世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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教育パパにはなりたくないけど・・・

NHK「関西クローズアップ」で、加熱する“教育パパ”について取り上げていました。
うへぇ、熱心に子供に勉強させているお父さんとか、きもちわるい。

ぼくは小学受験だとか中学受験だとかには反対です。
子供の頃、いかに豊かに遊んだかが、その後の人生の大きな糧になると信じていますんで。
でも、教育パパなお父さん方も、若い時分にはきっとぼくと同じように考えていたに違いない。
やはり、いざ自分の子供を持つと、勉強させたくなっちゃうのかもなぁ。

リストラだ勝ち組だ負け組みだという厳しい社会の現実を身をもって味わっているお父さんが、自分の子供には負け組みになって欲しくないと願う姿には、同情めいた気持ちすら覚えます。
「同情」というと偉そうですが、まぁなんというか、切ない気持ちですね。
「いい大学に入って、資格を取って、将来は医者か弁護士になって欲しい」と笑いながら語るお父さんの姿というのは、なんだか切ないよねぇ。

とはいえ、「勉強ができる」ことが就職に有利であることは間違いないわけで。
そのへんが、なんか難しいなぁと思う次第です。
大学入試がくじ引きだったら、お父さんも教育パパになどなったりしないでしょう。
勉強は基本が出来てりゃそれでいいと、おおらかに構えていられるんじゃないでしょうか。

そう考えると、やはり、大学入試のあり方というものを考え直してみるのも面白いかもしれません。
たとえば、多少皮肉っぽいアイデアですが、東大の合否が「どれだけボランティア活動の経験があるか」で決まるとしたら、どこの家庭も小さい頃から子供に積極的にボランティア活動をさせて、日本のボランティア活動は一気に活発になるんじゃねーの?なんて思ったりします。

ああ、だったらべつに大学じゃなくて、企業の入社試験でいいのか。
「ボランティア活動の経験が豊富な人材は、社員としても献身的によく働く」といった考えを企業に定着させてしまえばいいわけだ。
研究職だと無理があるけど、営業職とか事務職だったら、わりと一理あると思うんだけどな。

今の世の中どうせパソコンがあるんだから、いわゆる暗記系の知識をもって「学力が高い」とする必要性はかなり薄いんじゃないかと思う。
いっそのこと、入試を「パソコンの持ちこみ有り」にしてしまえばいいと思う。
その上で測ることの出来る「学力」こそが、社会で能力の差を生む力なんじゃないでしょうか。
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by kude104 | 2006-09-15 23:59 | テレビ