世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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カテゴリ:映画( 154 )

今年もどうにか無事にドラえもん映画を観に行くことができました。
今年は「映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~」ということで、かの鉄人兵団のリメイクですね。

結論から言うと、意外にも!奇跡的にも!ほぼ完璧な出来栄えだった!
いやあ、正直まったく期待していなかっただけに、驚いた。
たとえば、オリジナルの旧作と今作とどっちを観たらいい?と訊かれたとして、場合によっては今作のほうをおすすめしてもいいくらいの仕上がりでしたよ。

鉄人兵団のリメイク妄想ネタは以前このブログに書いたのだけれど、その中で、オリジナルの問題点として挙げていたひとつが「ザンダクロスことジュドの頭脳を改造して仲間にしちゃうのはどうよ?」という点(鉄人兵団をリメイクするなら その2)。
リメイクするなら、ぜひ、リルルとしずかの交流に加えて、ジュドとのび太の交流を描くことで、ジュドが自らのび太たちの「友だち」になる展開を作って欲しいと書いたのですが、まさにそのように作られていた!

リメイク版では、リルルとしずかの交流をよりいっそう深く描くのかと思いきや、むしろジュドとのび太たちの交流のほうがメインになっていましたね。
その際に、ジュドとリルルの心が繋がっているという設定を加えたのが上手いなぁと思いました。
これによって、ジュドとリルルがのび太たちに心を許す展開を、それなりに上手く描写できていたように思います。

ジュドがへんなヒヨコみたいになったときは、「それはどうよ」と思わないでもなかったですが、まぁあれくらいの力技は許容範囲内ということでよしとしよう。
へんなツンデレ演出もね、まぁ、あれはあれでいいかなと思うのですよ。
戦闘シーンなんかもリメイクによって迫力が増しているし、なによりザンダクロスが活躍するシーンがかっこよく描けているのがいい!

唯一残念だったのは、スネ夫の玩具のロボット・ミクロスの活躍が大幅にカットされてしまった点でしょうか。
個人的な不満点というか残念要素はそのくらいです。

ということで、予想に反して実によく出来ていた今回のドラえもん映画。
おじさん、この歳で危うく感動して泣いちゃうところだったよ。
ラストはやっぱり、何度見てもぐっと来るねぇ。
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by kude104 | 2011-04-03 15:57 | 映画
どうにも気になったので買ってしまった。
「ドラえもん のび太の人魚大海戦」の漫画版。
で、読んでみたところ、やっぱりね。
ストーリーのあらすじは同じなんだけど、映画版と漫画版とで細部がかなり違っている。
漫画版ならば、まぁそれなりに、きちんとまとまっている印象だ。

おそらく真保裕一さんの脚本というのは、この漫画版のことだろう。
というか、そもそも「脚本」という肩書表現が違っているんじゃないだろうか。
真保さんが担当されたのは、おそらく、「ストーリー原案」とでも呼ぶものじゃないかと思う。
一般的な意味での「脚本」に当たるものは、アニメ映画で言えば絵コンテだろうね。

この絵コンテの作成について、真保さんはノータッチなんじゃないかと推測する。
印象としては、どうも「ストーリー原案を元に勝手に絵コンテ作りました」という感じだ。
なので、今回の映画の場合、正しくは「ストーリー原案・真保裕一、脚本・楠葉宏三」として捉えるべきで、それならばあの仕上がりも納得できようというものだ。

映画版と漫画版との違いをいくつか挙げてみよう。
当然のことながらネタバレになるので、気になる人はスルーしてね。

最大の相違点は、物語のキーアイテムである「人魚の剣」の入手方法というか出現条件。
剣の在処を示す「謎」が、漫画版ではそれなりにきちんと謎解きになっているのに対して、映画版では正直謎のていをなしていない。
おそらく、漫画版の謎は子どもには難しい、もしくは映像では伝えきれないと思って変更したのだろうけど、結果、ひどいことになってしまった。
五角形とか、マナティアの像とか、人魚の鎧とか、そうした設定がぜーんぶ意味なくなっとるからね。

もうひとつは、人魚族が故郷の星を追われたのがいつか?という設定。
映画版では、たしか何世代も前の出来事となっていたように思う。
一方漫画版では、ソフィアが生まれたての頃の出来事となっている。
映画を観ていて、ソフィアの両親が出てこないことを「なぜ?」と思っていたのだけど、漫画版だと、怪魚族に攻められたときに両親を亡くしたという設定になっている。
これについても、「人魚族と地球人とで時間の経過が違う」という設定が子どもには分かりにくいと判断したのだろうけど。

根本的に、子どもをなめすぎなんだよね。

たしかに、子どもには難しいという判断はそのとおりなのかもしれない。
でも、「じゃあ、どうすれば子どもにも分かりやすく伝えられるか?」といったことを検討したのか、と。
また、「今は分からなくても、後々そうだったのか!と気づいてくれればいい」という判断もあっていいんじゃないかと思う。
そもそも、上記の謎や設定が難しくてダメという子ども――ダジャレや顔芸で喜ぶ子どもには、普通の短編やったほうが喜ぶんじゃねーの?って話だ。
だったら、ドラえもんズでいいやん。

最後に、映画版でもっともシラケるシーン。
怪魚族との決戦を前に、唐突に、祖母がソフィアに「今まで辛くあたってごめんなさい。あなたを愛しています」とか言い出して、全権をソフィアに譲るシーン。
漫画版には、一切そうしたシーンはない。
どーせ、「家族愛も欲しいよね」みたいなことで付け足したシーンだろうけど、こういうことを平気でやってしまうからダメなんだよ。
現場でも「これは無いな」と思いながらも会社の指示で仕方なくとかだったら同情もするけど、本気で「これで良し」と思って作ったんなら、もうダメだ。

昔のドラえもん映画が面白かったのは、当時は映画の脚本も藤子・F・不二雄さんが手がけていたからに違いない。
真保さんも、そこまで引き受けてくれたら良かったのに。
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by kude104 | 2010-03-26 18:31 | 映画

アバター

ようやく噂の「アバター」を観てきました。
前回「コララインとボタンの魔女」で3D体験に失敗したこともあり、また、どうせ観るならと言うことで、IMAXで観てきました。
なんでも、IMAXシアターは日本に4館しかないそうで、そのうちの一館が幸いにも近くにあるならば、観に行かねば勿体無いよね。

で、観たわけですが、いやあすごかった!
まさかこれ程とは。

ぼくがこれまでに観た3D映像というと、途中リタイヤしたコララインと、あとはUSJのアトラクションくらいです。
なので、アバターの3Dも同じようなものだろうと思って観に行ったんですが、ぜんぜん違った。
これ、同じ3Dと言っていいの?ってくらい違う。

コララインなんかは、言うなれば、飛び出す3Dだ。
平面の映像を基本として、要所要所にキャラクターなりオブジェなりを手前に浮かび上がらせることで、3Dの映像を作っている感じ。

対するアバターは、奥行きを表現することで3D映像を作っている。
まるでスクリーンが窓で、その向こうに映画の世界が実際に存在しているかのような立体感だ。

3Dの映像というと、たいていは飛び出す映像を作りたがるというか、無意識にそういうものだと思ってしまうよね。
それに対して、「3Dの映像とは奥行きの表現である」という、この着眼点はまさに天才的!
こういうところが、天才と凡人の違いなんだなぁ。

アバターが映画として面白いか面白くないかは人それぞれだとしても、この3D映像の「発明」は間違いなく映画史上のエポックメイキングとして歴史に残ることだろう。
サイレントからトーキー、モノクロからカラー、そして2Dから3D。
なにかこう、そういう時代の転換に立会ったような気分になるね。
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by kude104 | 2010-03-19 16:44 | 映画
今年も観てしまった。
ドラえもん映画。
今年のは「鬼岩城」のリメイクかと思いきや、「深夜の町は海の底」を元にしたオリジナルストーリー「のび太の人魚大海戦」でした。

今回は記念すべき30作目ということで、さぞ気合が入っているに違いないと期待したのだけど、特にそうでもなかった。
挿入歌として武田鉄矢さんの歌が流れるあたりは、30作目ならではスペシャル企画としてオールドファンには嬉し懐かしなところではあったけれど、いかんせん、楽しそうな場面に物悲しい歌が流れるというミスマッチな事態に。
ちゃんと「こういう場面で流すので、こういう雰囲気の曲にしてください」とオファーしたのか?

脚本は真保裕一さん。
この人の小説はけっこう面白いとぼくは評価しているので、今回も「彼の脚本ならば」と期待していたんですが・・・。
うーん、どうしてこうなった。
これ、本当に真保裕一さんが脚本書いたの?
名前だけで、別の人が書いたんじゃなくて?

ドラえもん映画としては特別駄作という程ではなく、近年のドラえもん映画と同じようなレベルだったと思うのだけれど。
仮にも江戸川乱歩賞や日本推理作家協会賞など、数々の賞を受賞した作家が作ったお話にしては、テンポ悪いは、キャラクター活きてないわ、「謎」はチープだわ、矛盾や突っ込みどころ満載だわで、これ本当に真保裕一さんが脚本書いたの?
信じられない。
元の脚本と出来上がった映画の内容が全然違うというのはよくあることで、今回もきっとそうだったんだと思いたい。
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by kude104 | 2010-03-16 23:32 | 映画
今日は映画サービスデーということで、「コララインとボタンの魔女」を観てきました。
もちろん、3Dで。
前回「カールじいさん~」を観た際に、これの予告編を観て、「おもしろそうだなー」と思ってたんですよね。
こういう、ちょっとダークファンタジー的なアニメーションって、好きです。
また、初の3D映画体験としても、「アバター」だとなんかちょっといかにもな感じなので、これくらいがちょうどいいのではないかと思ったりして。
CGアニメーションと3Dって相性良さそうだし。

今回ぼくが観た3D方式はXpanDというやつ。
メガネにちょっとした装置が組み込まれていて、スクリーンからの信号を受けて、メガネの右目と左目の視界が交互に高速に閉じることで、強制的に片目パチパチ状態を作り出して立体視させるというものです。
ちょっとメガネがごついんですが、けっこうストレスなく3D映像が観られるもんですね。

上映前に、「ここでメガネをお掛けください。メガネに不具合があったらスタッフにお知らせください」みたいな映像が流れて、「おいおい、不具合なんてあるの? いやだなー。俺、こういうの引き弱いんだよなー」とドキドキしたけど、問題なく観られて一安心。
ぼく、映画観るときは視力用の眼鏡かけるんだけど、その上から3Dメガネかけても大丈夫だったので、それも安心した。

で、問題の3D映像だけど。
なんか自然に3Dな感じでした。
目の前にぐわっと飛び出してくるようなケースではあからさまに3Dって感じだけど、普段のシーンでは、ごく自然に実物の映像を観ているかのように3Dでしたね。
3Dであることを感じさせない3D。

途中で3Dメガネ外して観てみたんだけど、意外にも、だいたい普通に2Dとして観られた。
ときどき部分部分で映像がブレた感じになっているところがあって、きっとそこが立体的に見えている部分なのだろう。
あの感じだと、基本2Dで、要所要所に3D効果を加えているという感じかな。
だから「3Dであることを感じさせない3D」という印象だったのだろうと思う。

ちなみに、色合いはメガネなしで観た方がきれいに見えるね。
メガネかけると、ちょっとサングラス的な色が付く感じがある。

と、3D映像を楽しんでいたら、上映から30分くらいが経過した頃かなぁ。
突然、映像がチカチカし始めて。
どうも、ぼくのメガネの左右の目を閉じる機能がおかしくなったらしい。
「ええぇ、このタイミングで不具合?!」って感だよマジで。

これが上映前の「メガネに不具合があったらスタッフにお知らせください」ってときであれば、「はい、不具合です」とすぐ交換してもらえますよ。
でも、いま上映中だからね。
交換してもらおうと思ったら、ぼくは中央付近の座席で観ていたので、他のお客さんの前を「すみません、通してください」と謝りながら、ものすごい邪魔になりながら劇場を出て、スタッフ探して、メガネの不調を訴えて、交換してもらって、再び劇場に戻って、「すみません、通してください」と謝りながら、ものすごい邪魔になりながら座席に戻ってこなければなりません。

絶対、イヤ!

考えただけで、げんなりだ。
なので、しばらくの間、メガネをはずしてはかけて、直ってないかな・・・やっぱり駄目だ、このまま我慢して観てみようかな・・・やっぱり無理だ、ええいメガネなしで見てやろうか・・・やっぱりつらい、と散々悩んだ挙句、結局、もういいや、と。

「すみません、通してください」と謝りながら、ものすごい邪魔になりながら劇場を出て、スタッフ探して、メガネの不調を訴えて、お金返してもらって帰りました。

正直、劇場からの帰り道、ものすごい悲しい気分でした。
こんないやーな気分を味わうのも久しぶりですよ。
ぼく、こういうの引き弱いんだよなぁ。
次また3D映画観るの、怖いわ。
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by kude104 | 2010-03-01 20:54 | 映画
昨日は映画サービスデーということで、例によって映画観てきました。
観たのはこれ、『カールじいさんの空飛ぶ家』
・・・どうしても、つい、「カールおじさん」と言いたくなってしまう。

それにしても、さすがはピクサーと感心せずにはいられない。
かつて、「アニメは子供のもの」というイメージを壊し、大人の鑑賞に耐えうるものだと示したのは日本のアニメだったけど、今やアメリカのCGアニメがその役を担っている感があるね。
だって、『カールじいさん』、冒頭10分ほどで主人公が少年から大人へと成長し、妻と出会い結婚し年老いて、そして妻に先立たれる――そこから物語がスタートするんだもん。
この時点で、あやうく泣きそうになったよ。

子どもの頃の夢。
妻と交わした約束。
いつか叶えようねと笑い合ったけれど、その「いつか」は永遠に来ることなく色あせて行く・・・。
それでも私たちは幸せでした。
――みたいなね。
なにこれ切ない。

で、じいさん追い詰められて、夢であり妻との約束だった冒険の旅に出かけるわけだけど、ひょんなことからその道連れになるのが太っちょで可愛くないガキと来たもんだ。
たぶん、中国か韓国系の子どもって設定だろうね。
見た目的に。

主人公は偏屈なじいさんとアジア系の太っちょなガキで行きましょうなんて企画、よく通ったよなー。
日本だったら、とりあえず子どもは可愛い女の子になっちゃうよねー。
あ、そういえばこのアニメ、萌え系のキャラクター一切出てないや。

技術的にも、CGの質感みたいなものって、今やすごいレベルになっているんだね。
動きにしても。
CGなんだけど、一昔前のCG臭さが全然ない。
実写でもない、アニメでもない、CGアニメという表現映像が、ごくごく自然に成り立っているところまで進化したんだなぁ。

そのために、ピクサーはずーーーーっと、CGアニメの研究を、おそらくけっこうなコストを掛けてやって来たのだろう。
もしかしたら、他のスタジオも負けず劣らずなのかも知れないけど、「こりゃ一朝一夕には追いつけない高みにまでピクサーは行ってしまった」と思わずにはいられないよ。

なんか、日本が萌え萌え言っているうちに、こんなに差が開いちゃった・・・という気がしてなりません。
いやわかってる、同じ「アニメ」と言ってもぜんぜん違うものだから、比べるもんじゃないってことは。
でも、「日本が世界に誇るアニメーション」って、もうそろそろ言うの恥ずかしくなってきた気がしてしょうがないんだ。
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by kude104 | 2010-02-02 21:30 | 映画

0巻

「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」を観てきました。
観に行ったのは月曜日なんだけど、平日なのに超満員だったのには驚いた。
やっぱり、みんな来場者プレゼントの『0巻』目当てなのね。
かく言うぼくもそう。
「ま、無くなることはないだろう」と余裕こいていたけど、この様子だと絶対とは言い切れない感じだね。
とりあえず、無事にゲットできて良かったです。

今回は漫画原作者の尾田栄一郎さんが自らストーリーを書き下ろし、製作総指揮も担当したということで、かなり期待して行きました。
主題歌もミスチルだしね。
なにこの力の入れようは、みたいな。

結論から言うと、ま、期待しすぎた感はある。
言ってもやっぱり、『ジャンプ漫画の劇場版』だなぁ。
ティーンエイジャー向けな感は否めない。
というか、そもそも元からティーンエイジャー向けの映画に、「おっさんが何期待してんだよ」という話なので、間違っているのはぼくのほうだ。
それでもまぁ、それなりに楽しく最後まで鑑賞できたという点で、「かなり出来がいい」と言って良いのかもしれない。
『0巻』のおまけでこの内容なら、充分満足できる。

もっとも、劇場内の客層としては、ティーンエイジャーよりもう少し上の方々が主流だったけど。
女性客が多かったのがちょっと意外でしたが、上映終了後に、そこかしこで彼女たちの「〇〇(登場キャラクターの名前)がチョーカッコよかったぁ!!」というテンション高めな声が聞こえてきて、なんか納得。
基本的には、ワンピース好きが観て楽しむ映画だろうなぁ。
「ワンピース知らないけど人気だし観てみよう」という人には、ま、特にどうということのない映画かと思います。

ぼくは漫画は読んでいるけどTVアニメなどは観ていないので、今回はじめてワンピースのアニメというものを観たのだけど、漫画ではさほど違和感を覚えないボケ・ツッコミや必殺技の名前を、セリフとして聴くとなんかちょっと恥ずかしいのね。
そこが一番「ティーンエイジャー臭」を感じたところです。

などと否定的なことばかり書いていますが、カッコいいことはカッコいい。
へんてこな生き物たちが暴れまくる感じも迫力あるし、敵のアジトに殴り込みに行くシーンなんかは、男の子のハート鷲掴みですよ。
『ジャンプ漫画の劇場版』の期待値で観にいけば、大満足の一品であることは間違いなかろうと思います。
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by kude104 | 2009-12-23 16:54 | 映画

ざわざわ・・・

今日は映画サービスデーということで、「カイジ ~人生逆転ゲーム~」を観てきました。
原作の漫画が好きなので、どんなふうになっているか興味深々というか、ほとんど「ネタ」のつもりで行ったのですが、いやあ、予想以上に楽しめました。

これを、原作を知らない人が観ると、どういった感想になるのかは分かりません。
よくありがちな「原作を知らないとストーリーなどが理解できなくて楽しめない」ってことはないと思いますが。
ただ、原作を知っている人間の場合、楽しむポイントが違っちゃうから。
原作が、キャラクターにしろ、セリフにしろ、とにかくインパクトの強い内容なので、映画でそれが再現されていると、それだけで非常に面白く感じてしまうんですよね。
ストーリーの面白さとかは正直どーでもいいというか、そんなところに評価ポイントを置いていない。
だって、原作のストーリーを2時間そこらで完ぺきにやれるはず無いもの。

その点で言えば、カイジ役を演じる藤原竜也さんが、素晴らしかった。
見た目が漫画のカイジと全然違うのでどうかなぁと思っていたのだけど、見事に「ダメ人間」のオーラがひしひし出ていたものね。
班長役の松尾スズキさんなどは、ほんと漫画そのままのイメージで、見ているだけで面白くてしょうがない。
それと、俳優さんは分からないのですが、三好もほんとそっくりで笑っちゃう。
利根川役の香川照之さんも、漫画のイメージとはぜんぜん違いますが、意外と利根川役がハマっていて良かったです。

遠藤役は・・・俳優さんがどうこうというより、原作通り男で良かったんじゃないかなぁ。
なんで女に変えたんだろう。
たしかに遠藤も男だと、男率が異様に高いというか、メインキャラ全員男になるけど。
一人くらい女にしても、焼け石に水でしょ。
「利根川との確執」みたいなものを盛り込むための変更かとは思いますが、ここは「男と女の確執」にするより、「男と男の確執」にしたほうが生々しくて良かったと思うけどな。

いちおう、ストーリー的なものを漫画と照らして語ると、ギャンブルは限定ジャンケン、鉄骨渡り、Eカードの3つ。
これを2時間に収めているので、かなり端折ってます。
限定ジャンケンなんて、漫画だと2時間の勝負だったかな、それが映画だと30分になっているし。
Eカードも漫画だと12戦あるのが、3戦になっているし。
これだけ変えて、あの二転三転の勝負をいったいどう描くの?というところは、興味深々に楽しめました。
そりゃ漫画と比べるとまるでスカスカだけど、でもそれなりに上手くやっていたと思います。
原作ファンとしては初めから3部作構成で、1作でひとつのギャンブルを漫画通りきっちりやって欲しいと思ってしまいますが、映画としてはあれくらいでちょうどいいんだろうなぁ。

この3つのギャンブルの中では、ぼくは鉄骨渡りが一番好きなんですが、映画でもこれが一番の見せ場になっていたように思います。
鉄骨渡りだけは、2時間まるまる鉄骨渡りでも十分成立しそうな気がするなぁ。
他はニヤニヤ笑いながら見ていたけれど、石田さんの「矜持」のところは、映画でも泣きそうになったもんね。

といった感じで。
「カイジ」の映像化を楽しむという視点では大いに楽しめました。
大満足です。
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by kude104 | 2009-12-01 23:59 | 映画

空気人形

昨日は映画サービスデーということで、「空気人形」を観てきました。

なんて言うんだろう、「ダッチワイフ」でいいのかな。
それとも「ラブドール」と言うのだろうか。
空気でふくらます性欲処理用の人形。
そいつが心を持って恋をする――というあらすじも興味深く思えたし、なにより主演のペ・ドゥナさんに興味があったので。

「リンダリンダリンダ」という映画ではじめてペ・ドゥナさんを意識したのだけど、なんだろうね、不思議な魅力というか存在感のある女優さんだよね。
いわゆる「美人」って感じじゃなくて、なんとなく爬虫類系なお顔立ち(と言うと失礼かな)なんだけど、とてもキュートで、独特の空気感があって好きな女優さんです。

そんな感じで気楽にふら~っと観に行ってしまったら、思いのほかしんみり哀しい映画だったのでマイッタ。
設定が設定だけにアダルトな描写が多くあるのだけど、それがちっともエロく思えないのは、「芸術的だから」というより、観ていて哀しくなるからだろうと思います。

主人公の「のぞみ」は空気人形だから、身体の中が空洞です。
一方、他の登場人物たちは人間だけど、みんな心に何がしかの空虚さを抱えている。
身体が空洞の人形と、心が空洞の人間と。
そして「のぞみ」は心を持って、恋をすることで、カラッポの状態からどんどん心を満たしていくのだけど、心が満たされるにつれ、それは同時に心の空洞を作ることになるんだよね。

もうひとつの哀しみは、「代用品」であることについて。
「のぞみ」は「ダッチワイフ」だから、その存在自体が代用品です。
通常本当に抱きたい誰かの代わりに使用されるものだし、また、飽きたり古くなったら別の人形と交換できるから、代わりはいくらでもいる。
一方、他の登場人物たちも、「お前の代わりなんて幾らでも居るんだぞ」と言われるような存在で。

我々は誰しも欠けていて、代用可能な存在だ。
でも、それは人間だけではなくて、生命というものは本質的にそういうものだという。
植物だって、おしべとめしべがあるだけでは不完全で、花粉を運び種を運ぶ鳥や虫や風がその不完全さを補ってくれている。
鳥や虫や風は自分が誰かの不完全さを補っているとは意識せず、気付きもしないけど。
だから、ぼくらも同じように不完全であり、同時に、他の誰かを補う存在でもあるのだと。

みんなどこかが欠けていて、みんなどこかでゆるくつながっている。
それはある種の「癒し」なのかもしれないけれど、ぼくにはやっぱり哀しく思えてしまうのです。

「のぞみ」がアクシデントで身体の空気を失ってしまい、好きな人の息を身体に吹き込んでもらうシーンがあるのだけど、これはどう見てもセックスシーンです本当にありがとうございました。
相手の「息」を身体に注入してもらうことで満たされるって、それ、なんて見事なメタファー。
女性にとって「愛される」ってのはこーゆーことなのかもしれないと変に納得してしまったのだけど、ぼくは男なので良く分かりません。
男の場合は逆に、注入することで満たされるってことなのかなぁ。

ま、いずれにしても、独り身男子が観ると思いのほかテンション下がるから気をつけろ。
独り身女子も、自分を「空気人形」と重ねちゃったりする危険があるから気をつけろ。
独り身じゃなくても、何かしら満たされない気持を抱えている人はテンション下がるから気をつけろ。
ってことはつまり、今幸せいっぱいですという人以外、ほぼ全員テンション下がるから気をつけろ。
それでもまぁ、テンション下がる感じが悪い感じじゃないけどね。

とりあえず、ペ・ドゥナさんになる空気人形があればぜひ欲しいです――という冗談で締めようとして、その人形はきっとぼくじゃない別の誰かを好きになるのだろうと想像してしまって、さらにテンション下がりました。
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by kude104 | 2009-11-02 21:53 | 映画

3時10分、決断のとき

本日は映画サービスデーということで。
今回は特にこれといって観たい作品がなかったので、なんとなくフィーリングで「3時10分、決断のとき」を選んだのですが、これが大正解。
実に面白かった。

捕まった強盗団のリーダーと、彼を護送する一団の護衛を買って出る牧場主。
映画は、この2人の男と男の生き様の物語です。

なによりもまず、強盗団のリーダーが実に魅力的。
人生を達観したかのような言動、捕まっているのに余裕しゃくしゃくの立ち振る舞い。
手下ですら必要とあらば躊躇いなく殺し、それでいて、絶対的な信頼を受けるまさにカリスマ。

一方の牧場主のほうは、南北戦争で片足を負傷し、牧場の経営も上手くいかず借金苦で破滅寸前。
家族からも蔑まれている、いわば負け組。
護衛の報酬200ドルで人生の起死回生を狙って、この役を引き受ける。

タイトルの「3時10分」というのは、強盗団のリーダーを護送する列車が到着する時刻。
その列車に乗せてしまえば牧場主の仕事は終わり、報酬200ドルを手にすることができます。
一方、強盗団のリーダーは彼に囁きます。
「俺を逃がしてくれたら、1000ドルやろう」と。
3時10分が迫り、リーダーを奪還しに来た手下たちに囲まれ、牧場主はまさに絶体絶命。
加えて、護送の間に、彼とリーダーとの間に奇妙な心の交流というか連帯感のようなものが芽生えていて、リーダーは悪党といえども実に魅力的だし、観ていても「逃がしてあげてもいいんじゃないの?」という気になってくる。

そしていよいよ、3時10分、決断のとき・・・!
みたいな。

ひさびさに、100%男くさい映画を観た!という気分です。
最初から最後までノンストップで手に汗握るし、こういうのお好きな方にはぜひお勧めです。
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by kude104 | 2009-09-01 23:59 | 映画