世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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ポストされた宗教冊子を読んでみた4 ~失楽園 謎解き編~

前回の続き

神様から「決して食べてはならない」と言われていた「善悪の知識の実」を、サタンが操る蛇にそそのかされてアダムとイブが食べてしまったがために、人類は永遠の命を失い、楽園を追放された――という失楽園のエピソード。

なぜ、神様は楽園のど真ん中なんて目立つ位置に禁断の実の成る樹を植えたのか。
なぜ、禁断の実は「善悪の知識の実」だったのか。
なぜ、その実を食べると永遠の命を失い、楽園を追われるのか。
なぜ、神様はサタンの存在を許しているのか。

神様を全知全能であるとするならば、サタンが誕生したときに、「うそ? なんでそんなものが誕生するの?」と不思議がるはずがない。
よって、神様にとってサタンの誕生は、“予定通り”の出来事であったろうと考えられます。
当然、サタンがアダムとイブをそそのかすであろうことも、お見通しだったでしょう。

同じように、アダムとイブが約束を破ったときも、「うそ? あいつらがなんで?」と驚いたり、不思議がったりするはずがない。
神様にとって、アダムとイブが禁断の実を食べるであろうことは、おそらく初めからお見通しだったに違いない。
だいたい、鼻先にニンジンぶら下げて「絶対食べちゃダメ」と言うシチュエーションは、ダチョウ倶楽部のネタじゃなくても、「結局食べちゃう」パターン見え見えじゃないですか。

つまり、まとめるとこうなります。
1.神様にとって、サタンの誕生は予定通りの出来事。
2.サタンがアダムとイブをそそのかすことも分かっていた。
3.結果、アダムとイブが禁断の実を食べることも分かっていた。
4.それなのに、楽園の一番目立つところに禁断の実のなる樹を配置した。

これら一連の行動から読み取れる神様の意図は、素直に考えればこうじゃないでしょうか。
すなわち、神様はアダムとイブが約束を破って禁断の実を食べることを望んでいた――と。
上のすべては、そのためのお膳立てと考えると筋が通る。
禁断の実はアダムとイブが誘惑されやすいよう目立つ場所に配置されなければならないし、アダムとイブをそそのかす存在としてサタンがいなければならない。

ではなぜ、神様はそのように手の込んだことをしたのか。
その答えは、禁断の実が「善悪の知識の実」であったことを考えると推測できる。
つまり、この失楽園のエピソードは、人間が善悪という概念を学ぶためのイベントだったのではないか――というのがぼくの考えです。

罪であったり、してはいけないことであったり、そういうものを学習するときというのは、どういうときか。
まだ何も知らない子供がそれを学ぶのはどういうときか。
それは、怒られたときですよね。
そして、罰を受けたときでしょう。

神様は、人間を“善悪”を知るものとしてお造りになろうとしたのではないか。
善と悪とは表裏一体ですから、善という概念を作るには、悪という概念を作る必要がある。

そして、何が善で何が悪かということを単純に考えた場合、「相手の益になることが善、不利益になることが悪」と言えるのではないでしょうか。
「ひとの喜ぶことをしなさい。困ることをしてはいけません」みたいな。
ところが、楽園を追われる前のアダムとイブというのは、永遠の命を持ち、病気も怪我もせず、食べ物は無尽蔵にある――そういう、言わば無限の世界に住んでいました。
そんな無限の世界において、益不利益という概念は存在しないでしょう。
つまり、無限の世界である楽園においては善も悪も存在しえないのです。
だから、善悪を知ったアダムとイブは永遠の命を失い、楽園を追われ、すなわち有限の世界の住人にならざるを得なかったのではないかと考えます。

さらに考えを進めると、この因果関係は逆と考えるのが正しいように思います。
すなわち、善悪の知識を学習させるために仕方なく楽園を追放したのではなく、楽園を追放するにあたって必然として善悪の知識を学習させた――と。

神様は人間を楽園から地上に送ろうと考えていた。
しかし、地上は有限の世界であるから、送り込むにあたって、善悪の知識を学習させておく必要がある。
そこで、人間を楽園から巣立たせ、しかも同時に善悪の知識を学習させるための一石二鳥の策として、神様が一芝居打ったのではないでしょうか。
それは、たとえるなら、父親が息子を独り立ちさせるために、わざと喧嘩して追い出すようなものです。

なぜ、神様は人間を地上に送ったのかというと、それは繁殖のためではないかと考えます。
繁殖、つまり、子作りですね。
禁断の実を食べて、アダムとイブが、自分たちが裸であることに気付いて急に恥ずかしくなるというくだりがあります。
また、禁断の実をたべた罰として、イブは出産の痛みを負わされるというくだりもある。
おそらく、禁断の実を食べると同時に、アダムとイブに生殖機能が備わったのではないでしょうか。

正確に言えば、アダムとイブに生殖機能を持たせるために、彼らを有限の世界の住人にする必要があったのではないか。

なぜなら、子供を産み育てる――成長するというのは、無限の世界ではありえない現象でしょう。
誕生と消滅は、おそらくセットなんだろうと思います。
老化と成長が同義であるように。

その証拠にというと変ですけど、楽園でのアダムとイブに子供を作る気配はない。
二人が子供をもうけるのは、地上に降りてからですよね。

――というのが、冊子を読んで考えたぼくなりの失楽園の解釈です。
とりあえず、現状ではこれが一番筋の通る解釈かなと思うのですが、どうでしょう。
もちろん、「神様は全知全能ではない」とか「聖書なんて全部ファンタジー」とか、そういう解釈のほうが筋が通るとも言えますが、それを言っちゃあ面白くないので。
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by kude104 | 2007-10-17 23:59