世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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格差社会とは、富の再配分が上手くいっていない社会

格差社会って何だろう (内田樹の研究室)

「格差社会」というのは、格差が拡大し、固定化した社会というよりはむしろ「金の全能性」が過大評価され、その結果「人間を序列化する基準として金以外のものさしがなくなった社会」 のことではないのか。

「格差社会」論というのは、言い換えると「金のことをつねに最優先で配慮する」ことこそが「政治的に正しい」ふるまい方であるとする判断に同意署名することである。

内田さんのおっしゃる「格差社会」とぼくのそれとは違うかも知れませんが、ぼくの思う「格差社会」とは、富の再配分が上手くいっていない社会のことです。
ぼくが格差社会を問題だと捉えるのは、人間の価値が年収によって決まる風潮では、年収格差=人間格差となってしまうから――ではなく、もっとシンプルに、富の偏りがある程度以上になると、社会が不安定になり国力が衰退することを危惧するからです。

お金の多い少ないで人生の豊かさは決まらないというのは、たぶんその通りで、それはそれでいいんですが、「だから富が不当に偏ってても別にいいやね」ということにはならないとぼくは思います。
それはたとえば、南北問題を語る場で、「貧しくても幸せな生活ってあるよね」と言うようなものじゃないでしょうか。
お金の話をすると、必ず「一杯のかけそば」的なお話が出てくるわけですが、それは人生哲学としては美しいとは思うのですが、社会制度をどうするかというときに「一杯のかけそば」の精神で制度を作ってもらっては困ると思う次第です。
精神論で世界平和を目指すのは、宗教で頑張って下さいねと。

現状、日本で富が不当に偏っているかどうかは分からないというか、なにをもって「不当」とするかがあいまいなので、何とも言えない。
ただ、問題となるのは本当に不当に偏っているかどうかではなく、「不当に偏っている」と感じる人間の数です。
それで言えば、たぶん、そう感じる人が増えてきているんじゃないでしょうか。
そういった空気感を受けて「格差社会」やら「ワーキングプア」といった言葉が使われだしてきているのでしょう。
そうした不満感が高まれば社会が不安定化するから、そうならないうちに何とかしましょう・・・と。

で、何とかする方法として、今不満を感じている人々を精神論で導いて精神的に解消するのと、富の再配分を適切に行うことで物理的に解消するのと、どちらがいいかというとぼくは後者だと思うけどな。

富の再配分と言っても、なにもねずみ小僧のように金持ちから千両箱をひったくって庶民にばらまけということではない。
ひとつには、労働力の搾取のようなことはやめましょうということ。
もうひとつには、ある程度資産を持っている人は積極的に社会活動などを行って、その資産を社会に還元しましょうと。
所得に応じて税金を多く払うことだって、りっぱな社会還元のひとつです。

その意味では、「人の価値はお金で決まるのではない」という話は、金持ちにこそ聴かせるべきですね。
それでもって金持ちの心を動かし、富の再配分の方向に向かわせるというのが正しいのではないでしょうか。
貧乏人に聴かせて現状で満足させるのは、古今東西、金持ちが採ってきた戦略ですよ。
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by kude104 | 2007-07-24 23:52