世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「若者よ怒れ」と言われても・・・

asahi.com:「若者よ怒れ」 新宿ロフト代表の平野悠さん - 暮らし

> いつも「君の気持ちもわかるよ」から始まり、「ま、いいか」で終わる。
>「わかってたまるか」と、ぶつかってこそ得られる絆(きずな)。
> それを知ってもらおうと、95年に「ロフトプラスワン」を作った。

君の気持ちもわかるよ。


の一言で終わるのが、ネタとしては美しいのだけど。
まぁ、日記なんでだらだらと書いちゃおう。

「ま、いいか」で終われる会話というのは、けっきょく「ま、いいか」という程度の会話だと思うのです。
いまの若者だって、真剣に白黒つけなければならない場合では、ぶつかり合っているんじゃないですかね。
カップルの修羅場とかね。

日常生活において、怒りを見せる場面なんて、そうそうないでしょ。
それは今も昔も、それほど変わらないと思う。

たしかに、かつてはそこかしこで文学談義や政治談義が行われていたなんてイメージもありますが、今の時代、それはネットの中で行われるようになったので、街中で目にしなくなったというだけじゃないだろうか。
それに、議論に怒りは必要ないと思うし。

おそらく、ここで仰っている怒りと言うのは、社会への怒りということだろう。
若者は社会の矛盾に対してもっと怒るべきだ!と。
これには少し共感するところはある。

でも、「昔は良かった」的な文脈で語られても、分からない。
だって、昔のことなんて知らないし。
かつての学生運動にしろロックにしろ、今のぼくからすれば、お手本とするにはなんだかグダグダ感が強すぎる。
結局、あの頃の若者の怒りは、社会を変えたのだろうか?
単なるフィーバーで終わっただけではないだろうか。

社会の矛盾に義憤を持つこと、それが社会をより良くしようというエネルギーになることは認めるけど、ああいうふうに、若者が社会に対して露骨に怒りをぶつけるやり方で、本当に社会が良くなるのかどうか、ぼくには少し疑わしい。
もっと成熟したやり方があるのではないかと思う。

それに、社会への怒りをなにも若者の特権とする必要は無いだろう。
老いも若きも関係なく、不正や矛盾には怒っていこうじゃないですか。
「ぼくらの世代ではもう無理だから、若いもんが何とかして欲しい」みたいなニュアンスがね、気に入らない。
なんかこう、「てめーらが作った社会だろ。最後まで責任持てよ」みたいな。

社会の矛盾と闘うことを「若者の特権」とか言ってるうちは、社会はきっと変わらない。
それじゃ単に特権に酔いしれるだけの闘いで終わる。

とまぁそんな風に思うわけだけど、べつに平野さんのやってらっしゃることをどうこう言っているのではありませんから、悪しからず。
「社会の矛盾に怒れ若者よ」という部分がコアなんだろうと思うわけですが、それなら、昔はこうだったとか、若者の話しぶりに異変を感じたとか、新宿も変わったとか、そういう話は要らないよねということです。
おかげで、コアがぼやけている気がしてならない。

これは記者のまとめ方が悪いのかもしれないけど。
都や警視庁が風俗店を中心に「浄化作戦」を展開中とかって話は、要るのか?
たしかに、若者が怒りそうな話ではあるけど。
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by kude104 | 2006-04-11 23:59