世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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骨髄ドナーはサクリファイス

痛いニュース(ノ∀`):【命がけ】 骨髄ドナー、辞退相次ぐ

寄せられているコメントのとおりだと思う。
これは制度として、ちょっと上手くないのではないか。

ドナーが負担するコスト(金銭的なものだけでなく、肉体的、精神的なものも含めて)は、見た感じ、明らかにボランティアの域を越えているように感じる。
「ボランティアじゃないだろ、サクリファイスだろ」というコメントは、言い得て妙だ。
顔も名前も知らない他人に、完全なる善意で出来る行いとしては、募金と献血くらいが相場だろう。
それ以上の負担を“ボランティア”で求めても上手く行かないし、「それくらいボランティアでどうにかなるだろう」という考え方は、むしろ不遜だとさえ思えてくる。

福祉関連でもそうだけど、「人助けは善意で行われなければならない」という考え方が嫌いだ。
もちろん、個人が自身の行動理念としてそれを掲げるのは構わないし尊敬もするけど、それを土台にシステムを設計するのは間違っていると思う。
システムが機能するギリギリのラインまでは、普通の人が合理的な判断で行う行為を土台に設計するのが正しいやり方だろう。
“善意のボランティア”がいなくてもなんとかシステムはまわるけど、ボランティアが居てくれるお陰で余裕を持って運営できますという形が望ましい。

一番簡単なのは、骨髄提供者に謝礼を渡すことだ。
患者が負担するのでもいいし、ドナー基金みたいなものを作ってそこから出してもいい。
たとえば、ドナー登録するときに一万円を払うわけ。
で、見事自分が提供者に選ばれたら、宝くじで言うところの当選です。
その確率がどれくらいか知りませんけど、仮に100人に1人なら100万円が手に入る──みたいなやり方で良いじゃない。
それに、患者の家族の謝礼を上乗せする、みたいな形でどうだろう。
金ですべてが解決するわけじゃないけど、金で解決するのなら安いもんじゃない。

患者と提供者をお互いに秘密にするというのも、どうしてなんだろうね。
たぶんいろいろ不都合があるのだろうけど、メリットとデメリットのどちらが大きいかという点でどうなんだろう。
「ドナーなんて、金を貰わなきゃやってられん」というコメントが多いけど、べつにドナーになって金を稼ぎたいわけじゃない。
自分を納得させたいだけなんだと思う。
患者を見て「自分はこの人を救うんだ」と納得できれば、べつに金なんてどうでもいい。
それができないなら、金でも貰わなやってられんよなぁ。
自分が負担したコストに見合うメリットがあったのだという実感が得られないもの。

骨髄の提供が献血並みになればボランティアでまわるだろうけど、今のままでは厳しいですね。
詳しく知らないけど、へその緒も骨髄移植に使えるって言うし、それならボランティアレベルで提供できそうです。
そんなふうに、科学の進歩で骨髄の提供がもっと容易になればいいのですが。
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by kude104 | 2006-09-23 21:08