世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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憎しみ合う民族を融和させる方法は

asahi.com:子どもら57人死亡 レバノン空爆で最悪の被害 - 国際

国連って、ぼくらが思っている以上に存在感ないのかもしれないなぁ。
昔はもう少し国連に対して絶対感を抱いていたのだけれど。
あれですね、騒音おばさんにどうすることも出来ない町内会みたいなものですかね。

イスラエルにも言い分はあるし、正義もあるんでしょうけど、このやり方はアカンわ。
これでまたひとつ、憎しみが憎しみを呼び、報復が報復を産む憎悪の連鎖が始まったことが、記事越しにも分かります。
たとえヒズボラを殲滅できても、ちっとも「めでたし、めでたし」で終われないじゃないですか。
将来に禍根を残しまくりです。

人の恨みを買うということを甘く見ては行けないと思う。

イスラエル人とレバノン人との間にできた憎悪の連鎖は、容易には経ち切れませんよ。
下手したら、永久に断ち切れないかもしれない。
だとすると、この先も延々いがみ合って殺し合うのか・・・と思うと暗澹たる気分になるので、なんとかして、憎しみ合う民族を融和させる方法は何かないものか考えてみよう。

ひとつあるとすれば、遠回りのようだけど、個人と個人が交流して相互理解を深めて行くほかはないと考えます。

「ナニナニ人」といった捕らえ方では対象が漠然としすぎていて、親近感を持ちづらいですよね。
「ナニナニ人」が好きになる前には、まず、個人を好きになることだと思います。
民族関係なく個人と個人の付き合いの中で、「あの人はイスラエル人だけど好きだ」となれば、憎悪と民族との結び付けが揺らぎます。
民族単位で憎悪の対象としていたものが、「イスラエル人が悪いのではなく、悪いのは○○だ」というふうに、個人単位、個別単位に詳細化すればしめたものです。

問題は、どうやって個人と個人の交流を深めるかです。
いま、イスラエル人とレバノン人が交流を深めることなど、それすら夢物語です。
そこで、国連の登場ですよ。

まず、どこかに国連の管理・保護のもとに、居住区を作ります。
たぶん、どちらの民族の中にも、「憎しみより友愛を」と考える人が少しは居るのではないかと思いますので、彼らにこの居住区に移住してもらいます。
そこで民族関係なく、お互い融和して生活してもらうわけです。

お互いに理解し合いましょうという人たちが集まるわけですから、お互いに安心です。
そして、お互いに相手のことを理解しようと努めるので、融和もスムーズに進むのではないでしょうか。

彼らには、融和イベントや融和キャンペーンといったプロモーション活動を積極的に展開してもらいます。
それは、自分たちが仲良くなるためでもあり、対外的なアピールのためでもあります。
そうした活動がコミュニティに住む条件であり、それに対して「お給料」を支払ってもいい。
彼らの仕事は「融和すること」と言い切っても良いくらいですから。

完全に融和できた人は自分の国に戻って、そこで種になってもらいたい。
そうして新しい人をどんどん入れては融和させて本国に返すということを50年も続ければ、かなりの成果になるのではないかと思うのですがどうでしょう。
まぁ、融和した人、しようとした人が迫害される危険性がありますから、そのへんは何か対策を講じなければならないでしょうけど。

自分でも、「何とも夢物語な・・・」と思いますが、武力で殲滅する案よりは「まし」だと思います。
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by kude104 | 2006-07-31 23:59 | 時事・社会