世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「しょうがない」と割り切ってしまえば

ささやかな楽しみ:美人とブスの周りの対応、反応の違い - livedoor Blog(ブログ)

ほんとにこんな露骨に差別されるものなの?
ぼくのこれまで人生では、あまり見聞きしたことないけどなぁ。

個人的には、そりゃ「恋人候補を探す」場合などでは相手の見た目も大きな要素となるけど、日常生活の一期一会やクラスメイトや仕事仲間などに対しては、べつに見た目などどーでもいいと思うのだけど。
よしんば気にするとしても、それを口や態度に出したりしないでしょ。
どんだけ民度低いねんと。

友だちに見た目の良さなど求めないように、普通、人付き合いに見た目の良さなど求めないでしょと思うのだけど、そうした人たちは

1)友だちであろうと見た目の良し悪しで選ぶ。
2)異性との人付き合いに、常にラブハンティング的な意識がある。

のいずれかなのだろうか。
ちょっと想像できない。

想像できないので、すべてとは言わないけれどいくつかは「単なる被害妄想なのでは?」という気もする。
たとえば、拒否される理由が、見た目ではなく態度であるとか他の何がしかにあるというケースも、あるのではないかな。
なのに、「私は見た目が悪いからだ」と、言うなればそこで思考停止をしてしまって本当の理由に気付こうとしないケースもありそうな気がする。

なんというか、現実をどのように解釈するかに、その人の心が現れるというか。
容姿に対するコンプレックスが彼/彼女の中に「見た目至上主義」的な価値観を作り上げ、それを通して世の中を見るから、多くの事柄が「世間は見た目で差別する」というふうに見えてしまうのではないかな。

もちろん、世間には見た目で差別する人もいるだろう。
見た目のいい人が得をするのも事実だろう。
でも、それはもうしょうがないじゃない。
自分の見た目が残念なことも、しょうがないじゃない。
「しょうがない」って割り切ってしまえば、世界はもっと違ったふうに見えるような気がする。

たとえば、もし見た目で差別されたところで、「こいつ人間としてダメだ」と思えばいいじゃない。
考えようによっては、残念な見た目も、他人の人間性を図るリトマス試験紙として使えるじゃない。
そうして他人を観察していけば、きっと、見た目でどうのこうの判断しない人もけっこうたくさんいるじゃないかと分かるんじゃないかな。

ぼくは世界をそのように見ているのだけど、甘いのかな。
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by kude104 | 2008-11-15 18:34