世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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カテゴリ:ゲーム( 48 )

「ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン」100万本出荷達成(GAME Watch)

ムービーが売りのゲームを見て、「いっそ、ムービーだけつなげて見せてくれりゃいいのに」と思ったものですが、実際にムービーだけの作品が100万本行ったと聞くと、なにやら複雑な心境です。

おそらく、物語をゲームで鑑賞するというここ10年来の流れが、そろそろ終わりを告げようとしているのではないか。
最近のDSなんかに見られる、ゲームの面白さの原点回帰的な動きも、その流れの上にあるんだと思う。

できるだけ時間と労力をかけずに楽しみたいと思ったとき、物語目的でゲームを遊ぶプレイヤーにとっては、やれ戦闘だダンジョンだといったゲーム部分が煩わしい。
一方、戦闘だダンジョンだといったゲーム部分を目的にゲームを遊ぶプレイヤーにとっては、合間合間に挿入されるムービーなんかが煩わしい。

ならば、物語は物語だけ切り離して鑑賞すれば良いし、ゲームはゲーム部分だけ切り離して遊べば良い。
これなら、必要最小限のコストで済む。
そういう時代になりつつあるのではないかという気がする。

たとえばゲームソフトを購入したら、ゲームディスクとムービーディスクの2枚に分かれているというのはどうだろう。
ゲームディスクでゲームを遊んで、ムービーディスクで物語を鑑賞するのだ。

たとえるならば、キャラゲーの方法論とでも言おうか。
ムービーディスクにドラゴンボールのアニメが入っていて、ゲームディスクにドラゴンボールのキャラクターを使った格闘ゲームが入っているような。
べつに、格闘ゲームで誰それに勝たなくてはアニメの第何話が観られないということはない。
そういうイメージ。

まぁ、それって別にゲームソフトにムービーディスクを含めなくても、そのまんま、映画やアニメのゲーム化って話なんですけど。
根本的な部分で、ゲームで物語を物語る意味なり必然性なりって何よ?という部分が、ぼくにも未だに良く分からない。

映画向きの物語、小説向きの物語があるように、ゲーム向きの物語というものが、たぶんある。
それは裏を返せば、ゲーム向きではない物語があるということ。
多くのゲームで物語られている物語というのは、たぶん、構造としてはゲーム向きではない。
ゲームのストーリーとしてでなければ鑑賞に耐えないという点でゲーム向きと呼べるものはたくさんあるけどね。

ゲーム向きの物語とは、たぶん、プレイヤーが物語を鑑賞する行為がそのままゲームになるようなものか、あるいは、プレイヤーがゲームをプレイする行為がそのまま物語になるような、そういうものではないかと思う。
それが具体的にどういったものかは、良く分からないけど。

そういう、物語とゲーム性を融和させる方法論が発明されるといいなぁと思います。
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by kude104 | 2006-01-17 23:59 | ゲーム

Game2.0について思うこと

さて。
明日から帰省しようと思っているので、年内の更新はこれがおそらく最後となるでしょう。
皆様、今年一年、ご愛読ありがとうございました。

えー、最後を締め括るに相応しいネタは何がいいかなーということで、最近ちょっと気になっているというか、どうもいまひとつモヤモヤしていることを吐き出して終わりにしようと思います。

それは、Game2.0について。

といっても、Webでゲームネタを拾っている人以外は「なんじゃそれ?」って話だろうと思います。
もともとWeb2.0という言葉があって、それをゲームの世界に当てはめたものなんですが、これまた大半の人にとって、「Web2.0ってなんじゃ?」という状態だろうと思います。

──まぁ、Web2.0の話は置いておいて、Game2.0。

それがどういったものかを説明していると長くなるので、今回は触れません。
ここでぼくが話題にしたいもの──Game2.0の話を目にするたびに、心の中でモヤモヤしているものは、Game2.0が叫ばれるようになった背景についてです。

それはもう哀しいほどに、従来のゲームの在りように対する絶望感です。

このままではゲームに未来がない。
だから、新しい概念を!
という危機感が、Game2.0を盛り上げているように思います。

Game2.0として言われているようなゲームが、ゲームの中の新ジャンルとして「これから盛り上がるぞ」という話なら、ぜんぜん心穏やかなのですが、論調はどうもそうではない。
Game1.0は衰退し、Game2.0に世代交代するといった感じです。
でなければ、2.0なんていうバージョン表記はしませんもんね。

それがどうもね、モヤモヤするのです。

心情としては、Game1.0の成長と共に大きくなったゲーム世代ですから、これがもうダメだ、時代遅れだよと言われるのは、なんとも寂しい。

その一方で、「Game1.0には限界が見えた、Game2.0へ進まざるを得ない」という話も、良く分かるんですよ。
かつて全盛を誇ったシューティングゲームが時代と共に衰退したように、Game1.0も時代と共に衰退することは十分に有り得る。

というか、このままだとほぼ間違い無く衰退するだろうことは、残念ながら認めざるを得ない。

だから、なんとかして従来のGame1.0を新時代に即したものにする手はないものだろうかと思って、モヤモヤしているのです。

いま、Game2.0的なものとして挙げられているゲーム。
それはそれでいいけど、俺はGame1.0的なものも好きなんだ!という気持ち。
いまのゲームの閉塞感を打ち破るのは、本当にGame2.0で正しいのか?という問い。

ぶっちゃけて言ってしまえば、ぼくはまだまだ“従来のゲームデザイン”の行く先を見てみたいのです。
まだ先があるように思うんだけどなー。


・・・などと言いつつ、実際のところGame2.0がどういうものか、あまりよく分かっていないんですけどね。
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by kude104 | 2005-12-28 23:59 | ゲーム

初雪にサクラチル

ついに初雪!
いくつになっても、雪を見るとちょっとテンションが上がります。
もちろん「めずらしい」からで、毎日毎日降ればウンザリするでしょうけど。
いやー、それにしても、やっぱ寒いわ。

もうずいぶん昔の話題ですが、ぼくも応募した『NINTENDO DS "asobi project"』の結果がようやく発表になりました。
http://www.asobi-project.com/

ま、結果は言わずもがなの落選だったわけですけども。
いやー、悔しいとか残念というよりも、「こりゃ、しょうがないや」って感じです。

だって、見事大賞に輝いたアイデアなんて、テーマが「妊娠・出産・子育て」みたいな感じですもんね。
こりゃ敵わないっつーか、あまりにも自分の守備範囲外すぎて、「あ、そう」としか言えないもん。
たぶん、まるで“ゲーム”じゃないんだろうなぁ。

受賞アイデアと比べれば、ぼくのものは明らかにゲームの枠内に留まるアイデアでした。
その時点で、そりゃ負けだよなぁ~というか、「ぼく、アイデアの方向性が完全にずれてました」って感じです。
コンセプトカーのコンペに、普通に「売れる車」の企画を送ったようなもんです。

ま、そんなこんなで。
やっぱ、簡単には金稼げないなー。
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by kude104 | 2005-12-22 23:15 | ゲーム

翻訳こんにゃく

Talkman(PSPソフト)

詳細は良く分からないけど、マイクに向かって話した言葉を、鳥のキャラクターが外国語に変換し、ジェスチャー的なアニメを交えて喋ってくれるPSPソフトらしい。
つまり、通訳ソフト?
だとしたら、すげー。

ぼくは英語(に限らず外国語全般)はからっきしダメで、勉強する気もさらさらないので、早くテクノロジーが進歩して『翻訳こんにゃく』みたいな未来の道具が出来ないものかと夢見ている者です。
なんかちょっと、一歩近づいた感じだね。

あと10年もすれば、海外旅行での基礎的な会話レベルなら、こういったソフトで不自由なくできるようになるんじゃないかなぁ。
そうなるといいなー。

ただ、ちょっと気になったのは。
このTalkmanのアピールポイントとして「勇気が必要な会話の第一声(声かけ)をマックス(鳥のキャラクター)が助けてくれる」とありますが・・・。

どう考えても、普通に声をかけるより、マックスくん経由で話し掛ける方が勇気が要ると思うけどな。
なんかこう、会話以前に、対人コミュニケーション能力に問題のある子だと思われそうです。
相手にしても、いきなり無言でPSP付きつけられたら怖いだろうし。

なんてことも思いますが、面白いソフトですね。
いつかぼくが海外旅行に行くときには、ぜひもっと実用的なレベルまで進化していて欲しいと思います。
今から期待していよう。
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by kude104 | 2005-10-23 23:36 | ゲーム
今日のNHKクローズアップ現代では、神奈川県などがゲームソフトを有害図書に指定したことなどを受けて、『ゲームは子どもに有害か?』というテーマの番組を放送していました。

で、見たのですが、まぁとくに目新しい話はなく。

ぼくの個人的な考えとしては、以前にも書いたかもしれませんが、「ゲームは有害か」という問い自体が違っていて、「有害なゲームがあるかないか」と訊かれれば、「あるんじゃないの?」と思います。
で、「それはどれくらい有害なの?」と訊かれると「分からない」と答えざるを得ませんし、ゲームがマンガや映画やテレビといった他のメディアに比べてどうなのか、抜きん出て危険性があるのかないのかといった話も、「分からない」と答えざるを得ません。

まぁ、世間一般でも、だいたいそんな感覚じゃないかと思います。

ゲームの規制についても、子供が遊ぶに相応しくないゲームを18禁にしましょうといった話自体は基本的に賛成です。
ただ、その線引きをどうやってするの?という部分と、あと、ゲームを規制したからと言って、いわゆる“青少年の凶悪犯罪”が減少するとも思えないがなぁといったモヤモヤした気持ちはあります。
意地悪く言えば、アナタ達が感じている社会不安の原因をゲームのせいにして、それで解決した気になっているのだとしたらお笑いだぜ、みたいな気持ちもある。

そんなこんなはあるけれど、でもまぁ18禁であるべきゲームを18禁規制するのは、いいんじゃないの?と思っています。

で、そんなことよりもというか、そもそもというか、番組の中でもチラッと触れられていましたが、最近じゃ子供のテレビゲーム離れが進んでいるって話ですよ。
中高生となるとちょと分かりませんけど、たとえば小学生以下といったことで考えれば、最近のテレビゲームで、子供が欲しがりそうな物がどれだけあるか。
たぶん、ほとんどないんじゃないでしょうか。
いやまぁ、ぼくもそんなに詳しく知らないですけど。

任天堂(ゲームボーイやDS)のゲームは、子供をターゲットにしていると思えるものも多々あるけれど、プレステのゲームなんかは完全に対象年齢二十歳以上って感じですよね。

つまり、何が言いたいかというと、ゲームの“子供”への悪影響という話でいえば、どうやら「心配するには及ばない」状況になりつつあるようだということ。
有害無害以前に遊んでもらってねぇーよ、みたいな。

・・・なんかちょっとショック。
あれかなぁ、ぼくらの子供時代で言うところの、「最近の子供はちっともメンコやベーゴマで遊ばんわい」みたいな状況になりつつあるのかなぁ。

ま、最近のゲームのリリース状況を見ていれば、それも当然かなと思うわけで。
そこがまた寂しいところです。

高橋名人、NHK「ポップジャム」に出演――「スターソルジャー」のテーマを披露(Y1hoo!ニュース:ITmediaゲームス)

そんなぼくらの思いを受けて、明日、ヒーローが帰ってきます。
まさか、ポップジャムで再開しようとは思わなかったが。
とりあえず見なければ。
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by kude104 | 2005-10-13 22:35 | ゲーム
【任天堂基調講演リポート】片手で操作! レボリューションのコントローラー、ついに公開!(ファミ通.com)

すげえ!!
天才的だ、任天堂!!

E3のときに、革新的なコントローラを用意しているとのコメントがなされていましたが、まさかこれほどとは。
これはまさにレボリューションだ。

来るね、レボリューション。
おそらく、据え置き機でもDSとPSPの戦いの再現になるんじゃないだろうか。

たとえば、この新しい入力デバイスを使った、アイデア勝負の新しいゲームが登場するだろう。
PS3やXBOX360などではとうてい売れない・作れないような、アイデア一発勝負のライトなゲームが、レボリューションなら成立する。
これはまさにDSの再現だ。

でもって、このコントローラは、おそらく3Dゲームでその真価を発揮する。
たとえばFPSと呼ばれる一人称視点のシューティングゲーム、べつにマリオ64とかでもいいけど、こういったゲームにおける操作系のネックは何かといえば、キャラクターを動かすキーと、カメラを動かすキーをどう割り振るかという部分にある。

このコントローラだと、たとえばポインティングディバイスで上下左右を見まわすといったカメラワーク操作が簡単に実現できるだろう。
で、それをやりながら、十字キーで前に移動、横に移動なんてこともできちゃうわけだ。

3Dゲームを作るならレボリューションってなことに、たぶんなるね。

RPGなどでは、このコントローラの新機能を使わなくても、たぶん片手で操作できるというだけでも、けっこう操作的に新鮮でラクチンなんじゃないだろうか。
DSの場合だと、二画面タッチパネルを使わないといけないような雰囲気があるけど、これだと、そういったプレッシャーはあまりないのではないかと思う。
だから、普通のRPGなんかも作りやすいだろう。

ただ、昔ながらの2Dアクションゲームは、ちょっと向かなさそうだ。
従来型のコントローラも用意するとのことですが、それこそ、レボリューションで従来型のコントローラで遊ばせるようなゲームを作るなよなぁというプレッシャーがかかる気がする。

で、だからこそ、このタイミングでゲームボーイミクロを出したに違いない。
つまり、2Dアクションゲームはゲームボーイミクロでどうぞってことだ。
すげえ、この戦略は天才的だ。

個人的な「任天堂びいき」あるいは「新しもん好き」の感情が入っているけど、次世代機の勝者はレボリューションで決まりだと、ぼくは断言したい。
うーん、シェア争いといった話になると負けるかもしれないけど、顧客満足度的な話、そしておそらく利益率で言えば、レボリューションが勝つんじゃないかなぁ。

いちゲームファンとして、任天堂のこの革命には敬意を表したい。
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by kude104 | 2005-09-16 23:59 | ゲーム
今日は、なんだかこう、くすぶっている感じ。
「あれはどうにかしないとな」ってな案件がみっつよっつどんよりと頭の中に溜まっていて、そのせいで気持ちが軽やかじゃない感じ。
気がつくと、「うーむ」とか言っちゃっている感じ。

で、行軍記に書くネタもないし。
しょーがないんで、またゲームのネタでも書いちゃおうか。

前回の続きからの話になりますが、ストーリー上「歴戦の勇者」がゲーム上レベル1とかだとちょっと可笑しい。
サブキャラはそうでもないけど、主人公だと、こういう設定よくありますよね。

ま、ゲームだから、面白ければそれで良いとは思います。
でも、それだったら、たとえば「歴戦の勇者」はレベル10からスタートさせたっていいわけだ。

なにもレベル1からスタートしなければ行けないわけではない。
レベル10からスタートしても、それで面白く遊べるバランス調整にすればいいだけの話です。
調整作業は難しいかもしれませんが、さほど無茶苦茶な要求ってわけでもないでしょう。

そこでたとえば、レベル10の「歴戦の勇者」とレベル1の「新米剣士」でパーティを組ませる。
すると、「歴戦の勇者」のすごさというのが、テキストじゃなく数値で実感できる。

これが、前回書いた「成長システムを成長ストーリーの中に取り込む」ということの、ひとつの具体例になるかなと思います。
小説でもなくノベルゲームでもなくRPGで成長ストーリーを表現するってことは、つまり、こういう“方法論”をいかに上手く取り込むかってことじゃないでしょうか。

で、話は次のステップに進んで、ストーリー性と経験値稼ぎの話。

まず、RPGに、どうしてレベルアップというシステムがあるのか。
ひとつには、「戦闘に対するご褒美」としてでしょう。
そしてもうひとつには、「戦闘のマンネリ化を解消するため」ではないでしょうか。

ふたつ目について説明すると。
たとえば、レベルアップして新しい魔法を覚えたとなると、当然戦略が変化しますよね。
あるいは、敵に与えるダメージが増える&敵から受けるダメージが減るだけでも、戦闘に変化がもたらされます。
レベルアップして強くなることで、先のフィールドに進み、新たな敵と戦えるようになる・・・これも戦闘の変化をもたらします。

これが「ゲーム性」なのではないか。
戦闘の展開が、変化すること。

強くなって嬉しい。
新しい魔法を覚えて楽しい。
新しい敵と戦えるようになって刺激的だ。

そういった面白さをもたらしてくれるから、レベルアップはご褒美として機能する。
レベルアップがご褒美として機能するから、経験値稼ぎが楽しいものとして成立する。
まず押さえておくべきポイントは、ここじゃないかと考えます。

経験値稼ぎがつまらないゲームは、レベルアップに喜びがない、つまり、レベルアップしても戦闘がさほど変化しない、というゲームなのではないか?

・・・といったあたりで疲れたので、続きはまた次回。
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by kude104 | 2005-09-10 23:59 | ゲーム
今日は特にこれと言って書くネタがない。

なので、先日ウダウダ書いたゲームの話の続きでも書こう。
たぶん、前回以上にグダグダな内容になっちゃうと思うので、基本的に興味のない人はスルーの方向でどうぞ。


前回、「敵を倒して経験値稼いでレベルアップする必要はないんじゃないの?」と書いたんだけど、これ、ちょっと思い直した。

たとえば、「ストーリーがここまで進行したら、強制的にレベルを1上げる」というのと、「ストーリーがここまで進行する間に、みんな自然にレベルが1上がる」というのとは、同じ「レベルが1上がる」でも、遊んでいる人間の気分としてはまるで違うだろう。

たぶん、本質的には同じことなんだけど、見せ方の点で、後者のほうがより高度で洗練されている。
最近のRPGは、この「(意識的に経験値を稼がなくても)ストーリーがここまで進行する間に、みんな自然にレベルが1上がる」という設計が主流のようですが、これはこれで「洗練された」と捉えるべきことのように思い直しました。

前回は、「古いシステムにどうにかこうにかしがみ付いている」イメージだったんですけどね。

成長物語で、主人公の成長を描くのに、『レベルアップ』は非常に都合がいい。
それこそ、文章で「強くなった」と表現するより、実際にパラメータが上昇して強くなるほうが、リアルというものです。
つまり、最近のRPGは、「成長システムを成長ストーリーの中に取り込んだ」と解釈するべきなのではないか。

パラメータ的に成長することが、ストーリー的にも成長しているように感じられる。
それでとりあえずは十分で、それを越えてまで、パラメータの成長を求めることはしない。
といったところではないでしょうか。

まぁ、「成長システムを成長ストーリーの中に取り込んだ」と言えども、実際のところは、まず初めにRPGというシステムありきで企画されているでしょうから、ストーリーは成長物語にならざるを得ないという点で、システムに従属しているとも言えますが。

いずれにしても。
この“洗練”自体は、方向性としては間違っていない気がする。
ゲーム性とストーリー性の両立という点で言えば、これって見事に“両立”の形だよなぁという気がする。

ただ、なんとなく、経験値稼ぎ型のRPGのほうが、ゲーム性という点では優っている気がするんだけど、うーん、でも、それもなんだか単なるイメージだけの話のような気がしてくるなぁ。
だって、考えてみれば当たり前の話だけど、経験値稼ぎ自体にはそれほどゲーム性はないもんね。

ストーリー重視のRPGがゲーム性の面で劣ってしまうとしたら、それはもっと別のなにかが原因なのだろう。
そのへんは、またネタのないときにでも考えてみようっと。
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by kude104 | 2005-09-04 22:57 | ゲーム
久々にゲームについてウダウダと書いてみたい気分。

きっかけというか刺激の元は、野安の電子遊戯工房[実験室]
このブログ、ぼくのように「ゲームを考えること」が好きな人間には、じつに面白い。

ぼくはまぁ昔から、ゲームにおける「ストーリー性とゲーム性の両立」的な部分に非常に関心があるんですが、このブログの第2のテーマから第4のテーマにかけてのエントリーを読んでいて、なんか少し「見えて」きたような気がしました。

いやいや、まだはっきりとは見えないんですけど。
なので、今回は脈絡もまとまりもなくウダウダと書いてみたい。

たとえば、RPGの進化というか変化って、そのままゲームの進化をなぞっているみたいだなぁと感じたわけですね。
えーと、つまり、経験値稼ぎが廃れてストーリー主体のRPGが増えたことが、ハイスコアアタックが廃れてスーパーマリオが登場したことに重なって見えた、という感じ。

ブロック崩しやスペースインベーダーから始まったゲームは、あるとき、「長く遊ぶ」ことから「面をクリアする」ことがプレイの主たる目的になった。
これがスーパーマリオのようなスクロール型ゲームだと、広がりのある世界を先へ先へと進んで行くというゲームになり、プレイヤーの「ゲームをクリアしたい」という欲求は「先が見たい、終わりが見たい」という欲求と一体になって行く。

で、この「先が見たい」という欲求を、そのまま「“物語の”先が見たい」と拡大して考えたときに、RPGとリンクするわけ。

ストーリー性の高いRPGは、この「先が見たい」という欲求を強くプレイヤーに抱かせるゲームだろう。
それに対して経験値稼ぎを求めるというのは、先が見たいプレイヤーをその場に押し留めることを意味する。

それは当然、プレイヤーにストレスを強いることになる。
適度なストレスは、もちろんゲームを面白くするスパイスになるのだが、はてさて、RPGにおいて経験値稼ぎを「適度なストレス」にする匙加減って、かなり難しいんじゃなかろうか。

現に、というワケではないが、ゲームの進化の歴史をひも解けば、プレイヤーにストレスを与える要素はどんどん衰退している。
もちろん、昔ながらのそういうゲームが好きって人もたくさんいるけど、時代の流れとしては、ストレス要因はほぼ間違いなく衰退している。
つまり、ストレスをスパイスにする匙加減が、いかに難しいかってことです。

であるならば、RPGの経験値稼ぎだけが例外とは思えない。

スーパーマリオを例にとれば、経験値稼ぎというのは、1-1でクリボーを10匹倒さないと先に進めません、みたいなゲーム設計なのではないか。
それはたとえば、高速道路に一キロごとに検問を設けるような行為なんじゃないだろうか。

それじゃ気持ち良く走れませんねってことで、じゃあ、経験値稼ぎをしなくて済むようにしましょう、と。
最近のRPGは(って、もう長らくやってませんけど)、普通にストーリーを追っかけてゲームを進めていれば、適正なレベルになるよう調整されています。

これで確かにストレスは無くなりますが・・・だったらもう、「敵を倒して経験値を稼いでレベルアップして強くなる」って設計は止めにすればいいんじゃないの?って部分に思考が至る。

敵を倒して経験値を稼いでレベルアップして強くなることが楽しかったRPGは、言わばスコアアタックが楽しかった時代のゲームだ。
スーパーマリオの時代になったのに、まだその時代の、ハイスコアだ、100万点で残機が1機増えますなんてゲーム設計を引きずっているのではあるまいか。

じゃあ、スーパーマリオ時代RPGの姿とは・・・?というところで、今回はお開きなのでした。
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by kude104 | 2005-08-31 23:59 | ゲーム

これ、すげぇー欲しい!

「ゲームボーイ ミクロ」に“ファミコン”のコントローラ(ITmedia Games)

ほ・・・欲しい!
なんかもう見た瞬間、久々に物欲が刺激されてしまいました。

その理由が「ファミコンちっくなデザインがズドーンと来たから」というもので、これではまんまと任天堂の思うツボです。
ゲームがやりたいというよりも、ただ単にこれを所有したいというだけの衝動。
萌えキャラに釣られて商品買っちゃう人々と、行動原理はまったく同じです。

ちくしょう任天堂め、いいとこ狙ってきやがるぜ。

この調子でさー、次世代機レボリューション(仮)もファミコンちっくなデザインにすればいいのに。
そうしたら、かなり売れると思うけどな。
いやいや、冗談抜きで。

個人的に、ゲームボーイミクロはレボリューションと組み合わせて使うに違いないと読んでいるんで、だったら、このデザインのミクロを出すんなら、ファミコンちっくなレボリューションは必須でしょう。
・・・と、妄想が加速する。

いやあ、それにしても、まさかデザインひとつでこれほど自分のテンションが上がるとはなぁ。
やはり、世の中見た目だ。
少々中身がイマイチでも、見た目良ければ百難隠すってね。

・・・いやだなぁ、人間の話じゃないですよ。
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by kude104 | 2005-08-22 22:56 | ゲーム