世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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カテゴリ:テレビ( 131 )

昨日深夜に放送された「NNN ドキュメント’08 兵士たちが記録した南京大虐殺」はなかなか興味深い内容でした。

まずは、20年にもわたり南京大虐殺についての調査を独自に行われてきた小野さんに敬意を表さずにはいられません。
テレビで見る限りでは、特に政治的思想的な動機というものは感じられませんでした。
ただ真実が知りたいという気持ちと、知らなければという使命感によって、活動していらっしゃるように見受けられました。
その姿勢には感服するばかりです。
真の学問、ジャーナリズムとは、ああいう姿勢のことを言うのだろうな。

南京大虐殺については、「あった」「なかった」「被害者30万人」「数万人」とさまざまな意見がありますが、昨日のテレビを見た限りでは、小野さんの調査された部隊だけに限って見ても3日間で捕虜約2万人を殺害した、ということになりそうですね。

捕虜殺害があったことは疑いようがないとして、問題は規模ですね。
2万人というのはいくらなんでも多すぎるような気もするし、一方でそのくらいは十分考えられる数であるような気もする。
たとえば、捉えた捕虜の数というのはある意味勲章だったろうから、多少水増しして報告していたのではないかという疑問は、まぁ無くはない。
このへんは、当時の南京の人口であるとか日本軍の兵力であるとか、そのあたりから「2万人は妥当な数である」と言えるなら、間違いないと思えるのですがどうなんだろう。
いずれにしても、サバを読んでいたとしても2倍がせいぜいだろうと思うので、目一杯少なく見積もっても1万人は殺害しているだろうと思うわけですが。

それが一方面の3日間の殺害数なので、いわゆる南京大虐殺として言われるトータルでの殺害数はその4~5倍くらいになるのかな・・・という印象です。

「なぜ虐殺が起きたのか?」という点ですが、一番の原因は日本軍の食糧補給の拙さではないかという印象を受けました。
日本軍の兵站の稚拙っぷりは有名ですが、改めてひどいものだなと。
そりゃ、自分たちの食べるものでさえ現地調達しているような部隊が数万人の捕虜を養えるわけがない。
逃がすこともできないとなれば、殺すしかないという発想になるのも分からないではない。

あとひとつ感心したのは、陣中日記について。
どれもなかなか文章力が高くて驚いた。
言うなれば地方の農村の一兵卒が誰に見せるでもない日記として書いたものなのに、ちょっとした文才を感じさせるものまでありました。
殊更文章力が高いものをピックアップしたのかも知れませんけど、もしあれが当時の日本人の平均だとしたら、日本軍が強かった理由がなんとなく分かる気がするなぁ。
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by kude104 | 2008-04-07 17:05 | テレビ

永遠のマンネリズム

最近ふと「水戸黄門」を見るようになったんだけど、なかなかどうして面白いのね。
永遠のマンネリズムと言われるとおり、毎回毎回同じパターンなので、しばらく見続けると飽きるんだろうけど。
今はその「パターン」こそが面白く感じています。
なんというか、展開に無駄がないんですよ。

パターンとしては、
1.ご老公一行がどこかの町に立ち寄って、そこで「今週のキーパーソン」とふとしたことで知りあう。
2.一方その頃、老中やら城代家老やらが悪事を働いている。
3.その悪事に、「今週のキーパーソン」が巻き込まれる。
4.ご老公、暴れる。
みたいな。

筋としては本当にただこれだけなんだけど、毎回「キーパーソン」の職業や人となりを変え、キーパーソンとご老公一行との関わり方を変え、悪事の内容を変え、キーパーソンの巻き込まれ方を変え、ときにイレギュラーなイベントをちょっと盛り込んで、飽きさせない。
毎回ちょっとした人情話を盛り込み、ご老公一行の登場人物全員に一通りキャラクター性の分かる見せ場を作っている。
それを40分くらいの尺にきれいに納める手腕は、なかなかどうして大したものだ。
もう何年続いているのか知らないけど、その長い歴史で磨き上げられた、まさに黄金パターンと呼ぶにふさわしいものだと思う。
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by kude104 | 2008-03-24 22:52 | テレビ
月火とNHKクローズアップ現代でヨーロッパにおけるCO2削減の取り組みについて報じていたのを観たのですが、いやはや、「あいつら本気だ」って感じを強く受けました。
本気でCO2削減に取り組もうとしている。

CO2削減の動きについては、政治的あるいは産業的な思惑が絡んでいるとか、地球温暖化との因果関係がはっきりしないとか、そうしたいわゆる「二の足を踏む」意見も多く聞く。
ぼくもまぁそういう気持ちは多かれ少なかれあったんだけど、番組を観てちょっと考え方を改めた。

CO2の削減にどのような思惑があろうと、地球温暖化との因果関係があろうがなかろうが、たぶん世界はCO2削減の方向に動くだろう。
ヨーロッパの人々の本気度を見るに、少なくともヨーロッパの国々がそちらに動くのは間違いないように思われる。
あと数年もすれば、環境に配慮しない製品なり企業は、ヨーロッパではまともに商売できなくなるに違いない。
日本の感覚だと「えぇ~、そんな大げさな」みたいに思えるかもしれないけど、ほんとにすごいんだってあの人たちの本気度。

いまヨーロッパの人々は、「環境」をキーワードに社会構造・産業構造の大転換を行おうとしているのだと思う。
当然、アメリカを代表とする現在の大量消費型な社会構造・産業構造と、人類はどちらを選ぶか?という覇権争いになる。
断言はできないけど、ぼくは「地球に優しい」という大義名分の有るヨーロッパが勝つんじゃないかという気がするのだ。

そうなったとき、勝ち負けが決まってから方向転換したのでは、これはもう明らかに遅い。
「環境に優しい」技術は軒並みヨーロッパに抑えられてしまうだろう。
そうなる前に、今、日本も環境型に舵を切れば、その技術力で「環境革命」後の世界をリードできるのではないだろうか。
変化というのは、遅れればピンチ、先んずればチャンスなわけで。
次の10年20年を見越した時に、まさに今が分かれ道な気がするなぁ。
「地球のために」という発想で「まだ大丈夫だろう」なんてちんたらしていたら、その前に産業的に大ダメージをくらうかも知れない――と強く感じたという話。
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by kude104 | 2008-01-30 23:36 | テレビ
痛いニュース(ノ∀`):第58回NHK紅白歌合戦の出場歌手が決定

実家では父親がチャンネル権を持つ我が家においては、毎年紅白を観るのが恒例です。
父親が別番組にチャンネル合わせたのは、今のところ曙vsボブサップ戦だけです。

毎年ひどいひどいと言われつつも、それでも観てみると何かしらの見どころはあるものですが、今年のこの顔ぶれは、正直ぼくが見ても面白くなさそう。
去年はもうちょっとましだったように思うけど――と、実際に去年の顔ぶれを確認してみたところ、ありゃりゃ? あんまり代り映えしないね。
なるほど、だから面白くなさげに感じるのだな。

実際にCDが売れた歌手を出せというのはもはや無理な話なので、「たいして売れてねーのに紅白出場」というのはしょうがないかと思います。
ただ、それと「顔ぶれに新鮮味がない」のとは違うよね。
ま、新鮮な顔ぶれを用意しろというのも、難しい注文ではあるのだけど。
なにしろ、今年の紅組の初出場なんて・・・。
せめてPerfumeあたりは欲しかったところですね。

たとえば、新人枠を紅白両組それぞれ3枠ずつくらい用意してですね、そこには必ず新人を充てるとか、それくらいの思い切りは必要でしょう。
でも、ただ新人が出ただけでは、新人ゆえに、多くの人にとって「誰、お前?」ということになっちゃう。
そこで、新人枠で出場したい歌手の皆さんを募り、出場権を懸けてガチで競い合っていただくのはどうか。
その模様をNHKは自身の番組で放送するわけ。
よくあるオーディション番組のように、2~3か月ほどかけて。
そうすりゃ、出場が決まった時には、その出場者は「誰、お前?」てな状況ではなくなっているでしょう。
ずっと番組を観てきた視聴者にとっては、「応援したい」という気持ちにさえなっているかも知れません。

紅白といえどもドラマ性が必要だと思うのだけど、番組の短い時間の中でドラマ性を作り出すのは少々無理がある。
ドラマは紅白の前にあって、紅白はそのクライマックス、あるいはフィナーレであるという位置づけが良いように思う。
NHKは、自分たちで(視聴率を気にせず)番組を作ることができるという強みを、もっと活かせばいいのにね。
「紅白出場を懸けた闘いのドラマ」なんてNHKにしか作れないし、けっこう面白そうだし、それが面白ければ紅白だって盛り上がって一石二鳥だし。

毎年こんなふうに紅白の改革アイデアを出している気がするけど、NHKの中の人、見てないかなー。
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by kude104 | 2007-12-04 23:25 | テレビ

人件費削減の時代

本日放送のNHKクローズアップ現代「悲鳴あげる“名ばかり”管理職」はなかなか興味深い内容でした。
“名ばかり”管理職とは、要するに肩書きだけ管理職で、権限も報酬も一般社員並み。
そうすると、管理職なんで残業代やら休日やらが要らなくなる(労働基準法は“労働者”の基準なので、管理職は除外される)んで、低賃金で長時間労働をさせてもOKってことになり、企業にとって超お得というもの。
いやぁ、いろいろ上手いこと考えるねぇ。

で、この“名ばかり”管理職をやめて、きちんと残業代を支払うことにした企業の例が紹介されていたのですが、これがまた興味深い。
企業側としては、“名ばかり”管理職をやめることで増加する人件費をどこかで切りつめたいわけです。
そこで、これまで管理職がしていた仕事をマニュアル化してバイトやパートでもできるようにすることで、管理職の仕事量を減らし、人件費を抑えることにした――というものでした。

これ。
“名ばかり”管理職の問題はたしかに解消したかも知れないけど、今度は新たに、非正規雇用の増大という問題が発生していますよね。
その瞬間はたと気が付いたんですけど、“名ばかり”管理職も非正規雇用も、つまりは「人件費の削減」ってことです。
ああ、日本の社会はいま紛れもなく人件費を削減する方向に動いているんだなぁと、なんだかすごく実感してしまいました。

そうか、人件費削減の時代なんだ、と。
しかも、今がたまたまそうで、これを凌げば将来人件費拡大の時代が来るわけではなく。
おそらく、この先ずーっと人件費削減の時代が続くのだと思います。

今さら何を言ってるんだという話なんですが、なんだか妙に「はっ」としたので。
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by kude104 | 2007-11-19 22:44 | テレビ
昨日放送の「クローズアップ現代 “就職氷河期世代”夢はつかめるか」は、もうなんというか「ひでぇ・・・」の一言に尽きる内容でした。
あ、番組のクオリティがじゃなくて、そこで取り上げられている事象がね。

ざっと簡単に紹介すると、バブル崩壊後の就職氷河期と呼ばれた世代~今、20代後半から30代前半くらい~には、就職できず、いわゆるフリーターとして働く人がたくさんいるわけだけど。
そうした人たちの中で、このままではいつまでたってもフリーターから脱却できないと考えた人たちが中国に渡り、そこで就職への活路を見出そうとしている――というお話。

ここまでだとそう悪い話でもなさそうですが、問題はその実態です。
彼ら彼女らは、日本企業が中国に業務委託しているコールセンターの派遣社員として中国で働いています。
働きながら中国語を身につけて、いずれはその語学を活かしてたとえば中国に進出してくる日本企業に就職したい――それが彼らの、言うなれば最後の希望です。
乾坤一擲、起死回生の復活劇というわけですよ。

派遣会社はそんな彼らの気持ちに付け込んで――と言うと語弊があるかもしれませんが、「中国語を無料で習える」という餌で彼らを釣り、給料は現地中国人と同じ時給300円、年収にしてたった60万円で働かせている。

これはもう、明らかに搾取ですよ。

日本人を相手にするコールセンターですから、中国人のスタッフでは仕事ぶりが悪いのでしょう。
かと言って、日本で日本人スタッフを使うと、人件費が馬鹿になりません。
そこで、頭のいい人が考えたんでしょうね。
そうだ、だったら中国で日本人を働かせればいいじゃん、と。
中国だったら、日本の最低賃金とかカンケーないじゃん、と。

それでも、その先に「いずれはその語学を活かしてたとえば中国に進出してくる日本企業に就職したい」といった夢が叶うならいいですよ。
でも、実際には、日本人スタッフに囲まれて、日本人を相手にコールセンターの仕事しているわけで、そこに就職に有利となる語学やスキルの習得はほとんどありません。
語学教室に通って勉強しているとはいえ、仕事終わりに1日数時間の勉強では、就職の武器となるレベルの語学力を習得するのはなかなか難しい。

番組で紹介されていた女性もそんな一人で、中国語検定で散々な結果に終わり、「思えばこの半年、コールセンターと家を往復するだけの毎日で、中国人の友人もいない・・・」とつぶやくのでした。
なにこの女工哀史。
あるいは戦前の移民政策かこれは。
それだったら先に日本で60万円貯めて、そのお金持って中国で1年間語学の習得に専念したほうがよっぽど可能性望めるんじゃないでしょうかね。

人の弱みと希望に付け込んで搾取する輩と言うのは、どこにでもいるもんだなぁ。
金をだまし取るか、労働力をだまし取るかの違いでしかないように思うけどね。
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by kude104 | 2007-10-05 23:14 | テレビ
「ルパン三世 霧のエリューシヴ」

・・・まぁ、なんというか。

声優にタレント起用するのは話題づくり以外の何物でもないと思うのだけど、それにしてはなんとも中途半端というか。
ルパン三世くらいのメジャータイトルに、あの程度の話題づくりが必要なのかねぇ。
それとも、なにかしら大人の事情があるのでしょうか。

それにしても、最近のルパン三世はなにかこう迷走しているというか見失っているというか。
「あっと驚くお宝」を登場させないといけない病にでも侵されているのでしょうか。
もちろん、「あっと驚くお宝」それ自体は大歓迎なのですが、最近のは「あっと驚くお宝」のためだけにストーリーが進行しているような感じが否めません。
ぼくがルパン三世に感じる面白さって、例のメインキャラクターたちのキャラクター性と、あとコミカルとハードボイルドとのバランスの良さですので、そこが薄いと楽しめない。
お宝はあのキャラクターたちを動かすための理由づけとしてあれば良いのであって、お宝メインでキャラクターがサブのような脚本はぼくからすれば本末転倒だろうと。

まぁ、そろそろルパン三世に代わる新しいアニメ素材を発掘するべき時ではなかろうか。
ポスト・ルパン三世なアニメってなんだろうなぁ。
ぼくは見てないから分からないけど、イメージ的にはカウボーイビバップあたり?
でも、それが名作であればあるほど、こうして年一でスペシャル作品を作られるとどうせ劣化していくのは目に見えているので、「スケープゴートはルパン三世だけで十分」という話かもしれないなぁ。
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by kude104 | 2007-07-28 22:01 | テレビ
ぼくはスポーツにほとんど興味がない人間なのですが、観戦するなら、今のところ(ウィンブルドン)テニスが一番面白いと思える気がする。

テニスの何が面白いかというと、点数が入るまでの時間が短いところがいい。
たとえばサッカーだと、90分で2~3点とかそんなもんでしょうか。
野球もだいたいそれくらいかな。
でも、テニスの場合、だいたい2~3分に1点って感じでしょうか。
早ければサービスエースで1点だもん。

むろん、その代り、最終的に勝負が決まるまでに要する点数が多くなっているわけで、実質同じことだと思うかもしれないけど、素人目には違うんだな。
点が入るというのをイベントの発生だと考えれば、イベント発生率が高いほうがそりゃテンション上がるってもんです。
加えて、得点の変化というのは、お互いの状況の変化――どちらが優勢か劣勢か――をこれ以上なく明確に表すものです。
素人目にも、今どちらが優勢か、今が勝負所なのかどうか、一目で分かります。
サッカーで、一見ただボールを回しているだけのように見えて実は様々な駆け引きが行われている――とか、素人には分かりにくい。

素人目にも分かりやすい優勢劣性の変化が、短い間隔で起こるんですから、そりゃあ観ていて面白いって。

しかも、テニスの場合、上手いプレーやスーパーショット、ラッキーショット、ミラクルショットなどが、けっこう頻繁に見られるのがいい。
これは素人目にも、「ここに打つと相手がこう返してくるから、空いたスペースに打ってフィニッシュ」という組み立てが理解しやすいからだと思う。
それでいて、実際に思惑通りにそういうショットを決めるのは難しいとわかるので、決まった時は「すげー!」ってなります。
これが卓球だと動きが速すぎてついていけないのですが、テニスの場合は素人でもボールの動きを追えるくらいのスピードなので大丈夫です。

そしてなにより、お美しい人が多いのがいいですよね(女子)。
そりゃ中にはソルジャーな方やマッチョな方や残念な方もいらっしゃいますが、少なくともコートの中でのプレイ姿は美しく見える人が多い・・・気がする。
緑のフィールドに白い衣装(ミニスカート)ですらりとした立ち姿、というのが美しく見せるのでしょう。
プレイ中に発する気合いの声は、獣の咆哮みたいな人が多いですけど。
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by kude104 | 2007-07-03 23:22 | テレビ
本日放送の「1億人の大質問!? 笑ってコラえて!」というTV番組のワンコーナーで紹介された雨宮清さんの生きざまに感動した。

雨宮さんは山梨日立建機という会社の社長さん。
初めはまぁ普通の、言葉はあれかもしれないけれど、地方の技術畑の社長さんだったわけですが、あるとき、商談で訪れたカンボジアで「地雷に汚染されたカンボジア」という現状を目の当たりにして、大きなショックを受けます。
「なんとかしてカンボジアから地雷をなくしたい」という思いに駆られた彼は、自らの手で地雷除去機を開発しようと決意します。
「日本の技術でできないはずがない」という信念のもと、通常業務の傍ら、こつこつと自社独自で地雷除去機の開発に取り組むのであった――という、プロジェクトXばりの物語です。

いやはやなにがすごいって、一人の人間の情熱とテクノロジーが世界を変えるという、その実例を目の当たりにする感動です。
国家レベルで予算やマンパワーを使って行ったプロジェクトというのなら分かるけど、一個人(一民間企業)が純粋な正義感、使命感からやってのけたってんだから、痛快です。
逆に言えば、こういうことは国家レベルではなく、個人レベルの強い情熱のみがなし得ることなのかも知れないという気がしますね。

「地球上から地雷をなくしたい」と思ったとき、政治の力でそれを成そうという道もあるでしょう。
政治の力は確かに強大ですが、いかんせん、発動させるまでの手続きが大変です。
どこどこに話を通して、誰々の許可を取り付けて、予算はどうの書類はどうの法律はどうのと、下手をすればちっとも話が先に進みません。
その点テクノロジーは、ときに政治の力を超えて、世の中を動かしていきます。
革新的な地雷除去機をひとつ開発すれば、それだけで、地雷撲滅の大きなパワーになる。
政治の力であれこれするのもいいけど、ここはひとつ自分の手で革新的な地雷除去機を作ってやろうじゃないかというのは、「世直し」のやりかたとして、なんと軽やかだろう。
政治に頼らなくても、個人でできることというのは思っている以上に大きいんですね。

そんなことを考えながら番組のエンディングを迎えまして、続く番組は、なにやら「有名人の別荘に泊まりたい」みたいな内容で。
いや、見てませんけど、たぶん有名人のリッチな暮らしぶりを紹介したりするんでしょうか。
つくづく人間の値打ちは、いくらお金を儲けたかではなく、なににお金を使うかで決まるものだと思いました。

ちなみに、雨宮さんの活動は地雷除去への取り組み : 日立建機に分かりやすく紹介されているようです。
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by kude104 | 2007-06-06 23:28 | テレビ

宮崎駿の切なさ

昨日放送のNHK「プロフェッショナル・仕事の流儀 スペシャル ~宮崎 駿~」を観ました。
上手く言語化できないのですが、なんだかとても切ない映像だったなぁと思います。

何よりもまず感じたことは、宮崎さんの孤独さです。
孤高という表現が適切でしょうか。
あの人の映画作りは、何者をも寄せ付けないという印象です。
そりゃ、あの人の下で人が育たないのも頷ける、という気がした。

まずもって、才能において突出していて、彼ひとり一歩も二歩も先んじている。
隣に並んで歩いている人はいないでしょう。
それでいて、創作に対する合格ラインがめちゃくちゃ高い。
宮崎さん自身にも超えられるかどうか、というところに合格ラインを設けているように思う。
加えて、彼の映画作りは、自らの中にあるものを形にするというものだから、どうしたって孤独です。
みんなでアイデアを出し合いながら作っていく、というやり方ではないから。
よって、誰も彼の映画作りを助けることができない。

孤独に苦悩し、まさに身を削るように映画を作っている宮崎さんの姿を見ていると、この人の映画が人々の心を動かすのも当然だと思えてきます。
あそこまで身を削って作られる映画も、そうそうないんじゃないだろうか。
ホントもう、観ていて切なくなるくらいでした。

切なさのふたつ目は、息子の宮崎吾朗さんの監督作品である「ゲド戦記」の試写を観る宮崎さんの姿です。
あれはなんと表現すればいいのだろう。
やはり「苦悩」だろうか。
それとも「後悔」だろうか。
試写の途中でたまらず試写室を抜け出して、茫然と煙草を燻らせる姿は、痛々しくすらあった。
「気持ちで映画を作っちゃいけない」とか、ぽつりと呟くんですよ。

次回の宮崎駿監督作品「崖の上のポニョ」の製作のコメントとして宮崎さんは、息子が映画監督をやったのは自分への反抗であるとして、「こんなことになったのは吾朗が5歳の時、仕事ばかりで付き合っていなかったからだ。二度と吾朗みたいな子をつくらないために」という反省の気持ちも込めて・・・みたいなことを仰っているとか。

こういうことを公の場で言っちゃうことが息子にどう映るかといったあたり、まるで考えが至っていないというか、「ああ、このひとは骨の髄まで映画監督で、きっと他の部分は欠落しているんだろうなぁ」と思わせるあたりが切ないです。
それでもやはり、息子が「ゲド戦記」という映画を作って自分に反抗しようとしたというところにショックを受けるあたりは、父親としての感情なんだろうなぁと思う。
それに対する対応の仕方が「映画を作る」なのは、親として間違ってますけどね。
たぶん、「映画とはこういうものだ。おまえのは映画じゃない!」みたいな、息子が容易に到達できないものを作って崖から突き落とすようなことを平気でしちゃう人なんでしょうねぇ。
それもきっと、良かれと思って。

切ないばかりではなく、宮崎アニメの創造の秘密みたいなものも垣間見られて、非常に興味深い内容でした。
おかげで、次回作「崖の上のポニョ」が、いやがおうにも楽しみになりました。
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by kude104 | 2007-03-28 23:59 | テレビ