世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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風刺画問題と表現の自由

<風刺画>「表現の自由守り、圧力と戦うべき」 作家が訴え(Yahoo!ニュース:毎日新聞)

うーん、こういう問題は「表現の自由」とかを持ち出すとややこしくなるから、やめた方がいいのに。

この問題は要するに、掲載された風刺漫画がイスラム教の信者さんたちにとってものすごく屈辱的なものだった、というところが本質だと思うのです。
たしかに、我々からすれば「何をそんなに怒ってんの」ということかも知れないけど、文化が違えばそういうことはざらにある。

そういう文化の違いに直面したときに、どちらが正しい・間違っているという発想はナンセンスです。
相手の文化ではそうなるのかと、まず認めることが大切だと思います。

で、この風刺画はイスラム社会では問題なのだと認めて、さあどうするかです。
それでも「表現の自由」だと言うのなら、それなりの覚悟が必要でしょう。
その「表現」が、たくさんの人に不快感を与えてまでも守るべき価値のあるものなのかが問われるからです。

価値があるのであれば、とことん戦えばいい。
でも、たいして価値がないのであれば、謝罪したほうがいい。
それは圧力に屈するのではなく、非を認めるだけのことです。

ここで間違ってはいけないのが、「表現の自由」というものに価値があるのかないのかという話ではなくて、今回問題となっている「表現」に価値があるのかないのかという話である点です。

「表現の自由」自体は、そりゃ価値があるに決まっている。
でも、だからと言って、闇雲になんでもかんでも「表現の自由」だと言っていると、そのことが「表現の自由」の価値を下げてしまう気がしてならない。
たとえば、「行き過ぎた表現の自由を規制しよう」なんて話が出て来るとしたら、それは「表現の自由」の価値が下がっている証拠でしょう。

あらゆる表現は「表現の自由」によって守られるという「伝家の宝刀」を持ちつつも、それはいざと言うとき以外においそれと抜くもんじゃない。
しょーもない場面で抜くたびに、宝刀だって錆びていくんだから。

<風刺画>作者が反省の弁 キリスト風刺は掲載拒否していた(Yahoo!ニュース:毎日新聞)

まあ、結局は単純にこーゆー話だと思うんですよね。
それを、だれが掻き回して複雑にしているんだろうと思いますが。
「表現の自由」の騎士もその一人かなと。
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by kude104 | 2006-02-17 21:41 | 時事・社会