世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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ブランドはあるに越したことはない

『いい学校・いい会社・いい人生』という物語 - アンカテ

「ブランド」の有無で対立項を作ろうとするから、おかしなことになるのだと思う。
それでは、「いい学校を出ていい会社に入って専門性を獲得すればいいだけのこと」と言われて終わりだろう。

「ブランドつきのいい子」という表現に、肩書きだけ立派で中身の伴わない人というイメージを含ませ、「いい学校を出ていい会社に入った人」=「ブランドつきのいい子」というイメージ操作をしているところがいやらしいというか安っぽい印象を与えている。
いい学校を出ていい会社に入った人が、そうでない人に比べて能力的に劣るというわけでもあるまい。
「いい学校を出ていい会社に入ったからといって優秀とは限らない」というのはその通りだけど、じゃあ、いい学校を出た人間とそうでない人間と、どちらに優秀な人材が豊富かという話になると、たぶん前者だろうと思う。

「いい学校を出ていい会社に入ったからといって、いい人生が送れるとは限らない」というのも、同じ。
だいたい、「いい人生かどうか」なんて主観的すぎて、一般論として語りようがないし。

この話。
要するに、「ブランドつきのいい子」のまま育てば、幸せが約束されている――というわけではない、ということが言いたいのだろうと思う。
ここまでは特に異論はないというか、多くの共感を得られる主張だろうと思う。

で、じゃあどうすればいいの?という次のステップで、「ブランドなんて要らないんだ」という話をするから相手が離れて行っちゃう。
なぜなら、なぜブランド――分かりやすく学歴とするけど、なぜ学歴があっても幸せが約束されないかというと、みんながそこそこの学歴を持つようになって、学歴の希少価値が薄まったからだと思う。
つまり、学歴は要らなくなったんじゃなくて、必須というか「あるのが前提」になったのだ。
そんな時代に「学歴は要らない」なんて言っても、それは共感されないだろう。
だって、「ある」のが前提の時代に「ない」なんて、ハンデにしかならないじゃないか。

そうじゃなくて。
学歴は「あるのが前提」な時代であるということ。
それゆえ、生半可な学歴では、水戸黄門の印籠にはなりえないこと。
この2点を理解すれば、取るべき戦略は2通りになる。
すなわち、突き抜けた学歴を手に入れるか、学歴は平均レベルをキープして、それ以外の「武器」を磨くか。

そうすると、突き抜けた学歴を手に入れるというのは、狭き門を争う競争になるからけっこうリスキーだという話に自然となってくる。
まぁ、感覚としては、甲子園目指して野球するようなもんじゃないですかね。
だったら、うちの子はどうせそこそこの学歴しか望めないから、それ以外の「武器」を磨かせたほうがいいかしら・・・という方向に心が傾くんじゃないかなぁ。

それ以外の「武器」としても、それを磨けばこういう職業に就けるというビジョンが見えるものを提示してあげるといい。
そのビジョンにしても、新しすぎるものはダメ。
「コンピュータスキルを身に付けてネットベンチャーを起こす」などと言うとお母さんがた引いちゃうけど、「有名IT企業への就職にはコンピュータスキルが必要」というと、それは習得させておかないとという気持ちになるんじゃないだろうか。
そうして身につけたコンピュータスキルで何を成すかは、その子供次第だ。

古い「物語」を否定するのではなくて、そこに新しい「物語」を接ぎ木してやるのが巧いやり方なんじゃないかと思う。
そうやって、ある種だまくらかして、社会をシフトさせていくのがいいんじゃないかな。
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by kude104 | 2008-06-21 19:14