世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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心はニート 燃え尽きるほどヒート

20代おおう「心はニート」 自分探し世代の憂鬱(asahi.com)

切ない話よのぅ。

世の中のあらゆることは椅子取りゲームなので、自分の思う仕事に就けないという事象は、れっきとして存在する。
でも、だからといって、「嫌な仕事も我慢してやれ」とか「人生とはそういうものだ」と悟ったふうに言って、「自分探し」な人々を「軟弱者」「勘違いさん」呼ばわりして済ますのもどうかと思います。

働かなきゃ、食べていけない。
これはもちろん自然界の摂理なんですが、魂を削って「ツライツライ」と言いながら働く人々の姿は、ともすると "奴隷" とオーバーラップして見えます。

人は何のために働くのか?
ただ食べるため、生きるために自分を犠牲にして働く人生は、果たして人間らしいと呼べるのか。
たしかに、皆がみな「自分らしい生き方」が出来るわけではない。
皆がみな、スペシャルでもない。
それでも、自分らしさを探してさ迷う人々の姿は、それこそ人間の苦悩の姿だとぼくには思えます。

解放された奴隷は概ね不幸です。
奴隷としての教育しか受けていない状態で、「じゃあ今日から自分の力で稼いでね」と言われても、まず不可能です。
社会的地位も低いから、何かを始めようとしても、多くの場合スタートラインにも立てない。
そんな彼らを見て、「ほらね。我慢して奴隷のままでいたほうが幸せだろ」と言うのは、まったくもって正しい。

ほんと、切ない話よのぅ。

ただ、「そうなんです、切ない話なんです」と嘆いていてもしょうがない。
根本としては社会システムを変えていくべきだと思いますが、今まさに路頭に迷っている解放奴隷さんたちにしてみれば、それを待っていてもしょうがない。

世の中のあらゆることは椅子取りゲームではありますが、世の中の面白いところは、新しい椅子を自分で作ることが出来るところだとぼくは思っています。
きっとその椅子が自分探しの答えでしょう。

結局のところ、働いている・いないに関係なく、自分の椅子を探す努力、作る努力をしている人は、人間らしく生きていられる。
そうでない人は、生ける屍のごとき人生になってしまう。

苦労してようやく見つけた椅子が「平凡」だったとしても、それはそれでいいじゃないですか。
幸せの青い鳥だって、探しに出かけたからこそ、「なんだ、ここにいたのか」と気付くことが出来たんじゃないかなぁ。
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by kude104 | 2004-11-14 22:17