世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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テンションの低い年度末

今週どうも自分のテンション低いのは、やはり年度末だからでしょうか。
なにが「やはり」なのか分かりませんが、ちょっと自分の中の季節感をアピールしてみました。
それを言うなら、「花粉で憂うつ」とかでもイケるな。
あしたからは、そっちに切り替えるか。

昨日のサッカー。
試合終了後の中村俊輔選手のインタビューを途中で強引に切ってまで、古舘さんを登場させるテレビ朝日ってすげぇと思った。
なんかもう、これはこれで一本芯が通っているよね。
テレビ朝日の古舘さんに対する大きな愛を感じた。

コンビニ弁当って、不味い。
特にパスタや焼きソバといった、汁気のない麺もの。
これはもう切ないくらいに不味い。
もそもそしていて、食べているとだんだん「料理」じゃなく「エサ」に思えてくる。
食べるぼくはさしずめ家畜。
独りもそもそコンビニ弁当を食べるシチュエーションが良くないのだとも思う。
麺と同じく、とても乾いた潤いのない生活。

でも、鼻水は止めどなく溢れ出るのであった。
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by kude104 | 2005-03-31 21:36
アフィリエイトと Blog を合わせたマーケティングソリューションを開始(Yahoo!ニュース:japan.internet.com)

単に新しい動きに懐疑的なだけと言われればそうなんですが、どうもぼくは、このアフィリエイトとブログで「口コミマーケティング」って話には懐疑的です。

もちろん、露出が増えればそれだけ売上の機会が増えますから、効果がないとは思いません。
ただ、現実にそれなりの成功報酬を得ることが出来るブロガーはごく一部ではないかと思うのです。

ブログ単体として見た場合、こういったシステムが有効に機能するのは、読者に対してある程度の影響力を持つ人気ブログか、アフィリエイトで利益を出すことを目的としたセレクトショップ的ブログか、くらいじゃないでしょうか。
普通の人間が普通に書く日記やコラムでたまたま話題にした商品がアフィリエイトで売れてまとまったお小遣いが手に入りました──なんてことは、「甘い果実」に過ぎないのではないかと思えてなりません。

でも、そういった「ほとんど効果のないブログ」でも、たくさん集めればそれなりに結構な売上になるわけで、これはつまり、そういうビジネスモデルなんだろうと。
ひとつひとつは微々たる成果のものを数を揃えて有効な稼ぎにしようというもので、基本的にブログサービスの運営者向けの話なんだろうと思います。
(それと、商品の売り手と)
ま、それで運営者が利益を出して、ブログサービスを無料で利用できるなら一般ブロガーもその恩恵を受けていると言えるわけで、「みんな幸せ」って話なんですけどね。

ただ、「キミもブログでお小遣いを稼ごう」とか「ブログで口コミマーケティング」とか、そういうのってブログに金の卵を生ませるための「幻想作り」だろうなぁという気がしてなりません。
実体は、かつての「ホームページ+バナー広告」が「ブログ+アフィリエイト」になっただけなんじゃないかと。

まぁ、バナー広告よりはアフィリエイトって地に足ついた広告システムなんで、それなりに定着するだろうとは思いますけど。
そのうち、「幻想」が消える日もくるだろうなぁとも思うわけです。
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by kude104 | 2005-03-30 22:29 | PC&ネット
さて、そろそろ3月も終わりと言うことで、4月のサービスデーに観る映画の話でも。

とりあえずジャッキーファンとしては、『香港国際警察 NEW POLICE STORY』は鉄板。
最近衰え傾向にあったジャッキー映画ですが、今回のこれはかなり良い出来という噂です。

ハリウッドではコミカルな役回りしかやらせてもらえず、思うように映画を作らせてもらえないフラストレーションを抱いていたようで。
先日のテレビインタビューでも「この映画は、自分がシリアスな演技もできるということをハリウッドの監督に観て欲しくて作ったんだ」といったようなことを語っていらっしゃいました。

つまり、「俺の実力を見せてやる!」という覇気ですな。
その現れが、ジャッキー自身が最高傑作という『ポリスストーリー』の最新作という「決意」であり、深い挫折と絶望から立ち直る主人公の成長物語という、ジャッキー自ら「今回はストーリーを重視した」と語る、これまでにないシリアスなストーリーでしょう。
それでいて、アクションの方も往年のジャッキー映画を思わせる仕上がりと言うではありませんか。

あんまり期待値上げてかかると拍子抜けする心配がありますが、とりあえず楽しみです。

あとはまぁ、『ナショナルとレジャー』じゃないや、『ナショナル・トレジャー』でしょうか。
これはもう、単純お気楽アドベンチャームービーでしょう。
なーんにも考えずに観られる類いの。
そういうの、嫌いじゃないんで。

ま、今回はそんなところでしょうか。
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by kude104 | 2005-03-29 20:00 | 映画
少し前から感じている疑問なんですが、ネット上での議論というものに、なにがしかの意味はあるのだろうか?と。
(議論と言ってもいろいろありますが、ここでは対立する者同士の議論ということで)
ネット上に限らず一般社会でも成り立つ疑問かもしれませんが、一般社会での議論はネットと違ってログが残らないので、あまり表面化しない気がします。

なんというか、正反対に近い異なる意見の二人がいたとき、ネット上の議論で相互理解に達した例をぼくはまだ見たことがありません。
いやまぁ、自分が見たことがないというだけで一般論のように語るのは愚かだというのは、重々承知しています。
ですから、これは単なる「問い立て」です。
結論づけるつもりはありません。

ブログのコメント欄で交わされる議論なんかを見ていてなんとなく感じるのは、人間って、他人の発言の一部分にピンポイントに反応する傾向にあるなぁということ。
ネットの場合、相手の発言を引用して述べるためでしょうか、全体を通して言わんとしていることについて論じるより、どうしても局所的な議論になっているように見受けられます。
揚げ足の取り合いというか水掛け論というか。

もともと人間って、自分と同じ意見を求める傾向にあるんじゃないかと思うのです。
反対意見を探して「なるほど、そういう見方があるのか」と思いたい人間よりも、自分と同じ意見を探して「そうそう」と共感したい人間のほうが圧倒的に多いんじゃないかと。
で、後者のひとは、自分と反対の意見に出会った瞬間にシャットアウトして去ってしまうか、あるいは「反論してやろう」という先入観のもとに文章を読むかの、どちらかなんじゃないだろうか。

「先入観のもとに読む」というと意識的に粗探しをするニュアンスですが、そういう場合だけに限らず、好意的でない精神状態で文章を読んでいると、ちょっとした言葉の使い方や論旨の隙に出会った瞬間に「ここ! 言っていること、おかしい!」と、そこでストップしてしまう。

当然、そういう人は全体を通して相手が何がいいたいのかを理解して、それに対して反論をすることはない。
ほとんどの場合、さして重要でも無さそうな局所的な部分に対して、でもそこが譲れないからアナタの意見は受けいられれないといった強い姿勢で反論する。
そういえば、ライブドアの堀江さんの発言に対する反論なんかも、そういうの多かったですよね。

で、そういうやり取りを見ていると、なんかもう不毛だなぁと思えてしまって。
永遠に分かり合えないだろう二人が、理解して欲しいと必死になって言葉を吐いている様子は、なんかもう徒労感にも似た切なさで。

結論めいたものは何もないんですが、「人と人とは、分かり合えないなぁ」という気持ちですね。
初めからある程度近い位置にいる者同士でもなければ、なんかもう絶望的なまでに分かり合えないのではないかとすら思えます。
少なくとも、掲示板やコメント欄といったネット上のシステムでは無理なんじゃないかなぁ。
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by kude104 | 2005-03-28 23:04 | PC&ネット
ペット供養は「宗教」にあらず(Yahoo!ニュース:読売新聞)

個人的に宗教って嫌い──というと誤解を招きかねませんね。
えーと、個人の信仰は大いに認めるところではありますが、団体となって、内ではなく外へ向いて活動し始めると厄介なので嫌いと、まぁそういった感じを抱いています。

そのひとつに、「坊主による葬式ビジネス」があるんですが。
たとえば戒名料ですか。それによって戒名のランクが決まり、あの世でも格付けされるとかほんとバカみたい。
バカみたいだけど、ケチったと思われると世間体が悪いし、自分の大切な人が低いランクの戒名背負ってあの世へ行くというのも、やっぱりなんとなく憐れに思える。
そういう気持ちに付け込んで成り立っているイヤラシさが大嫌いです。

それはさて置き、このニュース。
宗教法人への非課税というのは、そういった嫌悪感と合わせて「坊主丸儲け」的イメージがあって、あまり好意的には思えない。

ただ、非課税なのはあくまでも宗教活動や公益事業による収入であって、それ以外にはきちんと税金がかけられているんですよね。
なのでまぁ、そのへんきちんと収益事業と宗教活動との線引きがなされ、税金を納めるべきところは納めていただいているなら、宗教法人への非課税も良かろうと思うわけですが。

この記事の見出しからは、まるでペットだから収益事業といったニュアンスに受け取れますが、むしろ「あらかじめ料金表を用意するなど、ペット葬儀業者の営業形態と似ている」という点が理由のようです。
であるなら、これは人間の葬儀にも言えるわけですよね。

実際、坊主による「葬式ビジネス」の報酬があくまでも「お布施」のかたちで支払われるのは、料金を定めると収益事業になる恐れがあるからでしょう。
相場が決まっているのにお布施も何もないもんだと思いますけど、葬儀をサービス業にしないためのエクスキューズですな。

ということはだ。
先の戒名料などは、いくらの料金でどの戒名という「見積もり」があれば、その時点で収益事業になるということではないだろうか。
そもそも、「戒名料」「読経料」などは、戒名付けや読経というサービスに対する報酬という意味合いになりはしないのか?
実際、そういう具合に収益事業として申告されているのかも知れないけど。

いずれ、ペット葬儀業者ならぬ人間の葬儀業者が出てきたりしないかな。
特定の宗教・宗派に拠らず、葬式と墓守をビジネスとして手がける業者。
まぁ、早い話、葬式も結婚式みたいな感じにしちゃうわけ。

「どこの式場で葬式する~?」
「ここなんて良いんじゃない? 今なら火葬代無料サービスだって」
「でも、墓地はこっちのほうがいいわよねぇ」
「それより、神父さんに来てもらう? お坊さんにする?」

みたいな。
日本人の大半は無宗教なんで、こんなのでも十分成仏できる気がする。
弔う気持ちがあればいいのだ。

そんな感じで、ぜひライブドアあたりが乗り込んできて、旧態依然とした既得権益を打破して欲しいところです。
・・・ただ、葬儀業者の場合、業者が倒産したらかなり切ないことになりますけど。
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by kude104 | 2005-03-27 18:00
昨夜はドラえもんからサッカー中継へと、テレビ朝日三昧でした。

しかし、ドラえもん『のび太のワンニャン時空伝』は途中で飽きて見るのを止めた。
劇場で一度見たからというのもあるでしょうけど、見ていてつくづく「よくまぁ、千数百円も払ってこんなの見たよなぁ」と自分に呆れる思いです。
いや、自腹を切りでもしなければ、最後まで見る気が続かないというのが正解か。

なんかもう、程度の低さに恥ずかしくて見ていられない。
あんまり愚痴書きたかないので書かないけど、たとえば最近じゃクレヨンしんちゃんの映画がけっこう評判いいですよね。
あっちと比べてドラえもん映画が年々衰えて行く構造的原因などについて、あれこれ考えてみたりもして。

ま、リニューアルして、また勢いが戻ることを期待します。
ただ、来年は『のび太の恐竜』のリメイクだという話ですが、なんだかなぁ。
べつにリメイクそのものについての不満はないんですが、一年休んで万全の準備期間を取れる中でオリジナルへのチャレンジを見送ったところに、今後の不安を見る思いです。

それはさておき。
サッカーワールドカップアジア最終予選。

テレビ朝日のサッカー中継って、盛り上がり方というか盛り上げ方が、なーんか安っぽい感じがしますよね。
まぁ、ああいうのはある程度無理やりテンション上げなきゃいけない部分は分かりますけど。
初めて大抜擢されて、やる気が空回りしている人みたい。

個人的に、試合中のリプレイの挿入とカメラワークのアップとロングの使い方が、どうも性にあわなくてイライラしました。
「ええい、いま俺が見たいのはそれじゃない!」みたいな。

テレビもほら、デジタル放送だ双方向サービスだなんて言いますけど、サッカー中継のカメラワークが視聴者の自由にできるといいなぁと思います。
「ここはロングで全体の状況を見たい」とか、「ここはアップで選手の動きに注目したい」とか、「今のプレイをもう一度詳しく見たい」とか、視聴者それぞれが自由に選んで見られると面白いし、邪魔されずに観戦できていいんじゃないでしょうか。

“仮想化現実”技術により選手の視点でサッカー中継を(INTERNET Watch)

これなんかも、そういう意味でなかなか面白い話ですね。
選手の視点で試合を見たらどんな映像になるんだろうと考えると、かなりワクワクします。
10年後には見られるかもしれませんね。楽しみです。
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by kude104 | 2005-03-26 21:48 | テレビ
このところニュースメディアについてつらつらと考えているわけですが。

一次情報の取材には、やはりある程度コストをかけないと無理だよなぁと思います。
一般人のボランティアで・・・というのでは、なかなか有効なニュースは集まらないでしょう。
てことは、集めた一次情報をお金に換えるシステムが必要不可欠です。

ただ、ニュースというのは、報じられた瞬間に人づてに広がる性質のものです。
それこそP2Pで共有されるわけですが、音楽ファイルなどと違い、ニュースそのものには著作権などは発生しません。
ニュースを報じる文章には著作権は発生しても、「いつ誰が何をどうした」というニュースそのものには著作権は発生しないはずですから。

取材された一次情報は、誰かが対価を払ってニュースとして報じる必要はありますが、報じられた瞬間にP2Pで共有され、一次情報はその商品価値を大きく下げることになります。
じゃあ、だれが最初に高いコストを払って一次情報を買い取るのか?

現状ではほとんどの場合、取材と報道が同一メディアによって行われており、かつ、報道で十分な利益が確保できているため、この問題はそれほど表面化していない。
ネット上での一次情報の共有化自体も、現状はまるでシステム的に確立されていないので、既存メディアにとってまだまだ大きな脅威にはなりえていないでしょう。

ただ、この先もそうとは限らない。
たとえば、ニュースサイトを巡回してニュースソースを集め、それを解析して著作権の発生しない一次情報を抽出する自動巡回システムなんてのも、それほど夢物語って話でもないでしょう。
・・・まぁ、こういった自動システムは、その気になれば技術的にガードする方法はありますが、物好きさんたちによる手作業ボランティアでやられたらどうしようもないわけで。

つまり一次情報をお金を換えるには、共有されるまでのタイムラグがどれだけで、その間の「独占」にどれだけの価値を認めるかという話になろうかと思います。核としては。
あとは、それにいかにして付加価値を付けていくかという話になるわけです。

いずれにせよ、これからのニュースメディアはネットとの兼ね合いで、利益の確保が難しくなるだろうと思われます。
利益の確保が難しくなれば、効率化してコストダウンを図ることになるわけで。
その行きつくところは、いまの取材と報道が一体化したメディアはほとんどなくなり、取材は取材専門のメディアが担当し、報道メディアがそれを購入して報道するという分業体制でしょう。
アメリカなんかじゃ、すでにそうなりつつあるなんて話も聞きますし。

そうなったときに、一次情報をいかにしてお金に換えるか、あるいは、共有された一次情報をいかに報道してお金を稼ぐかといったあたりの仕組みを考えるのは、けっこう面白いですね。
そのへんをいろいろつらつらと考えているわけですが、それについてはいずれまた。
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by kude104 | 2005-03-25 18:51

破氷船

ライブドア騒動の陰で潜行するメディア進出、楽天がフジサンケイに接近(日経ビジネス)
ソフトバンク・グループのSBIがフジテレビの筆頭株主に(Yahoo!ニュース:RBB TODAY)

おもしれー。
球団買収のときといい、なにやら、ライブドアが陽動部隊というか派手に暴れて、そのあとに本命IT企業がゆうゆうと侵攻する図式が見てとれます。

ソフトバンクなどに他意はないのかもしれませんが、こうも続くと、ライブドアからしてみれば「自分たちはいいように利用されているのではないか?」と思ってしまいそうな展開ですね。
まぁ、本業のほうではライブドアだってさんざん似たようなことをしているわけですし。
ネット業界のビジネスセオリーみたいなもんでしょうか。

中島みゆき、タモリら堀江社長を拒否 買収ニッポン放送には出演しない(Yahoo!ニュース:スポーツ報知)
OBで元名物アナ「相当数の社員辞める」(Yahoo!ニュース:日刊スポーツ)

こういうのを見ると、人間ってやっぱり感情の生き物なんだなぁと改めて感じます。
おそらくライブドアに経営が移ったあとでも、現場レベルでの実質的な変化はさしてないんじゃないかと思うわけですが。
状況が良くなるか悪くなるかなんて、現時点じゃ半々だと思うんですけどねー。

やはり何事においても、相手に好かれる戦略というのは大切だということでしょう。
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by kude104 | 2005-03-24 19:29 | 時事・社会
記者の目:ライブドア堀江貴文社長への反論=渡辺雅春(社会部)(MSN-Mainichi INTERACTIVE)

新聞などの既存メディアが、調査取材能力で圧倒的優位に立っていることは間違いない。
「ニュースサイトの情報を提供しているのは新聞などの既存メディアだ」と仰るとおり、既存メディアが配信する一次情報あってのネットジャーナリズムという図式は否定し得ない。

ただ、なぜネットジャーナリズムが調査取材能力で既存メディアに劣るのかと言えば、能力や使命感・倫理観・責任感といった話よりも、単純に「それでメシが食えるわけではないから」という一点に他ならない。
あと、メディアの肩書きがないとそもそも取材できないというケースも多々あるわけですが。

そういった「特権」が既存メディアに一次情報の独占をもたらしているだけの話であって、「使命感の有無」なんてのは関係のない話です。

調査取材がジャーナリズムの柱の一本だとすれば、取材して得たニュースを「いかに報じるか」はそれと並ぶもう一本の大きな柱といえるでしょう。
取得できる一次情報が同じなら、この部分では既存メディアもネットジャーナリズムも、同じ地平に立っていると言えます。

いかに情報を取捨選択し、いかに伝えるか。
同じニュースであっても、どこに焦点を当て、どこを切り捨て、どういう解釈・スタンスのもとで報じるのかによって白にも黒にも変わりますから、この役割は非常に大きい。

かつてはこれも、既存メディアの「独占」でした。
しかしいま、ブログの出現などで、その独占が大きく揺らいでいるんじゃないでしょうか。

ある事件についてより深く知りたいと思ったとき──これは別に、その事件の一次情報をもっと詳しく知りたいというのではなく、その事件についての様々な解釈を知りたいと思ったとき、すでにほとんどの人がネットを利用しているのではないでしょうか。

ネットジャーナリズムには、調査取材要員がほとんどいない代わりに、ニュースについて「論じる」要員は数限りなく存在する。
特に、自分の得意分野のネタをピンポイントで論じるときのクオリティは、「訓練を積んだプロのジャーナリスト」でも及ばないことがしばしばです。
だって、マンパワーが圧倒的に違うんだもん。

この部分のクオリティで、ともすればネットジャーナリズムに劣り始めたことに対する危機感を、既存メディアはもっと自覚すべきだと思います。
ここが揺らぐと、「わざわざカネを払って新聞とるのもバカバカしい」ってなことになってしまいますから。
ネットよりも圧倒的なクオリティで情報を伝えていれば、「(新聞は)取る必要もない。携帯とネットのニュースサイトで十分だ」なんて言われなくて済むわけですからね。

社会は確かに、倫理観と責任感を持ったジャーナリズムを必要としていますが、それが既存メディアの独占であった時代が終わろうとしている。
下手すりゃこの先、既存メディアは一次情報を「著作権」やらなにやらで独占しなければ、ビジネスとして生き残れなくなるんじゃないでしょうか。

そのとき、倫理観と責任感を持ったジャーナリストは一次情報の独占を良しとするのか?
あるいは、ビジネスとしてジリ貧になってもジャーナリズムを貫くのか?
・・・といったことを考えると、このコラムの内容は堀江さんへの反論としては「無邪気だなぁと」思えてしまいます。
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by kude104 | 2005-03-23 21:08 | 時事・社会
少年の不良行為「見て見ぬふり」54%…内閣府調査(Yahoo!ニュース:読売新聞)

ぼくも見て見ぬふりをしますね。
「触らぬ神に祟りなし」って気持ちがもちろん大部分を占めますが、でも、一番根っ子の部分には、「注意してやる義理などない」という気持ちがあります。

注意するには、それ相応のエネルギーが必要です。
なぜわざわざ、そんな大変な思いをしてまで注意してやらねばならんのだ?と。
注意してあげるのがそいつのためだとしても、本音としては、まったくもって知ったことではない。
だって、自分とはなんの利害関係もない、赤の他人だもの。
むしろ、バカが先々困るのはザマーミロって感じです。

そういった無関心が少年の不良行為を助長し、引いては少年犯罪をはびこらせているのだとしても、だからといって「世の大人たちは毅然とした態度を!」と言われても困ります。
そういうことは、直接利害関係のある家族や学校などに言って下さい。

「大人は毅然と注意すべし」みたいな話は、「恵まれない人に寄付をすべし」ってのと同じで、やりたい人が自発的にやるのは大いに賞賛するけれど、強要されても困ります。

そういうのは、「毅然と注意すべし」みたいな人ばかりを集めた「毅然と注意し隊」を結成してですね、集団で非行少年を片っ端から注意して回れば良いんじゃないでしょうか。
みんなで注意すれば怖くないってね。
いつも会社で怒られてばかりのサラリーマンとか、暇はあるけど生き甲斐のないご老人とか、けっこう嬉々として活動してくれるんじゃないかと思いますよ。

難問解決、ご近所の底力。
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by kude104 | 2005-03-22 21:16 | 時事・社会