世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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全国学力調査の結果の公表

asahi.com:市場原理 格差広げた 志水宏吉教授-マイタウン大阪

紹介されているイギリスの事例を見ると、

1)学力テストの結果を公表し、
2)学校選択制を導入し、
3)生徒数に応じて予算を配分した。

その結果、学校間の学力格差が広まったということだけど、そりゃそうだよな、と。
で、そうなった原因はどこにあるのかと考えると、1)の学力テストの結果を公表したことにあるのだろうか?
違うよね。

テストというのは、現状を把握するために行われるものだ。
テスト結果の公表は、それをみんなで共有するために行われるものだ。
このこと自体に問題はなかろう。

問題は、なんのためにそれをするのか、というところだろうと思う。
「学力の低い学校を切り捨て、高い学校を伸ばすために行う」というのなら、その方針は如何なものかと思うよね。
こうしたことは、学力の低い学校を伸ばすために行うべきであろうと思う。

イギリスの方針がどちらであったか分からないけど、学力の低い学校を伸ばすためにやったとしたら、あの3ステップでは完全に裏目に出ることは明々白々だ。
学力の低い学校を伸ばすなら、予算は学力の低い学校により重点的に配分しなければならないからだ。

橋下知事が全国学力調査の結果を公表したという、そのこと自体は問題ではないとぼくは思う。
問題があるとするなら、結果を公表して、成績が悪い学校が明らかになりました、と。
さあ、それでどうする?というところを明確にしていないからじゃないだろうか。

競争を煽って格差を広げるつもりはありません。
結果の公表は、問題意識をみんなで正しく共有するためです。
それによって、学校と行政と地域が一丸となって、問題の改善に取り組むことができます。
成績の悪い学校があるなら、それを改善することで、どの学校においても安心して教育を受けることができるようにします。
──とでも、言えばいいんじゃなかろうか。

そうしたビジョンなく、ただ公表しろというだけでは、たしかに抵抗多く受けるのも当然かなと。
一方、批判するほうも、結果の公表が序列化や学力格差の拡大のつながると言うだけでは、「そこが本質じゃないから」という感が否めない。
「公表するだけでは意味がないけど、その後どうするか、ちゃんと考えはあるのか?」というところを問い質すべきだろうと思う。
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by kude104 | 2008-10-21 17:30 | 時事・社会