世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

カテゴリ:未分類( 310 )

帰省

さて、暮れも押し迫ったということで、今日にも実家に帰省します。

実家はダイアルアポーなので、そうなると、あまり更新もできなくなります。
接続時間を気にしながら・・・となると、ネタ探しができませんから。
(あと、家族がいる場で更新するのは、やりづらいし)

ということで、しばらくは気が向いたらのテキトー更新になるでしょう。
ご了承あれ。

ではでは、そんなこんなで、皆様もどうぞよいお年を。

・・・あー、列車、混んでるかなぁ。
[PR]
by kude104 | 2004-12-29 11:10

M-1グランプリ雑感

コメントの時などの西川きよしさんの "カラ回り" 感って、およそお笑いでトップとったひととは思えねーよなぁと思ったり。

なんか、ひとり浮いているように思えてなりません。
お笑い芸人なんて、そのへん敏感でないと務まらないと思うわけですが・・・。
分かった上で演じているのか?

「あの "浮いちゃってる感" が苦笑気味の笑いを生む」という部分がないとは言わないけど、そういう種類の笑いは好きじゃないなぁ。
アニマル浜口さんが生む笑いがまさにそういう感じだと思うんだけど、それを "名だたる漫才師" がやってどうする、みたいな。

あの人もかつては面白かったんだろうなぁと思うと、なんだか切なくて。
M-1が、面白いお笑い芸人の登竜門的ステージであるだけに、よけいに「老いたな」と思ってしまいます。

まぁ、西川さんを漫才師だと思うからそう感じるんであって、局のエライ人程度に思えば、「ま、しょーがないか」というものでしょうか。
国会議員になった時点で、漫才師としては幕を下ろしたと考えれば・・・って、ええ?
太平サブローさんと組んで、やすきよ漫才を復活させている?!
大丈夫なの?!

・・・ファミコンミニ、みたいなもんか?

なにはともあれ、アンタッチャブルは文句なしに面白かったです。
[PR]
by kude104 | 2004-12-27 19:36
「夢中になるきっかけを」 著名学者の才能開花術(Yahoo!ニュース:共同通信)

「知識の量や学校の成績でなく、もっと何かに夢中になって工夫したり、面白いアイデアを出したりすることが大切」というのは、ま、その通りだねと。

ただ、「日本の小中学生の基礎学力低下が海外の学会調査で明らかになったばかり」といった話を引き合いに出すのなら、ちょっと違ってくるんじゃないでしょうか?
だって、全体の基礎学力を向上させるには、"詰め込み教育" が一番でしょ。

天才を育てる教育と、全体の学力を上げる教育とは違う。

天才を育てる教育は、いわば振り幅を大きくする教育です。
天才が生まれる代わりに、バカも生まれる。
ま、割合としては、死屍累々のバカの上に一握りの天才が立つという、非常にハイリスク・ハイリターンなやり方だろうと思います。

一方、全体の学力を上げるには、天才は生まれない代わりにバカも生まれないという、ローリスク・ローリターンなやり方がいい。
それには、好き嫌い・得手不得手に関わらず、最低限これだけは覚えなさいという詰め込み教育が適している。

個人の才能がモノをいう世界には、天才を育てるやり方が適しているかも知れない。
でも、一般的な会社のように集団としての能力がモノをいう世界や、あるいは「国力」といったレベルの話をする場合は、天才の有無より集団としてのレベルが高いほうが強い。

「羊に率いられるライオンの群れより、ライオンに率いられる羊の群れの方が強い」などとよく言いますが、実際のところは、ライオンの群れの方が強いでしょう。
理由は簡単で、群れを率いるライオン1頭を倒してしまえば、あとは全部羊だからです。

といったことを考えると、学校教育としては、基本は詰め込み教育でいいと思います。
どうせそれについて行けずに "落ちこぼれる" 人間が必ず出ますから、それを天才候補として育てる工夫があれば良いんじゃないでしょうか。
今の学校教育は、落ちこぼれたら終わりっぽい感じですからね。

心配しなくても、詰め込み教育が天才の芽を摘むことはないですって。
そういう通常の範囲を大きく越えたところにいる人が、天才なんですから。
[PR]
by kude104 | 2004-12-19 17:23

ミカン

くふぅ、また負けた。

ミカンひと袋分を、ひとつの "傷みミカン" も出さずに食べ切るぼくの挑戦は、この冬に入って全敗です。
今回も、あと残り3つのところで "傷みミカン" を出してしまいました。

買って数日で全部食べ切れば勝てるんでしょうけど、そういう勝負じゃない。
こういった "自分勝負" は、勝ち負けの問題ではないのだ。
普通に食べていて「あ、今回は全部食べ切ったぞ!」という、努力を伴わない達成感が醍醐味なわけですよ。

それにしても、ミカンが "傷む" メカニズムは、どうなっているんでしょう?
だいたいどのミカンも同じように衰えていくなら分かるんですが、感覚としては、ある日突然、毒々しい色合いのカビミカンをひとつふたつ発見するという感じです。
やはり、ミカンにも個人差があって、集団の中の弱いものから順にカビに侵食されるのでしょうか。

そんな "傷みミカン" に出会うたびに、「ああ、お前から食べてあげれば良かった」と、ミカンに済まない気持ちになってしまいます。
てゆーか、ミカンといえども1個数十円、それを腐らせてしまうのはやはり悔しい。
もったいないオバケが出てきても文句は言えない。

そんな冬のささやかな勝負。
次こそ勝つ。
[PR]
by kude104 | 2004-12-18 21:48

一言でいうと、バイオリズム低下中。
べつになにか嫌なことがあったわけではありませんが、ここ数日、どーも気分が晴れない。

こういうときに、冬の寒さは堪えます。
夜、暗い中をひとりとぼとぼ家路に向かっていると、なんかもう泣きそうなくらい寒いし。
道端にパトラッシュでもいようものなら、一緒に添い寝してしまいそうです。

で、行軍記書くためにネットで今日のニュースとか見ていると、もう、「わいせつ、わいせつ、ばか、わいせつ」みたいな感じで、ほんと気が滅入るし。
今日はもうほんと「好きにしてくれ」って感じ。

最近、新聞屋がやたらせっせと勧誘に来るし。
しかも、決まって朝日新聞だし。
1度断ったら覚えろバカと言いたい。
やつら、たまに「お届け物でーす」なんてふうに宅配便を装うし。
でもって、うっかり出ると、「はい、お届け物」と満面の笑みで粗品のゴミ袋とか手渡してくるし。
いらねーっての。

・・・酒でも飲むか。
[PR]
by kude104 | 2004-12-10 17:47

けっこん

親の圧力減りおひとりさま 結婚したい女性40代激減(Yahoo!ニュース→共同通信)

インターネット調査会社の調査によると、結婚願望を持つ人の割合は、男性が30代→40代で85.4%→74.7%なのに対し、女性は82.0%→44.0%と半減するとか。

その理由として、「周りからのプレッシャー」が挙げられていますが、となると、40代の女性に対して「周りからのプレッシャー」がなくなるのは、おそらく「諦め」なんでしょうねー。
花の命は30代までということでしょうか。
その点男は40代でもまだまだ頑張れるということか、あるいは諦めが悪いのか・・・。

それはさておき、長らくぼくは「結婚」という制度を不思議に思っていました。
ひとはなぜ結婚するのだろうと。

ひとつには、「社会制度上、結婚した方が得だから」という理由があるでしょう。
「プレッシャーからの解放」などもこれに含まれます。

お見合い結婚といったケースの場合は、この理由でほぼ説明がつくだろうと思うのですが、これだけでは「好きだから結婚したい」という感情が上手く説明できません。

たとえば、昔のように「婚前交際はご法度」というのであれば、「好きだから結婚して一緒になりたい」という気持ちは分かります。
でも、婚前に "できちゃう" のもレアケースじゃない今の時代に、「社会制度上」の理由がなければ、わざわざ結婚する必要などない気がします。

「好きだから結婚したい」という感情は、結局のところ、単なるすり込みや幻想でしかないのかもしれませんが、それでもやはり、「好きだから結婚したい」という気持ちの根っ子には、「好き」に根ざす「何か」があるのではないかという気がしていました。

でも、それが何か分からずに、ずうっと不思議だったわけです。

ようやくつい最近、愛を誓い結婚する理由(Simple -憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向な日々-)を読んで、「なるほど、そういうことか!」と合点が行きました。
ほんと、長年の疑問が氷解し、目の前の霧がパァーっと晴れる感じでしたよ。

曰く「愛を誓い結婚という終身契約を結ぶ理由は、愛が続かないからである」と。
うーむ、実に単純明快です。

「契約」というと「社会制度」っぽい感じがしますが、愛が永遠には続かないことを意識的にしろ無意識的にしろ知っていて、でも、この愛だけは永遠に続いて欲しいと願う気持ちが「結婚」という形を取らせるのだと考えれば、「好きだから結婚したい」という気持ちが非常に良く分かる。

そうか、結婚って「愛は壊れやすいから、制度で保護してやろう」ということなんだなぁ。
切なくも、いい制度じゃないか。
ま、世間では、それでも多くの愛がパリンパリンと壊れているわけですが。

・・・といったことを独り身で考えていても、何がどうなるわけでもない。
[PR]
by kude104 | 2004-11-18 19:01

焼きイモ

最近、急にめっきり寒くなって、気分はすっかり冬って感じです。
なんだか、秋気分って、四季の中では一番短いよなぁ。
『秋味』もすぐになくなっちゃったし。

そんな最近、ぼくのお気に入りは "焼きイモ"。
実家から送られてきた荷物にサツマイモが入っていたことから、電子レンジに「焼きイモ」調理機能がついていることを発見し、以来、けっこうイモ食ってます。

特に昼飯にね。
昼って、なんかこう、ゴハン食べるの面倒臭いんですよ。
「メインディッシュ!」みたいなものは、昼から食べるのも重たいですし、かといって麺類ばかり食べるのも厭きます。
コンビニ弁当なんかもすぐに厭きるし、あまり健康的な食べ物じゃないし、金もかかります。

だいたい、日々そんなに運動しないんだから、一食抜くくらいでエネルギー的にはちょうどいいんじゃないかと思うんですが、でも、抜いたら抜いたで、やっぱりお腹が空いてしまいます。

何か良い手はないものかと思っていたところに現れた "焼きイモ" という名の食べ物。
これが実に申し分ない。

まず安い。
一本だいたい60~70円くらいでしょうか。
とりあえず、電子レンジの電気代含めても、100円以下なのは間違いありません。

次に、栄養的にも悪くない。
栄養野菜という位置付けもさることながら、コンビニ弁当やファーストフードと比べると、"毒素" が入っていないだけでも健康的です。

加えて、お手軽。
たしかに本格的に焼くとなると大変ですが、電子レンジなら、イモ入れてスイッチポンであとは放っておくだけです。
食べるときも、皮をむきつつ片手で食べられるお手軽さ。

そして何より、美味い。
やっぱりねー、焼きイモって、美味いよ。
これと熱いお茶があれば、言うことなしですな。

たしかに欲を言えば、所詮は電子レンジですから、実際に焼いたホクホク感には及びません。
そこはちょっと「今後の課題」とするところです。

なんとか電子レンジでもっと美味しくできないものかと、いろいろ試してみたんですが、お手軽さと美味しさのバランスで考えると、今のところスイッチポンがベターだと言わざるを得ない。

簡単お手軽「焼きイモ機」とかあったら、真剣に購入を検討するんだけどなぁ。
[PR]
by kude104 | 2004-11-16 21:14
20代おおう「心はニート」 自分探し世代の憂鬱(asahi.com)

切ない話よのぅ。

世の中のあらゆることは椅子取りゲームなので、自分の思う仕事に就けないという事象は、れっきとして存在する。
でも、だからといって、「嫌な仕事も我慢してやれ」とか「人生とはそういうものだ」と悟ったふうに言って、「自分探し」な人々を「軟弱者」「勘違いさん」呼ばわりして済ますのもどうかと思います。

働かなきゃ、食べていけない。
これはもちろん自然界の摂理なんですが、魂を削って「ツライツライ」と言いながら働く人々の姿は、ともすると "奴隷" とオーバーラップして見えます。

人は何のために働くのか?
ただ食べるため、生きるために自分を犠牲にして働く人生は、果たして人間らしいと呼べるのか。
たしかに、皆がみな「自分らしい生き方」が出来るわけではない。
皆がみな、スペシャルでもない。
それでも、自分らしさを探してさ迷う人々の姿は、それこそ人間の苦悩の姿だとぼくには思えます。

解放された奴隷は概ね不幸です。
奴隷としての教育しか受けていない状態で、「じゃあ今日から自分の力で稼いでね」と言われても、まず不可能です。
社会的地位も低いから、何かを始めようとしても、多くの場合スタートラインにも立てない。
そんな彼らを見て、「ほらね。我慢して奴隷のままでいたほうが幸せだろ」と言うのは、まったくもって正しい。

ほんと、切ない話よのぅ。

ただ、「そうなんです、切ない話なんです」と嘆いていてもしょうがない。
根本としては社会システムを変えていくべきだと思いますが、今まさに路頭に迷っている解放奴隷さんたちにしてみれば、それを待っていてもしょうがない。

世の中のあらゆることは椅子取りゲームではありますが、世の中の面白いところは、新しい椅子を自分で作ることが出来るところだとぼくは思っています。
きっとその椅子が自分探しの答えでしょう。

結局のところ、働いている・いないに関係なく、自分の椅子を探す努力、作る努力をしている人は、人間らしく生きていられる。
そうでない人は、生ける屍のごとき人生になってしまう。

苦労してようやく見つけた椅子が「平凡」だったとしても、それはそれでいいじゃないですか。
幸せの青い鳥だって、探しに出かけたからこそ、「なんだ、ここにいたのか」と気付くことが出来たんじゃないかなぁ。
[PR]
by kude104 | 2004-11-14 22:17

Good Luck

自分のやりたいことを出来る人は少ない。
そして、自分のやりたいことで金を稼げる人はもっと少ない。

今日は最近就職したという友人と酒を飲みました。
で、当然のように仕事の愚痴を聞かせて頂き感じたことは、「みんなそれぞれ大変ね」ということです。
きっと、日本中で何十万、何百万という人々が、「ツライツライ」と言いながら働いているんだろうなぁと思うと、愛しさと切なさと心強さとを感じずにはいられません。

『愛しさと切なさと心強さと』といえば、当時をときめいた小室哲哉さん作曲で篠原涼子さんが歌いスマッシュヒットしたした歌ですが、ぼくにはむしろカップリング曲であった『GooD LucK』が印象に強い。
うろ覚えですが、歌詞の一節に

見えない明日が自由だと言うこと
あの頃の僕はわからず

とありまして、それを聞いたとき「うおっ! "明日が見えない"ということは自由なのか!」と衝撃を受けた記憶があります。

当時、きっと将来に対するもやもやとした不安みたいなものがあったんでしょうね。
先が見えないことを不安だと思っていた自分に、「それが自由ということだ」というメッセージは、かなり新鮮でした。
その、新鮮に感じた気持ちを、今でも覚えています。

振り返れば、ぼくもあれから歳を取ったものですが、未だに見えない明日が自由だと胸を張って言えるところまで来れていません。
むしろ、歳を取るごとに、見えない明日はどんどん自由じゃなくなって来ています。

Good Luck 今はそれだけで
他に何も言えなくて・・・

見えない明日に乾杯!
[PR]
by kude104 | 2004-11-12 21:15

割れた

台所にて。
お皿を取ろうとして、思わずツルッと手が滑り、お皿を落としてしまいました。

キャッチしようと、とっさに手を出したぼくの反射神経はなかなかのものだと思いますが、残念ながら、すこ~し素早さのパラメータが足りなかったようです。

そのままなら垂直落下で床に衝突して割れていただろうお皿を、横から叩く格好になってしまいまして……。
軌道が変わり、横っ飛びに吹っ飛んだお皿が衝突したのは、台所と居間を仕切るガラス戸のガラス。

ええ、見事に割れてしまいました。
ガラス戸のほうが。

なんか、こーゆーことってよくありますよね。
失敗をとっさに何とかしようとして、結果的により大きな失敗になってしまうことって。
これでお皿も割れてりゃ、いっそサッパリして気持ちいいんですが、お皿は無事なんだよなぁ。

というわけで、地味にヘコみました。
お皿なんてさー、いまどき100円ショップでも買えるのにさー。
ガラス戸のガラスなんて、いくらするんだろう。
これ、ガラス屋さんに来てもらわないとダメなんでしょ?
ホームセンターとかじゃ、買えないよねぇ・・・。
ぼくの反射神経も、そのへんのことをとっさに計算して行動して欲しいものだ。

ま、室内のなんで、とりあえず支障はないから放置ってことでいいかなーと思っているんですが、ただ、見るからに可哀想な人の家みたいなのが、ちょっと・・・。
[PR]
by kude104 | 2004-11-05 21:34