世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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いっこく堂

先日、テレビで久々にいっこく堂さんをお見かけしました。
たま~に「いっこく堂のモノマネ」を見かけるぐらいで、そーいや、ご本人を見るのは久し振りだなーとちょっと感動。

で、その腹話術芸を観ていて思ったのですが。
腹話術って、なんだかすごく「お約束」の上に成り立つ芸ですよね。

たとえば、ものすごい文明レベルの低い土地で腹話術をやるとする。
おそらくこの場合、現地の人には「腹話術」という芸ではなくて、「喋る人形」として受け取られてしまうのではないか。

つまり、腹話術が芸として成立するためには、「人形は喋らない」というルールが、演者と観客との間に成立していなければならない。

一方で、というか、その延長線上で。
今くらいの文明レベルがあれば、人形にマイクを仕込んで、舞台袖で助手が喋るなんてことも十分可能です。

つまり、腹話術が芸として成立するためには、演者がズルをせず本当に腹話術をしているんだという信頼関係が、演者と観客との間に成立していなければならない。

“人形が喋る”という事象は、腹話術でもマイク仕込みでも、たいして違いはありません。
でも、マイク仕込みで喋ったってちっとも面白くないけど、「腹話術でやっているんだ」と思って観れば面白い。

いっこく堂さんは、ズルせず本当に腹話術をなさっているに決まってますけど、ズルしたって観ているぼくらには分かりません。
特に、テレビ越しに観る腹話術なんてアフレコでもできるし。

だから、観ている者としては、ある種「これは腹話術でやっているんだ」と自分に言い聞かせて鑑賞しているようなところがある。
そんなふうに、協力的にというか積極的にというか、目の前の現象を腹話術として楽しもうという心構えで鑑賞している自分が面白い。

お約束の上で楽しむ芸。
腹話術も、なかなか高度な芸だと気付く。
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by kude104 | 2005-10-29 22:35