世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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腐ったミカンは隔離しろ

校内暴力:深刻な対教師暴力の実態浮き彫りに…現状探る-事件:MSN毎日インタラクティブ

実際のところ、全国的にどこまで深刻化しているのか分からない(というか、これは一部の極端なケースだと思いたい)のですが、ガキに暴力振るわれる大人の図ってのは、ちょっと暗澹たる気分になるなぁ。

暴力を振るってくる子供に対して、教師も暴力で対抗すれば、言っても大人と子供ですから、すぐに制圧できる。
でも、今の世の中、社会的には子供の暴力のほうが圧倒的に強い。
なにしろ、子供の暴力には失うものが無いのに対して、教師の暴力にはクビが懸かっています。
だれが他人のクソ生意気なガキのために、自分の人生を懸けられますかってんだ。
でも、そんなふうに腫れ物に触るように接する大人なんて、子供はすぐになめて掛かる。

だからといって、教師の体罰を善しとしろと言いたいわけではない。
参照記事の中で葉養正明・東京学芸大教授がコメントされているように、力で制圧しても表面的に収まるだけで、根本的な問題の解決にはならないと思うからです。

あー、ちなみに、同コメント中の「競争主義や成果主義が教育現場にも持ち込まれ、そのひずみが子どものストレスとなり」って部分には納得しかねますけど。
こんなもん、誰がどう考えたって、親の教育でしょ──ってまぁ、それはさておき。

じゃあ、どうすればいいかと言えばこれはもう簡単で、学級崩壊を引き起こす子供を隔離しちゃえばいいんですよ。
腐ったミカンが箱の中にひとつあると、他のミカンまで腐ってしまうんです。
──などというと、金八先生から怒られちゃいそうですが、いいのいいの隔離しちゃえば。

だってさ、そいつに自分の学級を崩壊させられた他のまっとうな児童の権利っての? 学ぶ権利や楽しい学校生活を送る権利ってのは、どうするのよ。
守らなあかんでしょ。

きちんと学校生活を送れる子と送れない子を分けることは、差別でもなんでもない。
分ける基準がきっちりと明確で、分けた後の扱いが妥当であれば、まるで問題無い。

もしこれを差別というのであれば、知的障害者が特別学級などで授業を受けることも差別になる。
でも、じゃあ、彼らをみんなと同じように扱いましょうと普通の学級に入れて、その子の事情をまったく無視した授業を受けさせるのが、正しいやりかたかというと違いますよね。
その子にあったケアをしてあげるのが一番で、そのために他の子供と分けるのがベストな選択なら、それは差別ではなく妥当なやるべき対策だと思います。

だから、同じように、普通の学級では学級崩壊を起こしてしまう子供を特別な学級に集めて、そこできちんとその子にあったケアをしてあげるのは、差別ではない。
妥当であり、やるべき対策だと思います。
で、その特別学級で、そういう子供の扱いに慣れたエキスパートに担当させるのです。
そのほうが、子供にとっても、そういう子供の扱いに不慣れな教師にとっても、いいに決まってます。
教師全員に、そういう子供のエキスパートになれと言うのは、どだい無茶な話です。

「分けるなどとんでもない、みんな一緒に扱わなければならない」という間違った優しさは、その子自身も他の子供も、そして教師も、だれも救えないとぼくは思う。
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by kude104 | 2006-09-13 23:59 | 時事・社会