人気ブログランキング | 話題のタグを見る

世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

感動の失敗作、「君の名残を」

浅倉卓弥著「君の名残を」を読み終わりました。
途中で厭きて1ヶ月間ほど放置してしまいましたが、なんとか持ちなおして読了。
トータルでは、まぁまぁ面白かったと言っていいかな。

現代に生きる高校生、白石友恵と原口武蔵、そして友恵の親友の弟・北村志郎の三人が平安末期の源平合戦の時代にタイムスリップするという物語。
源平物語はわりと好きだし、タイムトラベルものって設定も面白くて期待できる──と思って読み始めたのですが、ちょっと肩透かしを食らった気分となりました。

友恵と武蔵は幼馴染で、互いに少し相手のことが気になっている。
そんな二人が過去にタイムスリップしたら、これはどう考えたって、二人の愛の物語だと思うじゃない。
タイムスリップによって二人は離れ離れとなり別々の場所に送られるわけですが、この先の展開としては、お互いがお互いを探して源平の戦いを生きぬき、最後には見事再会して愛が成就するんだろうなと予想していたわけです。
ある種、そういう展開を期待していたといってもいい。

ところが、いきなり友恵がその時代の別の男と結婚してしまって唖然。
「え? 武蔵くんはいいの?」みたいな。
ここでまぁ、物語に対する期待度が一段階下がる。

早い話が、友恵は木曾義仲の妻・巴御前に、武蔵は源義経の従者・武蔵坊弁慶になって、時代を動かす重要な役割を担うことになるというストーリーです。
もうひとりの北村志郎は鎌倉の北条四郎義時になるのですが、こいつの扱いはまぁオマケみたいなもんですから、以下省略。

そうなると次の期待としては、未来を知る者がなんとかして時代を変えようとする物語でしょう。
パターンとしては、その時代には無い知識やスキルを利用して戦いに勝利するとか、待ち受ける危機を事前に知り得ているがゆえに、あの手この手で回避しようとするんだけど、でも、結局やっぱり歴史通りになってしまう──といったストーリーが思い浮かびます。
もちろん、歴史を作り変えてパラレルワールド出現!というストーリー展開もありえますよね。
なのに本書では、こういったタイムスリップものの醍醐味がほとんど味わえないときたもんだ。

巴御前こと友恵は、木曾義仲が滅ぶことは知っているんだけど、どういう経緯でそうなるかを知らないという設定。
知らないから回避のしようが無くて、結果、歴史通りに事が進んでしまう。
知っていても変えられないという展開が熱いのに、知らないので変えられないという展開は、タイムトラベルものでは致命的だ。
しかもほら、先の大河ドラマが「義経」だったし、木曾義仲がどういう経緯で滅んで行ったかを知っている人はわりと多のではないか。
自分が知っていることを主人公が知らない、だから歴史のIFを楽しめないというのは、歴史好きとしてはイライラする。

武蔵坊弁慶こと武蔵のほうは、なんだかもう早い段階で諦めちゃって論外。
この、タイムトラベルものということへの期待をスカされたのは、大きかったなぁ。
これでかなりぼくの中での評価を下げた。

と、かなりマイナス感情を抱きつつも、トータルでは「まぁまぁ面白かった」に落ち着いたのは、「源平物語」そのものが持つ物語としての面白さです。
特に、木曾義仲ファンなぼくとしては、源平物語としてはなかなかの満足感でした。

本書の主人公は、明らかに友恵でしょう。
友恵と義仲の恋愛物語と言っていいと思う。
この物語は、けっこう読ませる。

結末しか知らないとは言え、自分の愛する人の最後を知っている友恵の苦悩。
どうにかして運命に立ち向かおうとするけど、決められた歴史をなぞるしかないという無力感と絶望にさいなまれる。
もし自分の運命がすでに決められているとしたら、そこに希望はあるのか。
選択することに意味はあるのか。
そんな運命論的な問いかけが本書の一番のテーマであり、タイムスリップという設定を用いた理由でしょう。

たしかにテーマとしては面白いし、メッセージ性としても悪くない。
が、友恵が腹を括るタイミングがひとつもふたつも早い印象があって、共感するところまでは至らない。
こういうのは、なんとか歴史を変えようと知恵と勇気を総動員し、最善を尽くしてなお運命に弄ばれ、絶望の果てに辿りついた境地じゃなきゃぐっと来ない。
なのに、友恵が歴史を知らないために、最善を尽くしてもダメだったと思えるほど悪あがきをさせられない。
これはけっこう勿体無いことをしていると思う。

そもそも、なぜタイムスリップという設定を用いたかという必然性が、あの奇妙な坊さんの存在によって崩れている。
物語の中の理由付けとしても、あんなふうに歴史を動かせるなら、わざわざ未来から人を呼ばんでもええやんということになるし、結局、「これから起こることを知っている」という条件はタイムスリップじゃなくてもええやんという気にさせる。

要するに、この物語は、敢えてタイムトラベルものにする必要はなかったのではないかと思えてならない。
タイムトラベルという設定を使わなくても、書くことは十分可能だったのではないかと思います。
そのほうが、おそらく無理の無い物語になっただろうと思う。
あるいは、使うならもっと上手い使いようがあったのではないか。

これだけ不満点があっても、悔しいかな感動させられたわけで、それだけに勿体無いなぁと思えてしょうがない。
「面白かった、感動した」という人がたくさん居ることを知りつつ、でも、ポテンシャル的にはさらにその上を目指せる作品だったろうということで、敢えて失敗作と言わせていただこう。
by kude104 | 2006-04-19 23:59 |