝わっていれば上等。
もっと低いものと思っていた。

難儀なのは、90%の確率で自分は相手の意図を正しく理解できていると思い込んでいる、そこのところのギャップのほうにある。
単純に考えて、10回に5回は相手の言わんとするところを誤解しているにもかかわらず、そのうちの4回はそれが誤解であるかもしれないと思い至らない。
「間違いない!」と思い込んで間違えていることになります。
くわばらくわばら。

半々で誤解している、誤解されているということを頭においてコミュニケーションを行おう。
そして、できる限り誤解を少なくするために、たくさんコミュニケーションを行おう。
とまぁ、そういう教訓ですね。
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by kude104 | 2006-02-18 22:11 | PC&ネット