世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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「なぜ人を殺してはいけないか」への美しき回答

極東ブログ: [書評]人生ごめんなさい(半村良)

このエントリーで紹介されている半村良さんのコメントはいいですね。

「なぜ人を殺してはいけないか」という問いに対するぼく自身の答えは、基本的には半村さんと同じく、「殺していい場合と、悪い場合がある」というものになろうかと思います。

しかし、その次のステップである、「殺していい場合と悪い場合の判断は、自分で出さなくてはいけない」というコメントには、「なるほどなぁ」と思わされました。
言われてみればたしかにそうだ。

油断すると、「法律で定められているから(人を殺してはいけない)」と答えてしまいそうになりますが、法律に従うかどうかを判断するのは、最終的には自分自身です。
であるならば、最終的な決定権は自分にあるのだと自覚しておくことは大切でしょう。
その自覚があって初めて、きちんと責任ある判断が下せるように思います。
他人任せな気持ちが少しでもあると、そのぶん責任感が薄れてしまいますから。

ただ、「その判断はあなた自身で出しなさい」と言うと、「好き勝手に判断していいんだー。じゃあ、ばんばん殺しちゃえ」みたいな幼稚なリアクションが返って来ることが予想されます。
それを、「その判断は、人生の中での理性や教養から培われてくるものです」という言葉で封じるところが見事です。

理性と教養を積めば、自ずと「人を殺してはいけない」という方向に進むので、この回答でじゅうぶん社会的なモラルに沿ったものになっています。
その一方で、「殺していい悪いの判断はあなたに委ねられています」と言うことで、モラルの押し付け感をなくしています。
説得の仕方として、すごく上手い。

そして、素晴らしいのはやはり最後の結びの一文です。

人間、敵ならみんな殺していいと言っても過言ではありません。ただし、それをどんどん考えていくと、自分以外の人間をみんな殺すことになってしまいますよ──みたいな話はよく聞くじゃないですか。
ドラえもんの独裁スイッチみたいな話。

そういう戒めの方向で話を結ぶのではなくて、みんな味方なんだと思ったら、殺す必要はなくなりますよね──という”希望”で結んでいるのが素敵だ。

ロジカルに世の中を捉えて、最後にちょこんと希望を乗せる。
そういう生き方って良いね。
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by kude104 | 2006-04-05 23:59