世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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好きを貫けない理由

昨日のエントリー「なにやらほめ殺しな」を書いたあと、自分なりにいろいろ考えました。
梅田さんがその次に書かれたエントリー「大企業の今後、そこでの適性、それと「好きを貫く」こと」などを読むと、梅田さんの問題意識にはとても共感します。
「好き」を見つけた人が、自分の好きを貫く世の中であればいいのに、と。

その「好き」が大企業であればそれは幸いだ。
ただ、好きでもないのに、安定やら世の価値観に従って自分の好きを捻じ曲げて大企業に就職するのはしんどいですよと。
同じしんどいなら好きを貫こうよと、梅田さんのエントリーにはそういうメッセージが込められているのだろうと思います。
それはそれで、迷える人々に勇気を与えるメッセージではあるでしょう。

ただ、基本的に、人は皆自分の好きを貫けるものなら貫きたい生き物だろうと思います。
言われなくてもね。
じゃあ、どうしてそれをせずに、大企業(に限らず)に就社し、好きでもない仕事をして人生を終えるのか。
それは言わずもがな。
好きを貫いて生きていけるのは、運や才能に恵まれたほんの一握りの人間だけだからです。
あとの人間は、意に添わずとも不本意だろうと、働いてお金を稼いで生きていく他ないじゃないか――と。
そういうことではあろうと思う。

「好きを貫けるのは一握りだけ」というのは純然とした事実であるから、「好きを貫け」推進派としては、そこは少々痛いところではある。
でも、そこをきちんと語らない推進派は胡散臭い。
一方、「好きを貫け」懐疑派が、好きを貫けるのは一握りだけだからというのをその理由に挙げるのも芸がない。
好きを貫けるのは一握りだけというのは当たり前なので、それを理由に「好きを貫けません」などというのは、チャンチャラおかしい。
試験に合格できるのは一握りだけなので受験しません、みたいな言い分と似たり寄ったりですよね。

問題はおそらく、そういうことじゃない。
「好きを貫け」推進派の主張が一部強固な反発にあう本当の理由は、そこじゃないと思う。

ぼくなりに考えた、「なぜ好きを貫けないのか」ということの答えは、好きを貫けるのは一握りだけであり、要するにリスキーです。
なのに、もし失敗した場合、この国には再起の道筋が限りなくゼロに近い――ように思える。
ベンチャーとか、100人に99人、1000人に999人は失敗するんですよ、たぶん。
そのことは純然とした事実だからしょうがない。
重要なのは、失敗した後の復帰が容易であるかどうかではないでしょうか。

好きを貫けるのが一握りなことが問題なのではない。
一握り以外は死あるのみ、という状況が問題なのです。

好きなことに挑戦して、もし駄目だったら改めて普通に会社に就職すればいいやと、そういう考えが当たり前にできる社会であればどうだろう。
人はもっと気軽に好きを貫こうとできるんじゃないでしょうか。
それが不幸にも「絶対に失敗できない」という世の中であるために、自分が一握りになれるかどうかを試すことに恐ろしく勇気がいる。
もし失敗して駄目だったら、ホームレスかワーキンブプアになるくらいの覚悟がいる。
それは、大企業に就職することに対しても向き不向きを心配するほどに、この世は失敗できないのですよ。

これは明らかに、日本という社会の欠陥だと思う。
その欠陥を埋めるのに、個人のほうが死地へ飛び込む覚悟を持てというのは、ちょっとどうだろうなぁと思います。
ましてや希望だけ語っても、それは怪しい突撃ラッパじゃないですか。
本来の筋としては、企業のほうに、そういった寄り道をした人間であろうと、あるいはむしろそういった人間をこそ積極的に採用する姿勢を求めることが正しい。
企業がそうあれば、焚きつけなくとも、夢ある人は好きを貫こうとするに違いないとぼくは思います。

そんな社会変革のような悠長なことは待っていられない。
まさに今を生きる個人がサバイバルするためのメッセージを送っているのですと梅田さんは仰るでしょうか。
それはまったくその通りですが、でもやっぱりそれだけでは片輪ですよね。

梅田さんのポジションであれば、もう片輪である企業側に対しても、みんなで再チャレンジを支援しようじゃありませんかというメッセージを送れるのではないでしょうか。
両輪合せてこそ、現実に世の中を動かす力になると思うのですが、それを梅田さんに期待することは過剰なのかなぁ。

インターネットがもたらす革命によって新しい個人が誕生するのと同じように、新しい企業も誕生するでしょう。
であれば、そういう企業から社会変革を始めることは、それほど悠長な戦略だとは思わない。
少なくとも、一人の個人を動かすよりひとつの企業を動かすほうがより多くの人々を幸せにできるのだから、成功の果実は大きかろうと思います。

いずれにしても、この手の問題を「大企業かベンチャーか」という対立軸に落とし込んでしまうのはまったくもって不毛だと思う次第です。
答えはそこにはないんだから。
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by kude104 | 2007-04-04 23:59