世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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弁護人の正義って

光市母子殺害 弁護人不出頭、上告審弁論が延期 最高裁(Yahoo!ニュース:毎日新聞)

昨日はああ書いたけれど、この事件に対してはどうしてもやはり「死刑にしてしまえ」という気持ちが湧く。
どんな事件だったかという内容を書くのも躊躇われるくらい、ひどい事件でした。
ぼくがこの遺族の立場だったら、刺し違えてでも犯人を殺すだろうなぁと思う。

そういう気持ちをねじ伏せて司法に託したであろう遺族の心を踏みにじるようなことは、やはりあってはならないと思う。
それはなにも「死刑にしろ」ということではなくて、どういう判決であろうと、それが関わった人間の精一杯の正義と誠意でもって導かれたもので有って欲しいと思うわけです。

その点で、被告の弁護人というのは、どうなんだろう。

弁護人というのは、不当な刑罰から依頼人を守るのが目的だと思います。
でも、実際のところは、たとえ妥当な刑罰であっても不当に軽い刑罰にするくらいのことをやってくるようなイメージがあるますよね。
大げさに言えば、「有罪の人間を無罪にする」みたいなことを。
「不当な刑罰から依頼人を守る」という理念が、実際には「依頼人の刑罰をできるだけ軽くする」という意味に摩り替わっているような気がしてなりません。

何故そうなるのかと言えば簡単で、弁護人のクライアントが被告だからです。
この時点で、弁護人に対するオファーは「できるだけ刑罰が軽くなるように」というものになるのは当然です。
ビジネスで弁護をするとなると、クライアントを満足させることが弁護人の目的であり正義になります。
また、弁護活動を職業にするとなると、自分の評判を高めて売上を伸ばしていかなければなりません。
そのためには、否応なく、「あの弁護人に頼むと刑罰を軽くしてくれる」という評判が必要になります。

この仕組みではどうしたって、弁護人の正義と誠意はクライアントたる被告にしか向かない。
しかし、それで果たして司法の正義が守られるのかと言うと、どうだろう。

たとえば、弁護士の報酬が被告以外から出るとしたらどうだろうか。
まず、弁護士が所属する団体を作る。
その団体に対して資金が流れる仕組みを作る。
裁判になると、その団体から被告に対して弁護士が派遣される。
裁判終了後、団体は弁護士の仕事内容を評価する。
評価に応じて、弁護士には報酬が支払われる。
みたいな感じ。

これはまぁ素案なんで穴だらけですが、要は、報酬の出所を被告以外にすることで、弁護士の評価基準を「刑罰を軽くすること」から「正当な刑罰を導くこと」にシフトさせたいわけ。
それに、こんなふうにすれば、金持ちと貧乏人とで受けられる弁護の格差も無くなるわけで、悪くないと思うんだけど。

まぁ、弁護士の報酬体系を改革するなんてまず無理だろうけどね。
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by kude104 | 2006-03-17 23:59 | 時事・社会