世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「サバイバル」と聞いて奮い立つ人間と、臆して動けなくなる人間と

My Life Between Silicon Valley and Japan - サバイバルって当たり前のことなんじゃないの

「サバイバル」って言葉にざわざわするのは、「死」をイメージさせるからだろうね。
「○○しないと死んじゃうぞ、生き残れないぞ」と。
なので、「サバイバル」という言葉に拒否反応を起こす人の多くは、本能的に、自分が「サバイバルできない」タイプの人間だと自覚している人なのでしょう。
カイジで言えば、石田さんだ。

「サバイバル」と聞いて奮い立つ人間と、臆して動けなくなる人間と。
奮い立つ人間から見れば臆して動けない人間は馬鹿にしか見えないというか、「ビビってたって死ぬだけなのに、なんで前に進まないんだろう?」と不思議でしょうがないんだろう。
鉄骨の上を歩かされてるんだから、前に進まなきゃいずれ落ちて死ぬのは当たり前のことじゃないかと。
まったくもって、その通り。

サバイバルできない人間が死んでしまうのはしょうがない。
それが自然界の掟だから。

それは本当にその通りだと思うのだけど、でもぼくらは人間だから。
願わくば、サバイバル能力に長けた強者は、獲った獲物のいくばくかをサバイバルできない弱者のために分け与えてやってくれないものかと思うのです。
サバイバルできない弱者でも生きていける世の中を強者が作ってこその人間社会じゃないでしょうかね。
自分一人生き残るためのサバイバルなら、それはケモノのサバイバルになってしまう。

たとえるなら、自分が起業というサバイバルに挑むなら、それは自分の事業で社会を豊かにし、より多くの従業員を養うためのものであって欲しい。

そういうサバイバルを掲げれば、無用なざわざわを招かずに済むんじゃないでしょうか。
これなら、もしサバイバルできないタイプの人間は、サバイバルできそうな人間を応援することで生き残れる――気がするでしょう?

「誰が生き残るか」ではなく「みんなで生き残ろう」という呼び掛けのほうが、メッセージとしては届くんじゃないかという気がします。
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by kude104 | 2007-06-17 23:30