世の中の物事についてあれこれ考えるkudeの日記


by kude104
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少女監禁事件:アダルトゲームで「ガス抜き」という主張

ゲームと監禁事件についての前回の続き。

アダルトゲームがある種ガス抜きの役目を果たし、むしろ性犯罪の抑止に寄与しているという主張があります。
でもぼくは、これについてもあまり共感しません。
もちろん否定はしませんが、ゲームを弁護するための主張としては弱いと思うのです。

犯罪を促進する効果と抑止する効果、とりあえずこれらふたつの側面があるとすると、両者はかなりの部分で表裏一体に思えます。

犯罪を抑止するほどの力があるのなら、その力が逆に働けば促進もするでしょう。
つまり、アダルトゲームが持つ力がプラスに働けば抑止効果、マイナスに働けば促進効果、と考えるのが自然です。

この場合、ゲームを弁護するためには、「アダルトゲームが持つ力はプラスに働くことが多い」という主張でなければなりません。
いくら抑止力があると主張しても、それ以上に促進力が強いかも知れないじゃないかという反論の余地があっては、マイナスイメージは拭えない。

しかしながら、「プラスに働くことが多い」と世間を納得させるだけの論なり説なりデータなりを、残念ながらぼくはまだ見たことがありません。
もちろん、「マイナスに働くことが多い」とするデータも見たことがないわけで、本来であれば“引き分け”なんですが・・・現状がこうである以上、引き分けは負けと同じでしょう。

個人的には、アダルトゲームで発散できる程度の犯罪衝動であれば、アダルトゲームがなくても発散できるのではないかと思う。
それこそ、ゲームを弁護するときに、「アダルトゲームがなくても、犯罪を犯すやつは犯す」と言うのと同じで。
ですから、これを大義名分に掲げても、あまり効果はないように思えます。

本当に個人的な印象・思い込みで話をすれば、ぼくはやっぱりなんだかんだ言っても、抑止効果よりも促進効果の影響のほうが大きいと考えています。

単純に、一人のごく普通の人間に対する抑止効果と促進効果のバランスという意味で言えば、どちらもほとんど影響がないか、若干抑止効果が勝るかもしれません。
しかし、世の中にはそれこそいろんな人間がいます。
中には、圧倒的に促進効果が勝る人間もいるでしょう。

そういう特異なケースは、それこそ1000万人に1人あるかないかという、ごく小さな割合でしょう。
普通なら無視していいものです。
これを無視すれば、ゲームは無害ですという主張も普通に受け入れられる気がします。

でも、社会で問題となるのは、まさにこの特異ケースに対してどうか?という点ではないでしょうか。

仮に、映画や小説が1億人に1人の割合でこういった特異ケースにジャストフィットするとして、ゲームが1000万人に1人だとすると、ゲームは一桁「危険度が高い」と言えはしないだろうか。

まともな人間がゲームを遊んで異常になるとは、おそらく誰も思っていない(と信じたい)。
でも、異常な人間に有害なゲームを与えると恐ろしいことになるのではないか──という不安を感じているひとは多いのではないか。
そういった不安は、他メディアに比べてゲームがずば抜けて高い。

それはまぁ、ゲームが産業的にも文化的にも地位が低いからということもあるだろうし、実際にゲームが受け手に与える影響力がずば抜けて強いということもあるかも知れない。

そのあたりを考えると、「ゲームがガス抜きになっている」とか「彼はもともと異常だったのだ」とか、そんな主張をいくら並べても無駄だろうなぁと思えるのです。
それで不安は取り除かれないでしょう。

・・・とまぁ、そんなこんなで。
まだ語り足りない気もしますが、あまりこの話題ばかりでもつまらないので、とりあえず終り。
続きは気が向いたときにでも。
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by kude104 | 2005-05-16 21:31 | ゲーム