世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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カテゴリ:テレビ( 131 )

NHKスペシャル|デジタルネイティブ ~次代を変える若者たち~

昨日の再放送で観ました。
なかなかおもしろかったです。

まず自分との感覚の違いを一番強く感じたのは、彼らはインターネット上に平気で素顔をさらすのね、というところ。
ぼくがインターネットを始めた頃は、「ネット上に個人情報をさらすなんて危険極まりない」と教えられてきたようなところがあって、ぼく自身、そうした感覚が染みついているのだけど、彼らはそうじゃないらしい。
「デジタルネイティブ」の特徴として、「現実とネットを区別しない」そうだけど、まさにその感覚なのだろう。
「家から外出するのに、別に普通に素顔をさらしているでしょ? それと同じですよ」みたいな。

そしてもうひとつ、非常に行動的であるところにも驚かされた。
性格的に行動的であるということも、もちろんあるのだろうけど、インターネット上なら「ワンクリックで行動できる」点が、彼らの行動力を加速させているように思う。

日常の延長線上で、素顔の自分のまま、クリックひとつで世界中の見知らぬ誰かとコミュニケーションをとることができる人たち。
それは確かに、ぼくにはない驚嘆すべき特性だと感じました。

日本のインターネットだと、まだ匿名でのコミュニケーションが主流だけど、その辺はどうなるのかなぁ。
いずれ、やがて日本でも、「デジタルネイティブ」たちが実名で活動し始め、それが当たり前になっていくのだろうか。


ぼくも、「デジタルネイティブ」になるのはやはりちょっと無理としても、彼らの軽やかさは見習いたいものだと考え、とりあえず Twitter など初めてみました。 → これ
まだよく感じがつかめていませんけどね。
Twitter やっていらっしゃる方は、なにかコンタクトくれると嬉しいです。
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by kude104 | 2008-11-13 18:20 | テレビ
NHK朝ドラ 視聴率だんだん低迷 関心薄れ脚本力も低下?(産経新聞) - Yahoo!ニュース

NHKの言い分
『BS2、ハイビジョンなど週6枠で放送しているため、視聴者が分散している』

テレビドラマに詳しい映画評論家の樋口尚文さんのコメント
『女性の社会進出で、主婦を中心に家族で朝ドラを見る生活習慣がなくなった。毎朝見続けるのは難しいと最初から見ない人も増え、ワイドショーなどに流れている』

日本大学の中町綾子准教授(放送脚本論)のコメント
『「筆力のある脚本家がついた作品は数字も伸ばしている」と作品の質に原因があるとみる。例えば落語家へ挑戦するヒロインの奮闘を描いた「ちりとてちん」は視聴率こそ伸び悩んだが

で、これらのコメントを受けて、記事の要約
『原因として、多チャンネル化による視聴者の分散や生活習慣の変化だけでなく、脚本の質の低下を指摘する声もある』


まあ、見事に「脚本の質の低下を指摘する声もある」って言いたかっただけやろという記事。
本当にそう言ったのか、編集されたか知らないが、中町さんのコメントが自己矛盾しているのが笑える。

そもそも、視聴率調査自体が、今の時代、本当に有用なの?という気がしないでもない。
NHKの場合は、べつにビデオリサーチに頼らなくても、独自に「視聴者満足度」みたいな数字を調査すればいいんじゃないだろうかと思う。
たしか、受信料の徴収に際して、客ごとに固有の顧客番号かなにか割り振ってたよね。
それ使ってネットやケータイなどでアンケートとればいいんじゃないかな。
そうすれば、「視聴率落ちてますね」と言われても、「あ、うちの独自調査では好調ですから」って言えるじゃない。
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by kude104 | 2008-11-09 23:59 | テレビ

民放崩壊への最初の兆候

内外タイムス - ゴールデンタイム平均視聴率 NHKが民放を抜いた

指摘されているように、NHKが上がったのではなく、民放が下がったのでしょうね。
ここ何年かの平均視聴率のグラフを描いてみれば、たぶん、そのへん一目瞭然なのだろうと思います。

「若者のテレビ離れ」というものも、当然あるでしょう。
民放とNHKと、視聴者に占める若者率を比べれば、民放のほうが高いだろうと容易に想像がつく。
なので、同じだけ「若者のテレビ離れ」が進行すれば、民放の下げ率のほうが大きくなってしまう。

とはいえ、それだけではない。
やっぱり、民放の番組制作力が落ちていると見るべきでしょうね。

たとえばオリンピック中継。
オリンピック中継の視聴率というのはたぶん、普段テレビを見ない「浮動票」が大いにかかわってくるのではないかと思います。
この浮動票の奪い合いには、「視聴者に占める若者率」とか関係ない。
これをNHKが制したということは、純粋に民放が番組作りでNHKに敗れたと言っていいんじゃないかと思います。

大局的な流れとして、テレビを視聴する人の数というものは、この先右肩下がりであることは間違いない。
スポンサーからの広告料が主な収入源である民放の未来は、同じく右肩下がりでしょう。
視聴率が下がって、広告収入が上がるわけないんだから。
問題はどこで下げ止まるかだけど・・・どうだろうなぁ。
半分はいかないとしても、3分の2くらいはいきそうだよね。
地デジに移行して何年かしたころに、経営が立ち行かなくなる民放局が出てくるんじゃないかな。

ゴールデンタイムの平均視聴率で民放がNHKに敗れたこのときというのが、後に、民放崩壊に向かう最初の兆候として語られることになるかもね。
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by kude104 | 2008-09-25 23:59 | テレビ

のび太が無人島で3000日

今週のドラえもんは「のび太が無人島で3000日」(原作「無人島へ家出」)。

のび太が無人島に家出するも、うっかりミスでタケコプターが飛んで行ってしまい帰れなくなるという話。
のび太はドラえもんが助けに来てくれるのを今か今かと待ちながら、結局10年間のサバイバル生活を余儀なくされる。
10年後、家出の際に持ってきていたひみつ道具のひとつで、使い道が分からずに捨てたものをたまたま発見し何気なく触ると、それは「SOSはっしんき」だった。
それによって、ようやくドラえもんが救出にきてのび太帰宅。
タイムマシンで家出当日に戻り、成長した肉体はタイム風呂敷で元の年齢まで戻し、家出を「なかったこと」としてめでたしめでたしというお話だ。

まず、10年間のサバイバルに耐え抜いたのび太のポテンシャルに驚かされるわけだけども、この話、多くの人が指摘するように、どうもすっきりしない。
のび太が家出した時代を「家出時」、救出された時代を「救出時」と呼ぶとすると、

(1)「救出時」ののび太が帰宅して家出は「なかったこと」になったけれど、「家出時」ののび太は今まさに家出しており、これから無人島にたどり着き、帰れなくなることに変わりはない。

(2)のび太と共に「救出時」のドラえもんがタイムマシンで戻ってきたら、「家出時」と「救出時」の2体のドラえもんが「家出時」に存在することになる。

(3)なぜドラえもんは10年間、のび太を救出できなかったのか。

まず、(2)から考えよう。
のび太についても「家出時」に2人ののび太が存在することになるわけだけども、こちらは一方が無人島に行ってしまっていて「不在」なので目に見える問題にはならないが、2体のドラえもんはこのままでは毎日顔を突き合わせることになるので具合が悪い。
そこで、2体のドラえもんを解消するためには、

(2-1)このあと「救出時」のドラえもんはタイムマシンで10年後に帰って行った。

(2-2)じつは、「家出時」と「救出時」のドラえもんは同じ。すなわち、「家出時」のドラえもんがタイムマシンで10年後に行き、のび太を救出して帰ってきた。

のどちらかだろうと思う。
素直に考えれば(2-1)だろうけど、そうすると、帰って行ったドラえもんのその後が気になってしまう。
「救出時」ののび太を「家出時」に連れてきたということは、「救出時」に帰っても、そこにのび太はいないことになる。
「救出時」の世界では、依然のび太は行方不明のままなのだ。

まさか、のび太がいない世界にドラえもんが帰っていくとも思えないので、この場合は、家出をなかったこととして過去を変えたことで、「救出時」の世界も変わってしまった──つまり、のび太行方不明の10年間がそっくりなかったことになると考えるのが妥当だろう。
でも、そうすると、もう一人ののび太はどうなるのだろう?
消滅するのだろうか?

消滅するとしたら、未来ののび太のほうと考えるのが自然だ。
でも、未来ののび太が「家出時」に存在することで家出がなかったことになるのだから、彼が消滅しては具合が悪い。
一方、過去を変えて未来の人間が消滅するという話はあるが、過去を変えて過去の人間が消滅するという話は聞いたことがない。
なので、消滅することなく、2人ののび太が存在すると考えるべきだろう。

となると、「救出時」ののび太が「家出時」に戻ってきて、家出自体が「なかったこと」になったことで、本来の「家出時」ののび太は救出する必要がなくなる。
というか、救出すると2人ののび太が存在してしまうことになって都合が悪い。
ただし、「救出時」ののび太として存在を許されるようになる10年後になったら、救出してもよいということになる。
この場合、救出したら10年前の「家出時」に戻してやらなければならず、それによって一応時間のループはきちんと閉じることになるね。

・・・うーむ、結論考えずに見切り発車でここまで書いたけれど、この調子だとまだまだ続いちゃうね。
この辺でやめておこう。
続きは気が向いたらということで。
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by kude104 | 2008-09-19 22:38 | テレビ
昨日のTVアニメドラえもんの「ベロ相うらないで大当たり」がなかなか味わい深かった。

話の導入は、手相占いでキャーキャー言われているスネオに嫉妬したのび太が、タイムマシンで未来を見てきて、それを「ベロ相うらない」で当てるというもの。
で、その様子を見ていた冴えない中年のおっさんが、「私の未来を占ってくれ」とのび太に泣きつくところからドラマが動いていく。

このおっさん、実は作家を目指しているのだけど、まったく芽が出ず、続けようかやめようか悩んでいるわけ。
で、仕方なくのび太はドラえもんとタイムマシンでおっさんの未来を見てくるわけですが、やっぱり作家にはなれていなかった。

ボロ家、夕焼け、風鈴の音、ひぐらしの鳴き声をバックに、作家にはなれないことを告げられたおっさんは、落胆して忍び泣くのね。
でも、すぐに精一杯強がって「よし、こうなったら商売でも始めて大儲けするか。なにも文学ばかりが人生じゃなし」と笑ってみせるのです。
切ない。
じつに切ないシーンだ。

そんなおっさんに同情したのび太たちだけど、考えてみればこれでおっさんの人生が変わったわけだし、もしかしたら本当に大金持ちになっているかもしれないぞと、わくわくしながら再び未来のおっさんを見に行きます。
でも、未来のおっさんは近所の弁当屋で働いていて、相変わらず貧乏なままだった。
うわ、なんてリアルで切ないお話。

で、ここからがいいところです。
もう小説は書いていないのかと尋ねると、おっさんは恥ずかしそうに、「実はねぇ、ずっと書き続けているよ」と答えます。
「せっかく占ってもらったんだけど、やっぱり、ぼくの生きがいは文学以外にないとわかった。売れても売れなくても、もう構わない」
「アルバイトを始めてね。文学に固執するあまり、ぼくは今までまともに働いたことがなかったんだ。そして気づいたんだよ、文学と同様、どんな仕事にも難しさややりがいがあるんだってね」
「文学も仕事も苦労が同じなら、なにも一つに絞ることはない。両立することだってできるわけだよ」
「そしたらね、最近になって、ようやく自分でも満足できる作品が書けるようになってきたんだ」
「たとえ世の中が認めてくれなくても、ぼくはぼくの小説が優れていることを知っている。それだけでいまは幸せだよ」
ものすごく穏やかな表情でそう語るおっさんは、これはもう悟りの境地に至っているね。

このアニメを作っている人間も、作り手として、たぶんこのおっさんと同じような葛藤を抱えたことがあるのだろう。
そして、いままさにそうした葛藤の中にある人や、これからそうした道を歩くであろう人に向けて、ひとつの理想の境地をおっさんに語らせたのだろうと思う。
応援歌でもあり、レクイエムでもあるのだろうね。

ここで終っていたらぼくとしてはパーフェクトなんだけど、この後おっさんの小説が文学賞を受賞してハッピーエンドで話が終わる。
このへんはまぁ、子供向けアニメとしてしょうがないか。
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by kude104 | 2008-09-13 23:59 | テレビ

パラリンピック

昨日パラリンピックが開幕して、今日から競技が開始されたわけだけれども。
競技の模様をお伝えするは、NHK教育での50分間のみ。
NHK総合でも放送しているけど、これはNHK教育の再放送みたいだね。
なので、日本のテレビ業界は実質50分間で北京の熱戦をお伝えする態勢。
・・・うん、まぁ、こんなもんだろ。

とはいえ、今日のNHK教育の放送内容には、やはりがっかりしてしまった。
たしかに、見事銀メダルに輝いた柔道の藤本選手のインタビューとか、各選手の大会までの苦闘の道のりとか、そんな話もいいんだけどね。
でも、そういうのはNHKドキュメントとかでやってくれよ、と。

ぼくは競技が見たいのだよ。

まぁ、たしかに50分間では、一競技ですら競技内容きちんと放送するのは無理ってもんだろうから、こういう番組構成になっちゃうのはしょうがないのかもしれないけど。
ぼくは競技が見たいのだよ。
「新日曜美術館(再)」とか「芸能花舞台(再)」とか、それ放送するくらいなら・・・って思っちゃうよねー。

でも、それにしても、障害者スポーツの選手ってのはすごいよなぁ。
あの不屈の精神!
とくに後天的に障害を負った人というのは、たぶん一度絶望していると思うんだ。
でも、そこから這い上がるというのだろうか、絶望して嘆いて終りにしないで、また、普通に生活するだけでも様々な困難が伴うと思うのだけど、それでいっぱいいっぱいですなどと言うこともなく、スポーツに挑戦するんだもの。
しかも、スポーツ選手として高みを目指そうというところにまで自分をもっていくんだもの。
これを不屈の精神と言わずして何と言おうか。

「障害者だから」というのではなくて、その黄金の精神に敬意を表し、感動するのです。
パラリンピックこそ、まさに『人間賛歌』だと思う。
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by kude104 | 2008-09-07 23:59 | テレビ
タレントに五輪キャスターをやらせるテレビ局の愚行 | エキサイトニュース

民放のオリンピック番組って、どうしてタレントを起用したがるのだろうね。
「視聴率のため」というのがもっともらしい理由だろうけど、タレントの起用が視聴率アップに貢献しているとは思えない。
純粋にオリンピックを観たい人たちは「あいつらイラネ」と思っていると思うんだ。
じゃあ逆に、タレント目当てで番組を観る人がいるかといえば、たぶんいないだろう。
「ダウンタウンの浜ちゃんが出てるから観なきゃ」ってやつ、いるか?

民放がタレントを起用する理由は、たぶん「視聴率のため」じゃないな。
ぼくが思うに、本当の理由は「番組制作費を上げるため」ではないかと思う。

タレントの起用をやめれば、当然、彼らに支払うギャラ分の制作費が浮く。
それで、「安く番組が作れてよかったね」という話になるだろうか。
たぶん、そうはならないのではないか。

想像だけど、スポンサーから番組制作費を集める際には、「これくらいの制作費の番組を作ります。よって、スポンサー料はこれくらいになります」という話をするのではないかと思う。
「出せるだけスポンサー料を出して下さい。それで集まったお金で作れる範囲の番組を作ります」という順序ではないだろう。

であるならば、「これくらいの制作費の番組」という見積もりをスポンサーに納得させる理由が必要になる。
「どうしてこの金額なんだね?」と訊かれたときに、「人気タレントを起用するから」という理由があるのとないのとでは、大きく違ってくる。

そして、これにはおそらく、広告代理店の思惑が大きく絡んでいるのだろうと思う。
想像だけど、集まるスポンサー料が大きくなればなるほど、広告代理店の取り分が増えるのではないか。
また、「起用するタレントを誰にするか」というキャスティングに広告代理店が関わっているのなら、広告代理店はタレント事務所に対しても恩を売るというか影響力を強めることができるしね。

少なくとも、いい番組作りのためにタレントが必要という理由からでないことは、間違いないだろう。
そういう番組作りをしていて未来があるとも思えんがなぁ。
せめて、どのような思惑であれ、呼ばれたタレント自身が、もうちょっと勉強してくるとか邪魔にならないよう慎むとか、自らの判断で善処してくれるとありがたいんだけど。
それを求めるのは酷というものか。
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by kude104 | 2008-08-18 22:20 | テレビ

宮崎駿という人

昨日の「NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 宮崎駿のすべて」は見応えありました。
一言で言うなら、「壮絶」。
当たり前だけど、楽しんで映画作ってるわけでは無いんだなぁ。

こんなこと言うと「おまえ何様やねん」という話ですが、宮崎さんを見ていて可哀想というか痛々しさを覚えてしまいました。
「人を楽しませられなければ、自分の存在理由がない」という焦燥感が、宮崎さんの創作のエネルギーだという。
それで、苦しんで苦しんで映画を作っている姿を観ると、「大丈夫、あなたはもう承認されているから!」と言ってあげたい気持ちになっちゃう。
その苦しみから解放してあげたい気持ちになる。

傍からは、あれだけ成功しているように見えても、まだ満たされないとは・・・。
それもそのはずというか、宮崎さんが承認されたい相手はただ一人、亡くなられたお母さんなのでしょう。
だから、きっと、たぶん、彼の渇望は永遠に満たされることはないのだろうなと思います。

でもというか、やはりというか、それくらい大きな承認欲求がなければ、あれだけの作品を作ることはできないのでしょう。
創作の世界では、結婚してぱっとしなくなっちゃうケースが多々あるような気がしますけど、あれって承認欲求が満たされてしまって、創作へのエネルギーが弱まっちゃうからなんでしょうね。
その点宮崎さんの場合は永遠に満たされることのない承認欲求を抱えていらっしゃるわけですから、「強い」というか並の人間では太刀打ちできないわけです。

番組の中で、宮崎さんの映画作りの手法が紹介されていました。
まず、思いつくままにスケッチを描くわけですね。
たぶん、頭の中に「こんなシーンを描きたい」というイメージがあるのでしょう。
それをスケッチする。
で、そうこうしているうちに、“描きたいシーン”をつなげるストーリーがおぼろげに形になってくるのでしょう。
この段階で、製作にゴーサインを出しちゃう。
はっきり言って、「無茶するなぁ」と思います。
見切り発車もいいところです。
こんな映画作り、宮崎駿とジブリ以外、まずやらないでしょう。
やったところで、普通なら、こんなやり方で上手くいくはずがないもの。

で、宮崎さんが絵コンテを描いて、それを元に映画が製作されていくわけですが。
絵コンテを描いているうちに、ストーリーがどんどん変化してしまうようです。
絵コンテ描きながら、スタッフに細かい指示を出しながら、セル画というのでしょうか、動きの1枚1枚を描いた絵をたぶんすべて自分でチェックされているんでしょうね、あれ。
それで、気に入らないと自分で直接直してしまう。
そこまでしていたら、身体が持たんだろうにと思うのですが。
ただ、そうして自分でチェックして自分で直してしているうちに、キャラクターの存在感が宮崎さんの中でどんどんリアルになっていくという話には、なるほどと思いました。

「このキャラクターはこうじゃない」「このキャラクターはこう動く」
そういうことを、細かい修正作業を積み重ねることで、自分の中に定着させていくというか、積み重ねるたびに、それまで曖昧だった部分がはっきり見えてくるのでしょう。
そうすると、「キャラクターが勝手に動き出す」ようになる。
キャラクターが勝手に動くから、ストーリーも宮崎さんの思い通りに進まなくなるというわけですね。

面白いなぁと思ったのは、ワンシーンの絵コンテを描いたら、下の余白に「つづく」と書くというエピソード。
その先どう物語が続くのか、描いている宮崎さん自身も分からないといいます。
本当に、まるで週刊漫画の連載のようです。
あるいは、テレビアニメの制作手法に近いのでしょうか。

最近の宮崎作品はストーリーの完成度が低いと感じていましたが、そりゃそうだよな、と。
こんなやり方でストーリーが破綻しない方がおかしい。
週刊漫画の連載のようだといいましたが、漫画で言うところの編集者もいないんですから。
たぶん、相談する相手も、一緒に考えてくれる人もいないんじゃないかな。
ましてや、宮崎さんがうんうん唸ってひねり出した絵コンテに、ダメ出しをする人など誰もいない。
彼ひとりが神で、彼ひとりが正解なのでしょう。
それであれだけのレベルのものを作れるのは、やはり宮崎さんの実力ということだろうなぁ。

同様に、なぜ宮崎アニメはあれほどキャラクターが活き活きとして心躍るシーンが満載なのかも、上に書いたとおり、よく分かりました。
宮崎さんが圧倒的に強いのは、「自分で絵が描ける」という点でしょうね。
自分の描きたい絵を、自分で描ける。
しかも、誰よりも上手く。
(そりゃ、後進が育たないのも頷けます)

宮崎さんのようなアニメ監督は、おそらくもう出現しないだろうなと思います。
あの能力と、ジブリのような製作環境と、そしてあの渇望感と。
ふたつまでなら揃いそうだけど、みっつ揃えた人はもう出ないでしょう。

こりゃ、やっぱり「ポニョ」は観とかないとな、という気になりました。
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by kude104 | 2008-08-06 22:03 | テレビ

NHK面白いよ

「若者のテレビ離れに危機感」NHK・福地茂雄会長 - ZAKZAK

ぼくはたぶん比較的テレビを見ているほうだと思う。
特にNHKの番組は、朝ドラとか「その時歴史が動いた」とか「クローズアップ現代」とか「熱中時間」とか「ケータイ大喜利」とか「サラリーマンNEO」とか、あとニュースとかドキュメンタリーとかとか・・・いっぱい見てる。

歳をとるにつれ、民法の“若者向け”の番組よりも、NHKのほうが面白く思うようになった。
クイズとかグルメとかオーラとか愛は地球を救うとか、そういうのが「つまらない」を通り越して「不快」に感じるようになったもので。
それだったら、毒にも薬にもならないNHKニュースのほうがましなんだよなぁ。
だから、NHKには、変に“若者向け”とか考えないで欲しい。

「若者のテレビ離れ」という場合の“若者”がどういった人々を指すのか分からないけど、なんとなく思うのは、テレビを見るための時間的余裕であったりシチュエーションであったりが、なくなってきているのではないかということ。
番組の質に原因があるのではなく、人々のライフスタイルが変化したんじゃないかなぁ。

今どきの若者が、家族団らんでテレビ見るとか、あまりイメージできないし。
5時に仕事終わって帰宅して、テレビ見ながら食事するとか、なさそうだし。
学校や職場で、昨日見たテレビの話題で盛り上がることも、なさそうだし。

昔は暇があって娯楽がなかったから、「本を読むかテレビを見るか」くらいしか、やること無かったんじゃないだろうか。
今は、帰宅して寝るまでの3時間をどう使うか・・・みたいな感じじゃない?
その少ない時間をネットとケータイとゲームとテレビで奪い合うとなれば、そりゃテレビは不利だよなぁ。
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by kude104 | 2008-05-09 22:55 | テレビ

新鮮な水戸黄門

いやあ、今日の水戸黄門はいつもと感じが違っていて、大変面白うございました。

まず、ご老公様が昔の学友を訪ねるところから話がスタートします。
でも、当の学友は病に伏せていて、看病している孫娘の言うには「ご老公様のことも分からない状態で・・・」。
てっきり、「久々に学友を尋ねたら痴ほう症でがっかり」という設定かと思って、「うわぁ、ご年配向けの番組で思い切ったことを」とドキドキしてしまいました。
実際には、何者かに襲われて危篤状態ということだったんですけどね。

ご老公様が、まるで叱るかのように学友の名前を呼ぶと、学友はかすかに意識を取り戻して何かをつぶやきます。
それを孫娘が耳を口元に近づけて聴き取るのですが、「うら、てんぷく」というメッセージを聴きとったあとの孫娘のセリフがすごい。
「ご老公様、息が止まりました」
学友、開始ものの5分ほどで死んじゃった。
いつも、なんだかんだ言って死人が出ない水戸黄門にあって、こうもあっさりキーパーソンを死なせるとは思いませんでしたよ。

物語は、家康公の御落胤かも知れませんという設定の風魔なんとやら(ふう様と呼ばれていました)が、幕府転覆を計画しているというもの。
いつもは悪代官のせこい金もうけレベルの話なのに、今日はまた壮大な悪巧みを持ってきたものです。

で、情報を仕入れるべく、弥七が伊賀の里に向かうわけですが、そこでなんか頭領の娘とか言うのが出てきてですね。
どうやら、かつて弥七とその娘(お春)ってのは許婚だったんだけど、弥七が里を抜けて出て行ったという設定らしい。
お春はいまでも弥七のことが大好きで結婚する気満々なんだけど・・・、いやぁ~出演者の平均年齢高いなぁ。
正直、弥七に色恋話は似合わないっていうか、キツイというか・・・。
なにより、弥七には女房と娘がいたはずでは。

そうそう、この頭領。
かなりのじいさんなのですが、「さっきまでしっかりしていたと思ったら、とつぜん呆けたようになる」という設定でした。
ご年配向けの番組で、なにをそんなに果敢にチャレンジする必要があるのかと。

見どころはまだまだ続きます。
今回はほんとすごい。

なんと、由美かおるの入浴シーンがありました。
水戸黄門と言えば、昔は毎回必ず由美かおるの入浴シーンがあって、お風呂と言えば「しずかちゃんか由美かおるか」というくらいのものでしたが、さすがに年齢的に厳しくなったのか、今期ぼくが観ている限りでは一度もなかった入浴シーンが、です。

しかも、そのあと悪役の屋敷に忍び込んだ由美かおるが、捕まって縛られて拷問されるというシーンまでありましたよ。
これはサービスショットと言っていいのだろうか。
いいのかな。

そして、水戸黄門と言えば正体を隠してのお忍びの旅ですが、今回は最初から正体バレバレで話が進みます。
今回は柳生兵庫とかまで出てくる豪華っぷりだったのですが、その兵庫にも「水戸のご老公様ですよね」ってあっさり見破られてるし。

そんな調子ですから、最後の大立ち回りでも、いつもは一通り暴れたあとで、「助さん角さんもういいでしょう」「控え控え控えよろう! この紋処が~」てな感じですが、今回は違った。
最初からいきなり印籠出して、「控えよろう!」とやっちゃうのよ。
でも、敵役であるふう様は家康公の御落胤で幕府転覆を謀っている人ですから、控えないの。
印籠を見ても控えないふう様を見て、助さんが「うそ!?」てな感じで驚く様が面白かったです。
でも、結局そのあと大立ち回りをして、ご老公一行が勝って終わりです。

いやあ、永遠のマンネリズムな水戸黄門にも、こんなチャレンジャブルな回もあるんだねぇ。
てっきり最終回かと思っちゃいましたよ。
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by kude104 | 2008-04-14 22:42 | テレビ