世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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プチクリのススメ

昨日の『爆笑問題のススメ』は、岡田斗司夫さんの「プチクリのススメ」でした。
プチクリとは「プチクリエイター」のことで、簡単に言えば、プロを志向しないクリエイターのことでしょうか。

たとえば、野球が好きだとする。
ここで、「プロ野球の選手になりたい」と志向すれば、1000人に999人は“才能”の壁にぶち当たり挫折して苦い人生を歩むことになる。
だから、「プロ野球の選手」を目指すのではなくて、ただの「野球好き」でいいじゃないかというのがプチクリ。

普通にサラリーマンをやりながら、週末に気の合う仲間と草野球を楽しむだけで十分じゃないかと。
「野球が好き」という、その才能を活かして人生をエンジョイするには、それくらいの志でいいんじゃないの?というススメ。

あるいは、もし野球をメシの種にするにしても。
「野球が好き → プロ野球の選手になる」以外にも道はたくさんありますよ、と。
たとえば、野球雑誌の記者になるも良し、球場で職員として働くも良し。

「野球が好き」ということをひとつの大きな才能として捉えれば、「選手としてプレイする」という才能は、その中の小さな才能に過ぎない。
野球雑誌の記者という才能も、球場職員という才能も、野球中継のアナウンサーという才能も、少年野球の監督という才能も、草野球を楽しむことでさえも、すべて「野球が好き」という才能に含まれる。

そう考えれば、才能なんてどこにでもあるありふれたものじゃないか、と。
プロ選手として通用する才能だけが才能じゃないんだよ、と。
なのに世間では、「野球が好き → プロ選手になる」という発想しかできずに、縛られて、苦しむ人が多いなぁという話でした。

その話は分かる。
ひじょーに良く分かる。

その一方で、縛られる人の気持ちもまた、ひじょーに良く分かる。
ぼくらのいう才能、ぼくらの欲している才能というのは、「それでメシが食える才能」なんですよね。
すなわち、プロクリ。
ぼくらは、なれるものならプロクリになりたい。

たしかになんとなく、感覚としては、プロクリよりもプチクリのほうが、純粋に「好き」の状態でいられるような気はします。
プロになっちゃうと、好きだけじゃやって行けませんから。

でも、それでもやっぱり、ひとはプロクリを目指すんだろうなぁと思います。

ただ、プチクリという選択肢を念頭に置くだけでも、かなり違う気はしますね。
プロクリを目指して挫折したときでも、「プチクリでいいや」と思えれば、あんまり悲壮感とか漂わなくていい気がします。
夢破れて一切合財やめてしまったというよりは、プチクリで続ければいいやって人生のほうが正解に思える。

あるいは、プチクリから初めて、もし上手くいくようならプロクリに転向すればいいやという考え方もありです。
まぁ、退路を断たねば目指せないプロクリもあるでしょうけど、わりとプチクリからプロクリへ行けるジャンルも多いのではないかという気がします。

いずれにしても、この「プチクリのススメ」。
実際のところは、ある種「1000人に999人はプロにはなれない」ということを教え諭し、その上で折り合いをつける生き方を伝授しましょうという話ではあろうかと思います。
でも、単に「諦めろ」というのではなく、「プチクリ」という生き方に価値観をシフトさせて救おうという、そいういう優しさがいいなーと思います。
岡田斗司夫さんって優しい人なんでしょうね。
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by kude104 | 2005-10-31 22:45 | テレビ