世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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学歴エリートを馬鹿にして悦に入っていればいい時代は終わったのだ

普段はよくて50人かそこらな訪問者数が、今日は500人をオーバーしていました。
はてなブックマークでブックマークされたからのようです。
ちょっとびっくりした。
「日本の小学生の「学ぶ意欲」が低いのは洗脳によるものです」をたくさんの方にブックマークしていただいたようで、どうもありがとう。
ということで、せっかくなので便乗して、再度このネタについて書いてみようかと思います。

「勉強ができてカッコいい」というお話は、ぼくには二宮金次郎とエスパー魔美くらいしか思いつかないな――というのはまぁ冗談として。
結局やっぱり、勉強ができる人間に対するネガティブイメージというのは、エリート階級に対するネガティブイメージにつながっているんじゃないかと思います。
ここでいうエリート階級とは、ざっくり言えば、上司を含めた経営者側の人間のことね。

同じエリートでもスポーツ選手にあまりネガティブイメージがないのは、おそらく彼らはサラリーマンたるその他大勢の”一般人”とは住む世界が違っていて、自分たちの上司にはなりえないからじゃないかと思う。
それに対して学歴社会を駆け上っていくエリートたちは、やがて労働者たる自分たちの上司となって自分たちをこき使うのだ――みたいなイメージがあるのではないか。

順番としては、こういうことだろう。
社会の大勢を占めているのは労働者である。
エンターテインメントは、彼らに向かって作られる。
当然、彼らを気持ちよくさせる物語が作られることになる。
彼らは常日頃、経営者側の人間に対して不満を抱いている。
よって、経営者側の人間を悪者にしたエンターテインメントが歓迎される。
だからエンターテインメントでは、学歴エリートは人間味のない冷血漢となり、金持ちは越後屋になり、労働者は貧しくとも人生を謳歌するのだろう。
ときには友情パワーや水戸黄門の力を借りて。

一方の経営者側はといえば、個人個人の思いはともかく、社会として、学歴エリートを馬鹿にする人々を大量生産することは、これすなわち労働者を大量生産することであり、とても都合がよかったのだろうと思います。
今はもうそんなことを言っていられる時代でもないと思いますけど、一昔前は、一握りの経営者と大量の労働者という構造で上手く世の中が回っていたわけですから。
むしろ、みんなが経営者側になりたがったら大変です。
自分たちが馬鹿にされるくらいで労働者になってくれるのであれば安いもんだと、ぼくが経営者側ならそう思うでしょうね。

とはいえ、今の時代に日本という社会全体の利益で考えれば、これはもう優秀なエリートを輩出する方向に社会の価値観を変えていかないとだめだと思うのです。
これからは、労働者を育てる社会ではなく、経営者を育てる社会に舵を切るべきです。
いつまでも、「労働者は善、経営者は悪」なんて時代錯誤な価値観でいては、やばいでしょ。
優秀な経営者に雇用されたほうが、労働者の皆さんもいいに決まってます。

ですから、世の中に、自分より優秀な人々を尊敬する風潮がもっともっとあればいいんじゃないかなぁと思うのです。
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by kude104 | 2007-03-24 23:59