世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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カテゴリ:映画( 154 )

サマーウォーズ

さて、先日の映画サービスデーの話でも。
今回観たのは「サマーウォーズ」です。
いやー、とても面白かったですよ。

なんというか、「ザ・エンターテインメント」と言うか。
設定や展開やキャラクターなどなど、どれも「新鮮」と言うよりは正直「ありがち」ではあります。

デジタル上の仮想世界という設定も「ありがち」だし、それが乗っ取られる展開も「ありがち」だし、後半の「世界の危機」も「ありがち」だし。
「ザ・日本の田舎」とでもいうべき風景も「ありがち」だし、都会の核家族な少年と田舎の大家族的な話も「ありがち」だし。
うぶな主人公がほのかな恋心を寄せる女の子に振り回されるシチュエーションも「ありがち」だし。
まぁ、8割方「ありがち」なお話だとは思う。

でも、「ありがち」な要素をきちんと組み合わせれば、それはやはり面白いということですよ。
面白い要素だから「ありがち」なんだもん。
これを変な自意識で「ありがち」を回避しようとしていたら、たぶん、駄作になっちゃってたろうと思う。
自信を持って気持よく「ありがち」なお話を作った監督さん以下は、だからさすがだと思います。

この映画、仮想世界と現実との対比がメリハリ効いてて面白いですね。
デジタルなほうでは、アニメチックでポップな映像。
そこをアバター(仮想世界のキャラクター)がびゅんびゅん飛びまわり、格闘ゲームさながらのアクションシーンでスピーディに映画を盛り上げます。
現実のほうでは、やはり日本人の琴線に触れる絵にかいたような(絵だけど)自然の風景。
そこで青春の甘酸っぱい恋心とか、大家族のドタバタがコミカルに映画を盛り上げます。
「ありがち」だけど、でも、それをここまで効果的に描くのはやはり見事です。

特にぼくはネットに片足突っ込んでいるような人間ですから、仮想世界の映像見ながら「今度作るアプリに、あんなデザインのUI(ユーザインターフェース)できねーかなー」とか考えてわくわくしてました。
やはり、プログラマーの考えるデザインと、デザイナーの考えるデザインとはまるで違っているので面白いですね。

とまぁ、そんな感じで。
ターゲット層は、中高生の友だち同士とかカップルとか、そのあたりでしょうか。
そのへんであれば、好き嫌いが分かれるようなことはなく、まず間違いなくみんなで「面白かったねー」と言いながら劇場を後にできる映画だろうと思います。
そういう映画って、ありそうで無いんですよね。
まさに、夏休みにうってつけの映画だと思います。
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by kude104 | 2009-08-03 16:58 | 映画

レスラー

昨日は映画サービスデーということで、「レスラー」を観てきました。
なんというか、とても哀しいお話やね。

まず、主人公の姿が痛々しい。
いちおう、かつてのスーパースターなのだけど、今じゃすっかり全盛期を過ぎていて。
プロレスだけじゃ生活できなくて、バイトで生計を立てているのだけど、家賃の支払いもままならない。

長年の肉体の酷使とステロイドなどの使用で、体はボロボロ。
ぐるぐる巻きのテーピングや、張りのない肌。
試合後、よろよろと歩く姿や、椅子に座りうなだれ疲れ果てた背中が切ない。

そしてついに心臓発作で倒れてしまい、一命は取り留めるのだけど、プロレスはもう無理だと医者に告げられます。

引退を決意した彼は、新しい人生を歩もうと決意します。
別れた娘との関係の修復を図ろうとしたり、思いを寄せていた女性にアプローチしたり、スーパーの総菜コーナーで慣れない接客の仕事を始めたり。

それがなんか、上手くいきそうな感じになるんだよね。
「なんだ大丈夫そうじゃん。レスラー辞めても、上手くやっていけそうじゃん」って。
もちろん、それが前振りだってことは見え見えなんだけどさ。
だけど、この時ばかりは主人公が本当に幸せそうで、「そうあってほしいなぁ」と願わずにはいられないわけよ。

でも、やっぱり上手くいかなくて。
娘との関係修復には失敗し、思いを寄せていた女性にはフラれ、スーパーの総菜コーナーの仕事は我慢できなくなって辞めてしまいます。
そうして何もかも失った彼には、もうプロレスしかなかったのでしょう。
だから彼は医者の警告を無視して、レスラーとしてリングに復帰します。

このラストの復帰を、「夢よもう一度」的な男の生き様と捉える人もいるでしょうが、ぼくにはとてもそうは思えませんでした。
あれは・・・言うなれば、「自殺」なんだろうなぁ。
すべての退路を断たれて、諦めの境地で希望や苦悩が消え去って、最後に晴れやかな心で敵陣に玉砕突撃を仕掛けるような。

劇中の会話の中で、イエス・キリストの受難と磔刑を描いた映画「パッション」についてのセリフがありました。
おそらく、主人公の姿をオーバーラップさせているのだろうなぁ。
ファンのために血を流しながら処刑台に向かうイエスのようなものとして。
イエスは処刑の後に復活しますが、そのとおり、主人公も復活しえたのかなぁ。

とまぁ、そんな感じで。
観る前は「ロッキー・ザ・ファイナル」みたいなのを想像してましたが、タイプとしては真逆な映画でした。
楽しいシーンはたくさんあるけど、総合して楽しい気分の映画じゃないね。
プロレスの試合も、基本流血デスマッチなので「ひぃぃぃ~」って感じだったし。

でも、心に残る映画でした。
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by kude104 | 2009-07-02 23:22 | 映画
昨日は映画サービスデーということで、観てきました。
選んだ映画は、これ、「チョコレート・ファイター」
「マッハ」や「トム・ヤン・クン」の系譜に連なる、タイのガチンコ格闘ムービーです。

毎回観ていて思うのだけど、というか、回を重ねるごとに強くそう思うのだけど、これ、いつか死人がでるんじゃないかしら。
なんかもう、「すげぇ!」を通り越して、「大丈夫かよ・・・」と心配になってくる、ギリギリのラインだぞ。
「身体を張ったアクション」とはよく言うけれど、ここまで来たら「命を張ったアクション」だろ。

それはたしかに迫力満点ですごいんだけど、あまり「すげぇ!すげぇ!」と誉めるとさ、「次回はもっとすごいアクションを!」ってなっちゃうでしょう?
そうやってエスカレートしていった先には、きっと死人が出ちゃうに違いないと思うと、ちょっと誉めるのを躊躇してしまいます。

今回は、主人公が「とても可愛い女の子」というところが、そうした感情に拍車をかけているように思います。
観る前は、か弱い女の子が屈強な男どもを粉砕する様は、さぞや爽快であろうと思っていたのだけど、実際に見てみると、爽快さよりも「あ、痛い痛い痛い・・・」という感情のほうが強くて。
殴る爽快感より、殴られる痛みのほうに、より強く反応してしまうんですよ。

やっぱり、主人公がとても可愛い女の子だから。
これが男だったら、殴られようが蹴られようが安心して観ていられるんだけど。
しかも、ガチンコファイトだから。
「もし間違って、顔に傷でも付いたらどうするんだよ」とハラハラしてしまいます。

ま、それだけアクションシーンがすごい!ってことなんですけども。
こと、女の子を主人公にしたカンフー(もしくはヴァイオレンス)・アクション・ムービーで、これ以上のものって、ちょっと無いんじゃないかなぁ。
これを越えようと思ったら、一にも二にもジージャーさんを越える女優さんを探さないといけないわけですが、無理でしょ。
あのルックスで、あの身体能力と根性は彼女以外にあり得ない。

そんな彼女の魅力にはぼくも完全にノックアウトされたので、次回作も、とても期待しています。
ただ、できればもうすこしコミカル路線でお願いしたいです。
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by kude104 | 2009-06-02 18:40 | 映画
新型インフルエンザがにぎにぎしいこの時に、なにも好き好んで不特定多数の密集空間に赴くこともないかなーという気もしましたが、せっかくの月に一度のイベントですんで、行ってきました映画サービスデー。
お目当ては、『スラムドッグ$ミリオネア』

ゴールデンウィークの映画サービスデーなので混んでいるだろうと覚悟して行ったのですが、劇場に着いてみると、意外や意外。
もしかしたら普段よりも人少ないんじゃねーの?といった印象。
もしかして、これってやっぱり新型インフルエンザの影響?
と思ったのだけれど、いざチケット買おうと電光掲示板を見ると、『スラムドッグ$ミリオネア』、すでに最終上映回を残してすべて満席でした。
行ったの、お昼前だったのに。
さすがは『スラムドッグ$ミリオネア』!

『スラムドッグ$ミリオネア』がダメだとなると、これはひょっとして『おっぱいバレー』コースになるのか?と、頭の中でチケットを買うシミュレーションを行いながら、でも、他にも『スラムドッグ$ミリオネア』を上映している劇場があったので、念のためにそちらにも行ってみました。
そしたら、そっちは結構空いてた。
小さな劇場だったので、みんなノーマークだったんだね。
ふふふ、こういうところで、経験の差が出るのだよ。


と、前置きはこのくらいにして。
感想としては、さすがに評判通り、面白かったです。
ただ、予想以上に、観終わった後にモヤモヤとした気持ちが残りますね。

というのも、スラムの厳しい現実が生々しすぎて、ミリオネアで賞金獲ったところでそれがなに?!ってな気持ちになってしまったから。
みんなたぶん、厳しい現実にも負けずに愛と誠実さを貫く主人公の姿に感動するのだろうけど、いや、ぼくもそれはそうなんだけど、それ以上に「貧困とはなんと悲惨な!」という感情のほうが強くて。

基本、おそらくファンタジーとして観るべき映画なのだろうけど、この「スラムの現実」が生々しすぎて、ファンタジーを楽しむ気分になれないよ。
かといって、「スラムの現実」を生々しく描いたドキュメンタリーもの、あるいは社会派ドラマとして観るには、ファンタジーの部分がある種のご都合主義的に思えてしまう。

このキメラ的な収まりの悪さが、素直に「面白かった!」と言えない原因でもあるし、この映画の深みの理由でもあるのでしょう。
単純なエンターテインメント映画でない一方で、非常にエンターテインメントな映画であるという・・・まぁ、フクザツな映画ですね。

貧困、怖い。
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by kude104 | 2009-05-01 22:02 | 映画
前回の続き。

鉄人兵団にあえて「疵」と呼べるものがあるとするなら、それは「過去を作り変えることで危機を乗り切る」ラストであろうと思います。

その理由として、ひとつには、今回この手を使ったなら、次回あるいは前回、言ってしまえばすべての危機は、これと同様過去を作り変えることで乗り切ればいいじゃないかと観客に思われてしまってはいけないということ。
過去の作り変えというのは禁じ手に近いくらいの万能策なので、できることなら使わないのが無難です。

ふたつには、タイムパラドックスが発生してしまうこと。
もちろん、SFにおいてタイムパラドックスが発生すること自体は問題ではありません。
が、これはひとつ目の話にも通じますが、鉄人兵団の場合、タイムトラベルが危機を乗り切るためだけに伏線もなくラストでいきなり使用されます。
それゆえ、ご都合主義的な印象を与えてしまっているように思います。

みっつには、ジュドのところでも書きましたが、いくら敵でありロボットであるとはいえ、こちらの正義でもって一方的に消滅させてしまって良しとすることに、多少の居心地の悪さを覚えること。
ちょっと独裁的な感じがしますよね。
ま、多かれ少なかれ物語は独裁的にならざるを得ないのですが、それなら武力でもって屈服させるほうがまだ健全に思えます。
過去を作り変えて消滅させるというのは、屈服のさせ方としては、なんかちょっと圧倒的すぎるやろと。

そうした理由から、ラストを「過去の作り変え」以外で締めるアイデアをいくつか考えたのですが・・・悔しいかな、「過去の作り変え」以上のアイデアを思いつくことができませんでした。

それほどに、あのラストの展開は神すぎる!

しずかとリルルが過去に戻ってからのリルル消滅→天使になったの展開は、まさに神がかり的と言うほかありません。
鉄人兵団を名作たらしめている要素の8割は、このラストの展開にあるといってもいいんじゃなかろうか。
これを壊してしまっては、なんのためのリメイクだか分からなくなってしまいます。

あのラストを保つためには、どう考えても、リルルはやはり消滅しなければなるまい。
単に壊れるとかではダメでしょう。
あの、握手を交わした瞬間に跡形もなく消滅するところがたまらない。
消滅して、そして、天使に生まれ変わらなければならない。
消滅するだけでは悲劇が勝ちすぎるところを、最後に「天使になった」という希望を残すバランスが素晴らしい。
メカトピアの建国神話はもとより、思えば序盤にリルルが空を飛ぶことすら、リルルが天使になることへの伏線だし。

リルルを消滅させ、しかも「天使に生まれ変わったに違いない」という希望を残す展開を可能にするアイデアなんて、過去を作り変える以外にぼくには思いつきませんでした。
でも、せっかくのリメイクごっこの完結編をオリジナルのままで終わりとするのも面白くありませんから、せめてもの一工夫を加えてみよう。
以下、「見てるか、B級!?  ドラえもん のび太と鉄人兵団」を参考に、オリジナル版のラストを思い浮かべながらどうぞ。

しずかとリルルは過去に戻り博士にロボットを改造してくれと頼むのだけど、それは無理だと断られてしまいます。
「優しさ」や「思いやり」のような複雑な感情は、とてもプログラムできるものではないこと。
また、もし仮にできたとしても、それで本当に未来が変わるとは限らないこと。
未来は人々(この場合はロボットたち)の選択の積み重ねで作られるものだから、いくら過去の一点を作り変えたとしても、そんなものはこの先連綿と続く人々の選択の前では無意味に等しい。
ロボットたちが自らの意思で平和な未来を選択しなければ、それは訪れないのだと博士は言います。

ならば、わたしの記憶をアムとイムにコピーしてほしいとリルルは博士に頼みます。
わたしの記憶には地球で学んだ優しさが詰まっているから、それをメカトピアの未来に託したいと。
のび太やしずかたちと過ごした日々の思い出がみんなにもあれば、メカトピアはきっと平和な未来を選択してくれると信じているから。

そんなことをして、もし本当に未来が変わったなら、きみは消滅してしまうかもしれないぞ。
それでもいいのかと博士はリルルに尋ねます。
かまわない。
「だって、静香さん、私、本当の天国を作るのよ。
 そして私は、メカトピアの天使になるの」

博士はリルルの記憶をアムとイムにコピーします。
はたして本当にメカトピアは平和な未来を選択してくれるのか──!?

「リルル!!」
「静香さん、うまくいったみたいね。良かった……。
 今度生まれ変わったら……天使のようなロボットに──」
「リルル、あなたは今、天使になってるわ」
「うれしい……涙なんか流すロボットなんて、変よね?」
「二人は、ずっと友達よ」
「おともだち……」
「リルルー!!」

リルル消滅。
ロボット兵団も消滅。
このとき、ジュドにもひとこと別れのあいさつをさせてあげたいですね。
そして日常に帰って、のび太がリルル(の幻?)を見て、「そうさ、リルルは、天使さ」で、おしまい。


以上、6回に渡ってお送りしてきました「ドラえもん のび太と鉄人兵団」リメイクごっこ、これにて終了とさせていただきます。
長らくのお付き合い、まことにありがとうございました。
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by kude104 | 2009-04-08 23:59 | 映画
前回の続き。

ジュドが鏡面世界の出入り口を無理やり広げようとして大爆発するくだりをどうしようか悩みましたが、あまりよい代替案は浮かびませんでした。
とりあえず、しずかがリルルの看病をするシーンは必須なので、リルルは負傷しなければならない。
しかし、のび太たちがリルルに危害を加えるわけにはいかないから、負傷は事故によるものとするのが望ましい。
となると、やはり「出入り口を無理やり広げようとして大爆発」とするのが、流れ的に無難かな、と。

ただ、出入り口である湖は無理やり広げずとも十分広いので、一工夫しておこう。
湖への逃げ道を先回りで塞がれたのび太とドラえもんは、「おざしきつり堀」なり何か別の水面なりを出入り口に変えて脱出──としておけば、「そこをジュドが無理やり広げようとして」につながりますよね。
このときついでに「鏡面世界の出入り口は閉じられない」という設定についても説明しておくと良いでしょう(つまり、爆発で出入り口は閉じない)。

他、変更点としては、ジュドの頭脳を改造して仲間に加えるくだりが無くなるので、かわりに大爆発の後、ジュドはのび太たちに捕獲されることにしましょう。
のび太たちとしては、ジュドはまだ敵側ですので放置しておくわけにはいかず、かといって破壊するのも心情的にできないでしょう。
捕獲しておくのが一番です。
リルル同様、一部故障しており、それを修理するためという理由でもいいですね。
巨大ロボの状態では捕獲するのも大変ですから、球体(頭脳)だけを取り出して捕獲する形がよいかと思います。
スモールライトで小さくして・・・というのは、絵的に面白くないですし。

これで、しずかの看病を受けるリルルとそれを見ているジュド、という図式を作ることができ、リルルはもちろんジュドにも「人間の優しさ」を知る機会が得られます。
むしろ、看病されるリルルよりも、その様子をずっと見ているジュドのほうが、より詳しく知ることができるかもしれませんね。

このあとリルルが逃亡するとき、ジュドも一緒に連れて行きます。
リルルは司令官に計画中止を訴えて捉えられ、一方ジュドは「お前ははやく身体に戻れ」ということで、再び巨大ロボに戻ります。

そしていよいよ湖での最終決戦。
メカトピア軍を迎え撃つのび太たちですが、せっかく倒したロボットも仲間のロボットたちに回収され、修理されて再び現れるというふうにしましょう。
「もっと木っ端みじんにする道具ないの!?」
「無茶言うな、ぼくは子守ロボットだぞ!」
みたいなやりとりを入れておくことで、ドラえもんの道具が兵器ではないことを示しておくと良いのではないでしょうか。

そんなふうにアップアップしているところに、いよいよジュドが現れます。
「やっぱり敵として現れたか! でも、あんな巨大ロボに勝ち目ないよ・・・」と思ったら、なんとジュドがのび太たちの味方になって戦ってくれる!という展開は、べただけどアツいんじゃないかな。
ジュドには、これまでのうっ憤を晴らすがごとく、巨大ロボ状態で思いっきり暴れていただきましょう。

──と駆け足ですが、ようやくここまで漕ぎ着けて。
次回はいよいよラストです。
鉄人兵団最大のツッコミポイントである「過去の作り変え」について、乞うご期待。
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by kude104 | 2009-04-03 22:20 | 映画

ヤッターマン

4月1日はネットニュース見るのめんどくせー。
ページ開いてから「あ、ウソか」ってなるの、ほんとやめてもらっていいですかね。


──と愚痴から始まる今回は、毎月恒例映画サービスデーのお話。
今回観たのは、「ヤッターマン」です。
これ、ずっと観たかったんだよねー。
観たかったのは、正確には、ドロンジョ様だけど。

感想は、大満足です。

いやもうね、映画としては、バカバカしいですよ。
物語的には、「感動あり」とか言ってますけど、しょーもないですよ。
でもいい。
この映画は、とにかくドロンボー一味が映っていればそれだけで楽しいと、そういう映画だから。

あのただでさえ個性的なアニメのキャラクターを実写化して、一ミリの違和感も感じさせないんだからすごい。
なんというキャスティング。
まさに奇跡としか言いようがない。

まず何と言ってもドロンジョ様ね。
深田ドロンジョ。
すごくいい。
アニメのドロンジョ様はぼくの中では「セクシーなおばさん」というイメージなんだけど(たぶん、子どものころに見た記憶でそうなっちゃったんだな)、深田ドロンジョ様は「セクシーな女の子」って感じで良い。
声やしぐさが子どもっぽいところがまた、セクシーな見た目とのギャップで、いいね。

そして、生瀬ボヤッキー。
実写化するにあたって一番難しいキャラクターがこのボヤッキーだと思うけど、それを完璧になりきっているのだからすごいよね。
深田ドロンジョに目を奪われがちだけど、生瀬ボヤッキーこそが今回のMVPでしょう。

劇場には子供連れがけっこう見受けられましたが、この映画、ターゲットはどう見ても大人ですよね。
一応子どもにも配慮してありますが、大人が見るとそうとわかるエロネタや下ネタがけっこうあったりしますし。
あと、意外と(でもないのかな)女性客が多かった。
観終わって劇場でるとき、きゃっきゃと喜んでいる女性客が多かったのが、ちょっと意外でした。
ぼくの前にいた女性もそんな感じだったので、嵐の櫻井くんのファンなのかなと思っていると、ケンコバの魅力について熱く語っていたのが、なんとなく、「ああ、なるほど」という感じでした。
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by kude104 | 2009-04-02 17:43 | 映画
前回の続き。
のび太、しずか、ドラえもん、リルル、ジュド(球体)でジュドの身体を組み立てるという展開で。

パーツの組み立てが完成するまでに、物語内時間でだいたい1週間くらいでしょうか。
その間、当然「今日はもう遅いから家に帰って、作業はまた明日」ということになります。
でも、リルルたちには帰宅するべき家がありません。

のび太「あれ、キミたちは家に帰らないの?」
リルル「ワタシの家は遠いから」
のび太「そうか、外国から来ているんだもんね(のび太はリルルを外国人だと思っている)」
しずか「じゃあ、ごはんやお風呂はどうするの?」
リルル「(鏡面世界の)そのへんの家を使うわ」
しずか「それじゃさびしいでしょ。そうだ、私のうちにいらっしゃいよ」

リルルとしても、人間社会を詳しく調査できるし、のび太たちが秘密を漏らさないか見張るためにも好都合です。
そこで、リルルはしずかの家に、ジュドはのび太の家にて、パーツ完成まで一緒に暮らします。

パーツを組み立てるだけじゃなく、一緒に生活もすることで、彼らの親密感はより一層深まることでしょう。
のび太たちと共に過ごす時間を長くとればとるほど、リルルの変化もより説得力を持つし、観客たちもリルルに深く感情移入し、ラストの別れがより一層ドラマチックになるというものです。

また、鉄人兵団と言えばリルルとしずかの交流の物語でもあるのだけれど、オリジナルでは親しくなる前に別れが来てしまい、一緒に過ごす時間はそれほど長くありません。
だからせめてリメイク版では、彼女たちが仲良く過ごすことのできる時間を作ってあげたいというファン心でもありますね。
リルルとしずかが一緒にお風呂に入るサービスショットも、ぜひ用意してあげたいものです(全国の男子に)。
尺に余裕があれば、しずかのパパとママがリルルに暖かく接するシーンを入れておくと、さらに効果的かと思います。

そうした時間も、組み立てが完成することで終わります。
完成して、とりあえずは巨大ロボとなったジュドのお披露目(空を飛んだりとか)をひととおり済ませた後、リルルとジュドはいよいよ基地の建設を開始します。
名目は、ジュドのための基地とかなんとか。

ジュドのビームで鏡面世界のビルを次々と破壊し基地の建設を始めるわけですが、のび太たちからしてみれば、いくら鏡面世界とはいえ、自分たちの町をドカドカ破壊されて平静ではいられないでしょう。
友だちがいきなり豹変するというか、「○○ってこんなやつだったんだ。思っていたのとは違うぞ」というときの居心地の悪い感じ、皆さんにも経験あるんじゃないでしょうか。

そんな感じで、のび太たちはリルルたちに近寄りがたいものを感じ、以後、鏡面世界から足が遠のいてしまいます。
しばらくして、「そういえば、リルルたちどうしているだろう」とふと気になったのび太が、久しぶりに鏡面世界を訪れてみると──オリジナルの、のび太がふたたび鏡面世界を訪れたら、ロボットがわらわらいて町がSFみたいになっていたというシーンに繋がります。

ちなみに、この展開だと、巨大ロボに「ザンダクロス」と名付ける機会がないのが残念です。
せっかくだから、この名前は使いたいんだけどなぁ。
強いて考えれば、巨大ロボとなったジュドに、のび太が勝手に「ザンダクロス」と名付けちゃうとかかなぁ。

続く。
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by kude104 | 2009-03-29 23:59 | 映画
前回の続き。
メカトピアの地球侵略が明らかになる前の部分を、のび太・ドラえもんたちとリルル・ジュドとの交流をメインに作り変えてみましょう。

まず、前回、鏡面世界の出入り口を閉じられない設定としたので、のび太の部屋から「おざしきつり堀」で鏡面世界に入るくだりは変えなければなりません。
「巨大なロボットのようだから、どうせなら、鏡面世界への出入り口は大きいほうがいい」とかなんとかいって、初めから最終防衛戦の舞台となる湖に出入り口を作ってしまいましょう。
でないと、あとから湖に出入り口を作る理由がありませんから。

次に、オリジナルではジュドの頭脳である球体が巨大ロボのパーツを呼び寄せる設定になっていますが、これを変更します。
頭脳とは別に、パーツを呼び寄せる「転送装置」を登場させよう。
のび太が拾うのは、この転送装置とします。
転送装置を鏡面世界に持ち込むことで、それ以降、パーツはダイレクトに鏡面世界に届きます。
こうしておけば、のちに鏡面世界に作った基地の転送装置でメカトピア軍が現れるという設定が理解しやすくなるでしょう。

で、いよいよ今回の本題です。
オリジナルでは、のび太とドラえもんの二人だけでロボットの組み立てを行いますが、これを変更します。
まず、組み立てを開始してすぐに、のび太はしずかにそのことを話して鏡面世界に誘います。
このとき、いきなりですが、その話をリルルに聴かれてしまうという展開に持っていきます。

──したがって、リルルの初登場はこの少し前。
のび太が北極から帰ったあたりか、初めて鏡面世界に入ったあとくらいになりますね。

話を聞いた時点でリルルとのび太たちを接触させていっしょに鏡面世界に行ってもいいし、ここでは一旦リルルはこっそりのび太たちの後をつけるにとどめて、後日接触する展開に持っていってもいい。
しずかが加わり、すぐにリルルが加わるとちょっと展開がバタバタしすぎる気もしますが、とはいえ、映画の時間尺を考えると、ここはテンポよく進めたいところでもあるし。
いずれにしても重要なのは、ロボットの組み立てが完成する前に、鏡面世界に、のび太、ドラえもん、しずか、リルル、ジュドを集めることです。

ジュド(の頭脳)は、オリジナルではママに物置にしまわれてしまいますが、普通にパーツと一緒に鏡面世界に持ち込むということで。
リルルが加わった時点で、球体がジュドの頭脳であることが明らかになり、ドラえもんの道具によって会話できるようになればよいかと思います。

この5人(2人と3体)で、ジュドの身体の組み立て作業を行います。
つまり、ジュドの身体を組み立てている間を、彼らが親しくなるための交流期間とするわけです。
やはり、仲良くなるには、一緒に協力してひとつの物を作るのが一番ですからね。

これにより、リメイク版のジュドは、前半が球体キャラクター、後半が巨大ロボキャラクターという、ちょっと面白いキャラになります。
球体のときにはいじられキャラのような立ち位置にしておくと、巨大ロボになった時にギャップが生まれて面白かろうと思います。

──といったところで、まだまだ続きます。
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by kude104 | 2009-03-28 21:08 | 映画
前回の続き。
鏡面世界の出入り口を壊してしまえば、戦わずにメカトピア軍を鏡面世界に閉じ込めることができてしまう点について。

たとえば、「現実世界の人間もしくは物質が鏡面世界にいる状態で、鏡面世界の出入り口を閉じることはできない」という設定を付け加えるというのはどうか。
あるいは、「鏡面世界の出入り口を閉じると、現実世界から鏡面世界に持ち込まれた人や物質はそのまま現実世界に戻る」でもいい。
いちおう未来の道具なんだし、使用者が誤って鏡面世界に閉じ込められてしまう事故が想定される以上、こうした安全装置が設けられていても不思議はない。

「出入り口を無理矢理広げようとして大爆発」のくだりに多少の変更が必要になりますが、それはどうとでもできるでしょう。
とりあえず、これで最後の地球防衛戦につながります。

ひとつ目の作り変えはこんな感じでいいとして、次、ふたつ目。
ふたつ目として個人的に気になるところは、メカトピア軍を迎え撃つにあたって、ザンダクロスことジュドの頭脳を改造して味方につけることろです。
いくらロボットとはいえ、脳みそ改造して味方につけちゃうのはどうだろうねぇ。
なにしろ、かたやリルルがロボットでありながら人間の心を獲得していくだけに、ロボットだから脳みそ改造してもOKと処理するには、ちと苦しい気がします。

加えて、鉄人兵団で、ロボットと人間の友好を唱えるのはリルルだけです。
人間側から見れば「リルル正しい」でOKなのですが、メカトピア側から見れば、たった一人(一体)の考えだけで最終的には歴史を書き換えられて消滅させられてしまうことになります。
たとえばここにもう一体、リルルの考えを支持するロボットがいるだけでも、ずいぶんと印象が違ってくるのではないか。
リルル一人だけがイレギュラー的にそう思ったのではなく、他のロボットたちも機会があればリルルと同じ考えに至ったはずだと思わせるには、もう一人誰か必要でしょう。
その役目をジュドに担ってもらうのはどうだろう。

つまり、ジュドもリルルと同様、のび太たちと接するうちに親しい感情が芽生え、最後は自らの意思でのび太たちに味方する、という展開です。
のび太たちのピンチにジュドが自らの意思で助けに現れるという展開は、きっとリメイク版の新たなドラマチックポイントになり得るでしょう。

ただ、自らの意思でのび太たちに味方することをジュドに決意させるためには、ジュドとのび太たちとの交流の機会を作らなければならない。
それには、ザンダクロスにジュドの頭脳を初めから、もしくはかなり早い段階で収めなければならず、この作り変えは少々難しいやもしれません。

もうひとつ。
リルルがロボットと人間の友好を考えるにあたって、ドラえもんの存在を上手く使えないものでしょうか。
同じロボットであるドラえもんとのび太たちとの関係に、人とロボットのあるべき姿を見る──と。
ドラえもんというお手本を置くことで、リルルの変化により説得力が生まれると思うし、鉄人兵団の中におけるドラえもんの立ち位置がより面白くなるのではないでしょうか。

といったあたりを考えると、物語の前半部分、メカトピアの地球侵略が明らかになる前の部分を、のび太・ドラえもんたちとリルル・ジュドとの交流をメインに作り変えてみたい。
これを大きくふたつ目の変更点としよう。

といったところで、またまた次回に続く。
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by kude104 | 2009-03-22 22:52 | 映画